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【書籍発売中】美形インフレ世界で化物令嬢と恋がしたい!  作者: 菊月ランララン


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地下室より




【SIDE:シルシオン】



「セシル! シオン様も、み、見て……!」

 仕事を終えたらしいココが地下の食事室に駆け込んできた。胸元から折り畳んだ紙を取り出して、急いで広げようとしている。慌てているが顔は笑顔の一歩手前という感じで、悪い知らせではないらしい。

「えっ……ノトス……!?」

「そう! ノトスが歌手になって舞台に立ったんだって! ルシエル様が教えてくれたの! これもくれたの」

「この紙……」

「王都で売ってるチラシだって!」


 私が此処……コレリック侯爵家の地下室に連れてこられる前に、スカルラット伯爵家に買い取られた下男ノトス。

 セシルの恋人で、此処の下男下女の古株。私は関わったことがないけれどセシルから時々話は聞いていた。物静かで優しい青年だったようで皆に慕われている。

 大事な証言者だから、悪い扱いということはないとルシエルが説明したが、様子を伝え聞くことも叶わないので皆彼のことが気にかかっていたようだ。


 そこにきてこの紙で彼の近況を知る。

 しかも……彼がアマデウス様の下、歌手の新人として公演に出演し話題になったという記事。真ん中右に入っている挿絵には男二人が歌っていて観客の女が沢山床に崩れ落ちる様子が描かれている。

 ……たまに失神者が出るとは聞いたが、こんなに倒れたらもう事件だ。大袈裟に描かれているんだろうけども。


「ねえセシル、読んでください」

 そうか、小さな平民の下女は字が読めない。概要だけルシエルに聞いたのだろう。わくわくした顔をするココにセシルは頷いて紙に指を這わせ該当の個所を探した。


「『歌姫ソフィアの瑞々しい声の魅力を大いに……』もうちょっと後だわ、ええと……『新顔の青年ノトスは、楽曲"修道女"の歌い手を務めた。彼はアマデウス=スカルラット伯爵令息が声を気に入って他家から半ば無理やり引き抜いたという噂から注目の的であった。この曲だけ録音円盤の製作が間に合わず発売を先送りにされたため、劇場でしか聴くことが出来ないという点でも話題となった。出来栄えに関しては、そこまでするほどの実力者かは記者としては疑問であるが、』……『観客の評判は上々であった。評論家のカソドス氏は〈歌手ノトスに侯爵家と揉めてまで手に入れる価値があったかどうかは置いておいて、彼が"修道女"に合った歌い手であったことは観客の反応からしても確かである。歌手ロージーのような巧みさや歌姫マリアのような色気はないものの衒いの無い真っ直ぐな歌声で、巡礼者を彷彿とさせる歌詞に合う。伯爵令息はこの曲のために彼を見つけてきたと思わせるだけの雰囲気はあった〉と語った。』……」

「……褒められて、ます、か……?」

「うん、お客様は喜んでいたみたいだから、そうよ」

「よかった! すごい、ノトスすごいですね!」


 評論家は気に入らなければ散々にこき下ろすことが多いから、かなり良い評価と言えるんじゃないだろうか。

 他の下女達もココから話を聞いて少し明るい顔になった。彼女達の嬉しそうな笑顔なんてここに来て初めて見た。複雑な気分だ。



 何というか ……―――――――――――――――なに???

 

 声が気に入ったって口実で連れ出したからって、何でノトスに本格的に歌手をやらせてるの。人前に出す危険を冒してまでやらせること? 証言者を売り物にしてる場合か? それとも私には思い至らない考えがあるのだろうか……。

 アマデウス、あの人ほんと……何なの? 

