身体検査
※性暴力を想起させる展開があります。
――――――――――――意識はあるが何にも見えず体も動かない中、ひたすら運ばれる。
次に視界が開けたのはどさっと転がされた時だった。六帖か七帖くらいの部屋、薄い敷布団の固めなベッドの上。すごく汚いわけではないが全体的に小汚い。外の物置とか倉庫みたいな。
痛いっちゃ痛いが低い所から落とされたようで、一応ないわけではない気遣いを感じる。
……ずっと焦りっぱなしで心臓バクバクだったからどれくらい時間が経ったかさっぱりわからん。数分だった気もするが数十分だったかもしれない。
俺を運んだ男、ヴィペールが疲れたと言わんばかりに肩を回して息を吐き(そりゃそうだ、俺そこそこ重いと思う)、徐に俺の右足に枷を付けた。サッカーボールくらいの鉄球が繋がっていた。錆が目立つ鎖は鉄球を手で持って運ぶには難しい短さ。何で普通に足枷が転がってんだ。嫌な部屋だな。
靴下越しに冷たい金属を感じてぞわぞわしているとヴィペールが俺の首に手を伸ばす。
怖くて体を引こうとしたが動かない……と思った直後、動いた。彼が俺の首に巻いたリボンのような平たい紐を解いたのだ。紐を取った瞬間体が動かせるようになった。この紐に"体を動かせない"とかなんとかの魔法の刺繍がしてあるのだろう。
「っ……げほ、んん」
体を起こして息を吸うと空気の砂っぽさに少しむせた。
「さて、騒がないでくださいねアマデウス様。思いっきり蹴られてもいいんなら騒いでもいいですけど……おい、今誰か暇な人いる?」
意外と丁寧なのかそうでもないのかわからんことを言いながらヴィペールは扉を開けて閉め、俺は暫し一人で残される。だが数分も経たないうちにヴィペールと少年が部屋に入ってきた。俺は驚いて目を瞠った。
「ひとまずこの方の見張りよろしくビート、身体検査も」
「ん、……ってぅわっ、こいつって……おい、相当ヤバいヤマに巻き込んでねえか」
「詮索すんな~」
黒に近いツンツンした髪に鋭い目付き。
俺の見張りを任されたのは、いつか新聞記者の後ろにいた少年だった。
ビートと呼ばれた少年は不服そうな顔をしながらベッドに座っている俺の前に立った。
「はいかいいえで答えろ。俺達に取られて困る物を今持ってるか?」
武器とか毒とか魔道具とか、何か攻撃に使える物を隠し持っていないかという尋問らしい。
これが身体検査? ……何故この少年にやらせるんだろう。
「……い、いいえ……?」
「次嘘吐いたら後ろの奴が鞭打つから。もう一度聞く。俺達に取られて困る物や嫌な物を身に着けているか?」
いつの間にかヴィペールが馬用の鞭を持ってにっこにこしながらこっちを見ていた。ニヤニヤというよりニコニコしているのが恐い。楽しそうな笑顔に鳥肌が立つ。
「あー……はい……」
「どこに」
「…………えーと」
「引ん剝かれて喉奥からケツの穴まで調べられた上で鞭打たれたくなかったら言え」
「……上着の、内ポケットに……」
するとヴィペールが従者のごとく恭しく俺の上着を脱がせた。そしてゴソゴソしてハンカチを取り出す。
「ほう、シレンツィオ家の紋章入り。なるほど、婚約者からの贈り物ですかな」
「そ、そうなんです。無害で大事な物なので出来れば……」
「恐縮ですが、燃やしてきましょうね」
「えぇーっ?!」
「ほら、私の魔法のことを考えると布切れもあんまり馬鹿に出来ないんでね。すみませんねぇ」
ジュリ様が手ずから刺繍して贈ってくれたハンカチが……。
口惜しすぎるが、ここで下手に反抗的な態度を取って怪我したり気絶したりして逃げるチャンスを逃したくはない。……後でジュリ様に謝ろう、と思って口を噤んだ。
「他にはないか?」
「はい……特にはないです」
敢えて言うなら今着てる黒シャツなんかは着心地が良くて気に入ってるから取られたら嫌っちゃ嫌だが。深刻に嫌だと思うのはそのハンカチくらいである。脱出に役立ちそうな物を持ってたらよかったが、生憎持ち合わせていない。
「……ん」
「ご苦労、ビート。では私は少々現状把握に行って参りますので、よろしく」
ハンカチを持っていかれて意気消沈する俺と少年ビートが部屋に残された。
