表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍発売中】美形インフレ世界で化物令嬢と恋がしたい!  作者: 菊月ランララン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

239/268

掛け替え

【Side:ジュリエッタ】


 落ちる直前、一秒。

 デウス様が限界まで手を伸ばしたのは見えていた。

 嗚呼、ごめんなさい、私としたことが、貴方の手を取らないだなんて。


 彼に手を伸ばせば私は落ちずに済んだだろう。しかし実感があった、片手では確実にシルシオン嬢を取りこぼすと。咄嗟に捕まえただけのこの掴み方では体重がかかれば彼女は滑り落ちてしまう。

 

 死。

 いや、死なない。死なせない。

 死が迫るのを全身で感じながらも、片手で彼女の腰を抱き込み、片手で地面に向かって全力で風魔法を放った。

 


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 風の音しかしない数秒を経て、重い砂袋が落ちたような鈍い音と共に体の右側が地面に叩きつけられた。

 堅い石畳の感触がする。痛む、でも…………体感としては、一、二メーテル程度から落ちたくらいの衝撃。


 時計塔の天辺から落ちたら体のどこかしらが潰れていて当然だ、でもひとまず――――全身に目を走らせても五体満足、体を丸めて頭は守ったので頭部も無事。

 シルシオン嬢にも見たところ欠損はなかった。白目を剥いて気絶していたが、顔に耳を寄せたら息があるのを確認できた。



 のろりと体を起こすと心臓が激しく動き出し眩暈がした。正直、流石に死んだかと思った。


 時計塔に来るまでの間、止めるのが間に合わずにシルシオン嬢が落ちてきた場合、どうすれば助けられるだろうと少しだけ考えていた。いつかニフリート先生が落ちてくる水塊を逸らしてくれたように、強い風を起こして生垣の上に落とせば何とかならないだろうか。でも見える範囲の生垣もそこまで深くないし落ちる速さを考えると風を当てるのはかなり難しい……。

 

 では――――落ちている本人が、地面に向かって強風を放てばどうか?


 落ちる勢いを全力の風で殺せば、何とかなるかも……人を浮かすほどの風を起こすのは多量の魔力が要ると習ったし落ちている最中に冷静にそんなことが出来るかと言われたら怪しいし、シルシオン嬢にそんなことを要求しても通りはしないのだからそんなこと考えても仕方がないが……なんて、考えていたのだけれど。


 出来た。

 一か八かだったが――――――――――成功した。生還した!


 衝撃が抜けないのか眩暈が強い。立ち上がろうとしたら足がかくんと挫け膝をついた。力が入らない。

 この感じは……治癒魔法を受けた時の感覚に似ている。ということは……

 ……魔力枯渇!

 

 自慢ではないが私は魔力が枯渇しかけた経験がほぼなかった。"聖女の器"足りうる魔力量があることがわかった今考えると当然といえば当然だ。魔力の残量を気にしたこと自体あまりない。

 これまでの道程で剣と盾に多少使っていたとはいえ、落下時の風魔法で使い切ったのか。出来得る限りの出力で風を起こしたけれど、あの数秒でそんなに魔力を消費したのか。

 この方法は……常人では不可能だった。私でなければ生き残れない方法だった……。

 背中に冷たい汗が一筋伝う。



「……お、お、おおおお姉様ーっ?!?!? い、いまおち、上から落ち……え、死ん、いや、生きて、……だっ誰か!! 治癒師を呼んで!! あ、モルガン様、治癒魔法をお使いになられ、られましたかしら?!」

「い、いやすまない、治癒魔法は極簡単なものしか習得していない!」

「じゃあやっぱり治癒師を……! えっと、ええっと……!!」


 少し離れた、時計塔の門の近くにロレッタとモルガン様と護衛達がいた。そういえばついてきていたのだったか。私達が落ちたところを見ていたらしく慌てふためいている。

 ……ロレッタが私のために慌てて治癒師を呼ぼうとしているなんて、何だか意外に感じてしまった。仲が悪いとはいっても殺気までは感じたことはないし、姉が死んで嬉しいと感じるほどの人でなしだとは思っていなかったけれど、なんとなく面映ゆい。

 

 そして時計塔の中から蒼白な顔のデウス様が駆けてきた。横に公爵家の影の生首(のように見える)も見えた。急いで降りてきたにしても随分早い。


「―――――――ジュリ様!!!」

「っ、けほ、ご……」


 ごめんなさい、驚かせて……と言おうと口を開いた瞬間、ぞわりと悪寒を感じ、私はシルシオン嬢を抱えたままぐるんと転がった。だが次の瞬間にはシルシオン嬢が手から離れていた。


「……あれっ!? 間違えた!?」


 立たせられ、後ろから私の首に何者かの腕が周っている。

 その男は背後で『間違えた』と言った。おそらく咄嗟に転がった結果シルシオン嬢と私の体の位置が入れ替わったからだろう。つまりシルシオン嬢の方を捕まえるつもりだったのだ。この男、深みのある大人の声をしているが口調が妙に軽い。

