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【書籍発売中】美形インフレ世界で化物令嬢と恋がしたい!  作者: 菊月ランララン


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216/268

相性と化粧



「"ヴィーラ"が店で流れると若い娘達がキャーキャーうるさくってかなわんよ、歌を聴かせろってんだ」

「公演最初の数回は歌ってる歌姫マリアの目を見て気絶する娘達が二桁いたんだってよ」

「本当かぁ? 尾ひれついてないか」

「うちの嫁が見たんだよ、本当だって」

「真似して踊り出す子も最近多いよな。手をこうして」

「ハハ、まあ、幼子は可愛いからうるさくても許す」

「こないだ聖歌隊が"聖なる輝き"を歌ってたんだけどみるみる人だかりが出来てよぉ。今回は歌姫ソフィアが一番だよな?」

「いやあ、通は"恩寵"だろ。歌姫スザンナの歌唱力が演奏会の格をぐっと上げてるよ」

「"修道女"もなんだかんだ良かったよな。俺は好きだわ」

「ああ。他と比べて地味とかなんとか言うやつらはいたけど良いよな。早く録音円盤出ねえかな。そしたら近所の店で聴ける」


……という会話が町中のくつろいだおじさん達の間で繰り広げられていたらしい。買い出しから帰ったデミオが教えてくれた。




『祈りの先にある希望』演奏会は好評を博した。ありがたや。

 王都、スカルラット、シレンツィオの後は新たに誘致された領を順番に周る。コンスタンツェ嬢が抜けた穴を感じさせずに済んだようだし、録音円盤も飛ぶように売れた。


 リハーサルでは及第点といった感じだったノトスは――――――なんと本番で実力以上を発揮した。

 

「……っノトス! なんか、いつもより……良かったぞ!?」

 終わった後驚きながら褒めるロージー。マリアも驚き顔で頷いていた。

「そうですか……? それなら良かったです」

 ノトスは実感がないのかきょとんとしている。

「練習より本番で上手くなるって滅多に無いぞ?! その……うん! よくやった、その調子でいこう」

 リアクションが薄いノトスに勢いを殺されながらもロージーは褒めた。


「俺もそう思ったよ。練習と本番で何か変えた?」

 俺がそう聞くと彼は暫し目を伏せて思案した。

「変えたというか……本番の方が、ここにいないような気分で歌えました」

「……うん?」

「青い光の中にいると水に囲まれているような気分になって……歌に感情をのせることだけに集中できた気がします」


 歌い方に確固たる正解というものはないが、俺の思う素人とプロの違いは『歌を自分のものだと聴衆に感じさせられるかどうか』だ。

 本番でベストを叩き出せる人間は、少ないがいる。人前に出ると気負う人がほとんどなのにノトスは本番で"修道女"を自分のものにした。


「本番に強いというか、舞台度胸があったんだね……」

「アマデウス様のおかげもあります。『失敗しても死ぬわけじゃない』と私に言ってくださったでしょう。『今度はノトスが感情を伝える番』とも。間違えても殺されることはないと思えばそんなに緊張しませんでした。客の中のたった一人でもいい、この歌を聴いて慰められる人がいたらいい、そう思えて……」


 そう言って薄く笑った。今まで見た中で一番朗らかな笑顔に見えた。

 ノトスの度胸は舞台に立つよりもずっと危険な状況に置かれていた結果付いてきたものっぽい。そう考えると複雑だが、良い方向に転がったのだから……ヨシとしよう。


※※※


「舞台"青髭"の招待状が届いております」

「お、……へー、普通の演劇と思ってたけど音楽劇になったんだ!?」


 ポーターから手渡された封筒の中には劇場の入場券『音楽劇・青髭』、露台席用が一枚。


 この国で音楽劇というとオペレッタが近い。オペラは歌劇。

 オペラはほぼ歌だが、オペレッタは演劇にちょくちょく歌が入る。オペラと同じくマイクの使用を前提としていないので、喉に負担が少なく伴奏に埋もれない歌声を客席に届ける特殊な発声法が要る。マイクやアンプを使用して声を拡大し、ダンスや演技表現などの娯楽性をより多く取り入れたものがミュージカルだから……