ヴィペールが退室してから一分ほど待ち、俺は恐る恐る確認してみる。
「君は……確かフェデレイ新誌の記者の助手、だよね?」
「……よく憶えてんな、一回会っただけの平民の顔なんて」
「まさか潜入取材……とか?」
「は?」
違ったっぽい。
「印刷工房をクビに……?」
クビになっちゃってこんな怪しい仕事に加担してるのかと思ったが、少年は怪訝そうに眉を寄せた。
「は? ……ああ、俺は別に工房に正式に雇われてるわけじゃねえから。記者のルーヒルが情報を集める時に雑用したり協力したりしてるだけだ……はした金でだけどな」
つまり……ホームズとか明智小五郎などの探偵が子供たちを使って巧みに情報を集めてた……みたいなイメージだろうか。
「じゃあ、ヴィペールともそういう……?」
「……まあな」
「ルーヒルは良いにしてもヴィペールとは距離取った方が良いと思うけどな……得るものより失うものの方が多くなりそう」
「……チッ」
めちゃくちゃ嫌そうな顔で舌打ちされ睨まれた。
『説教すんな』という態度にも見えるが『知ってるわそれくらい』という態度にも見える。リスクをちゃんとわかっているのなら……シルシオン嬢みたいに、協力せざるを得ない理由がありそうだ。
むっすりしてそっぽを向いたビート少年に俺も口を閉じ、沈黙が流れる。
耳を澄ましても外の音などが全然聞こえない。天井近くに通気口のようなものはあるが窓は無くて、もしかして地下か? 足枷付きとはいえほぼ成人の男の見張りに子供一人で充分と判断するくらいだし、この部屋自体に逃げられそうな穴は期待できないか……。
体感で一時間くらい経った後、ヴィペールが戻ってきた。
「ふう……ただいま戻りました。いや~、面倒なことになってます。またお嬢様に怒られるなぁ……まさか聖女の株を上げてしまうことになるとはね……」
話しかけているようでもあり独り言のようでもあったので黙っていたが、聖女の株……?
コンスタンツェ嬢の方も何かあったんだろうか。気になる。
ヴィペールは溜息を吐きながら上着を脱いで俺の横、ベッドに座った。するとスッとビートが立ち上がってあっという間に部屋から出て行った。
「さて、と」
「え……あの」
「まあまあ、さ、服はどうせ替えを用意しますけど邪魔ですから脱ぎましょうね……念のため、一応、何か隠してるかもしれませんから、調べさせていただきますね……?」
彼は俺のシャツのボタンを外し始めた。ハァ……と熱い息を吐きながら。……下半身を元気にしながら。
……シャツを脱がされて舐めるような目で見られ、冷や汗がすごい出てきた。
――――――妙に褒められた時から嫌な予感はしてたけど……やっぱ来たか……来ちゃったかあ……!!
代わりに人質にと申し出た時に想定と覚悟はしていた。暴力・拷問の可能性と……貞操の危機の可能性あたりは。
でもまあ、まあまあ。俺は男だし令嬢でもない、貞操は重要ではない。めっちゃくちゃ嫌だがむしろそれで済むならまだマシだ。人質交換の時に言われたみたいに手足を切り落とされたりして命が脅かされるよりは、一応。
しかし、ただエロいことされる、で済むんなら、だけども……。
マリアとリーマス・レナールのように相手が信用ならない(どころか明確にヤバい人)ともなれば性行為と一口で言っても安全とは限らないし、拷問と同じくらい辛い可能性も死ぬ可能性も普通にあるのだ。
今思えば、シルシオン嬢の全力媚び媚び太鼓持ち姿勢は彼女の処世術だったのだろう。貴方に全力で付き従いますと態度で示して敵対を避け安全を確保していた。
全力で下手に出るというのはやろうと思ったら案外難しい。プライドの高い貴族なんかはそんなふうに振舞うくらいなら死んだほうがマシだと言う人もいるだろう。頑固な職人なんかも多分すごく嫌がる。嫌々やっていることが滲み出たら逆効果だし、誰にでも出来ることではないと思う。
だがしかし。
今この状況で俺が一番優先すべきことは、生きて帰ることである。出来れば五体満足で。
俺のためにもジュリ様や皆を悲しませないためにも、強い意思を持ってそう行動すると決意した。
そのため、プライドだとか嫌悪感だとかは胸の奥に全力で押し込めて俺は…………媚びる!!!
