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【書籍発売中】美形インフレ世界で化物令嬢と恋がしたい!  作者: 菊月ランララン


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盃中に溺る



 外が見えない場所にいたりまとまった睡眠がとれなかったりで時間感覚が狂い、誘拐されてから何日経ったかいまいちわからなかったが、おそらく……四日か五日目くらいだと思う。


 見張り役は少年一人とはいえ常に周囲に何人かはいたので逃げ出すのも難しかった。

 俺の奥の手は"エナジードレイン"だ。マジでピンチの時はそれで敵を動けなくしようと思っているが……一気に何人も触ることは出来ないし一人昏倒させて『こいつ変な魔法使うぞ』と思われたら尋問とか拘束が厳しくなったりとかするだろうし、使いどころは慎重に選びたい。

 船の上ならそうそう逃げられないと判断されたのだろう、俺は足を拘束されなくなった。でも戦闘訓練経験なしの素人とはいえ破れかぶれに暴れられたら面倒だという判断か、両手首は前で縛られている。その状態のまま与えられたパンをもそもそ食べた。


 そんなに大きくない漁船のようだった。網が置いてある船の端、湿った木の床。

 人力で動かせるように船の両側にはいくつもの櫂がセットされているが、帆も畳んでいて誰も漕いでいないのに水音と共にゆっくり進んでいる。

 実際に見たことはないが、最新の船の動力は魔石で回転するプロペラだ。教養の授業でやった。便利だが魔石を使うとなると高くつくため、今のところ貴族の所有する船に限定されているという……この船はそれのようだ。庶民の漁船に偽装した貴族所有の船ってところだろう。

 

 少し経つとすっかり陽が落ちて湖の上は真っ暗になった。目立たないためか外に灯りはなく、船室に入っても小さいランプのみにしてある。


「あら、こっちの部屋なのねぇ。いらっしゃ~い、アマデウス様❤」

 船室は二つか三つあるようだったが、ビートに連れて行かれた部屋に入ると甘い声で話す若い女性が一人で何か縫っていた。

「……アフアも来たのか」

「ビート久しぶり~。刺繍の腕を買われたのよ、ヴィー一人じゃ大変だものぉ」


 緩くうねる長い青髪に垂れた目尻、胸の谷間が見える煽情的な服の美女だったが、口元に黒子があったためこちらではちょっと残念くらいの容姿判定だろう。

 アフアと呼ばれた女性の手元にあるのは鏡文字が一文字ずつ刺繍された小さな布だった。自分で刺繍せずとも鏡文字が縫われていれば魔法を込めるのは可能なようだ。一文字を沢山用意しておいてそれを繋げて文にして魔法を込めることも出来るってことか……。彼女は協力者のお針子らしい。

 

「ね~えアマデウス様、私の顔、見覚えない?」

「え……? ……すみません、何処かでお会いしました……?」

「んーん。知らないかぁ。あ、そういえば今黒子隠してなかったわ……子供が観に来るような舞台もなかったから仕方ないか……私ね、少し前まで女優だったのよぉ。あとカーセル伯爵の情婦の一人」

「へ、ぇっ……?!」


 カーセル伯、劇団の女優に手を出しまくってて、進んで贔屓の恩恵を受けてた女優もいたっていう話だったけど、その一人……!?


「ああ、別にシレンツィオ派がカーセル伯を追い詰めたんだ! 恨み! ……みたいなのはないわよ~。あのスケベ伯とは体の関係だけで別に思い入れとかないし、私は私で色々悪いことしてたから、ガサ入れが入った時ついでに捕まったりしたらたまらないわと思ってさっさと劇団をとんずらしたの~」

 うふふ、と笑いながら柔らかい口調でなかなかゲスいことを言ってる。


「……この女血も涙もねえから油断しねえほうがいいぞ」

 ビート少年は嫌そうな顔でそう忠告してくれた。

 ヴィペールを"ヴィー"と呼ぶくらい親しいようだし、類は友を呼ぶというので、きっとそうなんでしょうね……。

「私だって血くらいあるわよぉ。疲れたでしょぉ、コレどうぞ~」

 アフアさんは床に置いてあった大瓶を持ち上げて抽斗から新しいグラスを取り出し、とくとくと液体を注いだ。

 琥珀色の……酒! 強いアルコールの匂いがする。

「あぁー、えー、まだ酒の味がわからない若輩者ですのでお酒もらうのは申し訳ないです、お水をいただけたら充分なんですが……」


 人質になってからあまり水分を貰えていない(トイレに行く回数を増やさないようにだと思う)ので飲み物は欲しかったが、酒は遠慮したい。飲んでも許される年齢ではあるのだがちゃんと飲んだことがないし水分にカウントされるか怪しいし。


 マルガリータ姉上は卒業してから夕食の直後ちょっとずつ慣らすように果実酒を飲んでいた。

 ふふん、もう大人なのよ、と弟達に少々かっこつけたい気持ちが見え隠れしていて微笑ましい。飲んでみるかと言われてジークと俺はほんの少しだけ果実酒を舐めたことがあるが、それくらいだ。


「はぁ~~? 私のお酌したお酒が飲めないっていうのぉ? いいからいいから、飲んで飲んで~~~~」

「いえ遠慮しまっ、ぐ、ごはっ」


 まだ酔っているようには見えなかったが酔っ払いみたいな台詞を吐いて、アフアさんは俺の口にグラスを押し付けて傾けた。片手で俺の鼻を摘まむという鬼畜仕草も添えて。

 流れるようにアルコールハラスメントすな!!!!


