もどかしい日々
【Side:ジュリエッタ】
「お前に釣書がいくつか届いている」
「…………えっ? 釣書……?」
釣書。つまりお見合いの申し込み。聞き間違いかと思ったが父は頷いた。
「お前の第二夫に立候補、という話だ」
コニーが聖女として認められ、ユリウス殿下に正妃として嫁ぐことがほぼ確実となった。後援のシレンツィオ家は今後多大な影響力を持つことが予想される。派閥を率いる公爵家次期当主と縁を持ちたい者がいることはわかる。問題はただ一つ、相手が"化物令嬢"ということである。
「その……私の顔に耐えられる自信がある方が……? そうそういるとは思えませんが……」
「おそらく面識はあるだろう。お前が化粧をするようになってからだろうが」
なるほど。私が化粧した状態を見て、これなら結婚できると思って。
第二夫人の立候補が多くてアルフレド様が困ってらっしゃる話は聞いていたが、自分に来るとは全く思っていなかったので暫し呆けてしまった。
婿探しに難儀していた頃のことを思うと贅沢を言うようだが、嬉しいとは思えない。
「ええと……お父様、わたくし……」
「全て断ってよいな」
第二夫を選ぶつもりはない、と口にする前に父がそう言ってくれてほっとした。家のためにも一人選べと言われたらどうしようかと思った。父はデウス様を気に入っているし、父自身母が亡くなるまで第二夫人を取ることは拒んでいたと聞いているから、そんなことは言わないだろうと思ったけれど。
「勿論ですわ」
「一応目は通しておけ。野心を持ってお前に近付いてくる可能性はある」
そう言われて届いていた釣書を部屋で読んだ。
確かに会った覚えがある子息達だった。しっかり話したことがあるとは言い難いが。ちゃんと交流がある者は私がデウス様に夢中であることくらいは知っているだろうから当然か。
同情してしまう。十中八九、親の意向だ。生贄に出されるような心持なのではないだろうか。私の顔は一旦置いておいたとしても、仲睦まじい婚約者が既にいる権力者に『二番目』として差し出されるというのは、良い気分はしないだろう。割り切っている強かな子息もいるかもしれないが。
――――出会って間もない頃は、デウス様を野心家だと、それでもいいと思っていた。
野心でもって第二夫に収まりたいと思っているのなら彼にも何かしら接触しに来るかもしれないので、情報共有した。
「……結構いますね」
馬車の中で名前のリストを渡すとデウス様は神妙な顔で見ていた。
「ええ、案外……」
「……政治的均衡を保つためとか、ジュリ様がそうした方が良いと思ったのなら、二人目の夫を迎えることになっても私は文句を言うつもりはありません」
少し困ったように笑う彼に慌てて付け足す。
「デウス様、わたくし第二夫をもつつもりなんて全くありませんから」
「そうせざるを得ない場合もあるにはあるでしょう? 先の話になりますけど……跡継ぎが生まれなかった時とか」
子がなかなか出来なかった場合、周囲からの勧めで二人目を迎える場合はある。夫が複数いる爵位持ち女性はそのパターンが多い。
デウス様は『もしそうなったら受け入れるつもりがある』と意思表示してくれているようだが……。
「……その時は養子をとりますわ。誰に何と言われようとそうします」
だから貴方はそんなこと言わないでほしい。
私が哀しくなったことに気付いた彼がハッとして、手を空に彷徨わせ、緩く私の背中に手を回した。
「あー……、物わかりの良い振りをするもんじゃないですね……俺も、そうしてほしいです。正直すっ……っっっごく嫌ですから、ジュリ様に俺以外の男がいるの!!」
彼が抱きしめる腕に力を込めて少し息苦しくなった。でもこの息苦しさは歓喜にも似ている。彼の声に籠った切実さについ笑い声が漏れてしまった。
「ふふっ」
「笑われた……」
「ごめんなさい、ふふ」
彼は私が滑稽に感じて笑ったと思ったようだが、笑ったのは嬉しかったからだ。
こんなふうに抱き合う異性は貴方しか要らないと思う気持ちを分け合えていることが、泣きそうに嬉しい。
「……そうならないように、頑張りますから」
彼は私に素早く口づけてから薄く頬を染め、拗ねたような顔でそう言って馬車を降りた。何で男性なのにあんなに可愛らしいのかしら…………
――――――――頑張る?
