平手打ち
【Side:ドロシー】
「コニー様、ドロシー! 中庭で揉め事が起きてるらしいの」
「揉め事? 誰が……」
「それが……"信奉する会"と"讃える会"がついにぶつかるみたいで」
「ぶつかるって……とにかく行くわ!」
コニーがさっと立ち上がって早足で歩き出したので慌ててついていく。王子妃として必要な素早さかはわからないが行動力があるのは頼もしい。
私達が現場に着くと、人だかりの中心で令嬢が令嬢に向かって盛大に平手打ちをかましたのが見えた。
手を上げた方、あれは―――"信奉する会"の代表者の一人、エーデル様では?!
コニーに侍るようになってから"アマデウス様を信奉する会"とは頻繁に情報交換してきたし交流してきた。家の意向で中立に立つ子や流す情報を制限せざるを得ない子もいるが、基本的に同じシレンツィオ派の仲間と思っていい。
そして一年生の超絶美男子"スチュアート殿を讃える会"はパシエンテ派の令嬢が大多数を占め、アマデウス様への偏見に基づいた噂を広めているようで"信奉する会"と対立していた。何度か小競り合いは起きていたようだが、上級生中心組織と下級生中心組織だったため遭遇率が低く小康状態であったのだが……。
「どういう状況!? 双方、離れなさい!!!」
コニーが通る声で一喝したらその場の生徒は皆動きを止めた。少し前だったら(勇ましいけど令嬢っぽくないのよ~~~!!)と渋い顔になっていただろうところだが、聖女の肩書きと妃教育の成果か佇まいに優雅さが足され、その立ち姿には威厳が出ていた。成長を感じて不覚にも涙が出そうになった。
「コンスタンツェ様……! お、お見苦しいところを……」
エーデル様に叩かれた少女―――シモーネはコニーに敬意を払い、他の生徒達も姿勢を正した。
そして少し遠くに駆けつけてくるアマデウス様とアルピナ様とエンリーク様が見えた。私達と同じで呼ばれたのだろう。
「どうしたのエーデル!?」
「アルピナ……エンリークさま……アマデウスさま……うっ……」
「エーデル、大丈夫かい?! 泣いて……はないか」
泣いてはないらしい。赤い顔でふるふると肩を震わせているが興奮しているだけのようだ。
何事か、という目をアマデウス様が向けてくるがこちらもまだよくわかってないので首を振る。
「……説明してくれる人はいますか?」
しん、とした場でアマデウス様が困ったようにそう言って見渡すと"信奉する会"の二人がすっと前に出た。エーデル様とよく一緒にいる古株だ。
「申し上げます」
「わたくし達の言ったことに齟齬があれば、貴方がたも口を挟んで構いませんわよ」
その言葉に"讃える会"の会長、ビンタされてた方……シモーネは険しい顔で下唇を噛んだ。
シモーネは私の友人、べイヤート伯爵令嬢マリシアの妹だ。
小さい頃から時々会っているのでそこそこ知っているが、結構美人でちょっと良い成績の少し高飛車な女の子。私を見下してる感じがマリシアよりもあったので地味に苦手だったが、将来的に私がコニーの専属侍女になりそうと知ると丁寧な態度になった。現金なものだ。
因みにマリシアとその婚約者カーティスは今も変わらず王女殿下に侍っている。クレスタールで静養した後はロレンス様と向き合う気持ちが固まった様子の王女殿下は、消極的だった社交に取り組み始めた。マリシア達はそれを率先して手助けしている。
浮ついた気持ちだと思っていたが王女殿下を慕う気持ちは案外しっかりあったようだ。……というか、この姉妹金髪美形が大好きなだけのような気もしてきた。
王女殿下とコニーはすごく仲良し……とまではいかないが時々それぞれの知らないユリウス殿下の話で盛り上がったりして友好的な関係を保っている。二人とも人当たりはいいのでなんだかんだ上手くやっていきそう。
古株二人の語るところ。
シモーネ達"讃える会"五人を呼び出したのは"信奉する会"のエーデル様達五人だった。
ジュリエッタ様からは冷静に対処するよう言われていたはずだが、我慢が限界にきてしまった"信奉する会"の幹部達。エーデル様が初手で凄む。
「ご機嫌よう、"スチュアート様を讃える会"の方々。これは警告です。いい加減にアマデウス様の適当な噂をでっち上げるのはおやめにならないと後悔しますわよ」
シモーネが返す。
「かの御方の自由奔放な恋愛遍歴が噂になっているのをわたくし達のせいだと仰るの? 言いがかりはやめていただきたいですわ」
「謹慎処分の生徒が出たことで巧妙に噂の出所を誤魔化しているようですけれど、こんなことを続けても貴方がたのためにならなくってよ。私怨で次期シレンツィオ公爵夫妻を侮辱するような者達を受け入れる職場がこの国にどれだけあるとお思いかしら」
「……証拠もないのに圧力をかけようというのですね。そんな脅しにわたくし達は屈しませんわ! そもそも、貴方がたが無責任にちやほやしたせいであの御方が女性の敵ともいえる御仁になったのではなくって? 公爵夫に相応しい方とは思えません、道徳的に判断してそう思う者はこれから増えるはずです!」