 ……そうか、耳や服に取り付けられる小型マイクはまだ見たことない。あればミュージカル出来るかもな……? ミュージカルも見てみたいが、まあそれはまたいずれ。


 招待状に一枚添えられた手紙には『是非ご覧ください、そして気に入ったなら録音円盤にしていただきたい』と丁重に書かれていた。なるほど、円盤化したかったのか。

 


 今のところディネロ先輩とマドァルド工房の管理がしっかりしているのでレコードの作り方はバレていない。模倣品なども出てない。音の出ないただの黒い円盤を売った詐欺師が捕まったことはあった。

 関係者や『古き良き音楽の普及計画』のテタルティ氏ら音楽家の紹介で録音した歌手達には録音部屋で見たことは口外しないという契約書にサインしてもらっているが、ちゃんと守ってくれているようだ。


 でも作れる所がそろそろ出てくるんじゃないかとは思っている。現物を見て既に作り方が分かってるけど俺やマルシャン商会を敵に回すのを避けて作ってない所もあるかも。

 ディネロ先輩もいつまでも独占できるとは思ってないようだが、ひとまずバレるまでは先駆者でいようという腹積もりだ。

 俺としてはどんどんレコード作られてほしいから作り方を公表してもいいんじゃないかなと思ってたりもするんだが、商会の利益のこともあるしそこは先輩の意見に合わせるつもり。

 オペレッタは発声法が違うから録音も勝手が違う可能性があるけど……舞台"青髭"が面白かったら録音円盤も売れるだろう。楽しみだ。



 因みにテタルティ氏はカーセル伯爵家のお抱え音楽家だったため取り調べを受けることになったが、幸い悪事には関与していないとわかり無罪放免。そこをエミリオ様がすかさず勧誘し、今はランマーリ伯爵家のお抱えに納まった。

 カーセル伯は実力の高い人達には割と親切だったようで、テタルティ氏自身はお世話になったからカーセル家のお取り潰しを切なく感じていたようだった。シルシオン嬢の行方も心配だと言ってはいたが、彼は彼女とほとんど関りがなかったそうだ。

「シルシオン嬢はあまり音楽に興味がおありでなくて……いえ、どちらかというとお嫌いに見えましたね」と言っていた。


 招待状に添えられた手紙には『化粧品の値上がりやカーセル伯爵家所有の劇場が軒並み営業を停止した影響で、役者達は今とても困っています、是非とも助けると思って録音円盤の制作をお願いしたく……』と窮状を訴えるような文章もあった。


 つい先日、王家から直々にレドニェツの使用制限が出たのだ。

 毒になるので、人間の体に付けるものや口に入る品には使用禁止。禁止されると収入が減り過ぎてヤバい業者は詳細を提出すれば一時的に補助金が出ることになったが、かなりの影響が出た。

 レドニェツが原因で体を壊すことはなくなるとはいえ、安価な白粉がなくなるのは特に娼婦(娼夫)や役者達が困る。特に娼婦は仕事の化粧品代が店への借金として積み重なる。値上がりすると彼らの借金が増えてしまう。


