潜入
大きくて透明な窓というのはこの国の技術だとまだ作るのが難しいため、窓は細かい枠があったり半透明だったり色付き硝子で模様が描かれていたり(それはそれで綺麗)して基本的には外がはっきり見えない。
しかしこの紺碧の兎亭では透明で枠も大きく取った窓を採用していて、景色がよく見えるのが売りの一つだった。建てた当時は綺麗な模様の色ガラスを魅せるために窓を大きく取っていて、流行に合わせて窓だけを新しく出来るような作りにしていたらしい。
パレードの先触れがくるまで、大通りや広場では大道芸人や劇団が芸を披露したり踊ったりしている。商品の売り歩きも多い。
露払い役が知らせに来ると芸人達は一旦道を空け、見学に回った。
王宮から来たパレードが大通りへ。
町のいたる所にはためく王家の旗、赤い衣装で揃えた兵士と楽器隊、馬に乗った近衛騎士達。練り歩くそれらに歓声を上げて手を振る人々。楽器隊の演奏は誰もが知る伝統曲で、ご機嫌に歌い出す人達もいる。
俺が売った薬草柄スカーフを振ってる人が結構いるのに気付いた。コンスタンツェ嬢推しの黄色だけではなく他の色でも構わずぶんぶん振ってたりする。
……魔石がもっと安くなったら、ペンライト的なの作って売ろうかな。
そしてパレード行列の中程にはユリウス殿下とコンスタンツェ嬢が乗った豪奢な馬車。
赤に金の刺繍が入った衣装の聖女と王太子が、少し高い所からにこやかに手を振る。ゆったりと進む。
パレードが終わるまでずっとにこやかでいるというのも地味に大変だ。頑張れ。
「……わたくし城下町を見てみたくなりました。デウス様、ご一緒していただけますか?」
「ええ、勿論。せっかくですから記念に何か買いましょうか」
ジュリ様が公爵閣下に目配せし、予定通り護衛を連れて紺碧の兎亭を出る。
「――――わたくしも少し外出したいわ。いかがです? モルガン様も」「勿論お伴致しますよ……」というロレッタ様達の声が背中越しに聞こえた。
ぶらりとデートに出たとばかり思っているセレナ(俺の護衛)と公爵家の三十代くらいの茶髪騎士・確か名前はクラウス(ジュリ様の護衛)は迷わず時計塔に向かう俺達に少し不思議そうにしたが口は挟まない。
「アマデウス様、垂れた靴紐を踏みそうです、結び直しましょう」
「え、あ、ああ……ありがとう」
クラウスは下がり眉で優しげな顔立ちだが体はムキムキで二メーテル近い大男だ。わざわざ大きな体を縮こまらせて俺の靴紐を結び直した。そこまでしなくても自分でするのに、と思ったが止める間もなくサッと結んでサッと立った。でかいのに素早い。
町中では時々俺に気付いた様子の民がちらほらいたが、自分の予定を優先してか空気を読んでか声をかけてきたりはしない。一応少しは店を見ている風を装いながらもスタスタと進んでいると、ジュリ様が俺の腕に手を回して囁いた。
「……ロレッタとモルガン様がついてきていますね」
「へっ?!」
ドキッとした次の瞬間には驚いてつい後ろを見たが人混みしかなく……全然わからんけど。いるんだ。
「お二人の真似をしてモルガン様と仲を深めたいのかもしれませんね」
当然気付いていたらしいセレナが苦笑してそう言ったが、俺達はちょっと困った。これから行くのはシレンツィオ派への敵意バリバリの勢力が潜む場所だ。撒いて行きたいが正直時間が気になる。
仕掛けた側からしたら貴族の自死はある意味メインディッシュだから、ある程度殺傷事件が起こってから満を持して、の可能性が高い。
そのため、そんなに早い時間ではないはずと考えている……が。だがしかしシルシオン嬢が飛び降りる正確な時間はわからないのだ。
「遠回りしますか?」
「……いえ、時間が惜しいです。途中で諦めるかもしれませんし……このまま行きましょう」
ジュリ様がそう言って俺も同意し、足を進めた。
そして道中、お祭り騒ぎとは異なる人々の騒めきを遠目で確認した。
「何かあったようですね……聞いてきます」
セレナが小走りで行って数分で戻ってくる。
「刃物を持った様子がおかしい男がいたそうです。ですが近くの騎士がすぐ取り押さえたそうで、怪我人などはいません」
その言葉にそっと息を吐いて、俺とジュリ様は目を合わせて頷いた。
「……行きましょう」
「はい」
「えっ、……畏れながら、お戻りになった方がいいのでは」
こんなに近くで事件が起こったのだからクラウスがそう言うのも当然だが、俺達は「まあまあ」「大丈夫」と曖昧な返事をしながら時計塔へ向かった。
「――――セレナ殿、お止めした方がいいのでは……」
「……お二人とも軽率な方ではありません。お考えがあるのでしょう……」
「めでたき日で気が大きくなってしまっているのかもしれないではないですか……」
騎士二人のひそひそ声は割と俺に聞こえてしまっていたが、聞こえない振りをした。心配かけて申し訳ない。これから危険を冒そうとしていることも申し訳ない。
※※※
中央時計塔は普段から一般人立入禁止だが、基本的に塔を管理する役人と清掃くらいしか来ないし大した警備もないらしい。隠密の技術があれば忍び込むのは簡単だろう。
「時計塔の上からの眺めを一度味わってみたいと思っていたの。入ってもよろしいかしら」
おっとりとそう言ったジュリ様に、受付の事務員らしき眼鏡のおじさんは困ったように笑う。
