薬食同源
「お久しぶりです、モルガン様」
「ええ、アマデウス殿。いつぞやはロレンスが世話になりました。私とロレッタ様との婚姻はまだ先ですが、義兄弟になるのだから呼び捨てにしていただいても構いませんよ。義兄上」
「いや~~、それは追い追いで……」
王都の高級宿屋兼茶屋、『紺碧の兎亭』。
深い青を基調にしたインテリアの上品なホテル兼カフェである。でかくて綺麗な老舗。
ジュリ様達より先に入口でモルガン様と会った。
王太子と聖女の婚約祝賀パレード当日、シレンツィオ公爵家の貸切。
大通りに面したこんな良い場所を良い日に貸切るのっていくらかかったんだろうな……と地味に気になる。あまり金のことを言うのも気が引けるし聞いても「へぇ~!」みたいな普通のリアクションしか返せないので聞かないが。
年上の義弟(予定)のモルガン・エストレー侯爵令息。
スマートな盛装にキラリと光る紅玉付きのタイピン、片側の髪を後ろに流しており不敵な笑みを浮かべる雰囲気セクシーなイケメンに仕上がっている。
今日の俺はシャツが光沢のある黒、赤水晶で留めたループタイ、薄灰色の上下。祝日かつかしこまった場ではないからいつもよりカジュアル。髪色が派手だから服は彩度が低い方が落ち着いて見えて良いなと個人的に思っている。
服を整えて家を出る時「すっかり大人になられて……」とメイド達がおだててくれたけど、この人の横にいたら俺もまだまだ学生で子供に見えるだろうなぁ。
そして家格も歳も上の先輩を呼び捨てはちょっとまだ感覚的に出来ない。ジュリ様のことだってずっと脳内で様付けだったからまだすんなりとは呼び捨てに出来ないし。イチャつく時だけ呼び捨てにするというのもアリか……? とちょっと脳内で検討している。
学院では俺様系だったが今は婚約者の親御さんの前だからかお行儀が良い感じのモルガン様。……そういえばこの人の黄土色の瞳って、ちょっと金色に近い色だから美形の底上げになってるのかな。
かつて王女殿下のお茶会にいたマリシア嬢の婚約者カーティス殿も髪が黄土色だった。あんまり気にしてなかったけど実は彼俺が思うよりも上位のイケメンだったのかもしれん。
連想してマリシア嬢の妹のシモーネ嬢を思い出す。"スチュアート殿を讃える会"の会長。
姉と同じライトブラウンの髪を二つに分けて縦ロールにしていた。縦ロールのお嬢様は珍しくないが、もしかするとあれフォルトナ嬢を意識してたのかな……なんて今更思った。綺麗な縦ロールっていざ作ろうと思ったらすげー大変そう。
シレンツィオ姉妹は深い赤のドレスだった。ジュリ様は装飾控えめな大人っぽいシルエット、ロレッタ様はフリルが多めでロリータファッションっぽさがある。
俺とモルガン様が赤の小物を付けてるのは婚約者の瞳の色由来だが、コンスタンツェ嬢の瞳の色から取ってパレードの装飾のメインカラーも赤だから、ドレスはそれに合わせたのだろう。
ジュリ様は横髪を編んで後頭部後ろへ、白地の薬草柄スカーフ(赤のグラデ・俺推し仕様)をリボンにしていた。ロレッタ様はいつもの茶髪縦ロール。頭の後ろには水色の刺繍が入った赤いリボンがついている。
方向性の異なる赤いドレスに澄まし顔の姉妹は、精巧に作られたお人形さんのようだった。
だが近付いて目が合うとジュリ様がふんわりと笑み、作り物めいた美貌に生気が宿る。あ~~~~~寝てはないけど目が覚める。
「ジュリ様は赤がよくお似合いになりますね……」
うっとりしながらそう言うとジュリ様はぽっと頬を染めて照れた。
「そうであれば、嬉しいです……貴方の色ですから」
キュン……。
お可愛らしいことを言ってくれる。
……あ、さっきの深読みすると『貴方にお似合いで相応しいのは俺です』みたいな我の強い主張になってたか? まあそう思われても構わない。
「ロレッタ嬢、いつにも増して可憐だ。貴方の隣に侍ることが出来る栄誉は何にも代えがたい」
「過分なお言葉をいただいて、光栄ですわ」
モルガン様の慣れた様子の褒めとロレッタ様の慣れた様子の受け止め。この二人は学院で顔を合わせるとかもないので一月に一回くらい面会して親睦を深めているという。表面上はある程度打ち解けている様子だが、どの程度仲良くなってるのかは読めない。
姉妹は俺とモルガン様を挟んで座り、姉妹同士では特に会話するつもりがなさそうである。まあ、ギスギスの応酬になってしまうよりは適切な距離を保っている方が良い……のかな。
ティーグ様と第二夫人とジークも挨拶と礼を述べ、ティーグ様はティーレ様と暫し何か話していた。
ジークは近年母親と二人でいるとしょっちゅう結婚についてせっつかれるそうで母と二人になりたくないのか、先に部屋に向かわずティーグ様達の話が終わるのを待ってじっと立っている。夫人はそれをほんの少し不満そうにしていた。
