繕
帰宅して白粉の薬局販売に関してマルガリータ姉上に相談しに行く。
アンドレア様と話した経緯を説明する途中で(そういえば姉上昔彼にアタックしてたんだっけ)と思い至ったが、姉上に目立った反応はなかった。内心思うところはあったかもしれないが、ポーカーフェイスを保っている。
「白粉を安く買える認定を餌に団体が監査を受け入れ、違法な所に目星も付けられる……ふん、悪くないかもしれないわね。王家から命が出ること前提に準備しておくわ」
面白くなさそうな顔をしつつそう言って奥にある机のノートに何か書き出し始めた。取り掛かることを整理しているらしい。
ふと、俺は姉上の机の上に裁縫の道具が置かれていることに気付いた。
そういえばジュリ様からハンカチを頂いた時、裁縫習ってみようかなと考えたことを思い出した。
「姉上って裁縫や刺繍、お得意なんですか?」
立ち上がって覗き込もうとしたらバッと振り向いた姉上が嫌そうに睨んできた。
「見てもいいと言ったかしら?」
「いいえ。失礼しました」
素直に謝って椅子に座り直した。
「……淑女的なことで私に出来ないことなどないわ」
「なるほど。少し前にジュリ様から刺繍の入ったハンカチを頂いたんです。もしかして姉上もファウント様に何かお贈りになるのかなと思って」
「ふうん。………―…いのよね」
「え?」
「……婚約者から、刺繍入りの物を貰うのは、嬉しいのよね?」
目を逸らしながら珍しくもごもごと、小さい声でそう訊いてくる。
おぉ、あの姉上が……乙女!! と失礼ながら内心驚いた。顔には出さない。
「勿論です! 婚約者が一針一針縫ってくれたんだなと思ったら愛を感じますし多少拙くても嬉しい、あ、ジュリ様の刺繍は全然拙くはなかったですが」
「は? 私のは拙いと言いたいわけ? 苦手だなんて言ってないのだけど???」
「全然そんなこと言いたいと思ってませんし言ってませんよ姉上」
正直にいうなら姉上に裁縫が得意なイメージはなかった。細かい作業にイライラしてそう。
見せるのを拒むのと過敏に反応してくるところを見ると、やっぱ得意ではなさそう……と思ってしまった。
それでも頑張ってやろうとしててえらい。
※※※
元大道芸人のリリエも白粉を常用していた一人だ。薬局で売ることについてどう思うか一応意見を聞いてみたいなと思ってロージー伝手に聞いてもらうことにする。
音楽室に行くとノトスを診に来たシャムスもいた。
ノトスは黙々と勉強や練習に励んでいるが、コレリック家の仲間のことは解決していないし、時折暗い顔で思い悩んでいるっぽいこともあるらしい。無理もない。心配なのでノトスの体調や精神面を定期的に治癒師に診てもらうことにした。スカルラット家の治癒師よりもロージーの関係者の方がノトスも気が楽だろうと、あと俺が相談しやすいのもあってシャムスに頼んだ(ノトスはスカルラット家下男という扱いなのでティーグ様がシャムスに賃金を出してくれてる)。
「ご機嫌よう、アマデウス様。ノトスですが、今のところ不調はないようです。気分が落ち込みやすい傾向は相変わらずあるようですが」
ノトスは最初こそシャムスに緊張していたが、ルシエルの師匠ということを知ってすぐ尊敬の目になった。バドルがいつも傍に付き添っていたこともあり今はすっかり慣れたようだ。
「そっか、診察ありがとう。……そういえばシャムスは裁縫とか出来る? 治癒師の修行でやったりとか……」
「裁縫? ……ああ、傷を縫う訓練という意味ですかな」
「そうそう」
貴族の男は基本的に裁縫を習わないけど、医者なら要る技術かも? とふと思った。
「そういう意味ではそれなりに訓練したことはあります。戦場での医療行為を想定した場合、魔力切れによる応急措置が必要になる可能性が高かったためです。しかし最近はあんまりやらないようですな」
「戦争でもないと治癒師の魔力が足りなくなるほどケガ人が出るって状況が想定されないもんね」
「縫ってしまうと半端に塞がり、後々治癒魔法を施しても傷が残りやすいというのもあるでしょう」
「ほ~……そうだ、傷跡を消すのってシャムスほどの腕なら出来るの?」
「……私でなくとも、傷を治せる腕があれば技術的には可能です」
「そうなの? 難しいって聞いたけど」
「難しいのはそれを行う状況を整えることがです。方法としては、傷跡の上からもう一度ほぼ同じ傷を新たに負い、それを治癒するという手順になります。それで傷跡を消すことは可能です」
「ええ~~~……そ、そういう……」
また同じ痛みを味わわなきゃいけない……ってコト!?