 現代日本なら言い逃れの余地なくアウトだがこの世界にアルハラという概念は多分無い。一応子供や飲めない人に勧めるのは良くないという建前は効くが、大人なのに酒が飲めないと表明すると「そう言わずに飲め」「ふーん、つまらないやつ」という反応が多数派のようだ。普通に飲ませることは少ないが気つけと称して子供に酒を含ませることもあるようだし、アルコールに対して緩い。下戸には生きづらい世の中である。


 俺は口を開けてしまい、喉がカッと焼けるような酒を飲み込む羽目になった。



※※※



「うふふ~~~アマデウス様ってばぁ、イケる口じゃない~!」


 ――――――――結果。

 俺は酔わなかった。

 

 ブランデーとかそういう雰囲気のおそらくかなり強い酒。濃厚な苦味の中にふんわりと葡萄と木の匂いがするような液体。あんまり美味しいとは思えない。慣れれば美味しく感じるんだろうか。

 

 一杯飲んだ後は狭い船室を逃げ回ったが、足を引っ掛けられ、素早く椅子に体を縛られ逃げられなくなった。悪の組織の構成員、縄の扱いに長けている。

 水や氷で割ったりもしていない酒を十杯(無理矢理)飲まされた後少し体が熱くなった気がしたが、思考や意識ははっきりしていて気分も変わらず。浮ついたり気持ち悪くなったりもしなかった。


 魔力耐性持ち、アルコールにも耐性があったりするんだろうか……。

 こんな状況で酔いたくなかったからよかったけど、全然酔えないってのもちょっと惜しい気がしてきた。大人になったら気の置けない人達と皆で飲んで楽しくなりたかったんだが。

 いや、でも、酒がダメな体質じゃなくて本当によかった。人によっては急性アルコール中毒とかで死んでるんじゃないかコレ???

 

「うふふふ、熱くなってきちゃったぁ……」

 俺と同じペースで飲んでいたアフアさんは赤い顔で服を脱ぎ始める。ビートは部屋の隅の床に横になって目を瞑っていた。俺もこの時間出来れば寝ていたかった。

「ちょっとまったちょっとまったアフアさんそれ以上脱いだらもう裸ですよ!」

「んふふ、お年頃ね、スケベ❤」

「いやこの場合スケベは勝手に脱いでるほうでしょ」

 彼女は薄いワンピース一枚でヘラヘラと笑って、椅子に座らされている俺にサッと跨った。熱に侵されたとろんとした目で甘えるように囁く。


「ねぇ、アマデウス様ぁ……寒いの……温めて……❤」


 

 て、てめえ自分で脱いだんだろが~~~~~~~~~~~~い!!!!!

 

 とデカい声でツッコみたかったが我慢して、やんわりと彼女を押し返した。因みに俺は縛られたままである。どっちみち俺からどうこうは出来ない。する気もないが。

 酔っ払い故にそこに思い至っていないようだ。

 この人あれかな、ヴィペールの好みに当てはまらない"尻軽"だから彼と仲良くやれてるってことかな……。


「どうどう、寒いなら服を着るといいと思いますよ、子供の教育にもほら、悪いですし……」

「なによぉ……黒子のある女なんて眼中にないってわけぇ? ああん? ちょっと天才で可愛いからって調子に乗るんじゃないわよ……ちょん切っちゃおうかしら……」


 急に緊張感MAXになった。わかんねえなこの人の情緒! 

