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【書籍発売中】美形インフレ世界で化物令嬢と恋がしたい!  作者: 菊月ランララン


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225/268

流布



「相変わらず肝が太いねマリアは~~~でも相手を煽るのは危ないからやめよう! 死んだら元も子もないから!! ね!!」


 報告を受けた俺は冷や汗を浮かべながら言った。

 ……犯罪者の女を通してしまった劇場警備の兵士は「確かに顔が違う気がしたけど、化粧を落としたか何かかと思ってしまい……」と語ったそうだ。踊り子は化粧をしている人が多い。

 

―――――アンドレア様がいつか言っていた危惧を実地で思い知らされる羽目になっとる!!


 この世界の人の顔認識、当てにならない。化粧が広まったら犯罪者が捕まりにくくなるのも無理ないかもしれん……。



「本当に貴族に手を出す度胸がある連中には見えなかったというのと、加害されてもシャムス様に治療していただけるという目論見あってのことではありましたが、仰る通りです。肝に銘じます」

 真顔で頭を下げたマリアに軽く手を振って許す。

「無事でよかったよ……ソフィアも。大事に至らなくてよかった……今後またこういうことがあったら……いや、無いのが一番いいんだけど、身を守ることを第一にするように。そりゃ名誉を守ることは大事だけど、俺は助かったけど……皆が無事な方がずっと良いから」

「……承知致しました」

「うぅ……慈悲深いお言葉……誰が何と言おうと愛し子……」

 マリアは神妙な顔で頷いたが、その背後でなんかラナドが泣いていた。



 "アスモデウス"の記事を発見してから三日後の事件だった。現在はその翌日。


 ソフィアがおずおずと手を上げる。

「あの……今回、アマデウス様に近しい女性を何者かが狙っている事件として一の町に広まったらしく……何人かの町娘が私やスザンナさんに話をしに来たんです。その……」

「最近、『アマデウス様と寝たことがある娘はいるか?』と、見慣れない人間がこそこそと聞き回っていたんですって。下世話ですねぇまったく!」

 言いにくそうにしたソフィアの話をスザンナが継いで言った。


「どうやら……あの出鱈目記事で罰せられないように証言を集めようとしてるっぽい? 証言が集まれば侮辱罪に問われないと考えたんだろうけど……」


 この国で根拠のない悪口を広めるのは『侮辱罪』にあたる(ただし広めた内容が事実であれば罪には問われない)。通常は罰金か短期牢獄入りのどっちか。

 俺がげんなりして頬杖を突くと、ポーターが平坦な声で言う。

「全く証言が集まらないので強硬手段に出た、と。短絡的ですが、どこの誰とも知れない娘の百の証言よりも歌姫マリア一人の証言の方が真実味がありますからね」

「そういうもんかぁ…」


 そう楽師達で言い合った次の日には、記事を刷った印刷工房が騎士団に差し押さえられた。

 それから更に数日経って、夕食後に姉弟も一緒に執務室に招かれ、ティーグ様から事の顛末を聞くことになった。


 印刷物にも工房によって特徴があるので特定はそこまで難しくなかったという。

 その印刷工房の親方トロポは、依頼人から『仮名を使えば問題ない』『本当のことなのだから侮辱罪で訴えられることはない』と言われ、大金を積まれたこともあり印刷を請け負った。

 しかし刷って依頼人に渡した後で不安になり、スカルラットの町で裏を取ろうと聞き回ってみたがアマデウスと関係があった娘は見つけられなかった。

 騎士が記事の発行元を捜しているという話も耳に入りますます焦った親方は、小悪党に歌姫マリアから『アマデウスと男女の関係である』という証言を取ってくるよう依頼した。


 捕まった犯罪者三人は、女や弱そうな男を狙って泥棒や恐喝を繰り返し転々としていた一味だった。

 一度の被害額が多くないのと、報復を受けることを恐れたり、女は辱められたことを恥ずかしく思い、男は色仕掛けに引っかかったことを恥ずかしく思うが故に被害を訴え出る者が少なく、捕まるのを逃れ続けていた。

 酒場で今までの成果を自慢していたところ、それを小耳に挟んだトロポから依頼が来た。

 貴族を脅すなんて危険な仕事を最初は渋ったが、なかなかの報酬額に目が眩み気が大きくなった。歌姫は元平民の娼婦だし、どうせ愛人なのは事実なのだから素早く聞き出して逃げればイケると考えちゃったらしい。

