担ぎ担がれ
「――――ぉぃ――おい、起きろ、アマデウス」
「……へっ」
「移動するってよ」
ビートに起こされた俺(起きてるつもりだったのだが暇過ぎていつの間にか寝落ちてた)は足枷を外されたと思えば手早く後ろ手を縛られ、それをぐるりと腰で結んでそこから出た縄をビートが持ち引っ張られる。慣れた手つきだった。
……犬の散歩?! とかツッコむ余裕もなくバタバタと移動すると出口でヴィペールではない屈強な男が透明マントを被り、俺は担がれ、またどこかへ移動した。
また別のアジトへ行き、少し経ったと思うと移動。
真夜中と思われる時間でも え、もう?! という短時間で離れた。
「なんか……無駄に移動してない? なんで?」
「知らねぇ。俺もこんなの初めてだ……はぁ」
抱えられてるだけの俺より自分の足で移動しているビートの方が疲れてるだろう。子供をこんな時間まで働かせるのよくない。そんなこと言ってもどうしようもない状況だが。
足を縛られてから一旦手の縄を解かれ、不味くはないけどカッチカチのパンを与えられて口の中をパッサパサにしながら(飲み物は貰えなかった)休憩。
大きな木箱がいくつかあるだけの殺風景な部屋の隅にビートと並んで座っていると、俺を交代で運んでいた男達三人も入って来てパンを食べ始めた。彼等の食事にはどうやら酒らしき瓶もあった。
飲み物あるのいーなぁ……とチラッと見たら目が合う。
「あ? なんだよ」
「え、あー、飲み物があって良いなあと思って……」
「てめえ抱えて走ってるせいでこっちぁ喉渇いてんだろが」
「そうでした、すみません。面倒をおかけしています」
流れで謝っておいた。別に抱えて走ってくれと頼んだわけではないのだが……なんなら適当な所に捨てて行ってくれてもいいのだが……。
いや本当に適当(適切という意味ではなくなんとなくいい加減という方の意味)な場所に捨てられたら困るが。崖の下とか川とか。
「……そういえば、さっきゴミの中に良いもん見つけたぜ」
ペロっと食べ終わった男1は一度部屋を出て何か持ってきた。それをガンッと乱雑に俺達の方の床へ投げる。何かの楽器だった。
「弾けよ天才様。上手いんだろ?」
「壊れてんじゃねーか」
ギャハハハ……と人を馬鹿にしている時特有の厭らしさを含んだ笑い声が響く。
俺はひとまず手を伸ばしてその楽器を持ち上げ、見た。
「……フィドランか」
それはこっちでフィドランと呼ばれる弦楽器で、バイオリンのような楽器である。見た目と音はちょっと違うが。真ん中の縊れが太めで、バイオリンだとf字孔と呼ばれる穴がfではなく職人によって違う形になっていたりする。SとかCっぽい形が多い。
そのフィドランは弦が四本中三本切れていた。四弦……一番太い弦だけ、無事。
弦張り直せば使えるのに勿体ないとは思うが、かなり安物だから捨てたんだろうとも感じる。弦の切れた本体しかなく弾くための弓がない。これでは弾けない。普通は。
俺は弓だけ魔法で具現化した。楽器を普段からガン見している俺なら魔法で他の弦を具現化することも出来なくはないが、ここは敢えて一本のままで。
――――お誂え向きというか、あの曲しかない。
「おい、弾こうとしてるぞ」
「ハ、壊れた楽器見たことねえんじゃねーの?」
嘲笑う声が聞こえるが、男三人とも俺から見たらガタイの良いイケメンなので(映画の一場面みたいだな……)なんて思ってしまって腹は立たない。
でもちょっと癪だから、弾けよと煽られたからには弾いてやろうと思う。
バッハ作曲・管弦楽組曲第三番第二曲をピアノとバイオリン演奏に編曲したもの、通称『G線上のアリア』。
音楽仲間に前世のことを打ち明けた時期、一気に書き溜めた楽譜の中にこの曲はあった。
「この曲……なんと四弦だけで弾けるんです!」とドヤ顔したくて練習した時期があったのだ。皆感心してくれた。良かった、ドヤ顔したいがために軽率に練習しておいて。
四弦、つまりG線だけで演奏できるよう編曲されている。
しかし別の弦も使って演奏した方が楽、いざ四弦だけで弾くとなると左手の移動と押さえをしっかりしないと音程が……あ、外した。
安物らしくちょっと作りが雑なので音質も妙にキンキンするし、久しぶりに弾くから音程もちょこちょこ外してしまったが、初聴きならまあそういう曲かと思えなくもない範囲じゃないかと思う。
でもなんか悔しいから一回目の後勝手に二回目に突入。二回目は完璧とはいかないが音程は外さずに弾けた。
空虚な部屋をゆったりとした荘厳なメロディで満たす。
拘束されて連れ回される緊張ですり減ったメンタルが落ち着いて、少し回復した気がした。
――――――ふう、と息を吐いてフィドランを下ろす。
この曲はやっぱり教会に合うな……帰ったらまた練習し直して、機会があったら楽譜を大司祭様に贈ろうかな、なんて暢気なことを考えてから聴衆に目を向けると全員ぽかんとしていた。
「…………壊れてたよなアレ……え?」
「な、何で弾けてんだ……? こわ……」
「……え、夢……? 俺、寝てる?」
敵は こんらん している!