―――――貴方を見習って俺は全力で媚びるぞ――ッ!!! シルシオン嬢――ッ!!!
「……私が、受け入れる方ということで、よろしいので?」
そう言うとヴィペールはふと俺と目を合わす。その間も俺の脇腹を撫で回している手は止めない。嫌な顔をしそうになるのをぐっと我慢して笑みを作る。
「そのぉ……多少知識はありますが、男性とするのは初めてなので……やさしくしていただけると……嬉しいです……」
上目遣いで猫撫で声を作り、ヴィペールの太ももに手を這わせた。なるべくやらしい感じで。
男とするのは初めてどころか女ともしたことないんだが、俺の風評的にそう言っても信じてもらえなかろう、『嘘吐け』と怒らせる可能性もなきにしもあらず……と考えて非童貞のフリした。男同士のやり方の情報はこっちでは全く耳に入ってこないが、前世で読んだなにがしかでなんとなくは知ってる。
一体何をやってるんだ俺は…… と頭の片隅で思ってしまうが、やった。やれた。客観的に見たら恥ずかしすぎて悶絶すると思う。
因みに振る舞いは前世のアニメで見たお色気アニメのお姉さんを参考にした。エロではなくあくまでお色気アニメなので寸止めで終わるシーンだけど。
男がやっても気持ち悪いか……? とも過ったが、でもこの男俺に発情してんだから多分……大丈夫だろ! と決行。
一緒に楽しむ姿勢を見せて、痛いことはしないでもらえるように誘導したいという作戦(?)。反抗的な態度よりも従順でかつノリが良い方がやさしくしてもらえるだろう、おそらく……という目論見だった。
ゾワゾワドキドキしながら反応を待つと、予想外にヴィペールは――――――スン、とした。
あれ……?
「……あ~~~~、うん、なるほど……あ、私少し急ぎの野暮用を思い出しまして……少々、失礼をば」
そんな言い訳臭い言葉を並べて申し訳なさそうな顔を作った男はサッと服を整えて部屋から出て行った。あっという間に。デジャヴュ。
うん……? あれ……???
頭の上にハテナを浮かべつつも危機を逃れたことに脱力して寝転ぶ。深呼吸してから起き上がって服を着直す。また戻ってくるんじゃないかと少し緊張していたが数分経たずにビートがまた部屋にインして来た。
彼は俺が……不埒なことをされていないことを察したらしく、目を瞠った。
「……もしかしてあんた、アイツとヤるのにノリ気だった?」
「えっ?! えぇっと……」
年下の少年から性的なことに言及されてまごついてたらビートがドアの外に目線を向けて言う。
「あいつ、相手が嫌がってねえと興奮できねえんだよ」
――――――――――――さ、最低な性癖を拗らせてくれてたおかげで、助かった……!
「すげえな、あんな醜男とヤる気になるなんて……色情狂だって噂マジだったんだ」
「色……、……」
ちが……違うんです!!!!!
……と弁解したかったが少年はヴィペールの仲間だ、俺が内心では嫌がってたと知れたらそれを報告してしまうかもしれないので、念のために否定せず口にチャックをした。唇嚙み締めすぎて血が出そう。
「金持ちってどいつもこいつも偉そうに暴言吐きまくったり叫んだりして嫌がってあいつを喜ばせるのに……やっぱ普通じゃないな、あんた」
「……」
あの人余罪が山ほどありそうだな……。
俺にはヴィペールは映画に出てそうなイケオジに見えるけど、こっちの価値観的に黒子二つは結構な不細工だ。俺だって同意なく同性にヤられるのなんて普通にすごく嫌ではあったがこっちの美醜観を持つ人よりは嫌な気持ちは薄目で隠しやすかったんだろう。
今までの被害者のことを思うと素直に喜べないが、助かったには助かった。運が良かったと思っておこう。
ありがとう、媚びるきっかけになったシルシオン嬢……。心の中だけで礼を言っておく。
そういえばあのまま致すつもりだったなら足枷は外してもらえたんだろうか。まあ素っ裸になるなら足枷なんてなくても逃げられないか……。
ベッドに座るとつい靴を脱ぎたくなるが、いつ逃げるチャンスが来るかわからないから履いとこう。足枷があるから逃げられる可能性は低いが、それでも。
――――ジュリ様、お体は大丈夫だっただろうか。
いや、今は俺の方こそ皆に心配させてしまっているかな。
外の様子が全くわからないのが不安で、危機が去っても気は休まらなかった。