「アマデウス様はジュリエッタ様に一途な方です! 道徳に反することなど何もなさってません! よく知りもしないで憶測をさも真実かのように触れ回って……――――わかっていますわよ、スチュアート様のための会だなんて嘯きながら、貴方がたは出鱈目でも何でもいいからアマデウス様とフォルトナ様を貶めて、スチュアート様の目が自分達に向くのを願っているのでしょう? そんな浅ましい心根ではたとえ金髪であろうとスチュアート様の目にとまることなどないでしょうよ! ……応援している御方がお慕いする御方を貶めようだなんて信奉者の風上にも置けないわ……無責任なのも厚顔無恥なのも貴方がたのほうですわ!!」
「なっ…、無礼な!……男爵家の分際で!!!」
そこでシモーネはエーデル様の頬を叩いたらしい。図星だったんだろうなぁ……。
驚きでよろめいたエーデル様はその場に倒れ込み、右手を変な角度で地面についた。
「つっ……~~~~よくもわたくしの右手を!!」
右手を痛めたエーデル様は逆上し、立ち上がって直ちにシモーネの頬を叩き返した。左手で。
頭に血が上った二人は掴み合いになりそうになったが周囲が何とか止めて、今に至る。
※※※
ひとまず二人の説明に口を挟む者はおらず、話したことと起こったことに相違はないようであった。
「……エーデル、落ち着きまして?」
「ええ……信奉する会の名を背負っておきながら野蛮な真似を致しまして、面目次第もございません……!」
アルピナ様に背中を撫でられながらエーデル様は深く頭を下げた。シモーネにではなくアマデウス様と仲間達に。
それを見て怒りで顔を赤らめたシモーネがエーデル様に指を突き付ける。
「伯爵家のわたくしに手を上げたこと、抗議致しますから! ただで済むとはお思いにならないことね!!」
先に手を上げたのはそっちのくせに、……と思ったその時。
「……言っておきますが、学院内では身分の違いによって扱いを変えることは禁止されています。問題行為が同じなら学院から与えられる処罰は同じですよ」
毅然とした声を上げたのは音楽担当のスプラン先生だった。いつの間にか人が集まっている……騒いでたんだから当然か。そういえばここは音楽室が近い。
そして私達の背後にはニフリート・ジャルージ先生もいる。
普段から妙に視界に入るし目を付けられているようだと警戒していたのだが、彼はどうやらコニーを見守っているらしい。もしかしてそうなのかな……? と思ってコニーがユリウス殿下に訊いたら、
「陰ながら守ってほしいと頼んだのだが言われてみればあやつがそんなに器用なわけはなかったな……」と返ってきたらしい。
見守られているというか堂々と睨まれている。こわい。味方なのはよかったけどあんまり安心できない。
ハッとしたニフリート先生も同意する。
「! ああ……スプラン女史の言う通り、貴族学院において生徒は皆平等。学院からは二人に同等の処罰を下す。そのつもりでいるように」
「はっ? な、なんですって……?!」
シモーネは自分は見逃されると思っていたようでサッと青くなる。
格上が格下に多少暴力を振るっても通常は咎められたりしない(大怪我させたともなれば話は変わるが)ので、シモーネがそう考えたのはわからなくはない。
でもやっぱりまだまだ子供ね。だって……
「先に手を上げたのは貴方なのでしょう? ただで済むと思っていたのならそれこそ滑稽ですよ」
シモーネにかけられた涼しげな、けれど強い不快感を込められた声。声の主は、誰もがすぐに誰だか悟る、夜の闇のような黒髪。
カリーナ様とプリムラ様を両脇少し後ろに従えた、シレンツィオ派筆頭――――公爵令嬢ジュリエッタ様その人である。
アマデウス様達からは一足遅れて来たようだが、ちゃんと話を聞いていたようだ。
目に見えて怯んだ"讃える会"の女子達に冷ややかに語り掛ける。
「何を驚いていらっしゃるの? わたくしの婚約者について議論なさっていたのだからわたくしが来ることくらい予想できたでしょうに」
微笑んでいる。微笑んでいるのに、怒っているのがよくわかる。彼女の目が向いている方向の全員が寒気を感じているかのように微かに震えた。肩書だけでは説明がつかない威圧感が漂っている。
そう、"信奉する会"はジュリエッタ様公認の組織。このまま格下のエーデル様の生家に抗議して謝罪させようとしても……喧嘩の原因を聞きつけたシレンツィオ公爵家の怒りを買う危険性があることを、シモーネはわかってなかったようである。
「―――――ジュ、ジュリエッタ様! この機会に申し上げたいことがございます」
シモーネが恐怖に抗うように声を上げた。蛮勇。
「なんでしょう」