 


 巷では神童とか呼ばれているが、それなりに見目の良いごく普通の少年。それが第一印象だった。

 だが彼の関わることとなると企みが思い通りに運ぶことがとんと無く、じわじわと常人とは何かが違うらしいと感じさせられた。

 シレンツィオ派に色々と仕掛けている私に対しても冷たい目をせず、どこか心配するような、困ったような視線を向けてくる人だった。

 敵とも認められずに哀れまれるなんて屈辱でしかない。蔑まれる方がまだましだ。だから内心嫌いだった。

 ……いや。

 ロールベル様と彼女の伯母が仲良くなるきっかけを作った人だから最初から嫌いだったのだ。

 彼のせいでロールベル様と友達でいられなくなった……そう責任転嫁していたから。

 


※※※



 一応私には個室が与えられている。元々物置で狭くて暗くて不気味なのだが、下女達が掃除して小さな机と椅子も寝床も用意して整えてくれたので文句は言えない。

 床に直に藁と干し草を積んで布を敷き、体の上には古い布を縫い合わせた物を重ねて包まって寝ている。干し草が布団の中に入ると痒いから難儀だが、藁のベッドの寝心地は悪くない。ただ単純に掛け布団の厚みが足りず寒くてなかなか眠れないが、下女達はもっと薄い布で凍えないように皆でくっついて寝ているので文句は言えない。文句を言う元気もないが。



「シルシオン様。ヴィペールの特別な術のこと、御存知でしょう」


 深夜、治癒師ルシエルが来て近くの椅子に座り、出し抜けにそう言った。ランプが照らした顔は表情の無い仮面のように白く、燃えるような意思を宿した瞳で私を射抜いた。

 やっと眠気がやってきたところだったのにと思いつつ、体を起こした。


「ヴィペールの魔法……ですか」

「探ってみましたが、流石用心深い。隙が無い。私ではもう手詰まりです。……貴方に帰る家はもう、無い。きっと貴方はもう取り返しのつかないことをやったのでしょう」

「……ええ」


 慎重に、ヴィペールの魔法を指示された場所に仕掛けた。それだけ。

 でも露見したら只では済まないとちゃんとわかっていて、やった。

 しかしまだヴィペールの魔法は発見されていないらしい。それならばカーセル家がお取り潰しになったのは他の悪事が露見した結果で、私のせいではない。そう思うとほんの少しだけ気が楽になった。まあ、あの家に思い入れなんて無いけれど。


「メオリーネお嬢様が貴方をこうして匿っているのは、自白されては困るのと、まだ使い道があると考えているからでしょう。これ以上手を汚しても貴方に待っているのは惨めな死だけです。私に協力してください」

「協力……?」

「ヴィペールの魔法のこと、何でもいい、知っていることを教えてください。何とかしてシレンツィオ派に知らせ、コレリック家を潰すんです。そうすればもしかしたら温情を望めるかもしれません」

「無理よ。……私が犯した罪は、貴方が思っているよりも重いの」


 私は王族の暗殺未遂に加担した。露見したら極刑は免れない。

 詳しいことは知らされていなかったとはいえ、仕掛けるからには"ヴィペールの魔法"を間近で見た。察することが出来てしまった。それでも加担したのだ。


「……貴方は何のためにこれまで努力してきたんです? セシルと一緒に幸せになりたかったのでしょう? セシルだって貴方を大事に思っている、貴方が死ねば悲しむ。罪を少しでも軽くすることを諦めないでほしい……いや。勝手に終わった気にならないでほしい!」


 此処は音が外に漏れることはまずないが、大きい声で話せることではないので小声で話してたのに、顔を怒りに染めたルシエルの声はだんだん大きくなり机を力任せにダンと叩いた。

 音に驚いて肩を揺らした私に気付いた彼女は、息を大きく吸って吐く。


「……失礼。……屋敷の外を一目すら見ず、気まぐれに痛めつけられて死んでいく下男下女の命を救うこと。ヴィペールの術で陥れられる人をなくすこと。これらは貴方の贖罪になりませんか?」


 言い募るルシエルの顔を、遥か遠くを見るような気持ちで眺めていると言葉がぽろりと口から零れた。


「贖罪とか、正直どうでもいいの。どっちみち私の願いはもう叶わないんだもの」

「願い……? 何ですか?」

「お母様と一緒に暮らすこと……」


 怪訝そうな顔をしたルシエルに私の過去を話すことにした。理路整然とはいかなかったが、彼女は真剣過ぎて怖いくらいの顔で静かに耳を傾けた。



※※※



 女癖の悪いカーセル伯爵は若いメイドに手を付け子供を産ませた。

 

