有為転変
【Side:ドロシー】
アマデウス様が行方不明になってから六日目の朝、まだ良い知らせはない。
パレードの日。私はコニーの筆頭侍女候補として王宮で王家の侍女の仕事を見学させてもらい、侍女長や先輩侍女の方々に挨拶したり世間話なども交え、疲れたけれど充実した気分で帰ってくる一行を待っていた。
しかし間もなく様々な情報が入り乱れて入って来て、王宮は後輩に指導をしている余裕などなくなったため私は一旦家に戻った。
四日目以降、チラシに書かれる情報や巷に流れる大体の噂が整理されてきた。
通り魔に刺された修道女を救って見せた聖女コンスタンツェの人気は不動のものになり、それとアマデウス様の誘拐事件に付随して、シレンツィオ派に敵対していた貴族家は民からの厳しい視線に晒されている。
驚いた、情報の拡散がこんなに早いだなんて。
印刷技術が上がって記事の紙が早く多く作れるようになってきているとはいえ、平民の大半は字が読めないのに。
地方の民が王都に集まってきていたことや、アマデウス様捜索のために騎士団や有志が情報を求めて右往左往していること……慈善公演が多くの領を回って国中に曲と歌詞カードを広め、純粋な平民でも字が読める者が増えたことなどももしかしたら一役買っているのかもしれない。
パレードの三日後にコニーと話せた時には「王家も協力を惜しんでいないし、シレンツィオとスカルラット騎士団が早急に捜索にあたっているのだからきっとすぐ見つかる」と、明るい方向に考えるように努めたが。
不安でないわけはない。コニーの王太子妃としての後ろ盾はアマデウス様とジュリエッタ様の婚姻前提のもの……派閥としての不安も個人的に心配なのも勿論ある。
調子に乗ってるだのなんだかんだ言われていても実際話すと傲慢なところがなく、朗らかで友好的で、商才も慈悲も持ち合わせている。そんな彼にこれまで通り派閥の上役に、ジュリエッタ様の隣にいてほしいと今では皆思っているのだ。
やきもきしつつ休む理由のない私は学院に通う。
しかしここ数日は驚くほど欠席者が多く、休暇期間に間違えて来てしまったかのような気持ちになっている。
シレンツィオ派の男子は有志の捜索隊に加わったり、女子も率先して捜索隊や騎士団支援に動いていたりするのだ。
彼を失ったらシレンツィオ派の基盤が揺らぐというのもあるが、人望のなせる業でもあるだろう。彼の友人達もほぼ皆捜索のために欠席していると聞いた。
そして聖女の敵として新聞で広められた四つの家、コレリック、ジャルージ、べイヤート、シプレスと関係が深い家の生徒も軒並み休んでいる。
これからの対応について親族と話し合っていたり、民から向けられる厳しい目や言葉に打ちのめされるため外出を控えていたりするらしい。
……ニフリート先生は何事もなかったかのように登院して授業しているが。
彼は修道女を助けた時の聖女の護衛役としてやたら目立っていたらしく、元々近衛に入る予定だったというのもあって『ジャルージ家の人間だけど王家の臣であり聖女の敵ではないっぽい』という見方をされた。
元々なんか面倒くさい性格……変わり者として知られ周囲から距離を取られていたので、特に何も変わっていないようである。よかったようなよくないような。
少し気になって「コニーが卒業したら……近衛に入るのですか?」と聞いてみたら、いつも上がりっぱなしの眉を少し下げて神妙な顔をした。
「わからん。……これまでであればそれも可能だっただろうが、ここまで家の悪評が広まればユリウス殿下がよしと言っても周囲が反対するだろう」
そうかもしれない。
そうなると惜しいような気もしてきた。
腕は確かなのだし、パレードの時はコニーの聖女としての意志をどの騎士よりも早く汲んでくれた人なのだ。この人がこの先近衛騎士としてコニーを守ってくれたら……うん、いいのにな、と、うっかり思い始めていた。
「……結婚とかして相手の家の籍に入って、ジャルージ家から抜ければ周囲も一応納得するのでは?」
「ああ、そういう手もあるか。当てはないが」
「そうですね、王宮の侍女とかに……良い相手がいるかも?」
王宮で若い先輩侍女の方々と話したところ、近衛騎士は結婚相手候補として人気があると聞いた。実際結婚している人もいた。年嵩の侍女は文官と結婚してる人の方が多い印象だったが。
「それは……君が結婚してくれるということか?」
「……へ?」
神妙な顔のままそう返された。
――――そうか、私の進路と今の言い方だと……そう取れなくも……ない!!
「あ、あー、いえいえいえいえ、王宮の侍女が狙い目かも……!? と思っただけですハイ」
「そうか」
「ほら、うちなんて貧乏伯爵家ですし?」
「それはこちらが気にすることではないと思うが。むしろ今ジャルージ家の俺と縁を繋ぐことは君の実家が嫌がるだろう」
「いえ、ジャルージ家の後継だったら流石に、となると思いますが近衛騎士でこちらの籍に入ってくれるなら全然ありだと……コニーも賛成してくれると思いますし……」
「そうなのか。それなら助かるが」
あれ……??
私と先生が結婚する話が進んでない?!
