町の少年達
【SIDE:レクス】
王太子と聖女様の婚約祝賀パレードの日。
国中がお祭りのような浮かれた空気で、最低限の仕事を済ませたら使用人達も自由にしていいと言われていた。
リリエ奥様はお子様と家で留守番すると辞退したが、ロージー様達楽師一同(+シャムス様)は王都の高級店に招待された。俺も行ってよかったそうだが遠慮した。
リリエ奥様はシャルル様をあやしながら俺に尋ねた。
「レクスは行かなくて良かったの?」
「友達と屋台を周ろうって約束してましたし……正直、貴族御用達の店なんて緊張で楽しむどころじゃなくなりそうだし」
「わかるわ、私も。スザンナは全然気後れしなくてすごいわね」
「はは……」
ロージー様とソフィアさんは少し緊張している様子だったが、母さんは何も気負うことなく「楽しみだね~!」と言って出発した。あんまり深く考えてないだけな気もするが、母の度胸にはよく感心させられる。
※※※
「お~~い! レクス!!」
「おー、マルコ……あれ、親父さん?」
マルコの後ろには、臥せっていると聞いていた親父さんが立っていた。病み上がりっぽく少々やつれているが顔は笑顔で元気そうだ。
「ああ! もう外を歩けるようになったんだ! 薬ってすごいんだなあ!」
「明日にも仕事に復帰できるぜ。いやあ、薬局さまさまだよ」
鍛冶屋の息子マルコはスカルラットに来て知り合った最初の友達だ。母親は昔病死していて家族は父と子だけ。俺も母と子だけだからなんとなく共感し合った。親父さんの調子が悪くなってから気落ちしていて心配していたが、ほっとした。
マルコが薬局に行った話も嬉しそうに詳しく聞かされた。
スカルラットはこの春、国で一番早く薬局が開店した。すっかり国策として知られたがそもそも考えたのがスカルラット伯爵令息アマデウス様、実際に進めたのが跡継ぎの伯爵令嬢マルガリータ様だから。
開店初日は早朝から人だかりが出来ていて大勢が開くのを待っていた。予想していたらしい店側の警備の兵士は二列で並ぶように人々を案内し、整理したという。
好奇心で集まった人もいれば身内のために一刻も早くと思い詰めている様子の人もいる。マルコもその一人。父親の風邪が長引いてすっかり痩せてしまったのに食欲が無くてなかなかよくならない。このままぽっくり死ぬのではないかと気が気でなかった。
まだ若いマルコの稼ぎでは町医者が売っている薬は高くて手が出ないし、薬草も試したが効果があるのかないのかよくわからなかった。
「順番に案内する! まずは十人、中に入れ!」
警備の兵士にそう指示され、並んでいる者はひとまず待つ。数分で出てくる客もいればなかなか出てこない客もいる。どれくらい待たされるか不安になりつつも、領主様の店だし騒いだりしたら売ってもらえないかもしれないと皆思っていたのだろう、大人しく待った。切羽詰まっていないらしき人は行列から抜けて帰ったりしていたが。
さくさくと列は進み、思いの外待たされなかった。
入ると高い天井の壁一面に様々な薬が入っていると思われる瓶や見たことがない商品が並んでいて、その前にカウンターがあって何人も待ち構えている。先に入った客がその店員に何か相談しているようである。
汚れ一つないお仕着せの小奇麗な店員に話しかける勇気が出ず、どうすればいいのかわからずきょろきょろしていると、「何をお求めだい?」と話しかけられた。
「あ、えっと……あれっ、アンタ二の町の……薬師の婆さんじゃねえか!?」
「そうだよ。ああ、お前マルコか」
町の外れで薬店をやっているサーヘラ婆さんがいた。マルコが薬草を買いに行っている店だ。
