風評
「お約束は……」
「ないんですが、少し急ぎでお話ししたいことがございまして」
笑顔でそうごり押すと案内人は不審そうにしながらもアンドレア様の職場まで案内してくれた。すれ違う王宮の文官、侍従侍女に使用人、色んな人から好奇の目を向けられながら天井が遠い廊下を歩む。
「急にどしたんすか、アマデウス様」
呼ばれて出てきたアンドレア様は戸惑った顔をしている。普通なら学生が立ち入る場所ではない、官僚達の仕事場だ。変な目で見られても仕方がない。
「……突然ですが茶屋に行きましょう!」
「はい?」
「ちょっと話したいことが出来たんですよ、まあ大したことじゃないんですけど。いいでしょ? この間はアンドレア様が私を茶屋に呼んだんじゃないですか」
へらっと笑ってそう言うとこっちをこっそり窺ってた背後の人達が少しイラッとしたのがわかる。遊び気分で仕事を中断させられたと思ったんだからそりゃそう。
この職場にはパシエンテ派の人も当然いる。その中にもしコレリック家の協力者がいたら、俺が重要な情報を持ってきたと思われるのは少々まずい。軽い話をしにきたアホと思われた方が無難だ。
「えぇ~……? うーん、まあ、いっか……ちょっとすんません、抜けまーっす」
「ええっ! おい、アンドレアおま……!」
背後から抗議の声がしたがさっと上着を取ってアンドレア様は出口へ。俺も付いていく。以前行った王都の茶屋へ、俺んちの馬車で向かう。外に出ると冬の風が頬に痛い。
「ひー、やっぱ外はさーむいっすね~」
「俺が言うのもなんですが、大丈夫でしたか?」
馬車の中でそう訊くと彼は首と肩を回したりして溜息を吐く。
「まー忙しいっすからね。一人抜けると結構キツイんす。ヤークート様がいたらもうちょい楽だっただろうに……馬鹿なことしたもんですよ、ほんと」
「……違法薬物、でしたっけ」
「そー。エイリーン様に振られて自棄になってたんでしょーね……どうしてるかなぁってたまにユリウス殿下と話すんすよ。殿下はこっそり防寒具を差し入れしてたり。北の修道院、冬は家の中でも寒さが厳しくてそれで体調崩してそのまま……ってこともあるそうなんで」
「うわ……そうなんですね……」
この辺でもそこそこ積雪がある国だから、北はもっと寒い。監獄だと必要最低限の装備しか与えられないので凍死もあるらしい。外の縁者から差し入れがあるかどうかがマジで生死を分けたりするのだそうだ。貴族向けの修道院はそこまでではなくともやはり万全な環境とは言えまい。
アンドレア様はヤークート様が修道院送りになったのは違法薬物売買のせいだと思っている。本当の理由は知らない。少しホッとした。
茶屋の個室に通され、お茶が出てから話に移る。
「つか、あんなふうに俺を連れ出したりしてぇ、また調子乗ってるって言われますよ……俺は休憩できてちょっと良かったっすけど」
「アンドレア様と職場の皆様には大変申し訳なく思ってます。ひとまずこちらに目をお通しください」
「おっ? ……ネレウス殿下から?」
急に真面目な感じになった俺に戸惑いながら手紙に目を通して彼は眉間に皺を寄せた。ちょっとドキドキしながら待つ。
「……王家へ叛意がある勢力の固有魔法の手がかりを、アマデウス様がお掴みになった、と?」
「手がかりだけですが……調べる価値はあると思っています」
外には洩らさないと約束してコレリック家の疑惑と"刺繍の魔法"に辿り着くまでの経緯を説明する。
「あー、コレリック家の奴隷売買疑惑は俺も知ってます。下男の証言だけじゃ動けないと流されたやつ。カーセル家関係の捜査でも流石に服の生地の間までは調べてないと思うっすね……」
「カーセル家所有の娼館から怪しい刺繍布が出てきたら当たりだと思うんですが……」
ルシエルの立場が危なくならないように『刺繍を探す』というよりは『服の中に妙な呪物が仕込まれていないか』を重点的に調べてもらうことになった。
「刺繍に魔法を込める、ねぇ……。そんなこと出来なくない? と思いますけど、録音円盤や硝子の盾を作ったアマデウス様のご意見なら出来るのかもって思っちゃいますわ」
「あー……」
そこで説得力が生まれたか。色々作っててよかったな。
「まあ、ネレウス殿下が調べるべきと判断されたんならかなりの確率で当たりな気がするっすわ。あの方めちゃくちゃ勘が良くてちょくちょく助けられてるんで。パシエンテ派閥に気を付けつつちょっぱやで取り掛かります」
あ、第二王子の一筆の説得力がでかかったか。そりゃそうだ。
「よろしくお願いします! ……あ、そうだ、ご迷惑でなければアンドレア様の職場の皆様にここの何かを差し入れようかと思うんですが……お仕事の集中を乱したお詫びに」
「お、いいんすか。それは普通に嬉しいっすわ」
店で一番人気のミートパイを三ホール購入して彼に託した。一つが結構でかい。今は侍従を連れてない彼に渡すのが少し申し訳なくなるデカさだったが、彼は嬉しそうに受け取った。そして暫し俺を無言で見つめた。
「……何か?」
「いえ。今まで俺、アマデウス様のこともっとチャラい人だと思ってましたわ……なんかすんません」
――――貴方にチャラいと言われるのは心外なんですけど?!?!?!
