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【書籍発売中】美形インフレ世界で化物令嬢と恋がしたい!  作者: 菊月ランララン


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234/268

聖母



「……シルシオン嬢が……飛び降りる?! 時計塔から?! 流石に死ぬんじゃないですか?!」


 動揺して当たり前のことを言ってしまった。生きて着地できる高さではない。


「そうだな。大通りからは外れているとはいえ人通りは多い場所だ、大混乱が起きるだろう」

「さ、さすがに、確実に死ぬとわかる命令をされて素直にきくとは……あ、例の刺繍の魔法でそうするように仕向けられているってことです?」


 わざと階段から落ちようとしたりと体を張ってきたシルシオン嬢だが、死にたくはないはずだ。……多分。実家が取り潰しになって捕まれば罪人として裁かれる可能性が高く、明るい未来は望めなさそうとは言っても……。


「その可能性もあるが……鏡文字刺繍布をいくつか回収した所感、いちいち刺繍をせねばならんということもありあまり細かい指示を出せるような代物でもない。魔力も手間もかかり過ぎる。おそらく死にはしないように仕掛けがあるとでも丸め込まれて時計塔までは自分で来るのだろう」


 なるほど……メイドのセシルを盾に取られて、命令を断れないのかもしれないし。

 そう、彼女には悪事に手を染めてでも守りたい人がいるのだ。まだ死にたいとは思っていない筈。


「シルシオンが視えたのがつい数日前だ。ただでさえ通常より王都の警備に人を増やして王家の影も多くを駆り出している。今から配置を弄って時計塔を見張る人員を出すのは難しい。……我々は罪人の命より無辜の民の命を守る方を優先せねばならん」

「それは……はい。わかります」



 つまり俺が動かない限り、この不吉な出来事は防げない。

 そもそも彼女が飛び降りることになる何らかの条件とやらが揃うとは限らないが……最悪の事態は考えておくべきなんだろう。



 退室する際(俺だけ先に帰る)に、

「そうだ、ジークと膝枕くらいならしてもいいと思いますよ」

「ひざ……まくら……?」

 夢の中でも気が休まらない予言者に豆知識を与えて帰った。あれくらいならお付きの神官も許すんじゃないだろうかと思って。

 実際したかどうかは知らないが、帰宅したジークと顔を合わせた時少し恥ずかしそうに眼を逸らされたので多分したんだと思う。ネレウス様、俺のアイデアだって言ったんだろうな、言わなくていいのに。



※※※



「それは……出来れば防ぎたいですね……大混乱が起きれば怪我人も出そうですし、無差別傷害事件に加えて目立つ形で貴族の自死まであったとなると、神の怒りをかっただとか聖女の資質を疑えだとか、王太子と聖女の婚約に異議を唱える口実を与えてしまうでしょうし……」


 ジュリ様には伝えてもいいと許可を貰っている。

 ネレウス様の所からすぐにシレンツィオ城を訪ねた。突然の訪問にも快く迎えてくれたジュリ様と応接室で一緒に悩ましい顔になっている。


「……デウス様は、シルシオン嬢を助けたいとお思いなのでしょう? お父様にお願いして時計塔を影に見張らせて確保を……いえ、彼女自身影の技術がある上にコレリック家の影も付いている可能性が高いとなると、捕まえるのもなかなか難しいかもしれません……」


「そうですよね……。俺は彼女を助けたいというよりは……いえ、出来れば助けたいとは思ってますが……。ノトスの恋人のセシルとシルシオン嬢の間には、絆があるんです。おそらく幼い頃に一緒に過ごした仲なんじゃないかと。セシルはコレリック家の下男下女を助けるために自ら鞭打たれることもあったという、心優しい人のようです。もし、自分を守るためにシルシオン嬢が死ぬことになった、なんて知ったら……」



 不遇な環境の中で優しさを忘れなかった人に対して――――あんまりな仕打ちではないか。

 そして恋人がそんな深い悲しみに打ちひしがれていたら、ノトスだってきっと辛い。


 俺はセシルとノトスのために、シルシオン嬢に死んでほしくないのだ。



「……そうですね。コレリック家との繋がりを証言してもらうためにもまだシルシオン嬢に死んでもらっては困りますもの。私達で何とかしましょう」


 向かいに座っていたジュリ様はすっと素早くも優雅な動きで俺の隣に移動し、俺の手を握って微笑んだ。

 小声の会話は聞こえない程度の距離にいるメイドさん達にはジュリ様が俺に甘えたように見えただろうが、逆だ。俺が甘やかされた。

 

 慈しみの眼差しを向けられると不安が和らぐ。

 手を握り返して笑みを返すと何とかなる気がしてきた。


 あ~~~~~ジュリ様もう聖女通り越して聖母、ーーーーと思いかけて、いや、まだ結婚もしてないし精神年齢的には年下の恋人に対してバブみを感じるのは……一足飛び過ぎる気がする! ……と自省してその気持ちは一旦封印した。

