(仮)
じわじわと稜線に光が走る。新しい朝が来た。
「ふぁああ……あー……さて、次の曲は……何にしようかな」
爽やかな朝とは到底言えない。
『眠らせない』という拷問とかあるらしいし、こりゃあなかなかの苦行である。誘拐されてから今が一番「はよ助けてくれ」と願っている。
こっちの世界では健康優良児として生活をしてきたので、多少の夜更かしくらいはしたけど徹夜はしたことないんだよな。周りの人がさせてくれなかったとも言う。
脳内でBGM流しているくらいでは眠気を追い出しきれなくなった俺は、無観客リサイタルを開催していた。
読み物とかゲームとか、面白くて熱中できることでもあれば徹夜はそこまで難しくないと思うのだが、残念ながら見渡す限りの水に囲まれた不安定なエアマットの上。多少体をほぐすくらいなら出来るが運動は出来ない。
もっと強固な足場、筏とかボートとかを出せば体操くらいは出来ただろうが、大きく重い物を出すほど魔力の消費は激しい。運動している最中にドボンといかないとは言い切れない。
そんな訳で眠気覚ましの手段としては歌うしかなかったのである。ホントか???
他にもあったかもしれない。が、思いつかなかった。
ゆったりした曲は眠くなる可能性が高いのでアップテンポのものを、そして歌詞があった方が考えるので脳味噌が稼働して良い。
曲の合間にも寝てしまわないようになるべく何か喋っていた。気分は深夜ラジオのパーソナリティ。勿論プロほど達者ではないが、プロの芸人でもこんな状況で喋らなきゃならなくなることはそうあるまい。一睡でもすれば水風呂に放り込まれる状況、エスカレートし過ぎの罰ゲーム……というより、うん、普通に拷問。
眠気が強くなってきたら一旦毛布を脱いで冷たい水でざっと顔を洗って耐える。ガタガタ震える。寒くてつらい。
時計も持ってないので時間がわからないのもきつい。大体〇分くらいの曲を〇曲歌ったから……と過ぎた時間は大体計算できたのだが、「……まだ一時間しか経ってないの?!」と逆にダメージを受けたので数えるのはやめた。楽しい時間があっという間であるのと対比で辛い時間は体感が長い。相対性理論め……(※ちゃんと理解してない)。
明るくなり、少しずつ周囲が鮮明になる。
伸びをしてから一旦歌うのを休憩。大方流れて行ったけど相変わらず周囲にはぷか……と魚が何匹も浮かんで微かに蠢いている。食べられるとわかる魚もいくつか見つけた。今なら捕り放題だなと思いはするが、空腹は耐えられるレベルだから捕っていない。半端に空腹が満たされたら多分もっと眠くなるし、助けてくれた(魔力をくれた)恩人……ならぬ恩魚を食べるのも若干の罪悪感がある。
夜と比べたら断然明るくはなったのだが、生憎の曇天で薄暗い。そして風はほぼ吹かなくなったが霧が出てきた。なんてこった、これでは見つけてもらうのが難しくなってしまう。
船とかが見えないだろうか……と周囲に目を凝らすと、後方の霧中に大きな影が見えた。
…………十メーテルくらい先に何かいる……!!
その影はなんというか……小さな山みたいだった。
大きな丸い物の、上の部分が湖の上に出ている感じのシルエット。
逃げた方が良いんだろうが、俺はそれの正体が気になってしまった。大きすぎて今更この近さで逃げても無駄では? という気持ちもあり、万が一助けに来た何かだったら、という気持ちもあり、それが見えるくらい近くまで流れてくるのを待った。
ドンブラコという効果音が似合う。軽い恐怖と謎の期待が膨らんでちょっと笑ってしまった。川でデカすぎる桃が流れてきたのを見たおばあさんもこんな気分だったのかもしれない。
それは黒々とした、丸い物だった。
つまり近くで見ても何だかわからなかった。デカいのだ。全体を把握するには上から見ないとわからないかも。
よく見ると斑に黒と群青が混ざったような模様があり、見えてる部分の幅は二十メーテルくらい。氷山の一角と予測される、のっぺりとした何か。敢えて言うなら、こう、イルカとかシャチとかそういう生き物の肌っぽい。
ーーーーーーう、海坊主?!?!?