男三人、ビートも目を丸くして驚いていた。弾いた甲斐がある。そういう(弦一本で弾ける)曲があるって知らなければびっくりするよな。
「ご清聴、ありがとうございました」
二ッと笑いかけて手の弓を消すと男達は不気味そうに体を引いたり、首を伸ばして俺の手のフィドランをじろじろ見て確認したり、頬を抓ったりと三者三様である。
「天才なのは、マジなんだ……」
どこかあどけない顔で呟いたビートに本来の年齢っぽさを見て口元が緩んだ。
「それほどでも。……練習すれば君も出来るよ」
「! ……」
ビート少年は意外そうに眉を上げ、すぐに不機嫌そうな顔になってフィドランをじっと見た。
「……興味があるなら教えるよ?」
「ない、いい」
素気無く断られ視線はよそへ向く。興味ありそうだったのに。
その後男達はなんとなく俺を遠巻きにし、謎の疎外感を味わった。特に理由のない暴力を振るわれたりする可能性もあったので距離を取ってくれたのはむしろよかったのかもしれない。
「うーん……どっから動きが洩れてるんだろうな~……追ってくんの早いし可能性が色々あり過ぎて調べる時間取れないんだよな~~~~結界はちゃんと効いてるみたいだけど……」
あまり深刻さのない声で首をひねりながらヴィペールが戻って来て、また移動すると告げる。
「なあ、結局アレ、国外に脱出する前にどっかに捨ててくのか?」
男2がヴィペールに尋ねる。アレとは俺のことっぽい。
「そうだね、放置したら死ぬようなちょっとわかりにくい場所に隠して捜索隊をそっちに誘導して、その隙に脱出できればと思ってるよ」
……なんか物騒なこと言ってる!
「あいつさっきさ、なんかすげえことしてたんだよ……壊れた楽器で一曲弾いてたんだ、教会で神父が弾いてるような複雑な曲……」
「神の愛し子だって言われてたんだろ? ……殺すようなことしたら祟られねえかな」
「このまま連れてって外国で売った方がいいんじゃねえか? 教養技術持ちは高く売れるだろ」
男三人が俺の演奏に畏れを抱いた(?)らしく、俺に直接危害を加えることを忌避しているようである。悪党なのに地味に信心深い。売られるのも嫌だがさっくり殺されるのは一番避けたいのでこのまま騙されててほしい。
まあヤクザだって験を担いだりはするだろうし、映画とかでマフィアが「尼さんを殺すのはちょっと……」と嫌がってるシーンがあったりするし、教会の存在感が強い時代だと悪者にも神への畏敬が及ぶか。
売り飛ばすのも充分悪いから祟られると思ってくれないかな……。
「え~? だ~い丈夫大丈夫、神の愛し子だってんなら神が助けるでしょ! ほらもう出るよ~準備して」
ヴィペールが無慈悲にそう返して手を叩き急かす。そして再びビートに縛られる俺に寄ってきた。
「アマデウス様、演奏なさったとか? 大の男達が動揺するほど素晴らしかったみたいで、時間があれば是非聴きたかったです。残念ですなぁ」
「いえいえ、それほどでも……」
警戒しながら愛想笑いしておくと、ヴィペールはサッと俺の頭から爪先を眺めて眉を下げた。
「……はぁ~~~~~~……婚約者様との会話を聞いててっきり純愛の方だと思ったのに……尻軽だったなんて……残念……実に無念……」
しみじみとそう言ってすごすごと効果音が付きそうな背中で去った。お眼鏡に叶わなくてよかった本当に。
純愛の方を選んで犯そうとするんじゃないよ変態。尻軽に残念とか言えるような性癖か。ただの尻軽の方があんたよりずっとずっとマシだからな!!
……ヤリチンだと思われていることが結果的に身を助けることがあるなんて、人生って何が起こるかわからんな……。
※※※
そして移動ばっかり繰り返して何日も経った。
まとまった睡眠時間がないので体がだるい。ビートや他の人達も疲れが溜まっているようでイライラしている。
一か所に落ち着く暇がないのは捜索の手が迫っているからなのはわかったので、何らかの方法でちゃんと俺を追ってくれているのだとわかって、俺は絶望せずにいられた。
次に運ばれた先で視界が開けたのは、――――船の上だった。
「えっ、海!? ……いや、違うか……」
「……わかるんだな。あんた海見たことあるのか?」
「あーまあ、うん……」
見渡す限り水面だが海じゃないと思ったのは潮の匂いがしないからだ。これは――――湖。
暗い時間帯で周囲がよく見えないが、大きな湖がある領は絞られる。そして外国に向かっているらしいということを踏まえると……地理の授業でやったことを脳内で引っ張り出す。
やっと自分の居場所が把握できた。
高い確率で――――……ジャルージ領、リェーヴ湖!