 



※※※




「大丈夫よシルシオン、貴方が飛び降りる付近に優秀な風魔法使いを待機させて、下から風を送って勢いを殺させるから! それで地面に着いたら、そいつが素早く血糊を撒いて死んだように見せるわ。しばらく死んだ振りしてて、騎士団に運ばれて人気のない所へ行ったらうちの手の者がちゃあんと回収しますわ。顔が判別できないよく似た死体と交換してね!」



 ご機嫌な様子のメオリーネの言葉をシルシオンは貼り付けた笑みで聞いていた。

 メオリーネが話す『自分を死なせないための小細工』も、全部嘘だとちゃんとわかっていた。


 時計塔の天辺ほどの高さから落ちた人間を風魔法で救うなど不可能と言っていい。理屈としては不可能ではないが、風魔法の名手であっても落下するほぼ数秒の間に対象に正確に風を送るのは至難の業だ。おそらく魔力量も追い付かない。何度も何度も試して奇跡的に一度成功するかどうかという方法である。


 シルシオンは理解している。そもそも自分を生かしておく理由などこの遺書を書かせた時点でもうない。

 断るという選択肢もない。断ればこの家で殺されるだけだから。


 遺書と書かれた封書の中には『カーセル伯爵家の悪事は全て神殿の指示で行った』『神殿には悪魔が巣食っている』『聖女なんて嘘っぱち、あの女は悪魔だ』などのでっち上げが書かれている。

 

 今冬"刺繍の魔法"がどこかから漏洩したらしく、無差別殺傷を王家に感付かれている。

 もし、王家の騎士団に阻まれて()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ーーーーこれを服の中にしっかりと入れて、婚約祝賀パレードの日に時計塔の天辺から飛び降りる。それがコレリック家がシルシオンに望む最後の役目だった。

 

「謹んで遂行致します。メオリーネ様、万が一私が命を落とすことがありましたら……どうかセシルのことはよろしくお願い致します」

「死にはしないと思うけど危険な任務だものね、不安よね。ええ、ええ、わかっているわ!」


 シルシオンは、メオリーネが自分の死に対して義理を感じるかどうかは自信がなかったが、祈りを込めてそう言った。




 パレードの前日、シルシオンは時計塔の内部に入り込むため影に付き添われて深夜に出発する。ルシエルとセシルにだけ挨拶して出ようと二人に地下室の入り口まで来てもらった。永久の別れになることは言わずに行くつもりだった。

 だがセシルは青い顔でシルシオンの手を握って放そうとしなかった。



「セシル? ……もう行かないと」

「……あのねシオン。私……私ね……七歳の頃に事故で父が亡くなって……後を追うように母も病死して、その後は親戚の家を転々としていたの。親族はどこも裕福ではなくて、いつも迷惑がられてた。……奉公するようになったら食には困らなくなったからか急に背が伸びて……カーセル伯に見染められて……カーセル伯のことは、正直好きではなかった。子供が出来てしまったってわかってから先行きが不安でずっと心細くて…………でも、でもね。貴方が生まれて腕に抱いた時は、嬉しかったの。喜べないと思ってたのに、不思議とすごくすごく嬉しかったのよ。ああ、この子は間違いなく私の家族だ、もう私はこの世でひとりぼっちじゃなくなったんだって…………」


 セシルは静かに涙を流しながら娘を見つめた。


「だから、この手で育てることが出来なくなったのは本当に悔しかったし……離れている時も、今どうしているかなって、元気で暮らしていますようにって、いつかバレないようにこっそり会いに行くんだって、いつも思ってた。そう思うことで自分を支えてた。貴方が手紙をくれて、会いに来てくれて、お母様と呼んでくれた時も、本当に嬉しかった……結局そのせいで、貴方をこの家の闇に巻き込んでしまったのだけれど…………ね、シオン、今日はここにいてほしいの。ここで、お母様と一緒にいて。お願いよ…………」



 言われずとも娘が死地に向かうことをセシルは感じ取っている。ルシエルも察しているようで沈痛な顔をしている。

 何とか引き留めようと手を離さない母を見つめて、シルシオンは唇を噛んだ。体を駆け巡った衝動を抑えるように強く目を瞑って、深呼吸をしてから目を開けた。



「セシル……お母様。私、私ね……お母様に会えて本当に良かった」



 息が詰まりそうになりながら母の手を剝がして、死にたくないという言葉を飲み込んで、娘は地下室を出た。



「シオン!! まって、まってよ……!! あなたまで私を置いて――――ーー」



 遠ざかる母の声に申し訳なく思いながらも、確かに自分は愛されていたのだとシルシオンは少しだけ喜びを感じた。

 そして自分は愛のために勇敢に死ぬのだと、恐怖を胸に閉じ込めた。




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