六年生
「褒美、ですか……」
「王家が被害を少なくするために動いていたというアピールはした方が良いからな。君以外にも良い働きをした者に褒美を出すことになろう。特にこれといって希望が無い場合、爵位か土地になると思うが」
爵位か土地かぁ~~~。
爵位は子供に譲れたりするし持っていればお得(?)だけども。土地を貰うのもすごいことだけども……。
「う~~~~ん……正直そんなに欲しくは……」
「公爵夫になる身からしてみればつまらんか」
「いえいえ、つまらんとかではなく……しがらみがついてきそうっていうか」
ただでさえ出る杭なのだ俺は。出ないで済むならこれ以上出ない方が良い。
土地だって貰うからには管理しなきゃいけないだろうし……貰えるもんは貰っとけのノリで貰うと後悔しそうで腰が引ける。
「褒美を取らせるなら、情報を密かに外に出してくれたコレリック家の治癒師ルシエルやその友人ファルマなどが適当ではないかとも思いますが」
「落ち着いたらその辺りへも忘れずに褒美は考えるつもりだが、その者達から信頼を勝ち得ていたことも早急に僕に報告したことも含めて君の手柄だ。そもそも僕の命を救ったことへの褒美も、あんな程度のことでは釣り合わないと母上も兄上も考えているから、猶更この機会に何か与えようとするだろう。爵位や土地を望まないなら他の望みを考えておけ」
ああ、王家にコレリック侯の訴えを軽く流してもらうようお願いした件。
あの誘拐計画自体が奴隷売買の証拠を掴むためのアクション(半分は。もう半分はノトスを助けるため)であって、国家のためにもなることだった。王家としては俺に褒美を与えた感はあんまりないのだろう。ネレウス様の命と秤にのせちゃったらそりゃあ釣り合わない。
どうしようかな……わざわざ王家にお願いするほどの望みなんて今のところ思いつかん。
物語なんかではお手柄の騎士が土地とか身分貰ったり、やんごとない姫を褒美として望んだりする。俺が男爵家のままでジュリ様との身分差が障害になってたりしたら爵位を望む手もあったけどなあ。今爵位貰っても敵派閥からやっかまれるだけのような気がする。
その後はジークも呼んで三人でまったりお茶して、俺だけ一足先に帰った。ジークとネレウス様の仲良しタイムのために。
ネレウス様はまだ外出は出来ないようだ。会える時にイチャついときたいだろう。
節度は保ってくださいよ……と念のために言おうかと思ったが、お付きの神官さんもいるし俺が言ってもあんまり説得力はないか、と思ってやめた。
※※※
新学年。入学式、在院生には始業式。
成績が貼り出されている掲示板よりも少し手前でジュリ様に会えた。
「ジュリ様! お会いしたかったです」
「きっとわたくしの方がお会いしたかったですわ」
冬の間にジュリ様の肖像画(少し前の姿)をよく見ていたからか急に大人びたように見える。絵も好きだがやはり生のジュリ様は断然麗しい。綺麗と可愛いが絶妙なバランスでマリアージュしている。ジュリ様も十八歳か……。酒も飲める歳になったと思うと感慨深い。
貴族は学院を卒業してから一人前という風潮があるが、一般的には十五で成人なので酒は十五から飲んでも許される。でも酒やら大人の遊びやらに学生の間にハマると勉学に支障が出ると考えられているので、大抵卒業までは飲まさない親が多い。
俺もまだ酒を家で出されたこともないし飲んだこともない。
……俺も、そろそろ日本よりもこちらで生きた年月が長くなる。そう考えるとちょっとしんみりした。
甘酒の味もチョコボンボンの洋酒味も、小学生の頃にちょっとだけ舐めさせてもらった父さんのビールの味も、まだ覚えているというのに。
――――改めて他の女子と比べて見ると、ジュリ様も女子にしては背が高い方になった。百六十メンチは超えている。
