反論
「どうやらジャルージ辺境伯が、王家に直談判したらしい。"不貞の疑いがあるコンスタンツェ・ソヴァールと王太子の婚約に断固として反対する"と」
「言うのもなんですが……今更ですか?」
「お前の悪評を耳にして真に受けたようだ。辺境は噂が届くのが一足遅いからな……」
整備された街道を雪が覆い、空は今にも降りそうに灰色だった。昼だが薄暗く歩道も人がまばらな白い道を、いつもよりゆっくりと馬車で進む。
父上は学生時代、ジャルージ辺境伯と騎士訓練で交流があった。学年は向こうが上で恐ろしく強く、手合わせで勝ったことはないという。そもそも勝てる者が学生にはいなかったそうな。
「声が大きく……説得に応じるような素直な方ではなかったな」と小さく溢した。
つまり……"何言っても無駄"ってこと? 会いたくねえ~~~~……。
謁見の間。天井スゴイタカイ。扉正面の小高い所に玉座が聳える。レッドカーペットの両サイドには侍従や侍女、王族の側近と思われる人々が十人ほど立っている。
王宮に入ってからは外よりは寒くないのに、冷え冷えと空気が肌を刺す気がした。緊張する。
ニェドラー=ジャルージ辺境伯は強そうな大男だった。雄々しい。ムキムキで首が太い。ビシッと伸びた背中と逆八の字の眉、目元はニフリート先生とよく似ているイケオジだ。
そのすぐ後ろには控えめな装いのニネミア嬢がいた。表情は『無』で何を考えているかは読み取れない。
奥から現れた王族が席に着くまで、跪いて首を垂れて待つ。
謁見に応じるはユリアンナ王妃殿下とユリウス殿下、アナスタシア殿下。ネレウス様もいた。離宮から出る許可がようやく下りたのか、今回は特例だろうか。
ユリアンナ王妃は少しくすんだ金髪に青い目のすらりとした美女である。近くで見たら多少年齢を感じるんだろうけど、遠目で見ると二十代に見えなくもないくらい若々しい。
「王太子の婚約者についての意見はわたくしが承ります。皆、面を上げなさい。ジャルージ辺境伯、発言を許します」
コンスタンツェ嬢に妃教育を行っているのは王妃と王妃が選んだ教育係だからか。
厳かにそう言われたら頭を上げ、全員立ち上がって姿勢を正す。
ユリウス殿下は目に見えて怒気を纏っている。アナスタシア殿下は普段と同じで可愛らしく微笑んでいた。ネレウス様もいつも通りの無表情。
一歩前に出たジャルージ伯が声を張った。
「ご無沙汰しております、ユリアンナ王妃殿下、王子殿下の皆様。たとえ処罰されたとしても王太子の暴走をお止めしなければと駆け付けた次第。――――申し上げます。王太子殿下がどうしてもと望まれるのならば男爵令嬢は側妃とすべきです! 相手がニネミアでなくとも、正妃には上級貴族の令嬢を置くべきです! 王妃殿下……ニネミアに何の不足があると仰るのです!? コンスタンツェ・ソヴァール嬢は家格も、頭脳も、容姿も我が娘よりも劣る。正妃に据えたとて国が混乱するだけです。男に取り入る能力と金髪と歌でそれら全てを埋められるとでもお思いか!?」
少し眉を寄せた王妃は冷静に言葉を返す。
「……確かに淑女として足りない部分もありましたが、それはこれから励めばいいこと。彼女は懸命に学んでおり妃教育は順調です。民から慕われ、家格は男爵家でも政治面では公爵家の支援があり、聖女という肩書は教会に対してこの上ない影響力を持ちます。決してユリウスの望みだけで認めたわけではありません。化粧をすれば容貌は我が娘アナスタシアにも劣らないし……そもそも容姿は重要ではありません」
「化粧などと嫌らしい小細工を弄して王太子を誑かした者を認めると仰るか!? 聖女の肩書など教会に金を積んで得たものに違いありますまいに! 流行病があったわけでもないのに聖女だなどと厚かましい……! それならば、聖女の称号を我が娘にも授けるよう大司祭にお命じください。勿論シレンツィオ家よりも多額の富を差し出しましょう。国を卑しい俗物から守るためならば惜しくはありませぬ!」
「……ジャルージ伯、口を慎みなさい。教会関係者に聞かれたら大変なことになりますよ。聖女とは決して献金の多さでは決まりません」