「フォルトナ様がスチュアート様の求婚を断るのは、近いうちにアマデウス様に侍る予定だからだとは思われませんの? 結婚さえしてしまえばこちらのものとばかりに妾を囲うような人を夫にして本当によろしいのですか?! 王妃となる方をお支えする家門に相応しい方なのか、今一度お考え直しになるべきと進言致します!!」
あくまでフォルトナ様とアマデウス様が好い仲である、自分達は悪くないという立場をごり押ししたいらしいシモーネ達は強気な表情を作ってそう宣う。
そして『貴方の婚約者は地位を手に入れたらすぐ他の女を囲うに違いない』なんて言われて気分が良い人はいなかろう。
ジュリエッタ様の眉が吊り上がり、圧が増す。ヒィ~~~。帰っていいかな。
「……ふっ、あっはは、またそんな無茶な」
アマデウス様の暢気な笑い声。彼の笑顔にふと気を抜いた様子のジュリエッタ様。周りも少しほっとする。
「有り得ませんよそんなこと……大した想像力ですね、小説家になれるのでは? シモーネ嬢」
「口ではなんとでも言えますわ!!」
そうシモーネが返すとアマデウス様とジュリエッタ様は困ったように苦笑し、隣の婚約者と視線を交わし合う。
二人の間できらりと揺れる、剣と盾で一対の耳飾り。ゆるりと顎に手を添えた彼と頬に手を寄せた彼女、ほぼ同時に目を合わせたその仕草。それはとても息が合っていて、見た全員が『この二人は仲が良い』と感じさせられたと思う。
「そう言われましてもねぇ、ではどうすれば信用してもらえるのやら」
「ええ……ああ、そうだわ、もし結婚後にわたくし以外の女性を娶ろうとしたならば……デウスにはずっーーっと家にいてもらうことにしましょうか。いいでしょう?」
つまり ……―――二度と家から出さないってこと……?
表面上は穏やかな提案にゾワ……と背中を震わせた周囲と違って、当人はさらりと答えた。
「ええ、いいですよ」
「へ、返事が早い!! ……前もこんなことあった気がする!」
カリーナ様がなんか言ってる。
「……し、"信奉する会"は、シレンツィオ派に逆らうなら就職先がなくなるとわたくし達を脅しましたわ! アマデウス様はきっと学院で自分よりも人気が出そうなスチュアート様を妬ましく思って嫌がらせを……」
「いや、嫉妬する必要あります?」
何とかアマデウス様に非がある方向に持っていきたいシモーネの台詞を、あっけらかんとしたアマデウス様の言葉が切る。
「だって私より良い男なんて世の中にいくらでもいるに決まってるし……いちいち嫉妬してたらきりがないでしょう。そこまでヒマじゃありませんよ。嫉妬するとしたら……そうだな、恋人の心が奪われた時、くらいじゃないですか?」
どこか挑発的な流し目を隣の婚約者に送る。先ほどまで死神みたいな威圧感があったジュリエッタ様がころっと乙女の顔になる。……なんか前にもこんなことあった気がする!
しかしさらっとそういうこと言って謎の色気を出してくるの、やっぱり誑しだわ……。
「そんな……それこそ有り得ませんわ」
「俺に飽きて第二夫を迎えないでくれます?」
「迎えないと約束しましたでしょう?」
「それなら……ジュリの一番でいられるんなら、俺が他の男に嫉妬する必要はないでしょうね。助かります」
「ま、まあ、デウスったら……」
徐に向かい合って手を取り合う二人。なんかそのまま口付けしてしまいそう――――だったが、ふと我に返ったようにアマデウス様は「おっと……続きは後で」と言って背筋を伸ばした。
…………イチャイチャしとる場合か?!
いやでも結果的に全員ドキドキして静かになってるし……これが正解なのか……? よくわかんなくなってきた。
イチャつく二人を見て、口を押えて何だか嬉しそうにしてたり腕組みして頷いてたりとご満悦な"信奉する会"と比べ、それ以外、特に"讃える会"の子達はぽかんとしていたり驚いて固まっていたり、分が悪いことを察して顔色を悪くしていたり。明暗がくっきり分かれている。
コニーは少し呆れたように笑っていた。スプラン先生はスンとしている。ニフリート先生は謎のしかめっ面だった。
そんな訳でなんか有耶無耶な空気に落ち着いたが、先生二人が一旦その場を解散させた。後日エーデル様とシモーネは学院長から厳重注意と反省文提出ということになった。
背後のシレンツィオ公爵家をつついて出すような真似はさすがに避けたようで、べイヤート伯爵家からアジェント男爵家に抗議がいくことはなかったようである。
マリシアは妹に対して「馬鹿なことをしてくれたわ」とぷりぷりしていたが(あんたも以前はジュリエッタ様に喧嘩売るようなこと言ってたし似たような感じだったわよ……)と内心で呆れた。
しかし学院で徒党を組んだ二つの会の令嬢が揉めて暴力行為まであったとなってしまうとまたぞろ人々の関心を呼び噂となり。
王子妃争いで敗れた派閥の悪意もふんだんに含まれながら語られ、話題の中心にいたアマデウス様の評判はこれまでで最悪と言えた…………が。
幸いそんな評判は長く続かなかった。
口に出して幸いとは言い辛い流れではあったが――――ほどなく彼の評価は覆る。