「ちょっ、あ、あんた、コレリック家の……!」

 私からは顔を見ることが出来ないのでわからないが、デウス様は私を捕らえたこの男の顔を知っていたらしい。


「ぉっと近寄らないでください皆様。影も、私がこの娘さんの首をうっかり折らないように振る舞いにはお気を付けて」

「……貴方、"御者のヴィペール"ですね?」

「あ~~~、バレてら……いやね、私は落ちてきた其処の娘が死んだかを確認しに来ただけだったんですけど……シレンツィオ派に嗅ぎ付けられていたんですねぇ、しかも何故か死んでないし……何で? 確かに天辺から落ちたのに……」



 ヴィペール……"刺繍の魔法"の持ち主と思われる男。

 この男の周囲にも姿は見えないが何人かいる気配がする。深刻さのない口調で首をひねっているようだが、隙が感じられない。そして手足に力が入らない状態でなくともここまでがっちりと首を取られていたら抜け出せない。シルシオン嬢がそうだったように、この男も周囲に隠れている男達も手練れだ。公爵家の影が手を出しあぐねている。


「……先ほど言ってましたが、お間違えだそうですね? 彼女を放してくださいますか」

「そうすると我々は公爵家の影から攻撃を受けてしまいますよね。恐れ入りますが出来かねます」

「でも流石にシレンツィオ公爵令嬢を害したともなればコレリック家も終わりの始まりですよ?」

「そうですねぇ……うーん、そこの気絶娘と交換……いや、此処を切り抜けるためには人質がいた方がよさそうだ、こっちで良かったのかも」


 デウス様とヴィペールの会話を聞くことしか出来なくて歯がゆい。

 シルシオン嬢が生きていたら始末するために待機していたということだろうか。彼女は何らかの条件が揃えば飛び降りるという話だったから、その条件を満たすとこの男が飛び降りを指示しに来るようになっていた?

 落下したのを見て死体を確認しようとしたら生きていた、確保(もしくは確実に息の根を止めようと)したら、私に邪魔されて……という流れか。


 まずい。今の状態で人質として連れて行かれたら抵抗どころかろくに身を守れない。

 コレリック家としてはこんな表立った形で私を害すつもりはなかったろうが……ここで彼が捕まったらそれはそれで非常に困るのだろう。



「ひ……人質なら、俺の方がいいと思いますよ!! 彼女より俺の方が弱いし!!! 自慢じゃないけど俺は武術や剣術の訓練を全く、一日も受けたことがありません、人質にはもってこいだと思います!!」


 

 焦った様子のデウス様がそんなことを言い出したので私はますます血の気が引いた。

「だっ……だめですデウス様! 危険です!!」

「貴方が他の男の腕の中にいるよりはずっとマシです」

「ふざけないでください!!」

 ふざけたわけではないだろう、わかっていたけれど思わず怒鳴ってしまった。

「ジュリ、いつも貴方に守られてばかりなんですから……たまには俺にも守らせてください」

「そんなことっ……」


 物理的な攻撃から彼を守った回数は私の方が多いかもしれないけれど。

 私の心は何度も何度も彼に守られてきた。救われてきた。


 ヴィペールは腕の締め付けを少し強め、小さく笑い声を上げた。

「ふ、殊勝なお申し出ですな……でも図体のでかい男子を捕まえておくのも骨が折れますからね、扱いが乱暴になってもお許しいただけます? うっかり手とか指を切り落としたりしてしまうかもしれないですけども……」

 少しだけ申し訳なさそうな響きを含めつつも軽快な口調は、ヴィペールがそれを躊躇いなくすることが出来る人間のように感じさせて不気味だった。


「っ……いいですよ! それで人質交換してくれるんなら……」

「お、いいんですか演奏家でいらっしゃるのに! 手は命よりも大事では?」

「そりゃ大事ですし嫌かと言われればすっっっごく嫌ですが、それでも、マシです。貴方の腕の中にジュリ様がいるよりはずっと」


 彼がそう言い切ったことに思わず胸が熱くなってしまいながらも、魔力枯渇の気持ち悪さと一緒に酷い不安感に襲われて体が震える。泣いている場合ではないのに涙で目の前が滲む。


 彼が人質になって捕らわれ連れ去られ、安否がわからない、遺体で見つかるかもしれないなんてことになるのは何よりも恐ろしいことだった。もしかしたら自分の死よりも。

 彼も私がそうなることを同じように恐ろしく考えていたとしても、それでも。



「や……やめてください、デウス様、お願いですから……わ、わたくし、わたし……あ、貴方を失ってしまったら、きっと……もう、まともに生きていかれないのです……」



 他に私を慈しんでくれる人が何人いたとしても、誰も彼の代わりにはなれない。

 絶対に替えがきかない、たった一人。

 シルシオン嬢の気持ち。全部わかるだなんて勿論言えないが、わからないふりなんて絶対にできないと思うくらいにはわかった。だから……あの時、彼女を見過ごすことが出来なかった。