とか一瞬思ったけど、ハッとした。
これ……多分、魔物だ。
魔物にも色んなのがいる。人間に危害を加えないような場所にいるなら大抵は放置される。
海や大きな川、湖といった広い水場にいる魔物は目撃自体が少なく、つまり被害も滅多に無いので大抵ほっとかれている。近隣住民の被害訴えとかがあれば騎士団が討伐に向かったりするけど、退治しようにも見つけるのが結構難しい。
魔物図鑑という本は出ているし学院の図書室にもある。
しかしちゃんとした知識本ではなく娯楽本のような扱いだった。魔物図鑑の絵は目撃者の証言に則って実際には見ていない絵師が描いているから、絵師の想像が割と含まれている。情報が少なすぎるから絵師が描きたいように描いていたりするものもあった。
創作が含まれているので真に受けすぎてもいけない、という立ち位置だ。妖怪図鑑的な。
で、その妖怪……じゃなく魔物図鑑で読んだ、湖に出る魔物といえば。
ネッシーである。
いや、ネッシーとは書いてなかったけど、これネッシーじゃん!! と俺が思うくらいにはイラストがネッシーだったのだ。昔々から湖には首長竜がいると噂されているのである。見間違いの可能性大、とも書かれていた。こっちの世界でもいるんだ、ネッシー的なUMA! とわくわくしたのを覚えている。
あと、魔物は大抵黒っぽい色をしているという。黒が不吉とされる理由の一端ぽい。
魔物(暫定)を見たのは初めてだが、斑模様の感じが少しジュリ様の痣と似ている気がした。高い魔力を持つとこういう模様が出るのかもしれない。
ネッシー……リェーヴ湖だからリェッシー(仮)か。
首長竜かどうかはまだわからないがそうと仮定すると、この大きな丸い部分は背中じゃないかと考えた。
そして伝説並みに人前に出てこないはずのリェッシーが浮かんでいる理由。
エナジードレインしたからかな……???
頼む! オラに力を分けてくれ!(問答無用)とやった結果、プランクトンからお魚の群れまでの無数の命から集まり過ぎたものかと思ってたけど。
……こんな大型の魔物が真下辺りにいたんなら、昨夜の雷が落ちたかのような衝撃も腑に落ちる。
そ~~~~……っと可能な限り静かに手で漕いでリェッシーの背中のコブ(仮)に近付く。
ちょん、と指だけ触れ、口の中で"エナジードレイン"と唱えた。
ーーバチバ チ ッ !!!
「いっ……っつぁ~~~……!!」
すぐ離したが激しめの静電気くらい痛い。そしてまた魔力が満タンになったのがわかる。やはり当たりだ。
俺は昨夜、このリェッシー(仮)とお魚達から魔力を強奪……貰ったのだ。
おそらく、魔力の何分の一かを奪われた結果気絶したか、動けなくなってる。枯渇まではせずとも魔力が一気に失われると体に負荷がかかる。びっくりしたかもしれない、急にごっそり持っていかれることなんて多分初めてだろうし。ごめん……。
この巨体だ、どれほどの魔力総量なのだろう。ジュリ様よりも確実に多い。"黒い箱"の封印は人間くらいの知性というか社会性? がなければ出来ないのが悔やまれる。出来ないというか封印する理由もないんだろうな、魔物には。
―――――――――後で思ったが、この時の俺は思考力・判断力が鈍っていたんだと思う。
一通り驚いた後、俺が思い浮かべた言葉は(足場になる…………)だった。
眠っても消えない足場さえあれば。
寝られる……!!