「ええと……そんなに面白い所でも居心地がいい所でもないかと思いますが……?」
「構いませんわ。彼といればどこでも楽しいんですもの」
「人気が少ない方が嬉しいですしね」
この言い回し我ながらなんかやらしいな。ちょっとイチャつきたいから入れろなどという無理ぶり。普通の若者相手ならキレられて怒られてもおかしかないが、護衛二人の騎士服にシレンツィオとスカルラットの紋章が入っているので役人くらい学があれば貴族であることは伝わりまくっている。
「ふふ、ええ、わたくし達静かに過ごしたくて……ですから他に人は通さないでくださる?」
「お願いします。そこまで長居はしませんから」
「は、はあ……わかりました、どうぞ」
腕を組んで目を合わせて笑い合い、浮かれたカップルとして時計塔内部へログインする。
受付おじさんは俺の顔をチラチラ窺っていたので俺がアマデウスだとは気付いてたかも。(ちょっと面倒だけどまあいいか、貴族に逆らっても良いことないし……やれやれ)という感じで割とあっさり通してくれた。
「―――――セレナ、クラウス。ここからは敵地と思って油断しないで頂戴」
階段で二階に上がったところで、ジュリ様が笑みを消して騎士二人に言った。俺と繋いでいた手を離し、透明な盾と短めの剣を出して数歩前に出る。
魔力切れになれば一巻の終わりなので通常剣は実物を用いる。それに実物の剣に魔力を込めた方が基本強い。そのため騎士が魔法で剣そのものを出すのは訓練時か手元に剣が無い時に限られる。
内心では ジュリ様かぁっこいい~~~~~~~…… と思っているが空気を読んで真面目な顔をする。俺もすぐに盾を出せるようにしておこう。
「やはり何かあるのですか、此処に」
セレナはすぐに臨戦態勢になった。ジュリ様とも俺とも付き合いが長いのでなんとなく感付いていたらしい。察しが良くて助かる。
「……行方不明のカーセル伯爵家三子シルシオンとその一味が……時計塔で何かするという情報が入ったんです」
「なっ……それは応援を呼んだ方が」
「出所を明かせない情報でしたのであまり人を動かせなかったのです。でも公爵家の影も数人近くに付いています……セレナはデウス様を守ることを第一に」
「はっ」
クラウスは数秒唖然としていたがすぐに気を取り直した様子で表情を引き締めた。
音を立てないようにしながらゆっくりと二階、三階と見て回る。
三階に入ってすぐ、数メーテル先で剣戟のような音が響いた。どさりと何かが床に落ちた音も耳に入る。
「! ……これは、」
クラウスが音がした所へ近付くと、――――片手が落ちていた。
俺はヒッ……と声が出そうになったが我慢する。そしてよく見たら手は切り落とされたわけではなく、その手以外が見えないだけのようだった。つまり、透明マントを全身に被っている人間が片手だけ露出して倒れているのだ。
『曲者です。ひとまず縛って隠し、置いていきます』
知らん声!!! 誰!?! あ、味方の忍者か!!!
誰もいない方向からその声がした次の瞬間には手は消えていた。微かに何かを引きずるような音はしたが、ほぼ無音。忍者すごい。
つーか、時間がなかったし俺達がそもそもまだ影を使える立場ではないから仕方ないけど、味方の顔も知らないのっていざという時困らないかな……。
「……公爵家の影が先回りして勝ったようですね。良かった」
ジュリ様がそう言ってまたじりじりと進む。
時計塔は四階建ての建物の上に大時計の天守閣が乗っかっている形で、五階は時計の真下部分、人が上ることが出来るのはその上、実質六階の時計盤まで。時計盤の少し下がバルコニーのようになっている。
人影が過ったのは四階の奥だった。
ガキン、とジュリ様が盾で攻撃を受けた。どこからか一瞬で現れた顔にぐるぐると布を巻いた男がジュリ様の剣をひらりと躱し、大振りのナイフを構える。
クラウスが体重を感じさせない速さで男に斬りかかった。それをナイフでかろうじていなした男は階段の方に逃げる。
階段に僅かに見えた駆け上がるもう一つの人影。あのピンクは、シルシオン嬢だ。この階に潜伏していたか。
直後、ギィイン!! と俺の耳横で金属が擦れる音がした。
セレナが俺の横でまたどこからか出てきた布ぐるぐる男と交戦し始めた。すると影からニュッと出てきた手が小さなナイフを次々放ち、男の腕や足に当たる。
あっ、あれ多分俺に付いてくれてる忍者だわ!!
俺は屈んで盾を出して壁を背にし、守りに徹する。
そのうちに公爵家の影と共闘した騎士達とジュリ様は悪漢二人を倒した。ニュッと出てきた(影が持っていたのだろう)縄で縛り上げる。
「デウス様、お怪我はありませんか」
「俺は大丈夫です! ジュリ様こそ……」
「無傷ですわ。影の手助けがあるとやはり違いますね……」
騎士二人も怪我無し。流石公爵家の騎士。
――――俺は戦いになると普通に足手まといなのだが……役に立てるだろうか。いや、最低限足を引っ張らないように気を付けなきゃ……。
誰かが大怪我したとしたら聖女用治癒魔法で力になれる。治癒魔法の勉強も進んだから軽い傷ならすぐ治せる。全員が無事に越したことはないからまあ役に立てなくてもいいが……。
一抹の不安もありつつ、ここまで来たんだからもう行くしかない。
階段を上った。




