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【書籍発売中】美形インフレ世界で化物令嬢と恋がしたい!  作者: 菊月ランララン


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こういう人



 保護してから二日経って、ようやくノトスはこれが現実だと認めることが出来たようだった。

 ロージーとバドルとスザンナとレクスが交代で話し相手になって過ごし、次第に落ち着いていった。特にレクス、元気で無防備に働いている子供を見ることで力が抜けたように見えた、とバドルは言った。


 皆が身の上話をするうちに、ノトスも自分の身の上のことを少しずつ話してくれた。

 例の御者の男にコレリック家に連れて行かれ下男として雇われたことと、屋敷の外に出ることなく暮らしていたことや一緒に暮らしてた人のことなどは話してくれたが、コレリック家の悪事の決定的なことはなかなか口にしなかった。話してしまったら自分や自分の周りの者がどうなるかわからないという恐怖はやはりあったのだろう。


 保護から三日経ってから俺は改めてノトスを訪ねた。

 俺がロージーと一緒に部屋に入ると、驚いた顔で椅子から立ち上がって頭を下げた。出会った初期のロージーやスザンナよりはずっと礼儀作法を知ってそう。

「お邪魔するよ。ノトス、どうぞ座って」

「はい。アマデウス様、初対面の折は失礼を……」

「いや、こちらの一存で君を誘拐してきたんだから、失礼といえばこちらの方だよ」

 誘拐、とはっきり言われてノトスは不安そうな顔になった。今までは皆雑談ばかりで、核心に触れる話はしなかったのだ。

部屋にあるテーブルセットに俺も座り、ポーターがお茶を用意し始める。


「私に、訊ねたいことがおありだと……」

「うん。なんとなく察してるかと思うけど、君を攫った一番の理由は犯罪を告発するため。コレリック侯爵家が奴隷売買をしているという証言が欲しかったからだ」

「……はい」

「それと、ロージー達が君を心配していたから。二つの理由どっちもなければこんな強引な手段は取ってない。コレリック候は怒るし父上にも姉上にも怒られるし、婚約者にも迷惑かけるし俺の評判は下がるし……」

 俺が悩ましそうに片手で額を覆うとノトスは申し訳なさそうにした。情に訴えれば話してくれそうである。ぶっちゃけ根回しは済んでるから言うほど俺は困っちゃいない。

「ノトス、君は重要な証言者である前にロージーとバドルの旧知だ。俺のことはまだ信用できなくても、彼らが君を守りたいと思ってることはわかってくれるね」

「それは……わかります」

「実際あの家にあのままいたら君は命の危険があったんじゃないかな。それについては『はい』と『いいえ』、どっち?」

「……、……」

「俺が音楽好きなのは知ってるんだっけ。楽師達は俺の心の友だから、彼らが守りたいものは俺も守りたい。君と、君の大事な人をあの家から助けるために出来る限りのことをする。約束する」

 ――――だから、信用して話してほしい。

 

 意図は伝わったようだが、ノトスは目を泳がせた。そう言われても不安はあるだろう。暫しの沈黙、お茶に口をつける。天気が良くて窓から差し込む光が眩しい。

「……そういえば、ノトスはまだ外を見てないんだっけ。護衛付きでよければ町に出てみる? 色々と落ち着くまでは護衛無しでは難しいけど……」

「! ……外」

「スカルラットはねー、自分でいうのもなんだけど俺の影響で良い楽器屋が揃ってるよ! 録音円盤やオルゴールを流してる店も増えてるし、楽器を買うなら王都よりスカルラット領だなんて言ってくれる人も……」


「アマデウス様。俺……わ、私が全部、話せば、…………皆で、外を歩ける日が、……きますか?」

 縋るような声と目。なんて低いハードル。

 彼らはそんなことすら出来なかったし、今も出来ない。実際それが叶うかどうかまだわからない。

「……くるさ」

 俺の願望も込めて頷いた。

 過去のこともあり、彼は自分の決断で何かが変わることを恐れている。でも彼の中の恐れを未来の希望が上回った。ずっと揺らいで俯いていた目に光が宿ったように見えた。

 