うちの楽師達ご一行も到着して公爵家の方々に挨拶し(挨拶は代表してシャムスがした。俺の専属楽師としての筆頭はロージーなのだが緊張してるだろうからシャムスがしてくれてホッとしただろうな……)、それぞれに割り振られた部屋でお茶をしながらパレードが通るのを待つ。
楽師達も場で浮かないように着飾っていた(こういう場の服はラナドとシイア夫人がアドバイスしてくれているそうだ)が、ソフィアは良い生地の卸し立て修道女服だった。修道服は冠婚葬祭どこで着てても文句は言われないのである意味便利かも。舞台で歌手活動の衣装は着るけどなるべく修道女としてのスタンスを崩さない、尊敬できる。
リリエとシャルルは家でのんびりすることにしたそうで、ロージーはある程度パレードを見たら早めに帰宅すると聞いている。
マリアもカツラと着替えを持ってきているようだ。王都は聖女に因んだ記念品(勝手に作ってる)が売られたりしててお祭り騒ぎのかき入れ時だし、頃合いを見て目立たない格好に着替えて散策するのだろう。護衛付きではあるがソフィアとデートかな。
……正直今日の王都をうろうろするのはお勧めできないのだが、予言のことは言えないのがもどかしい。
「国民全員が浮かれてるからあまり気を抜かず、ちゃんと護衛と行動するように」とは伝えてるけど……。
パレードを少し見物したら俺とジュリ様は中央時計塔に向かう。
『詳しくは話せないが王家から得た情報で気になることがあり、どうしても時計塔に向かいたい』とジュリ様がティーレ様にお願いした結果、公爵家の影を護衛に二人貸してもらえたそうだ。俺に付いている影も数えれば三人か。表向きの護衛も一人ずつ連れて行く。
いっそ公爵家の影にシルシオン嬢の捕獲をお願いした方が確実な気もするが……ネレウス様が俺に伝えたからには"来訪者"である俺が動かないと彼女が死ぬ未来は変わらない可能性が高いのだと思う。
「そういえば……スカルラット薬局は、随分と評判が良いようだな」
ティーレ様がお茶を片手にちらりと俺に視線を送る。俺は笑顔を返す。
「はい、予想よりも良いです。利益も想定より多くて、この調子であれば問題なく継続できそうです」
公共事業だしある程度の赤字は覚悟の上だが、維持するのに金がかかり過ぎてしまっては続けられないのでほどほどの利益は欲しい。まだオープンしたばかりとあって人が途切れないようだがじきに落ち着くだろう。客足が安定した時の売り上げを見てまた仕入れなどの調整が要るが、今のところ好調である。
窓の外の人々を眺めながらモルガン様が言う。
「私も良い評判を聞きました。しかし薬を求める民は思いの外多いのですね……そんなに病人がいたとは。病が流行っているわけではないのですよね」
「ええ、病が流行っているわけではなく、です。概ね予想通りでした。なんというか……病人が多いというより……体調不良の人が多いんです」
「……同じじゃないのか? あ、同じではないのですか?」
「私には学院の時と同じような話し方でいいですよ」
モルガン様に敬語使われるの変な感じだし。
彼は少しバツが悪そうに「では……お言葉に甘える」と言って肩を竦めた。
「似たようなものなんですが……体調不良ってのは、厳密に言えば病気ではなくて体を健康に保てる生活が出来ていないって意味です。薬局に置く薬を検討する上で、平民の友人……修道院と孤児院に協力してもらったんですが、普段の食生活で何をどれくらい食べているかを細かく記録して提出してもらいました。すると……貴族と比べて平民は、食べている物の種類が少ないということがよくわかりました」
「種類? ……飢えているわけではないよな?」
「ええ、食料が足りていないということではないんです。でも……大体同じものばっかり食べてるんです。その結果、栄養が充分でないせいで体調が悪い人が多いということがわかりました」
貴族であれば、大抵は料理人が毎日食材を変えて何品も用意し、主を満足させようとしている。極端な偏食でなければバランスはそこそこ取れているのだろう。それに貴族の料理人は食べ物が体に及ぼす効果をちゃんと意識している。うちの料理長は修業時代に師から教わったと言っていた。
おそらく料理人の界隈にも医学か薬学の要素がどこかで流入し、受け継がれている。今食用で出ている野菜の何種類かは少し前の時代には薬草として扱われていたりしたし。
だがしかしこの国の平民には基本的に……食養生という概念がない。
ある所にはある。親がそういう知識をどこかで仕入れたとか、医者から言われたことをしっかり受け継いできたとか、家庭によってはある。
だがほとんどの人は普段手に入れやすい好きな物を食べている。普通に食べていたとしても必要な栄養を取らなければ人間は健康ではいられない。
まあ、若人や体が生まれつき丈夫な人とかは平気だったりするんだが……。
流通している食料も上等な物は貴族に回されがちで、平民の手にする物は味も栄養も一段劣ると考えた方がいいし。