と思ったがぐっとこらえて苦笑いで済ませた。
三日後、ネレウス様から『当たりだ。パレードで刃物を持った男が半分ほどに減った』と手紙が来た。的外れではなかったことに胸を撫で下ろす。
良かった。良かったけど―――――――まだ半分いる。操り人形の通り魔が。
十日後にはアンドレア様からネレウス様に報告が上がった。『複数、怪しい刺繍布が見つかった』と。
刺繍は一見変わった模様のように見えるが、よく見ると鏡文字が縫われていた。
『見かけたパレードの見物人五十人目を刃物で刺す』、『見かけたパレード警備の騎士七人目を刃物で刺す』……などの、無差別殺人の指示だった。
※※※
「アマデウス様、ご報告が……。そのー、こちらなんですが……」
新聞を集めてもらってる使用人のデミオがおずおずと差し出してきた紙。ガサガサした質の悪い薄茶色の紙には文字が印刷されている。中央のイラストからして嫌な予感がした。気取った笑顔の少年が両手に女性を侍らせているイラストだ。
"とある伯爵令息の華麗なる女性遍歴"という見出し。
『~……令息アスモデウスは、優れた芸術的才能を駆使して様々な女性を篭絡していく……魔物のような母親を持つアスモデウスは女性を利用することに何の良心の呵責もなかった……~』
『~……成長著しいアスモデウスは十を超えれば十五にも見える体躯となり、幼気な町娘をとっかえひっかえ味見し、若いメイド達と淫らな生活を繰り広げた……~』
『~……国一美しいと謡われた美姫も、金髪の男爵令嬢も、麗しく純真な公女も、彼にとっては刺激的な火遊びに過ぎない……~』
『~……高位貴族の平凡な見た目の少女と婚約し、将来の高い身分を担保したアスモデウスは、愛人の歌姫と甘い時間を過ごしながら、虎視眈々と全てを意のままにするために、今夜も腕に女を抱く……~』
――――記事と思いきや、小説かな?????
一応名指しではなく仮名を使ってんだ。俺だってことは丸わかりだけど。アスモデウスってなんか地球で見たことある名前だな……悪魔だったような。公爵家と王家を敵に回したくなかったんだろうな、王女殿下のことは公女、ジュリ様の見た目は平凡って書いて誤魔化してる。
「なんじゃこりゃ……ふっ、ふふ……」
怒った方がいいんだろうが、ないことしか書いてなくてちょっと笑えてきた。
「笑ってる場合ではないですよ何も……」
渋い顔をしていたポーターがぎろりと俺を睨む。はい。
「デミオ、これはどこで? 発行元は……書いてないな」
「王都の、比較的平民向けの茶屋にありました。アマデウス様の評判を落とす目的でしょうから……政敵のどこかが工房に依頼してばら撒いているんでしょう……見慣れない男が来てこれらを店に置くようにと金を握らせて去ったそうです」
「この間声をかけてきたあの男でしょうか?」
ポーターが怪しんでいるのはフェデレイ新誌の記者、ルーヒルのことだ。
「うーん……」
違うような気がした。ルーヒルと名乗った男は悪事を暴こうという気持ちがあったように見えた。こんなでっち上げの出鱈目を書く感じじゃなかった……気がする。
中傷ビラかぁ……俺だけならともかくこの書きようだとジュリ様にも、エイリーン様と先輩、コンスタンツェ嬢にも風評被害がありそうで申し訳ないな……。
取り急ぎティーグ様に知らせに持っていく。
「……何だこれは。下種な……シレンツィオ公には私から連絡しておく。心配はいらん」
ティーグ様は嫌そうな顔で読んで、安心させるように俺の肩を軽く叩いた。
犯人と工房を特定しに動いてくれるようなので、俺は大人しく待つ。ジュリ様にも明日お知らせして謝ろう。謝らなくていいと言ってくれそうだけども。
一つはティーグ様に提出したが、デミオがその店にあった物は全部回収してきてくれてたので複数ある。夕食の後姉弟にも見せたら姉上は口を押えて声を殺しながらめっちゃ笑っていた。
「っ……ひーっ……ぅ、ふふ……っく……」
「あ、姉上! 笑い事ではありませんよ」
「いや、正直俺もちょっと笑ったけど」
「兄上は笑ってちゃダメでしょう?!」
「ああ、まあ、勿論許す訳ではなくてよ、スカルラット伯爵家を侮辱する不届き者をただではおかないわ……ふっ、くく」
つい笑ってしまったけど喉元に湧き上がる不愉快さは勿論ある。姉上も一度思いっきり笑った後は据わった目をしていた。多分それなりに怒ってくれている。
真面目に怒ってくれてるティーグ様とジークに悪いので、俺は顔を引き締めた。