多幸感でふわふわする頭で一分ほど考えて『何を頑張るのか』に思い至って、馬車の椅子に突っ伏した。
御者が「あのう……出してよろしいですか」と困惑した声をかけてくるまで行儀悪く悶え転がっていた。
※※※
中立の伯爵家の女主人が開いた女性だけのお茶会で、メオリーネ嬢と顔を合わせた。
美しく装い華美なドレス姿だが以前よりも目立たないように感じたのは、次期王子妃は自分であるという自負、自信が翳っているからだろうか。それか、周囲が以前ほど彼女を特別な存在と見做さなくなったからだろうか。
彼女は目が合うとしずしずと近付いてきて私と、隣にいたカリーナに挨拶した。
「ジュリエッタ様、お耳に入れたいことがございまして……」
予想はしていたが、彼女はデウス様が彼女の家に訪問した際のことを仰々しく話した。彼がシャムスの弟子の女性治癒師の名前を聞こうとした時のことだ。
「もっときつぅく言い聞かせておかねば、彼、どこで何人と遊んでいるかわからなくってよ?」
そう囁いて、勝ち誇ったような顔で私を嘲った。彼女の取り巻きの令嬢達もくすくすと笑った。
婚約者に関してこんなことを言われたら通常は顔を真っ赤にして怒るところ……なのだろう。隣のカリーナが怒りで顔を赤くしてぷるぷると震えていた。当人じゃないのに。
コレリック家の疑惑に関しては軽々しく口に出来ないのでカリーナにも事情を話していない。後で上手く言い訳しておかないと学院でデウス様を叱ってしまいそう(私をこの状況にしているメオリーネ嬢にもデウス様にも腹を立てているのだと思う)。
「ご忠言痛み入ります、メオリーネ様。でも御心配には及びませんわ。全部知っておりますから」
「……はい?」
「彼がどこでどう遊んだか、全部把握しております。ですから大丈夫ですのよ。ああ、コレリック候やメオリーネ様に彼が自覚なく失礼な態度を取ってしまったことはわたくしからもよくよく注意致しましたので、ご容赦いただきたく存じます」
「あ、あぁ、はい……」
「そういえば……本日はシルシオン様はいらっしゃらないのですか?」
カリーナが他意なくそう聞くとメオリーネ嬢は微かに眉を寄せて扇で口元を隠し歯切れの悪い返事をした。
「さぁ? どうやら来ていないようですわね……」
傍から見るとアルフレド様を取り合う仲であった彼女のことを、お人好しなカリーナは気にしている。彼女は派閥の意向を受けてアルフレド様に近付いていたところもあっただろうから、立場が悪くなっていないか心配しているようだ。
もっとねちねちと言われるかと覚悟していたが、メオリーネ嬢達はぎこちない笑みを浮かべて遠ざかっていった。
「ジュリ様、その、本当に把握していらっしゃるの……?」
カリーナが恐る恐る訊ねてきたから苦笑した。
「はったりですわ、本気になさらないで。……まあ、彼が浮気していたら報告が来るようになってはいるのですが、今のところ来ていません」
「ああ、信頼のおける女騎士を派遣しているのですものね」
セレナに加えて公爵家の影も護衛として彼に付いていて父に報告を上げているが、浮気の知らせが来たことはない。
侮られないために『監視している』というふうに語って怯ませたが、ある意味『把握している』も嘘ではない。だって女遊びは全くしていないと知っているから。報告を読んでいると彼はそもそも楽譜を書いたり楽器を弾いたり公演の準備をしたりと趣味の音楽で非常に忙しい。彼はきっと自由時間を使うなら女遊びよりも音楽に使う。
情報収集に勤しんでいたプリムラが戻ってきて、表情は平然を装いつつ私達にぐっと近寄り小声で言った。
「本日、カーセル伯爵家に王家の強制捜査が入ったそうです」
「えっ……」
「どういう容疑がかかっているかまではわからなかったのですが……きっとこれからパシエンテ派は天地がひっくり返ったような騒ぎになりますわよ」
シルシオン嬢の生家・カーセル伯爵家はパシエンテ派、とくにコレリック侯爵家の手足になり悪事を働いていると思われる。
今時分に王家の捜査が入ったということは、ネレウス殿下の暗殺未遂の容疑だろう。表向きコニーへの悪質な嫌がらせの容疑とされるかもしれないが。実際どっちにも関わっているかもしれない。男爵令嬢への嫌がらせだけでは弱いが、コニーが聖女認定され次期王子妃と目されている今なら、容疑者全員に自白薬を使っても周囲は抗議できまい。
コレリック家との関与が判明すれば芋づる式に罪が明るみになる筈。虐げられた者達も解放される筈……生きている者に限るけれども。
そろそろ肩の荷が下りそうだ――――と思ったのも束の間。
数日して、カーセル伯爵は様々な容疑がかけられ投獄。関係者も続々と逮捕された。中には口封じされたか、死体で見つかる者もいた。
しかし、自白薬で取り調べしたのにも関わらずコレリック侯爵家から命を受けたという証言は出てこなかった。
コレリック家の痕跡だけが綺麗に消されていた。人を操る魔法の持ち主はコレリック家にいて、コレリック家以外を守る気は特にないらしいということはわかった。
そして、シルシオン嬢の行方がわからなくなった。
実はカーセル伯爵家は元々パシエンテ公爵家の影の家系で、隠蔽が非常に上手く、身を隠す術は王家の影に引けを取らないほど長けているそうだ。
コレリック家とカーセル家を繋いでいたのはシルシオン嬢だったのだろう。彼女さえ確保すればコレリック家を摘発できるから、かの家から逃げて隠れているか、それともかの家に匿われているか……もしくは、消されてしまったか。
結局のところ、平民一人の言だけで侯爵家に捜査に入るのは難しい、と下男ノトスの証言は軽んじられた。
ユリウス殿下と大司祭は捜査すべきと主張したが、組織の決定権を持つ者達の反対が多く断念せざるを得なかった。政界を大きく揺るがすことになるし、もし何も見つからなければ責任問題も生じるし、及び腰にもなるのもわからなくはないが。
証言の内容が過酷だったことが逆に妄言に感じられ、信憑性が薄いとされる材料にもなってしまったらしい。
カーセル家の強制捜査で一回でもコレリック家の名前が出ればそれを根拠に捜査出来ただろうに、非常に口惜しい。
もどかしい日々が続いた。