少し前に安く薬を売ってもらえないかと頼んだが、「悪いがこれで飯を食ってるんでね、安売りは出来ん」と素気無く断られ「ごうつくババアめ!」と捨て台詞を残して帰った。
気が焦っていたから罵ってしまったが、冷静になれば婆さんが断ったのはもっともだと内心申し訳なく思っていた。
「その……前行った時は無理を言って悪かったな」
「いいよ、患者の身内の癇癪には慣れてる」
「そっか……それで何でここに?」
「見りゃわかるだろ、働いてんだよ」
サーヘラ婆さんは曲がった腰のまま心なしか胸を張った。彼女はここの店員のお仕着せを着ている。
「ええっ? あ、そういや婆さん、一応貴族の血筋なんだっけ?」
「まあ、分家の末端のそのまた子供だから貴族の暮らしなんか知らんがね。薬の知識は親譲りさ。別に血筋で認められたんじゃない、腕が良かったから薬局の案内役として雇われたのさ。三の町のヤブ医者爺にもお声はかかったがヤブだったから雇われなかったんだよ、良い気味だ」
何でも、薬局が出来たらこれまでの町医者が食いっぱぐれてしまうから、町医者の中でもきちんと知識がある者は薬局で非常勤の店員として働けるように取り計らってくれたそうだ。古い知識は改めろとか上の者の指示はしっかり聞けとか指導は入るが、それをちゃんと受け入れればなかなかの高給で、週に数日働くだけで食っていくには問題ない額を貰えると。
サーヘラ婆さんの店は古くて小さかったがよく整頓されており、富豪の常連もいるほど評判が良かったので腕を見込まれてというのは頷けた。
「それで、薬を使うのは親父さんかい? どういう具合の悪さだい?」
婆さんに父親の具体的な状況を話し、どういう咳が出ているかなどの真似をさせられたりと細かい質問をされた。板にガリガリと聞いたことを書き記した婆さんは「多分あれと……あれだね。ちょっと待ってな」と呟いてカウンターの奥に行き、一分ほどで出てきた。薬棚からいくつかの瓶を取り、スプーンで小さな布袋に粉末の薬を詰めて小さな書付をピンで留める。
「若い上司にいちいち処方の許可を貰わないといけなくてね。それだけちょっと面倒だ。こっち来な、説明するよ」
大体の値段と薬の飲む時間と量の説明を受け、会計。会計はカウンターの小奇麗な女がしてくれて緊張した。薬草そのままよりは少し高いが従来の薬の半額以下だ。薬の説明の紙もついてきたが字はろくに読めないしな、と思っていたら説明の横に絵も付いていて字が読めずともなんとなくわかるようになっていた。
「ありがとう、婆さん」
「感謝は領主様とそのお子様達にしな。大盤振る舞いだよ、こんな質の良い薬がこんなに安いなんてな」
ニヤッとした婆さんに手を振って急いで家に帰り父親に薬を飲ますと、仮病だったのかと疑うくらいみるみる元気になっていった。
いざ薬を飲ませる時間になるとしっかり聞いた筈の説明が頭に入ってなかったりしたから、説明の絵があって助かった―――――――と言う。
「仮病なわけあるかよ! 驚いたぜ、飲んでほんの少し経ったらスッと楽になって食欲も出てきてなぁ。ほんとに、領主様に感謝しねえと。じゃ、俺もちょっくら仲間と飲んでくるからお前らも楽しみな」
「おう、酒は少しにしとけよ! レクスは歌姫スザンナの息子だもんな、アマデウス様に会ったことあるんだろ?」
「ああ、たまにだけど……」
「ねえ、マルコにレクスは二人? よかったらあたし達と一緒に回らない?」
スカルラット一の町の年の近い娘が二人、声をかけてきた。たまに話す程度の顔見知りだ。
「勿論いいぜ! 奢ったりは出来ねえけどな、金あんまないから」