リェッシーの背中(仮)は頑張れば飛び乗れそうだった。エアマットだと踏み込みがきかないので短時間だけ小さな筏を具現化し、服を抱えてそこからジャンプ。風魔法でぐっと背中を押してアシスト。飛び乗ることに成功した。
乗った瞬間沈んだり暴れ出したら、という不安もなくはなかったけど、思い切った。暫し息を潜めてじっとリアクションを待ったが、幸いリェッシー(仮)は動かない。
つるりとしてそうだが触ると意外とざらりとしてて、ひんやり……ムチッ……とした変な感触。
見える部分の大体がなだらかな斜面だが、天辺に平らの部分が縦横一、五メーテルくらいはあった。少し狭いが横にはなれる。
消えないとわかっている足場にひどく安心してしまった。冷静に考えれば全然ホッとする場面ではないのだが、それだけ今まで気張ってたのだった。
残魔力に心配がないのならやりたいことがあった。
水は水魔法で出せる。空気中の水分を集めるので雨水に近いもの。見た目は綺麗だしそのまま飲んでもおそらく大丈夫だが、ちょっと抵抗がある。
そのため、目の細かい布で濾してから"消毒"の魔法を使う。五年生の最後辺りで習ったばかりだ。
一口で消毒といっても、沢山の種類の毒を消せる強めの魔法だ。魔力の消費がちょっと多く、ちょっと難易度が高く、魔力が乏しい治癒師だと出来なかったりするという。俺も最初習った時は失敗したが練習して修得しておいてよかった。『除菌・殺菌』とかに近いんじゃないかと思う。
もっと簡単なら偉い人の食事とかに毎回使うんだろうけど、中には消せない種類の毒もあるしそれはあまり現実的ではない。
因みにこの国の水道設備を家に通す時には"消毒"魔法陣と魔石を並べて設置する場所が設けられ、それらをちゃんとセットすればそのまま飲めるほど水道水が綺麗になる。ロッソ男爵家は多分だけどセットしてなかったと思う。魔石を潤沢に買える金持ちの特権だ。
セットしなくても充分綺麗な水が出るくらい浄水施設は優秀だが、飲用なら煮沸すべしとされている。水道が通っていない家も平民では珍しくない。田舎の大部分はまだ井戸水だ。
そう、やりたいこととは煮沸である。
消毒まですればほぼ安全だが、万全を期すなら沸かしたい。温かいものが飲みたかったというのもある。
火魔法の応用技で水を沸騰させる。火を熱に変えて水に与えるイメージ。
この魔法を使ってポットに入っていたお茶を沸かし直してみたことがある。問題なく熱湯には出来たが、『思ったより疲れたな』という感想だった。
自分で風呂を沸かせるようになれば使用人が楽になるよなあと思ったのだが、そこまでやるには魔力が足りなさそうだった。軽い追い焚きくらいなら出来るかもしれないが。この世界の魔法はやっぱりちょっと夢がない。
白いマグカップを出し、水を入れ、手の光(熱魔法)を当てて数十秒。ポコポコと空気が生まれてくる。そのまま三分数える。
三分後には熱湯が出来ていた。ハンカチでマグカップをくるみ、手を温めながら吹いて冷まし、ちびちびと飲んだ。
……あ~~~~~~~~~~~~~~~~。
生き返る…………。
口から食道、腹の中が温められて全身が喜んでる感じ。
他の色んな感情や欲求が忙しくて気付かなかったけど、自分で思うより喉が渇いていたらしい。
贅沢した~~~。
コップ一杯のお湯のためにこんだけ魔力を使うなんて普段は絶対しない。道具って、インフラって、大事。改めてそう思う。
ヨシ。
寝るぞ!!!