気になる傷跡ならそこそこ大きいだろうし、その傷を付けるのは自分で……? やだよこえーよ。他の人にやらせる? やる人も嫌だよな……。
「それは治癒師にやってもらうことは……?」
「心を病み辞職する治癒師が出たのと、痛みを与えた治癒師に逆恨みする者も出た経緯で、新たな傷を治癒師に付けさせるのは禁止されています。自身でやるか、信頼のおける身内の騎士などに頼むことが多いですな」
まあ、治す仕事なのに傷つけたくないよな……。手術で皮膚を切るみたいなもので必要なこととはいえ、進んで人を傷つけたい人も血が見たい人も少ないだろう。実際やるとなると地味に厳しい。
逆恨みは……自分で病院来たのに医者の治療に反発しまくる患者みたいなやつだろうか。いてほしくないけどいそうではある。
「あ、でも痺れ薬ってあるんだよね?」
痺れ薬と言われると敵やモンスターを痺れさせてデバフかける忍者の秘薬みたいだけど、普通に麻酔薬のことである。薬学で存在は習った。
それを傷跡に塗ってから傷付ければ、痛みは感じずに済むんじゃ?
「ええ。しかしあれは珍しい材料が必要で調合も難しく、扱いも注意が必要です。高価なので大金も必要になります」
「う~~~ん、そうなのか……」
地球でも麻酔科医はかなりの知識が必要な仕事らしいし、魔法薬でも濃度の調整とか色々あるんだろうな。
コレリック家の下男下女……服で見えないところとはいえ体に傷が残るのは可哀想だし、女性はより気になるだろうし、フラッシュバックの原因にもなり得るし……色々と片付いて落ち着いたら消してあげられないかと思ったんだけど。
「……あっ。ねえ、聖女用治癒魔法でも無理かな?」
シャムスは『何言ってんだこいつ』というような顔をしたが、三秒後には片手で口を隠し思案顔になった。
「考えたことがありませんでしたが……可能やも……いや、どうなのでしょう。非常に興味はありますが……」
聖女用治癒魔法は命が危ない人を救うためのもの。そういう意識があるし使う側も魔力を大量に使う危険な魔法だから、傷跡を消すために使うっていう発想がなかったのはわかる。
聖女認定されたコンスタンツェ嬢に試してみてほしいけどそんなことを頼むのは流石に不敬か……とシャムスは考えているっぽい。彼は俺が聖女用治癒魔法を使えることは知らない。
ないんだろうか、聖女用治癒魔法が傷跡を消すために運用されたこと。もしかしたら教会に記録があるかもな。ペティロ卿に問い合わせてみよう。
諸々落ち着いたら……ノトスに頼んで俺が、こっそり試してみるかな。万能魔力薬がもうちょい改良されればそこまで気分も悪くならずに済むはずだ。
話を裁縫に戻す。
「裁縫とか刺繍をささーっと出来る魔法とかないのかな」
イメージはシンデレラが魔法使いにシャラ~ンと早着換えさせてもらうみたいなやつ。
「寡聞にして存じ上げませんな……」
「ないかぁ。あ、刺繍におまじない…魔法を込める、とかはありそうに思えるけど」
これのイメージは御守。新年に神社で買う御守袋には刺繍で字が縫ってあったし、日本で中学の時女子バレー部の何人かが『勝利』と糸で縫われた手作りフェルトの御守りを鞄に下げていたのを思い出した。
隣で会話を聞いていたバドルがふと口を挟んだ。
「神々を象った刺繍が魔除けの役割を果たしている、という衣服ならございますが」
「ああ……そういう願掛けの物なら多くあるでしょう。ですが実際に魔法が込められるという例は存じ上げません」
「そういうものかぁ」
出来たらいいなとちょっと思ったんだけど。
宝石や天然石、乾燥させた薬草や花、動物の角や骨、高位の聖職者が書いた護符など、この国にも勿論御守はある。
ジュリ様のハンカチをお守りみたいに思ってるので、それ系の贈り物も良いなと思ったが。宝石とかの方が女の子に贈るにはいいか……?
※※※
チケット貰ったから"青髭"の舞台を皆で一緒に見に行かないか、と楽師達に提案すると、
「ジュリエッタ様とお行きになられては? 我々は休日に普通席でもいいですし」とラナドに返された。
「えっ……これ逢引で行っていい系の劇かな?」
"青髭"、どっちかというとホラー映画系では? デートで行くのアリか?
「本で内容はご存じでしょう? 怖い話が極端に苦手な方には不向きかもしれませんが……」
多分ジュリ様はホラーが苦手というほどではないと思う。青髭の絵本もお互い読んだし感想を聞いたが「良かったですわ。繊細な筆致の絵に青が映えて……」と絵を褒めていた。
因みに、地球の青髭の青とは剃り跡の色のことだろうと思うが、絵本の青髭の髭と髪は案の定真っ青である。
少し迷ったが思い切ってジュリ様をお誘いしてみることにした。