「いいわよそんなの。マルコ、お父さん治ったみたいでよかったわね。うちのお祖母ちゃんもね、薬局の薬のおかげで驚くくらい元気になったのよ! ね、レクスはアマデウス様に会うこともあるのよね? もし、出来たらでいいけど、本当にありがとうございますって、機会があったら伝えてほしいわ」
「ああ、伝えるよ。喜んでくれると思う」
「昔は時々聖歌隊に顔を出してくれてたのよ、アマデウス様。私も少しだけどお話ししたことあるわ。今思えば結構失礼をしちゃってたと思うんだけど……全然怒らなくて、笑顔が素敵だったわ~」
「へぇー、ああ、ソフィアさんが聖歌隊にいたんだっけ?」
「そうそう。……最近アマデウス様、やたら悪い噂が流れてるみたいだけど、あんなの嘘よね?」
本当? ではなく嘘よね? と聞いてもらえたことが嬉しい。
薬局の実態を見るだけでも民のことをよく考えてくれている人なのに、謂れのない悪評が流れているのは実に不満だった。
「でっち上げだよ。出世すると敵が多くなるからな」
「女誑しだけど良い人なんだろ?」
「良い人だよ、俺や母さんみたいな平民にも偉そうにしないし……女誑しって言われてるけど、歌姫にも手なんか出してないし」
「マリア様にも?」
「マリア様は、恋人いるし……あー、女の……」
「もしかして、歌姫ソフィアとデキてるって噂本当なの……?」
「あ、えーと……うん」
「ほんとなんだ~~~!!」
「女同士なのに……!」
「でも正直マリア様なら私も付き合いたい……!!」
きゃーっと楽しげにはしゃぐ娘二人に、失恋の古傷がほんの少しえぐられた。
「少し前にね、アマデウス様と関係があった娘を捜してた不審者がいたのよ。見つからなかったみたいだけど」
「そういえば、うちの近くの粉屋の次女、町だと評判の美女でしょ? アマデウス様が聖歌隊に来てた時、結構本気で見染めてもらおうと必死にアピールしてたの。でも見向きもされなかったわ、ちょっと可哀想になるくらい」
「ねー、町娘をとっかえひっかえしてたなんて嘘っぱち」
「ああ。後先考えずに手を出すような人じゃないよ……お人好し過ぎて、貴族としてちゃんとやっていけてんのかな? なんてちょっと心配になるくらいだし」
「でも、アマデウス様ってあれだろ、偉い家に婿入りして聖女様の後ろ盾になるんじゃなかったか? アマデウス様の敵ってつまり……聖女様の敵ってこと?」
「……まあ、そうかな。悪い奴だな」
聖女コンスタンツェ様の後ろ盾うんぬんは俺がマルコに話した。政治的なことをしっかり理解しているわけではないが、知ったかぶりをした。
「アマデウス様の悪い噂を流してるのって、聖女様に王太子妃の座を取られた女達の一派ってこと?」
「まあーっ、汚いわ! 性根がサンドリヨンの継母!」
「まあ……コレリック侯爵家なんかはだいぶそれっぽいみたいだな。娘が王太子の婚約者候補だったけど競り負けたってことだから、嫌がらせしてるかも」
ノトスがコレリック家で虐待されていたことは特に口止めされていない。貴族が下男を虐げたって特に罪にはならないし、平民が多少騒いだって貴族には痛くもかゆくもないから。
「実のところ、楽師ノトスはコレリック家で酷い扱いされてたから、アマデウス様が助けるために連れ出したんだ。それで逆恨みもしてるかもな」
「そうなの……!? コレリック領の領主様ってひどいのね……」
「悪の巣窟じゃん……そんな所の領民じゃなくてよかったな、税金払いたくないぜ」
「本当だわ。スカルラット領万歳!」
「アマデウス様万歳~!! ねぇ、あそこの屋台見ない?」
「先になんか食べようぜ!」
気持ちを切り替えて俺達は祭りを楽しむことにした。
俺がこの日口にした言葉がこの後の大きな流れの種になるなんて、夢にも思わなかった。