 平民の間でも娼婦・娼夫は見下されがちな職業。ナメてたってのもあるだろう。


 暴行と脅迫の罪なら通常は数年の牢獄入りだが、相手が貴族籍と聖職者ということ、余罪が山ほど判明したので捕まった三人は念入りに取り調べを受けた後監獄送りになる。


 この三人は"お望みなら死刑に出来ますよ"とマリアに声がかかったが、監獄送りで手を打ったそうだ。


「マリアは死刑にするかと思ってたよ」と言ったら、

「そうしようかとは思ったのですが……悪人であっても、死刑にする、自分の判断でそれが決まる、というのは……いざとなると躊躇してしまいました。それに、ひと思いに死ぬよりも自由を奪われて死ぬまで労役につく方がどちらかというと私は嫌なので、そうしてもらおうかと……」と返された。

 加害者の処遇を決めていいって言われるのも複雑な気持ちになるよな……。俺も困ったことある。被害者の意を汲んでくれるのはいいんだけど。


 まあ、そこまではいい。次が意外だった。

「そして、親方トロポも監獄送りになる」

「………えっ?! 重くないですか?!」


 記事を書いた本人ではなく、悪党をマリアにけしかけたとはいえ一応攻撃や殺害は指示していない(怖い目に合うことは予想していただろうけど)ので、脅迫教唆の罪で長めの牢獄入りくらいが妥当なはずだが。マリアが監獄送りにしろと言えばそうなるだろうが、親方の裁定については特に何も言ってなかった。じゃあマリアが決めたことではない。


 あの記事自体、アマデウスではなく"アスモデウス"と書いていることからはっきり俺を侮辱したともいえないので、ただの創作だと言い切られてしまえば正直侮辱罪に問えるかどうかは微妙だったのだ。


 犯人が平民で被害者が貴族なら無礼者として死刑を求刑することは出来るには出来るが、相当狭量に思われるためそこまでした人は過去の記録にもいない。

 まあ、罪には問えなくても圧力をかけて無礼者の職場を潰すことは出来る。ひとまず工房を突き止めて記事を刷ることを依頼した犯人を追う……という流れだったのだが。


「何故だと思う? 記事の内容をよく思い出してみろ」


 ティーグ様はクイズを出すように気軽に言う。暫しシンキングタイム。

「……ああ」

「あっ……」

 姉上とジークは気付いたようだった。出遅れた。え、なんだろう……俺っぽい人物の覚えの無い淫行が書かれているからあんまり文章に集中できないんだよな……


「……あっ! コンスタンツェ嬢のことが載ってたから……!?」

「そうだ。工房を差し押さえた所で、王家の騎士団から身柄を引き渡すよう丁重な申し出があった」



 "国一美しいと謡われた美姫"は俺とディネロ先輩の付き合いを知る人からすれば明らかにエイリーン様ではあるが、社交界には社交界の華と謡われる美女が数人いるし、"麗しく純真な公女"も俺と王女殿下の噂を知る人はピンと来ても、一応これだけでは人物を特定できない。どっかの美人を指しているだけと言い訳できなくもない。


 しかし"金髪の男爵令嬢"はこの国に一人しかいない。


 ただの男爵令嬢ではない、今は王太子の婚約者だ。

 王家の関係者であり、教会で最も尊重される身分、聖女。

 そのコンスタンツェ嬢を名指しで、どこぞの伯爵令息に弄ばれた一人の他愛のない(≒貞操観念が緩い)女であるかのように流布した罪。

 すなわち、――――――――――不敬罪が適用されたのである。



「でも、意外ですね……王家があんな俗なチラシに厳しい対処をするなんて」

 ジークが少し不思議そうにした。そうなのだ、貴族中に広まっている媒体でもないし、コンスタンツェ嬢はまだ婚約者の段階だし、俺の巻き込まれ事故のようなあの記事でその対処は異例と言っていい。王家がそこまでするとは皆思ってなかっただろう。


「まあ……大衆人気は彼女の強みだもの。次期王子妃が軽んじられることがないように目を光らせているんでしょう。考えてみれば聖女が現れるのも数十年に一度のこと、しっかり敬意を示しておかねば教会との関係に溝が入りかねないものね」

 姉上がそう言うとジークも納得、という顔になる。ティーグ様がちらりと俺に伏し目がちな視線を送った。


 あっ……王女殿下が俺に迫って関係を持つ寸前だったのは事実としてあるから、そこを掘られたくないと思った王家が速やかに潰したって要素もあったのかもしれん。


 結局実際に記事を書いた"依頼人"は判明しなかった。

 俺とコンスタンツェ嬢を認めていない感じと尻尾を掴ませない狡猾さからしてパシエンテ派コレリック家辺りだろうな~……とは思う。



※※※



 幸い中傷記事は特に俺の商売には影響なく、発売した録音円盤とオルゴールは順調に売れた。

 舞台"青髭"の円盤もよく売れた。一度は上演が終わったが期間を開けて再上演することになり盛況を博した。

 