王妃は頭が痛そうに手で額を覆う。
この人、ユリウス殿下が殺気立つほど怒ってるのが見えてないんだろうか。
俺は(あ~~~~この親にしてこの子ありって感じ~~~~~~~)と思っていた。
父上も不愉快そうに眉を寄せて横目でジャルージ伯を睨んだ。
「……卑しい俗物とは、もしや聖女様と我が息子のことですかな。無礼が過ぎましょう」
「其方の息子アマデウスが色狂いであることは王都では周知の事実というではないか! 公爵令嬢に愛されているからと傲り高ぶり、近衛騎士に役に立たない盾を見せびらかし、格上にふざけた態度で接し、遊び半分に王宮に出入りしては仕事を中断させ、己の情婦を使って王太子殿下に取り入る。王女殿下や第二王子殿下をも篭絡し惑わしていると言う……俗物でなければなんだ!!」
すげー言われよう。
そう羅列されると国の重要ポストを任せたくないヤツ過ぎるけども。シレンツィオ派を気に入らない勢力が大袈裟に俺の悪口膨らまして伝えたなコレ。
それにしても……性教育の先生に連絡すればすぐにでもプロのお姉さんに筆下ろししてもらえるにも関わらず、初めては好きな人とが良いし好きな人もその方が絶対喜ぶだろうから固い意志を持って童貞を貫いているというのに。
そんな誇り高い(?)令息を色狂いだなんて……甚だ遺憾である。
自白薬飲んで「童貞ですか?」って質問してもらおうかな。
つーかどさくさに紛れて俺とネレウス様のBLまで捏造されてなかった???
第二王子とBLしてるのは俺の弟の方です ――――とはこんなとこじゃ言えないが……。
少し前にダフネー法務大臣が手紙で進捗を知らせてくれたが、自白薬使用条件緩和案は通すのに苦戦している。
後ろめたいことがある役人達の反対意見が予想以上に多く、三歩進んでは二歩下がるように遅々として進まないという。
大臣は『阻まれるたびにむしろ志は強固になり、この件を何が何でも私の代で通してやると掟の神に誓いました。もう少々お時間を頂くかとは存じますが絶対に諦めません』と逆境に燃えていた。
そんな訳でまあ自白薬は飲みたくてもまだ罪人以外飲めないんだが。
「息子は誰に対しても友好的に接しているだけです。下種な憶測は政敵からの難癖でしかありません」
「苦しい言い訳を……監督不行き届きを認めたくないのであろう! 毒婦の息子を憐れんだのが誤りだ……ティーグ殿、貴公は優れた才覚の持ち主であったのに養子の邪悪さを見抜けぬとは……見損なったぞ!」
「ニェドラー殿。貴殿こそ昔は優れた騎士であったのに、どこの誰とも知れぬ者の虚言を鵜呑みになさるとは……随分と錆び付いてしまったようで残念です」
「何を……!!」
俺を起点としたディスり合いが始まってしまい顔が引きつる。一触即発の二人に王妃殿下がすっと掌を向け黙らせた。
「ひとまず……訂正すべきところは訂正します。"近衛騎士に役に立たない盾を見せびらかした"というのは"透明な盾"の話ですね? あれは貴族学院長オーラーレからの要請であり、アマデウス本人が望んだことではありません。実際近衛の中で強固な透明の盾を作り出せる者が現れました。今や近衛の若手では敵無しの強さを誇っているとのこと」
お、近衛にも透明な盾作れる人出たんだ。良かった無駄にならなくて。
「そんなもの……その者の腕が上がっただけの話でしょう。詭弁です」
バカバカしいと言いたげな辺境伯に、父上は笑みを向ける。目は笑っていない。
「お言葉ですが、ご子息のニフリート殿が透明な盾を用いたジュリエッタ嬢に敗れたという事実から眼を逸らしておいででは? シレンツィオ騎士団にも魔法攻撃に耐えうる透明な盾を作れる者が数人現れたと聞き及んでおりますよ」
「ぐ……あの馬鹿息子は我が家の恥晒し、ものの数には数えないでいただきたい」
「ほう。貴殿は根拠のない噂で我が息子を俗物と吐き捨てたのに、噂ではなく確かな真実である事柄を無視しろなどと仰る。そんな都合の良い理屈は通じませぬ」
「っ、決闘に勝利したのは馬鹿息子が油断したせいであり、断じて神のご意思などではない! それをまるで神がシレンツィオ派に味方したかのように広めるなど……、卑劣この上ない! 下級貴族の妃など国をまとめられませぬ! コンスタンツェ・ソヴァールには王子妃たる資質が……」