 マリアはレドニェツの規制による娼婦達への負担増を特に心配していた。

「娼館に白粉を寄付することも考えたのですが、それもキリがなさそうですしどうしたものかと……」と頭を悩ませていた。

 レドニェツの報告書に関わった者として責任を感じなくはないが、安全安価な白粉を量産する方法は知らないので如何ともしがたい。


※※※


 面会希望の手紙を貰い、放課後アンドレア様と会った。

 学院からほど近い貴族向けの茶屋は壁紙が暗めの緑でどちらかというと男性向けっぽかった。軽食もこころなしか甘くない物が多めで、強めの酒もある。


「お時間を取っていただき恐縮です、アマデウス様。……口調崩してもいいっすか?」

「あっはい、どうぞ」

「あざっす。アマデウス様も全然楽にしてくれていいんで」


 映像記憶能力持ち有能眼鏡ことアンドレア・グリージオ伯爵令息。

 卒業後ユリウス殿下の側近としてバリバリ働いている。お堅い場以外では割とチャラい口調の人。今回も殿下のお遣いだろう。


 了承した後三秒ほどじっ……と俺の様子を窺っていたので、チャラい口調で話してもいい人かどうかはちゃんと見極めているんだと思う。

 俺が羊肉のパイを一切れ頼むと彼は木の実のパイを頼んだ。食べ物の好みについてなど無難な軽口を叩いて待ち、注文の品が届いてお茶を一口飲んでから本題に入る。


「お話ってのが、化粧品についてっす。少し前からもあったんすけど、最近揉め事が頻発してて。シレンツィオ派へいちゃもん付けたいだけの場合もあるんすけど、俺らの親世代から上くらいの偉い人も何人か禁止するべきだって騒いでてめんどいんすよね」

「あー……『騙された』的な?」

「そう、美形だと思ったら化粧だった! 詐欺だ、この婚約は破棄する! この結婚は無効だ! ……ってのが何件か。化粧してた側は女が多いですが男もいたっすね。黒子を隠したり」

「へぇ~」

「他人事みたいな反応せんでくださいよ」


 他人事だし……と言うのは流石に悪いので口に出さないでおく。

 そういうトラブルを予想してなくはなかったけど……そういうのってもう双方の話し合いで何とかしてもらうしかなくない? 

 後々絶対バレることくらい予想できるのに隠したままで事を進める人のフォローまでは出来ないだろ、というのが俺の個人的な考えだった。

 金貸し業が金を貸した人の結婚相手から『借金を隠してた! 知ってたら結婚しなかったのに!』と責められてもどうしようもないし……。


「元を辿ればアマデウス様っしょ、貴族が化粧品使うようになったきっかけ。ジュリエッタ様に化粧を勧めて」

「いえ、勧めてはいませんよ。俺の楽師が使っているのを見てジュリ様が使おうと自らお決めになったんです。お顔を隠さずに生活できるし化粧することで彼女の気持ちが上がっているので、化粧品を広めることには賛成、推奨の立場ですが」

「そうだったんすか。さーせん、てっきり」

「いえ、周囲にそう思われることは予想してたしいいっすよ」

 たまに口調が釣られる。俺はこれ以上チャラいと思われたくないから喋り方気を付けなきゃ。


「……『個々で話し合ってくれ』と言いたいところですけど……確かに人の感情はそう簡単に納得してくれないでしょうし、対策は必要でしょうね」

 化粧で起きたトラブルに対する不満を化粧品そのものやシレンツィオ派にぶつけられては困る。言い訳、逃げ道を用意しないと。

「そーいうことっす。で、それの対策としてですね、『婚約までに素顔を一度も見せないのはマナー違反』と広めるのがいいんじゃないかと」

 化粧自体をまるごと否定されたら困るから、一部制限することで大枠はOKとする。

「なるほど、良いと思います」

「いっすか? じゃあ学院の情報網の方でもソレ流してもらって。おねしゃす」


 口調は軽いが上品な所作でパイを食べ終わってお茶を飲み一息。雑談といった体で彼が呟いた。

「ぶっちゃけ、白粉が値上がりしてちょっち良かったかもって思ってて。誰でも化粧できるようになっちまうと手配犯が見つけづらくなるっしょ?」


 手配犯。……犯罪者か。

 その視点は俺に無かったので暫し停止した。そうか、俺はわかるけどこの世界の人達目が悪……いや、人を見分けるのが少々下手だから、犯人に化粧されたとしたら人探しが大分難しくなるんだ。


「でも娼館には普通にある物だし、悪用する奴は既にしてるんじゃ?」

「それはそーですけどぉ。誰でも使えたら悪用する奴も超増えるし単純にキッツい! って話っすよ」

 白粉という存在を知り、化粧していることが当然になったら疑う人数が膨大になる。

「うーん……化粧が当たり前になれば皆ある程度見分けられるようになるんじゃないですか? 顔自体は変わってないんだし。俺はわかるし」

「わかるって……化粧後でも化粧前の人と同じかわかるってことっすか?」

「ちゃんと顔見ればわかりますよ。前、カツラ被って化粧してる知り合いに会いましたけどわかったし」

「えー? 嘘だぁ~」


 ハハハと笑われた。冗談だと思われてる……。やっぱりこっちの世界の人には難しいんか。

 容姿に自信がない人のために化粧品を身近にしたいというジュリ様の野望のためにも、化粧品が良くないことに使われる展開は防ぎたいのだが。犯罪者に関する良い解決法は今の所思い浮かばない。