……そもそも日本の食べ物は、素材からして上等だった。美味しいものが大好きな日本人がたゆまぬ研鑽を重ねた結果を口にしていたのだと転生してから思い知った。
義務教育に家庭科があって一応は栄養学の基礎を薄っすらと知っていて、食べ物についてしか怒らないとか揶揄されたりもするほど食に拘る現代日本人の環境と、この国の平民の環境を一緒にしてはいけなかったのだ。
栄養が足りない状態で少し質の悪い病気をもらうとどうなるか。
――――体力が無い子供や老人なんかは呆気なく死ぬのである。
体力があっても対策できず病が長引けば、徐々に弱って……意外と早く限界が来る。
それに気付いた時は愕然とした。資料の中でやたらただの風邪で死ぬ人が多くて妙だな、わからん病気を風邪ってことにしちゃったんじゃないか? と勘繰っていたのだが……どうやら本当に風邪で死んでる。一口で風邪と言っても全部同じ病気ではなく、ピンからキリまであるのだから。
「当初は病気に対応するための魔法薬が大半の予定でしたが、より安価な栄養剤の割合を増やし、薬師には栄養失調の可能性を意識するように通達しました。結果、やはり栄養剤の出番の方が多いようです。薬局の存在が地域に馴染んできたら、栄養剤を使わずとも健康でいられるような食生活を指導する場も設けられたらいいなと……」
栄養剤とは薬草や精のつく物などを煎じたり粉状にしたり燻したりなんたりした物で、いわゆる健康・栄養補助食品だ。治癒師薬師の間では分類分けされておらず薬と呼ばれてたんだけど。
そっちの売り上げの方が安定しそうだ。日常的に摂取するし。
この国の薬は調合の過程で必ず魔力を使う。昔から魔法があり、主に貴族の間で医学と薬学が発展してきた国なので。使う魔力は魔石でも可。
魔石の魔力は、魔力を扱える貴族が魔石を扱う商家と契約し、定期的に決まった数の魔石に魔力を注入して納める、という形だった。要は小遣い稼ぎの内職だ。
消費者が使い切って透明になった魔石は買った商家に返す。石は欠けたりしない限りはリサイクル。
魔法の心得がない町医者などは魔石を買って調合する。魔石がそこそこお高いので薬もお高くならざるを得ない面があった。
ーーーーしかし。最近魔石は緩やかに安価になっている。
そのため薬局の仕入れにかかる金も抑えられそうだ。
何故なら……"エナジードレイン魔法陣"によって罪人から魔力を奪うことが可能になったからである!
監獄や牢獄、北の修道院送りの罪人に『魔力提供』という労役が加わった。
平民の魔力量は貴族と比べれば少ないらしいが塵も積もれば山となる。値下がりしすぎないように今は国が少しずつ魔石の流通を増やしているという。
結果的に俺は、魔力耐性の研究に協力したことで、罪人とはいえ魔力枯渇状態に陥り苦しむ人を大量に生み出してしまったわけだが…………まあ、これは国策だから……色んな人が決定権を行使して決まったことだから……俺一人の罪ではないから……!!
と気にしすぎないようにしている。
ふとモルガン様を見ると、物憂げな顔でじっと見つめられていた。
「えっと……何か?」
「……薬局についてはある程度資料を読み込んで、理解した気になっていたが……アマデウスにはたびたび驚かされる。表立つ派手なことを担当しているとばかり思っていたが……何かを成そうと思うなら地味で堅実な土台が必要なのだということを、俺は知るのが遅過ぎた」
「……え? 別に遅くないのでは?」
「遅いだろう。もう学生ではないのに、そんなこともわかっていなかったなど……」
「まだ爵位も継いでないじゃないですか。まさに今修業期間なんですし」
「……そう言われると、そうかもな」
今の言い草だとモルガン様は学生時代不真面目だったことを後悔しているっぽい。周囲からも色々言われてるのかもしれん。でもまだ二十代前半で『遅過ぎた』だなんて気負い過ぎだろ、と思ってそう言うと彼は片眉を上げて苦笑した。
ふと、公爵閣下がワインみたいな赤い果実酒を飲みながら言った。いつの間にか酒飲んどる。
「其方が語った民のその現状に、この国の貴族は今まで気付かなかった。気付いたとしても特に何もしてこなかった。自分の利益と繋がらなかったからであろう。……スカルラット伯は其方を養子に取る際、『もっと良い教育の場があれば、君はこの国に大きな貢献が出来る臣になれる』と言ったそうだな」
「え……ええ。よくご存知で……」
「さきほど聞いた。実現するにも随分早かったなと話していた。ティーグ殿の人を見る目はやはり信用が置ける」
――――無表情で口調も平坦だからわかりにくいけど……超褒められてる……よな?
「ぁっ、あありがとうございます……」
不意打ちのデレに赤面してどもった。周りからは微笑ましそうな顔で見られていた。ロレッタ様だけ少し笑みがひきつってる気もする。
「ふふ……デウス様、緑茶も、以前お贈りした赤い花茶もありますわ。何を飲まれます?」
「あ、花茶飲みたいです!」
思いの外和やかな始まりで、怒涛の一日は始まった。