懸念は、寝てる間にリェッシー(仮)に動き出されること。また湖に真っ逆さま、そこからパクッと一飲みにされても困る。
だから、念のために……と俺はその後何度も"エナジードレイン"を唱え、ビリビリが極微弱のピリ……になるまで繰り返した。リェッシー(仮)に悪いとは思いつつ、魔力を限界近くまで吸い取らせてもらったのだ。暫くは動けないように。地味に痛かった。
エアマットも筏も消し、……ひとまずパンツを履く。少し悩んでからズボンも履いた。まだ湿っていて冷たいが屋外で下半身丸出しはやはり心もとない。
毛布にくるまってそろそろと横になると、もう起き上がれる気がしなかった。眠ったら魔法で出した毛布は消えてしまって結構寒いだろうが、それはもう仕方ない。
少しだけ、少~し仮眠をとらせてもらうだけだから……ちょっと休んだらまた頑張れるから……。
と心で言い訳しながら、意識を手放した。
※※※
真夜中に謝罪しながらも漁業関係者を叩き起こして船を借り、騎士団は湖に繰り出した。
ひとまず借りることが出来た二隻にシレンツィオ公と配下、スカルラット伯と配下で分かれて乗り込む。交渉は続け、船を調達出来次第捜索に加わることにした。
航路を決めて捜しに出たはいいものの、夜の暗闇の中何処かに浮かんでいるかもしれない人間を一人探し出すというのは至難の業とも言えた。見逃しを恐れ、捜索船は遅々として進まず。
あっという間に朝が来て、ほとんどの騎士達が無力感に苛まれていた。
朝日を拝んだジークリートの内心も、希望が見えないほどに磨り減ってしまい叫び出したいような衝動に襲われていた。すぐ近くにまだ諦めていないとわかる表情をした父とリーベルトがいなければ耐えられなかっただろう。
無事を信じたい、諦めたくないと思えど、自分だったらこの状況をどうすれば生き残れるのか。考えれば考えるほどに結論は絶望的なものになってしまうのだった。
祝賀パレードから六日目、太陽が真上になった頃。
曇天の湖の霧も晴れて見通しがよくなった中、ティーグ・スカルラットは奇妙なものを見つけた。
「……前方西確認! 小さな山のような、岩場……? のようなもの、見えるか?!」
「……はい! 確認しました! 大きな……黒い何かが……なんだあれ?!」
「ひっ!! 閣下、この下、何かがいます!! 影が……!!」
小山らしきものの周りの湖面が影で暗く染まっている。その巨大さに船の上は慄いた。
「魔物か!? 不覚、ここまで大きな魔物の接近に気付かんなど……!!」
「閣下、私も全く、今も……そこまで強い魔力は確認できません!」
「では……魔物ではない? いや、ここまで巨大で黒くて、それはないか……」
「もしやこれは、湖に住むと言い伝えが残る首長竜……!?」
スカルラット伯と腕利きの騎士数人は集中すれば魔力の流れを読むことが出来る。魔物が近付いた時なども気付けるはずだったが、この時は感知できなかった。
その理由が『首長竜の魔力はほぼ全部奪われていたから』だったとは、スカルラット伯とジークリート以外の騎士がその後知ることはなかった。
「閣下!! 見てください、あの、竜? の、上!!」
「あれは、まさか……!!」
リーベルトがいち早く気付いて指差したのは、竜の背中と思われる場所に見える赤いもの。
魔物が動き出さないか全員で警戒しながら、今いる中では一番若く体重が軽いジークリートが風魔法を行使しながら竜の背中に飛び乗った。
「――――――――兄上ッ!! あに、……………」
肌色が多く見えたことで取り返しのつかない状態をつい想像してしまい蒼白になった弟が駆け寄って目にしたのは。
上半身裸で寒そうに体を丸めながらもすっかり寝こけている兄だった。
「ジークリート!! アマデウスかッ!?」
「は……はい!! そうです!! えっと……、ね、寝てます!!!」
「……ハァ?!?!」
混乱してる弟と父の大声が否応なしに耳に直撃したアマデウスは、軽く身を捩って唸った後「………ハッ!! 寝坊した!?」と言いながら飛び起きた。
評価や感想など、いつもありがとうございますm(__)m
返信したりしなかったりしますが全部喜んでます。
時々「メーテル→メートル」と単位を誤字報告してくださる方がいますが、この世界のメートル→メーテル、センチ→メンチ、ミリ→メレなので主人公もすっかりそれに慣れた状態です、ご了承ください(初期の話でチラッと書いたので忘れてる方もいると思います、なんか紛らわしくてすみません)。