「話変えますけど。うちの嫁がこないだアマデウス様のこと褒めてたっすよ。"よくぞあんなにエイリーンにぴったりの殿方を紹介できたものだ"って」

 アンドレア様の嫁というとエイリーン様の親友のルチル嬢……結婚したからルチル夫人か。

 国一の美少女の親友やれるだけあって気の強そうな美女だった。緩く波打つ茶髪に銀色の目だったはず。

「お二人を引き合わせたのは演奏会の協力を仰ぎたかっただけなんですけど、お褒めいただいたんなら光栄です」

「ルチルはエイリーン様のこと心配してたんすよ。高貴な方に目を付けられて苦労するんじゃないかって。いざ結婚しても夫が嫌がらせ受けるとか仕事放り出して彼女に溺れるとか、あの美貌だと危惧することが超沢山あるっしょ?」


 お、おう。

 美女に溺れて国が滅んだって話あるしな……有名なのは楊貴妃だっけ。七夕の彦星と織姫も結婚して互いに夢中になって仕事を疎かにしたせいで引き裂かれたって話だ。俺もジュリ様と結婚した後浮かれすぎないように気を付けなきゃ。


「でもディネロ氏は結婚した後もそれまでと変わらず仕事人間で、構う時には構うけど適度に放っておいてくれるところがエイリーン様的にはむしろイイんですって。アマデウス様とガッツリ縁のある友人で後ろ盾もばっちりだし。奇跡的な相性だと思うっすよ」

「ははぁ」

 絶世の美少女として周囲から構い倒されてきて、モテ過ぎるのにもうんざりしていたみたいだから適度な距離感を保ってくれるというのが高評価なのか。先輩にとっては仕事に協力的で理解が深い奥さんだし、本当ぴったりだ。


 彼がしたい話は終わったようだった。その内容なら手紙でもよかったんでは? と言うと彼はのんびりと「茶屋に、来たかったんすよね」と言った。

 そうですかい……と少し呆れたが、休憩に抜け出す口実が欲しかったのかも。雑談も息抜きになるし。


 俺は皿に残った木の実とパイ生地の細かい欠片を見て、ふと思った。


「……白粉を、薬局で売れないでしょうか」

「は?」

「レドニェツの規制で業者や娼婦や役者が今困ってるんですよね。許可証を得た人と団体だけ安価に白粉を手に入れられるようにするとか……誰がどれだけ購入したか薬局で記録すれば、犯罪者に流れるのも少なく済むんじゃないかって……」

「ほぉ……?」


 ドラッグストアに化粧品も売ってたなと頭に浮かんだのだ。衛生用品とかもあったし……薬局は人々の健康のためにあるのだ。粗悪品を避け、安全な化粧品を買える場であってもいい。ストローと、保存食として羊羹も置こうかと思ってるし。

 一般人への広まりは滞るだろうけど、もっと安価安全な白粉を作ろうとする動きは活発になると思うし……。


 アンドレア様は真面目な顔になって顎に手の甲を当てた。

「横流しする奴は出そうだけどそれは禁止して罰金・許可取り消しとか定めればある程度は……領主お膝元の薬局で管理するのはいーかもしんないっすね。ついでに違法風俗店も調べて潰すか……カーセル家、怪しい娼館をけっこーな数経営してたんすよ。犯罪の温床になってんすよそういう所が」


 怪しい娼館……そういえば醜女を集めた所があるってシルシオン嬢に囁かれたな。

 彼女……どうしてるかな。無事だろうか。


「提案あざます。ちょっと詰めて考えてみるっすわ」とアンドレア様は職場の王宮へ帰っていった。


 スカルラット領と王都の薬局は来年には整う予定だ。他の領も早い所は目途が立つ。

 さっきの提案が通って娼婦と役者達の負担軽減になればいいが……何がどう転ぶかは運と相性、他に俺に出来ることがないか地道に考えよ。

 帰ったら姉上にも相談しよ。



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