 怖い。カタギが手を出しちゃいけない女だということはわかる。


「いえいえ今のこの敵地ど真ん中に放り込まれた状態では相手が魅力的でもとてもそんな気になれないと申しますか、前後不覚になっている女性に手を出すのも紳士としては褒められた行いではないというのもあり、ぶっちゃけアフアさん色っぽいしこんな場所でなかったらそして婚約者に出逢う前だったら是非お願いしたかったくらい好みです。お綺麗です!!!」


 何かをちょん切られないために俺は必死で弁解した。

 なんやかんや嘘ではない。俺は元々色っぽいお姉さん系が好みのタイプだった。条件だけならアフアさんはストライクである。ジュリ様に恋する前だったらさっきの誘いに喜んで乗っただろう。まあそれはシチュエーションが普通だったら、そしてこの人がヤバ女だと知らなければの話だけれども……。


「……ビート!!」

 むすっとした顔のアフアさんはビート少年を睨みつけて呼んだ。横になっていた少年はむくりと体を起こして面倒くさそうに口を開いた。寝てるフリだったのか。そりゃ酔っ払いに絡まれたくないもんな。

「……今のは嘘じゃねえよ。ブス専みたいだからな」

「えっそうなのぉ? ……でもつまり私がブスってことだからそれはそれでムカつく~~~!」

「こいつ、ヴィペールの顔すら嫌いじゃないみたいだったからな……」

「ええ~~~? それは流石に嘘じゃなぁい?」

 二人の目線が俺の顔に集まる。

「……彼、男前だと思いますよ? イイ声してるし」

 外見はイケオジだと思う。イケボだし。

「うわ、マジで言ってる……」

「え~ほんとに~!? すご~い、筋金入り~~~~」


 少年にドン引きされている。

 ここにきてなんとなく、もしかしてビート少年は『嘘がわかる一族』なのだろうかと思い至った。そうであれば俺の身体検査を彼の問答だけで済ませた謎が解ける。


 休息を邪魔された苛立ちか、ビートは元から鋭い目をさらに細めてアフアさんを睨んだ。

「そもそも貴族から追っかけられててヤバいって時に盛ってんじゃねえよ不細工どもが」

「……ぁあん? あんだその口の聞き方はぁ……殺すぞクソガキ」

「やれるもんならやってみろ」

「……チッ。ヴィーが重宝してなきゃ船から投げ落としてやるのに……」


 瞬時に険悪になった。恐い。

 アフアさんは忌々しげに舌打ちをしてふらつきながらも部屋を出て行った。


「……ありがとう」

「何がだよ」

「助かった気がするから……」

 普通に近くでエロいことをおっぱじめられるのが嫌だっただけかもしれないが。

 彼はフン、と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。



※※※



「あ~、フーに酒与えるんじゃなかった~~……。よいしょ、っと……ビート、仕事~」


 ド深夜と思われる頃、ヴィペールがアフアさんを小脇に抱えて入室してきた。彼女は薄着のままクカーと寝息をかいて寝ている。男は部屋にある長椅子に彼女をぞんざいに寝かせ、少年に封筒を投げた。

 

 ビートが封筒から便箋を取り出して目を通し、ぐっと眉を寄せる。何が書いてあるんだろう。ヴィペールは軽い調子で続けた。

「これを騎士団に届けること。これでお役御免だ、ビート=フーリイアン。この仕事をやり遂げたら私はもう君や君の一族に関わらない。フーリイアン族の隠れ里の場所を誰かに伝えたり、不利益を与えることはしないと約束する」

「!! 本当に……」

「君に嘘は吐かんよ、無駄だからね。今までよく働いてくれたね、ご苦労様。私はこの国を離れるつもりだし、もう会うこともないと思うよ」

「…………わかった」

 少年は複雑そうな顔で頷き、丁寧に便箋を封筒に戻し、ずっと斜めがけにしていた傷だらけの小さなカバンに入れた。

 やっぱり何か弱味を握られていたらしい。でもこれでお役御免というからには解放されたということだろうに、浮かない顔だ。


「よし! じゃあ誰か、アマデウス様を落として~」

「……お前やれよ」

「え、なんで俺だよ」

「だって呪われたくねえし……」

「呪われねえって」

「ならお前やれよ!」

 男三人が役目を押し付け合ってモゾモゾしていた。つーか、ん? 落とす……?

「もー……仕方ない、三人は漕いでて。ビート」


 ヴィペールに顎で促され、ビートは眉間の皺を深くしながら俺に近付き体を縛っていた縄を切り、ぐいぐいと船の端に押しやった。

 片手で押し、片手の小さなナイフを体で隠しながら俺の手を縛っている縄をざりざりと擦る。縄が切れた感触がした直後、両手でドンと俺を突き飛ばす。


「えぁっ……?」

「…………悪いな」


 そう小さく呟いたのが耳に届き、少年の顔が遠くなる。

 俺は頭から水面に落ちていく。



 ――――――――――――"放置したら死ぬようなちょっとわかりにくい場所"って、もしかして湖そのもの?!?!?




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― 新着の感想 ―
こっちの世界でも水泳の授業がある国は珍しいそうだから こっちでも船乗り以外は泳げなそうですから普通は溺れそうですな まあ、最近は日本でもプールの授業をやるのをやめようとか言われ始めてるようですが
湖に連れ出された時点で嫌な予感がしてましたあああ!! 手が解放されているだけマシですが、死んでしまってもかまわないという殺人への忌避感のなさがこういうことを繰り返してきたことをうかがわせますね。うーん…
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