 既に二人妻がいた伯爵はメイドを第三夫人に……と少しは考えたようだが、第一夫人と第二夫人の了承が得られるわけがなかった。メイドに後ろ盾はなく、カーセル家にとって夫人に据える益はない。それに第二夫人には子が無かった。自分の立場が脅かされることを恐れた第二夫人は勿論、既に二人の子がいた第一夫人も反対した。

 第一夫人は家柄、第二夫人は資産でカーセル家に益をもたらしており二人の妻の了承無くして伯爵も結婚など出来ない。ケチって避妊薬を使わなかったことも周囲から責められ、伯爵はメイドと手を切ることにした。


 伯爵は、子供を伯爵家の第二夫人の子として引き取り、口止め料と新しい勤め先への紹介状を与えることをメイドに提案した。

 メイドはそれを受け入れた。若い身空で父親のいない子を抱える難しさと子供の将来を考えたら、他に選択肢は無いに等しかっただろう。


 子供は何も知らず第二夫人の子として育った。

 だが母親役の第二夫人は実子ではない子供に冷たく、カーセル家の者は子供が夫人の子ではないと知っており、軽んじた。

 伯爵がメイドに約束した通り、子供は伯爵家の令嬢として不自由ない衣食住と教養を与えられた。

 子供に与えられなかったのは愛情だけだった。


 家の中で子供の味方だったのは年老いた侍女カイラだけだった。だがカイラは足を悪くし、子供のお披露目からほどなくして引退することになった。

 子供は唯一の味方が家からいなくなることをこの上なく悲しんだ。その様子に心を痛めたカイラは、口止めされていた真実を話してしまった。

 子供の実の母親は別にいるということを。


 子供の母親はコレリック侯爵家にメイドとして仕えていた。子供が懇願した結果、カイラを介して母と娘は文通を始めた。

 子供がカイラの家に手紙を送り、カイラが封筒を変えてメイドにその手紙を送り、メイドから受け取った手紙をカイラが封筒を変えて子供へ。

 『どうしているかずっと心配していたの。手紙をくれてとっても嬉しい。私の可愛い子』と書かれた手紙を受け取った日、子供は嬉しくて一晩中涙が止まらなかった。

 秘密の文通は数年続いた。


 しかしある年の冬、カイラの死によって途切れた。

 カイラの世話をしていた使用人から、カイラが風邪を拗らせて亡くなったことを告げる手紙とメイドへ書いた手紙がそのまま送り返されてきた日の絶望は言葉に尽くしがたい。心の支えがこの世からなくなってしまった日だった。


 それでも何とか持ち直し、良い就職先か縁談を得ることが出来ればメイドを迎えに行けるかもしれないと子供は社交に励んだ。派閥の大貴族、未来の王妃とも目されていた歳の近いメオリーネ嬢には必死に媚を売った。

 父の伯爵から良い駒になるかもしれないと判断され、暗躍の手段も少しずつ伝授された。


 目的のために、とても良くしてくれたロールベル・ストレピオ嬢とも泣く泣く縁を切った。

 ストレピオ伯爵家は中立だったが、シレンツィオ派のルバート侯爵家の伯母と彼女が音楽趣味を通して親密になり、彼女もシレンツィオ派と周囲に見做されてしまった。どちらにも良い顔をするのを許すほど家の者も派閥の者達も優しくなかった。


 心を許せる人がいない孤独な日々は子供の心を弱らせた。心細さに耐えかね、――遅かれ早かれ我慢できなくなってはいたと思うが――こっそりコレリック侯爵家へメイドを訪ねた。言伝を頼み、出てきた若いメイドを母と呼んだ。