 ノトスは『修道女』の円盤を聴いて「これ私ですか? 私の声じゃないみたいです……」とぽかんとしていた。これは録音を聴いたほぼ全員がした反応だ。録音した声って自分の声とは違ったように聴こえるよなぁ。

 ロージー曰く、ノトスはオルゴールをいたく気に入ったようで部屋でよく聴いているという。


 ディネロ先輩からも商売に影響はなかったと言ってもらえた。

『本人がきっぱり否定しているし、エイリーンほどの美女は誰に言い寄られていても不思議ではないから、皆そこまで気にしていない。君も気にするな』

『君の提案通り、贔屓の印刷工房を一つ選定して広告を出し、記事を書いてもらうつもりだ』

―――と返事が来た少し後には、王都新知紙の一面に『事実無根の記事を刷った工房の親方、監獄送りに』という見出しが出た。下部にマルシャン商会の広告を添えて。


 印刷工房の責任者が監獄送りとなったと知れたのだ、再発はまずないだろう。貴族を中傷する記事を撒けばこうなる、という良い見せしめになったのだった。コンスタンツェ嬢のために王家が動いたことを知らしめるのはシレンツィオ派にとっても良い。

 トロポ親方は少々気の毒……と思いかけたが、軽率に怪しい依頼を受けて我が身可愛さにマリアに犯罪者をけしかけた奴だし同情は不要かと思い直す。

 

 学院だと特に話題にはならなかったようなので、あの記事を目にした人は少なかったか、目にしたとしても騒ぎ立てないことにしたのだろう。今学院でシレンツィオ派に睨まれても良いことないしな。



 冬休みに入る前には、マルガリータ姉上の卒業式。

 卒業パーティーではファウント様にエスコートされ、上機嫌で帰ってきた。卒業祝いに髪飾りを贈っていただいたと夕食の時にドヤ顔で話していた。きっと姉上の刺繍入りの何かもファウント様に渡ったのだろう。

 来年の春は世間が王太子と聖女の婚約祝賀パレード一色になってしまうので、少し時期をずらして姉上達は初夏に結婚式を挙げることに決まった。慶事は領の経済活動に結び付くので。それには少々不満そうだったが、うきうきした様子でファウント様を迎える準備をしている。


 俺も半年とちょっとくらいはファウント様と同居することになる。

 同居といってもスカルラット伯爵邸も結構大きいので、同じマンションの隣人がちょくちょく食堂で一緒になる、みたいな距離感だけど。

 彼がどういう生活をしてるのか知らないからどう関わるかは未知数。王立研究室には嘱託職員的にたまに通い、薬学研究の拠点はスカルラットに移すそうだ。


 休みに入る前に一度シレンツィオ城を訪ね、新たにお揃いの耳飾りを注文した。

「考えていたのですが、盾の形はいかがでしょう?」

 ジュリ様がかわいい上目遣いでそう提案してくれた。俺が作った透明な盾に因んで、ということか。

「良いと思います! そうしましょう」

「あ、でも石は透明ではなくお互いの色が良いかと思うんですが……」

 デザインを色々見て工房の職人と話した結果、盾の形をした銀の枠の真ん中に宝石を吊るすピアスにした。俺は小粒の黒真珠をおすすめされたので素直にそれにした。支払額を最後に見た時 黒真珠って結構お高いんだな……とは思ったがジュリ様とのラブラブアピール品をケチる気はない。

 ジュリ様は「アマデウス様の御髪の色に近い鮮やかな赤で、稀少な石でございます」と赤珊瑚をおすすめされてそれにした。黒真珠よりお高くて俺は心の中だけでびっくりした。お高い注文を得た工房の職人と商人はホクホク顔で帰って行った。


 ジュリ様が見本になった結果、シレンツィオ騎士団には透明な盾を作れる騎士がちらほら出てきたらしい。良かった。この世に送り出してしまった者としては使う人が増えたらちょっと嬉しい。


 冬休みは春にオープンする薬局の最終確認をしたり、試験勉強に楽器の練習、楽譜を書いたりして過ごす。

 休みのうちにまた薬学研究室に寄付金を納めに行って、万能魔力薬の改良をお願いしよ~と思っていたら。


 年が明ける少し前、父上と俺は王宮に呼び出された。

ジャルージ辺境伯から抗議が届き、関係者としてその話し合いに出席することを命ずるとのお達しだった。


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