「ま、まあそういうやり方もあるっちゃあるということで……!!」
恥ずかしくなってきて逃げた。
先生はどうやら本気で私と結婚してもいいと思っている様子だったし、嫌ならはっきりと「あ、私はそんな気はないです」と言っておいた方がいいとわかっていたが。
……なんとなくそんな気になれずに、一人で暫く赤面していた。
※※※
寮に戻ると面会希望の女性がいると管理人の夫人から言われた。夫人が言ったのはそれだけだったが、なんとなく物言いに冷たさを感じた。
いつも親切な人なのに何事かと思えば、面会に来ていたのがシモーネ・べイヤートだからだった。
「ごめんなさいドロシー、突然。でももう私じっとしていられなくて……」
べイヤート伯爵家が世間から白い目で見られる原因になった少女、シモーネ。
いつもは綺麗に巻いている髪はそのまま下ろし、地味なワンピースにベール。おそらく紋章のない馬車でこっそりと来たのだろう。
憔悴した顔を哀れには思うが、甘い対応は出来ない、と気を引き締め隣の部屋にいた侍女にお茶を頼む。
「お茶をどうぞ、シモーネ。……今、王都の邸宅の方も大変なの?」
私は寮だがベイヤート家は王都に邸宅があってそこから通っている。
「ええ……皆対応に追われてて、私は暫く部屋から出るなって……でも少しだけ外出する許可を貰って、来たの。……お願いドロシー、コンスタンツェ様に一言頂きたいの!! 『べイヤート伯爵家は聖女の敵ではない』って明言していただければうちは助かるのよ!! 貴方なら直接聖女様にお願い出来るでしょう?!」
「……出来ないわ」
「どうして!? べイヤート家はオルキス家が困窮した時援助したのに、こちらが困っている時はそんなことすら聞いてくれないの!?」
「べイヤート家も困ってるんでしょうけど……そもそも、このお願いは貴方の独断でしょ? 貴方の、お願いでしょう」
「っ……、」
シモーネは驚き口を開けたり閉じたりしたが、否定は出てこなかった。
「べイヤート家の正式な依頼なら家から家へ、うちの親に話がまず行くでしょうからね……つまり、べイヤート伯爵夫妻はそんなことを私に頼むのは図々しいとちゃんとわかっているわ。……今は大変だろうけど、『不肖の娘はよくよく叱って修道院に入れた』と発表すれば次第に収まるでしょうし」
「いっ、嫌よ!! 何で私が修道院になんて行かなきゃいけないの?! 絶対に嫌だって言ってるのにお母様もお兄様もお姉様も誰も反対してくれないし……!! 何でよ!!」
シモーネは涙目になりながら立ち上がって喚いた。
やはり父親の伯爵に『修道院に入れる』と宣告されたのだろう。それを何とかしたくて私に頼みに来たのだ。
「何でも何も貴方の行動の結果よ……残念だけど、受け入れなさい。ほとぼりが冷めれば還俗も出来るでしょうし……」
「修道院に入ってた娘にまともな縁談なんて来ないわ!! 十五以上年上の男の妾が関の山よ!! 何で私がそんな目に合わなきゃいけないの!? ドロシーがコンスタンツェ様にお願いさえしてくれればっ……」
「私を通じて彼女を動かそうだなんて、次期王太子妃を軽んじるのもいい加減になさい! 不敬よ!!」
大きな声には大きな声で返す。
びくりと肩を揺らしたシモーネはすとんと椅子に腰を下ろした。
「そ、そんなつもりじゃ……」
「……はぁ……私だって、意地悪で断ってるんじゃないのよ。もし……あの日。――――貴方が"信奉する会"と対峙した日。あの時貴方がもう少しシレンツィオ派に友好的な態度を取るか、もしくはアマデウス様を貶める噂なんて一切関与していないと突っぱねていたなら、庇ってあげられる余地はあったわ。でも貴方は彼の悪評は身から出た錆だと言わんばかりに肯定し、飽くまで敵対の立場を取った。それでは……アマデウス様に多大な恩恵を受けているコニーは貴方を庇う選択は取れない。彼女の心情的にも派閥の統率のためにもね」
「そんな…………」
「……アジェント男爵令嬢ははっきりと忠告してくれていたじゃないの。『未来の公爵夫妻の謂れのない悪評を流すような者にまともな嫁ぎ先や就職先があると思うか』って……。あの言葉をもう少し真面目に受け止めるべきだったのよ。貴方に流されてアマデウス様の悪評を流した"讃える会"の令嬢達も、余波を受けて婚約が見直されたり就職が白紙に戻ったりする可能性があるわ。その責任を取る意味でも貴方はやはり修道院に入るくらいはしなければ……」
「~~~~あ、あ、あ、あんなの、あの時のは、ただの脅しでしょ!! 思わないじゃない!!! こんなことになるなんて、家まるごと国中から悪者だと指差されることになるだなんて、思わないわよ!!!」
まあ、それはそう……。
こんな大事になるだなんて誰も思ってなかっただろう。
婚約祝賀パレードにて多発した通り魔事件、著名なアマデウス様の誘拐事件、やけに情報通なチラシ。思いがけない要素が重なって転がって、大きくなって返ってきてしまった。
仲良くはなかったが幼い頃から知っている幼馴染だ、気の毒に思う気持ちもある。
しかし私も王太子妃の筆頭侍女になる(予定の)者として毅然としなければならない。
泣きじゃくるシモーネを宥めて、ベールを被せて馬車まで付き添い、家に送り返した。
……アマデウス様が無事に帰ってきてくれれば、この薄っすらと負の感情が漂う町の雰囲気も和らぐことだろう。
窓を開けて息を吸い込み、どうかご無事で、と祈りを風に乗せた。