駆け寄って手を取り合い、そのまま手を繋いで歩き出すと毎年のことだが大量の視線を感じる。驚いた顔や物珍しげな顔をしているのはどこか幼い顔立ちの生徒達だったので新入生だろう。
少し後ろにいたプリムラ様が追い付いてきて、少し先にリーベルトとハイライン様とペルーシュ様、カリーナ様とも合流し、一緒に掲示板へ向かう。
「……あら、お二人は新しい耳飾りですのね?」
カリーナ様が気付いてくれる。休暇中に届いた盾のピアス。
始業式は新作の盾の方でお揃いにしようと示し合わせたが、前のピアスのモチーフは剣なのでどちらかが剣でどちらかが盾の日でも一対のイメージになる。そういう意味でもナイスなチョイス。
「ええ、新調しましたの。……プリムラとリーベルト様も、今日はお揃いですのね?」
「え、ええ、まあ」
ぴくりと肩を揺らしたがすまし顔のプリムラ様と照れたようにはにかんだリーベルトの胸にはお揃いのブローチが付いていた。銀枠が同じで石の色が違う。プリムラ様の方は青い石、リーベルトのは茶色がかった石。互いの目の色だ。
お揃いのブローチを作るとは聞いたけどその後見たことがなかったんだよな。初めて見た。
指摘して揶揄うみたいになると意外と恋愛下手な面を持つっぽいプリムラ様の機嫌を損ねるかもしれん、と思って敢えて静観していたのだが、ジュリ様は遠慮なくツッコんだ。
後でこっそりリーベルトに訊いたところ。
「作ったはいいけど一人だけ付けていったら一方通行みたいで悲しいでしょう? だからしまい込んでしまっていたんだけど……冬休みの手紙で『最後の始業式くらいは付けていきましょう』ってプリムラ様が提案してくれたんだ」
と嬉しそうに教えてくれた。じわじわと歩み寄っているようで何より。
さて、毎年恒例の成績発表。
一位は……ジュリ様!! 二位、アルフレド様。三位フォルトナ嬢。スリートップの面子は変わらず。
俺は――――――……
「……よっしゃ! 五位! 初めて五位以内に食い込んだ……おっ?」
なんと、ハイライン様と同点五位であった。
「なっ……またアマデウスに勝てなかっただと……?! 今回は自信があったのに……!」
「同点だから引き分けでしょう。五位ですよ五位! やった~~~」
喜びを分かち合おうとしたけど不満そうな顔を返された。最終学年のスタートダッシュとして皆気合が入っていたと思う。それで順位が上がったんだから俺としては充分金星だ。
プリムラ様が七位、ペルーシュ様は八位。リーベルトは十位を守った。カリーナ様が十二位。
「……ふん、流石にリーベルトには勝てたか」
「私は十位内が目標だったし個人的には満足ですよ。それに、模擬戦ではハイライン様に負けませんから」
「あん? 私とて負けん」
仲良く挑発し合っている。微笑ましい。リーベルトとハイライン様の騎士コースの成績は拮抗しているそうだが、勝率はリーベルトが少~しだけ上だとか(ペルーシュ様情報)。因みに騎士コースの成績学年一位はペルーシュ様である。
「おはようございます。今回は私の負けのようですね……」
「ご機嫌よう、アルフレド様。嬉しいですが、卒業試験もありますから気は抜けませんわ」
背後からアルフレド様が現れ、ジュリ様と健闘を讃え合う。
五年生までは特に期末試験的なものはなく年始のクラス分け試験を迎えるのだが、最終学年は卒業試験という最後のテストがある。そこが最後の成績バトルだ。
和やかに皆と挨拶を交わすとアルフレド様がカリーナ様に視線を合わしてキラキラしながら笑った。
「会いたかった、カリーナ」
美の化身とその護衛騎士内定者以外が目を丸くして固まった。
当のカリーナ様はじわじわと赤く染まりながら目を泳がせつつ、答えた。
「……わ、わたくしもですわ、ぁ、アルフ……」
―――――――ピシャーン!!! と皆の間の空気に稲妻が走った気がした。
……愛称呼び+呼び捨て!!