 険しい顔で言い募っていた顔をふと緩ませて、彼が笑った。


「それは俺も同じです。だって……貴方がいないと、俺がこの世界に生まれてきた意味がない」




※※※




 ぽろっとジュリ様の目から小粒の真珠のような水滴が落ちた。

 ああ、泣かせてしまった。


 ジュリ様もシルシオン嬢もぱっと見大きな怪我などはなさそうに見えるが、本当に大丈夫だろうか。

 おそらくジュリ様は風魔法で落下の勢いを殺したんだろう。助かるにはそれくらいしか考えられない。


 人は風魔法で空を飛べるのか? という質問は昔家庭教師にしたことがある。

 やはり空を飛ぶのは人類の普遍のロマンらしく、今まで試した人は大勢いるらしい。しかし結論としては『魔力が豊富で優れた風魔法の使い手なら理論上数秒浮くことは可能だが、すぐに魔力枯渇に陥るため危険』ということだった。人の体重を支えるほどの風を起こすのは魔力の消費が激しいのだ。台風並みの風速が要ると考えたら無理もない。

 魔法使いといえば箒で空飛んでいるイメージの地球人からしてみればとても残念な話だった。

 


 生きていただけで膝から崩れ落ちそうなくらいほっとしたが、俺が駆け寄るより早くそれこそ風のような速さで、ある男にジュリ様は捕らえられた。

 

 二つ黒子の渋い中年男、コレリック家の御者、ヴィペール。


 生かしておくには危ういシルシオン嬢の死を見届けにきたようだったが、どうやらジュリ様が庇ったために彼女を確保し損ね、公爵家の影がいるためにそのまま逃げるのも難しく。場当たり的にジュリ様を人質にして逃れようと試みている。


 じりじりと睨み合いながら会話し、人質なら俺が! と立候補した。

 ジュリ様がこのまま連れて行かれるのは最悪だ、それだけは駄目だ。

 おそらく魔力が枯渇に近いし見目にはわからないけどどこか打っているかもしれないから早急に治癒師に見せたいし……そもそも何をされるかわかったものではない。何もされなかったとしてもされたと勘繰られてしまう、誘拐は令嬢にとって絶対に避けたい醜聞でもある。



「や、やめてくださいデウス様、お願いですから……わ、わたくし、わたし……あ、貴方を失ってしまったら、きっと……もう、まともに生きていかれないのです……」


 俺が代わりに人質になったとしたら、公爵令嬢よりも容赦なく扱われてなんかの拍子に殺される可能性は……まあ、普通にあるだろう。

 俺を心配して人質交換を拒むジュリ様の悲痛な顔を少しでも安心させられるように、俺は笑った。



「それは俺も同じです。だって……貴方がいないと、俺がこの世界に生まれてきた意味がない」



 ……場違いなくらい穏やかな声が出たな、と他人事みたいに思った。


 

 神様にはっきりそう言われたわけでもないけれど。俺はそう思っている。

 ジュリ様を幸せにするためにこの世界に呼ばれたと、勝手に信じているから。

 そしてその役目を与えられたことを、心底誇らしく思っている。






「――――――――――――――素敵……ですね……!!」


 続いて場違いな明るい声を出したのは、ヴィペールだった。


 音楽活動を通して成人男性から恍惚とした表情を向けられるのは割と慣れているつもりだが、唐突過ぎて暫し呆気にとられてしまう。


「へ……?」

「いやぁ、いいなあアマデウス様……噂で聞いて想像していたよりもずっと素敵な御仁ですねぇ……! うん……!」

「は、はあ、どうも」


 こわい。

 にこやかに本気で褒めてくれてるっぽいことがよりこわい。この状況で。どういうキャラなんだ。


「うん……うん……そうですね、どうせ連れ回すならドブスより美少年の方が良いし……お望み通り交代しましょうか!」


 どさくさに超絶失礼なことを言うなコラ!!!!!

 と口から出かかったが機嫌を損ねて交代してくれなかったら困るので堪えた。


 両掌を肩の上に上げて丸腰を主張しながらゆっくり近付くと、見えない誰かにガッと羽交い絞めにされる。同時にヴィペールがジュリ様を突き飛ばして距離を取った。


 ひゅっと何処かから飛んできたボールのようなものがジュリ様の前に落ちて弾けた。ボフンとくぐもった音と煙が広がって目の前が真っ白になる。爆弾かと一瞬焦ったが、煙幕!

 人質が代わっても公爵家の影から逃げるのは難しいままと思ったが、これはコレリック家の援軍が着いてしまったということのようだ。必死に会話を繋げていたつもりだったが、時間稼ぎをされていたのはこちらだったのかもしれない。



 見えない人の透明マントに包まれ首に何かが触れたと思った瞬間、体から力が抜け全く動かなくなった。どうやら魔法の刺繍布を押し付けられたらしい。


 俺はなすすべなくなすがまま、何処かへ連れて行かれた。




コメント、ネタバレになりそうな時返信しなかったりしますがいつも喜んでます。ありがとうございます。

七月後半、多忙のため更新減るかと思いますm(__)m

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
あまりにも美味しい展開。感謝…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