 呼んでしまった。

 メイドは涙ぐんで笑って子供を抱きしめてくれたが、――――その会話は見張りを通じてメイドの主、メオリーネ嬢に筒抜けだった。


「貴方、人には言えない出自でいらしたのねぇ。ああ、大丈夫、黙っていて差し上げるわ。だから、わたくしのお願いを聞いてくれるわよね?」


 弱みを握られた子供は、鞭で人を打つのが趣味の恐ろしい令嬢の奴隷になったのだった。



※※※



「ちょっと待ってください、セシルって今……いくつ……」

 ルシエルは頭を抱えて俯いた。

「……二十八のはず」

「貴方は……」

「十四です」

「十四で、出産?! 早熟で体重があるなら問題ないこともある……けど母体がまだ成長しきってない場合、危険では?!」

「私に言われても……幸い、母子ともに無事ですよ」

「あぁ~~~~……確かにそれは、かなり外聞が悪い……」


 平民で十五なら結婚してもおかしくないが、貴族学院創立後は卒業して一人前という意識が強くなり、貴族は十八で大人と見做される。親の病気や急逝などの特別な事情がない限り、十八より前に結婚、出産は無い。あったら問題になる。


 実際世間体が悪い。メイドの方から誘惑したとは思えない年齢。そこをセシルに詳しく聞いたことはないが、確実に無理強いだっただろう。そういうことだから父親に対して特に情はない。育ててもらった恩はあるが、可愛がられた記憶もないし処刑を人伝に聞いても悲しくならなかった。


「名前も少し似てるしもしかしたら血の繋がりがあるかもとは思っていたけれど、まさか親子とは……」

「私のせいで家門の恥が外に洩れたら私もセシルもカーセル家からどんな目に合わされるかわかったものではなかったけれど……家が潰された今となっては大した秘密じゃなくなった。……閉じ込められているとはいえ、最後にセシル……お母様と一緒に暮らせたこと、ほんの少し嬉しかったわ」

「………」

 何か思うところがあったのか、不服そうな顔でルシエルは黙った。時間が止まったかのような沈黙が流れる。



 沈黙の中、不思議と鬱々とした気持ちがなくなり、ルシエルが感情を爆発させている様子を思い出して少し笑う余裕まで出てきた。

 染みだらけの汚い壁に囲まれた埃臭い地下室なのに、謎に晴れやかな気分。ずっと秘めていた過去を口から出してすっきりしたのかもしれない。



「……仕切り直します」

 ルシエルは疲れた顔で立ち上がった。そしてふと思い出したように上着の懐から折り畳んだ紙を出して机の上に置いた。私の尋ねる視線に彼女が答える。

「ノトスの歌の、歌詞カード……解説書です。セシル達へ渡しておいてください」

「……よく入手できましたね」

「ああ、劇場には行ってませんよ。コレリック家の名前が出されていないか気になったらしく、一応侯爵が入手したんです。目を通してもう捨てていいと侍従に下げ渡された物を貰いました」


 そういえば現役の修道女や元農婦であることを解説書の経歴に書いている歌手はいたので、ノトスの経歴に書かれている可能性はあったのか。流石にわざわざ明記しなかったようだが。


 ルシエルが退室した後、私はその歌詞に目を通した。

 今やっている慈善公演のテーマは『祈りの先にある希望』だそうだ。

 祈りなんて何の役にも立たない。そう思い知ってきた。そのはずなのに、祈って変えられることなんてほとんどないと皆知っているはずなのに、どうして人は性懲りもなく祈るのだろう。


 その先に希望が待ってるなんてどうして考えてしまうのだろうか。



" 貴方のために祈ることだけなら 今の私にも許されるでしょう "



※※※



「……セシルには、いずれノトスと一緒に自由になってほしい」

 

 お母様は、セシルは、何も悪いことはしていないんだから。美人で善良なただのメイドなんだから。苦難の中で支え合ってきた恋人と幸せになっていい、なるべき人なのだ。

 そこに私がいなくても、……いい。

 いや、むしろ私がいない方が、きっと。


「その可能性が少しでもあるなら、貴方にヴィペールの魔法を教えようと思う……でも、これを外に知らせたとバレたら貴方は消される。どうやるつもりなの?」


 翌日の夜、再び私の所にやってきたルシエルを手招いて告げると、彼女は少し目を瞠った後、覚悟を決めた顔をした。

 

 私はもう何処にも行けないが。

 母の幸せと、頭は良いはずなのに阿呆みたいにお人好しなこの治癒師が無事であることを、此処から祈る。



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