一気に懇ろに感じられる。何というか、アルフレド様とカリーナ様はまだ絶対キスとかしてないし今のところラブラブ度では俺とジュリ様の方が進んでるはずなのに、一気に追い越されて置いて行かれたような気持ちになった。別に競争なんてしていないのに。
公の場では婚約者だろうと格下から格上に対しては様付けするのが礼儀。その癖がなかなか抜けなくて、もしくは結婚前なのにもう格上になったつもりか? と周囲に軋轢を招いたりすることもないとは言えないので、結局婚約期間は様付けで通す場合が多いのだ。
衝撃を受けたまま俺とジュリ様は自然と視線を合わせ、数秒見つめ合った。こういうのは格上からの"呼び捨てにしていいですよ"という許可ありきである。
「…………デウス様、あのぅ」
「そうしましょう!!!」
「まだ言ってませんが……」
食い気味でイエスと返すと彼女から控えめな笑い声が漏れた。
こうしていつメンはまた同じ組になったわけだったが、変化が一つ。
アルピナ様が十八位になり、一組に上がった。元々二組の上位をキープしていたので不思議ではない。
「今年はハイライン様と同じクラスになりたいと思って……頑張りましたわ」
「アルピナ……」
にっこりして健気なことを言った婚約者に、じーんと感じ入った顔でハイライン様も喜んでいる。
その隣でエーデル様が眉を下げて口をぱかっと開け"ガーン"という擬音が似合う顔をしていた。
「エンリーク様に続いてアルピナまで一組だなんてェ……」
エーデル様は二組だ。エンリークも引き続き一組に滑り込んだので、マブダチ二人とクラスが別れてしまい気落ちしている。他にも友達はいるはずだがアルピナ様とはニコイチだったしクラス変わっちゃうと寂しいよな。
「ま、まあ、放課後には引き続き"信奉する会"の皆で集まるんだし、そうがっかりしなくてもいいよエーデル」
「そうよ、アマデウス様の新鮮な情報をいち早くお届けするわ」
とか言ってエンリークとアルピナ様が慰めていた。なんか俺、生鮮食品みたいなことを言われてる。
式典後、新入生からの挨拶ラッシュ。
噂と印象が違うなァ……? の顔や、どこか警戒を含んだ顔、「演奏会行きました! 円盤も買っています!」という好意的な笑顔もあれば、考えを悟らせない愛想笑いなどなど色んな顔がある。なるべく名前と顔を一致させるようにしながら熟す。
やはり将来的に王妃の後援となる公爵家ともなってしまえば――――王族並みに皆挨拶に来る。
初めて俺達の前に長めの挨拶行列が出来た。挨拶だけとはいっても神経も遣うし……普通に疲れる! 向こうから来るのを待つばかりでほとんどじっとしてたのに終わると気疲れがどっときた。
コンスタンツェ嬢とドロシー嬢は前年で慣れたようでてきぱきと列を捌いていた。近衛を目指している優秀な騎士志望者が数名周りを固めているようだし、ニフリート先生も少し離れた所で睨みを利かせていた。ただユリウス殿下から命を受けコンスタンツェ嬢を見守っていると知らない人からは彼女を睨んでいるみたいになっちゃってるが……。
それからの帰路、馬車の中。
「いやー、今日は挨拶だけでも疲れてしまいましたねぇ……」
「ええ、よくも悪くも耳目を集めているのが伝わってきましたわ……デウス様、朝のお話の続きなのですが……」
ジュリ様がカリーナ様からこっそり聞き出したところ、アルフレド様とは冬休みの手紙を通して呼び方と話し方を親しくすることに決めたらしい。
「デウス様は一気に家格が上がることになりますから、あまり口調を崩し過ぎても周囲から反感を買うかもしれないという懸念もあって……申し上げませんでしたが。わたくしも以前から思ってはいたのです。二人の時はもっと気を抜いて話していただきたいと……リーベルト様やリリーナに対する時のように……」
「まあ、ちょくちょく"俺"って言っちゃってましたし敬語はもう癖みたいなものなので、そんなに気を張ってもいませんでしたが……そう言ってくださるなら、喜んで。ジュリ様もモリーさんに対する時みたいに話してくださっていいんですよ」
「少し難しいかもしれませ、……しれないわ。……はい」
「ふふ、俺もです。徐々に慣れていきましょう。……ジュリ」
「っ!」
初めての呼び捨て。
ジュリ様はハッと息を飲んで俺を見た。ふわりと赤くなった頬で口を開けて閉めて開けて閉め、鈴を転がすような声で俺を呼ぶ。
「で、デゥス……?」
「……ジュリ……」
向かい合って名前を呼んだだけなのに、俺達はめっちゃドキドキしてる感じで少しの間沈黙した。
照れ隠しのようにそのまま彼女の顎を指で上げていつものように軽いキスをして、馬車を降りる。冬の気配がまだ微かに残る外の空気が火照った顔に丁度良かった。
――――手を繋ぐのもハグもキスも何度もしたのに、今更呼び捨てに激しく照れるなんて何だかおかしな話だが。
目の前にいるときめく相手ともうすぐ夫婦になれるのだ、という実感が不意にすごい勢いで襲ってきたのだから……仕方ない。