「でも……神から祝福を授かった、聖女ですのよ?」
拡声器を使ったわけでもないのにその声はよく通った。
その場の全員の目がアナスタシア王女へ向けられる。頬に手を添えておっとりと首を傾げた王女。
「あっ……許可を得ずに発言を、失礼致しました。お母様、皆様方」
「あぁ、ええ……しかしアナスタシアの言う通りです、ジャルージ伯。コンスタンツェの魔力量は千五百あります。神からの祝福が与えられた者なのは、間違いないのです」
ロレンス様が『アナスタシア様の言葉には力がある』と言っていたのを思い出した。そして実感した。
空気が変わった。まさに鶴の一声。
純粋な少女が意図せず真を突いた――――というような説得力があった。その場の全員が(そうだ、神に祝福された聖女以上に価値のある存在が他にどれだけいる?)と自然に考えたのが不思議とわかった。
「お母様……もう少し発言をお許しいただけるでしょうか?」
「……いいでしょう」
「ジャルージ辺境伯。わたくし、アマデウスから少しピアノを教えていただいたことがあるだけですわ。わたくしが婚約者のいる殿方と……だなんて、一体誰からお聞きになったのです?」
「! そ、それは……」
「ロレンスの……クレスタール辺境伯家の者の耳に入ったら大変だわ。犯人探しが始まってしまいます」
瞳をうるうるさせて眉を下げる美少女にジャルージ伯は焦った顔をする。
"王女がアマデウスに篭絡された"と言い触らせば、王女の婚約者の生家は当然気分を害する。クレスタールの不興を買う。事実じゃないから不敬罪でも裁けるな。
王女殿下が自分の影響力をちゃんと理解している。
おお……成長なさったなぁ!! なんて思ってしまう。
「王妃殿下。発言をお許しいただきたい」
「……ええ、いいでしょう」
ここでネレウス様も発言の許可を求めた。人形のような綺麗な無表情で口を開く。
「私が寵愛しているのはアマデウスの義弟、いずれ私の側近になるジークリート=スカルラットである。私がアマデウスに篭絡されたという事実はない。誰がそのような流言を広めたか、ジャルージ伯には教えてもらわねばなるまい。不敬である」
ネレウス様が公の場だから『僕』ではなく『私』を使ってる。少し新鮮。
怜悧な美貌から繰り出される温度の無い言葉を聞いて、ジャルージ伯はようやく自分の発言のまずさに気付いたようだ。顔色が悪くなった。
き、気付くの遅~~~~~~!!!
俺達にならともかく王族と聖女に対してずっとヤバい発言してたよ!!!!
まあまだコンスタンツェ嬢を聖女とは認めてないんだろうけど……。
「私も、よろしいですか母上」
「……ええ」
そしてユリウス殿下が額に怒りの青筋を浮かべながら発言する。
「コンスタンツェを……聖女をアマデウスの情婦と発言したことを撤回し謝罪せよ、ジャルージ辺境伯。不敬罪に問われたくなければな」
「なっ……、ユリウス殿下…………」
ジャルージ領は辺境伯領の中でも高い武力を持ち、国防にとっても重要で尊重されてきた。
王族としてもなるべく機嫌を取る方向でやってきただろう。ニネミア嬢が王子妃候補ということでユリウス殿下とも昔からそれなりに交流があっただろうし、国の安寧を守るため(と本人は信じている)の直談判を、ここまで真っ向から撥ねつけられるとは多分思ってなかったんだろうな……。渋られたとしてもある程度は聞き入れられると予想してたんだろう。
ジャルージ辺境伯視点では(もうこんなに……王族に毒が回っていようとは……!)みたいな感じかも。飽くまで俺が悪者。
愕然としていた辺境伯の代わりにニネミア嬢がぼそりと言った。
「……情婦でなければ、なんですの」
「……は?」
「……コンスタンツェが情婦でなければなんだというのです!! 何故アマデウスが彼女を歌手に仕立てて後援に名乗り出たりするのです!! 情婦だから以外の理由はないでしょう!!」
謁見の間に痛いほどの沈黙が流れた。俺は真冬だというのに首筋に冷や汗を感じていた。