 何日かかけて彼から少しずつ話を聞き出した。

 ノトスは下男下女の仲間とは良い関係を築いていたし、どうやら恋人もいるようだ。

 二つ黒子のあの男は御者のヴィペール。出自不明の謎の男だが、コレリック候に重宝されている。孤児を捕まえてきてどこかに売り捌いている。ノトスと一緒に連れて行かれた子達はどこかに売られた。どこに売られているかは知らないが、おそらく隣国だろうとメイドから聞いた。

 

 ノトスより年長の下男下女はもういない。――――コレリック家の者に虐待を受け、命を落とした。……下男下女達はその死体処理も任されていた。

 脱走した者もいたが、いつでもいなくなった何日か後にヴィペールが「脱走者はこういう風に処理した」とわざわざ知らせに来た。どういう風に殺したかを嬉しそうに話すので、それを何度か聞かされると脱走しようという気は失せていく。脱走者が出ると代わりに誰かが折檻を受ける羽目になった。

 ここ数年は治癒師ルシエルが必死で治療をこなしてくれているので死人は出ていない。

 次に死人が出るとしたら自分だと思っていたと、ノトスは言った。


「先輩達が……治りかけた怪我に怪我を重ねて、少しずつ弱って耐えきれなくなって死んでいったから、次は漠然と俺の番だと思っていました。死にたくはないけど、年下の奴らを差し出すなんて出来ないからなるべく俺が行って打たれるようにしてたし……」


―――――――――――――――――――聖人かよ。

 同じ立場で同じことが出来るか? 俺は無理だな……ハサミであれだけ痛かったんだ、鞭とか正直耐えられる気がしない。代わりに年下の子供を差し出せるかと言われたらそれも無理、って思うけど……。


「下女じゃないけど、セシルも……メイドなんですが、頼れる親族がいないから粗雑に扱われていて。彼女も他の子を庇うために率先してお嬢様からの鞭打ちを受けているから……心配です」

 多分そのメイドが恋人なんだろう。聖人同士お似合いだよ……。

 高位貴族の上級使用人は貴族の血筋の者ばかりだが、没落貴族だと侮られて悪い扱いを受けることもあるようだ。


 使用人も種類が色々あるのだが、この国の高位貴族では、直接貴人の世話をするのが侍女・侍従で、屋敷の整頓清掃、お茶・お菓子管理と給仕、厨房の管理、子守――を行う女性はメイド、男性はサーバント。ここまでが上級使用人。

 洗濯、皿洗い、風呂とトイレの清掃、雑用全般を行う者は下男下女、下級使用人と区別されている。

 裕福でない下位貴族は雇える人数が少ないのでメイドとサーバントが全仕事こなしていたりもする。男爵家にいた頃なんかはそうだった。

 

「昔勤めていた家で仲良くしていたらしく、シルシオンという令嬢がセシルを気にかけてくれてはいるんですが……メオリーネお嬢様にとってその令嬢の価値が低くなれば、セシルも無事では済まないかも……」

「えっ。シルシオン嬢?!」

 シルシオン嬢の弱みがわかったかもしれない。思わぬ収穫。

 たかがメイド、されどメイド。乳母や子守メイドなら親代わりのような存在になり得る。強い絆があっても不思議ではない。

 ……アンヘンやベルを人質にされたとしたら、俺だって悪事に手を染めないとは言い切れない。


※※※


 一週間ほどで情報は聞き出せた。

 改めて何か思い出したことがあれば話してもらうということにして、ノトスの事情聴取終了。

「コレリック家とのごたごたが終わるまではスカルラット家の下男という名目。いずれはロージーの家の使用人になってもらうのがいいんじゃないかと思うけど、どう?」

「ロー兄が、いいなら……」

「真面目に働くならいいぞ」

 茶化すような口調だが親しみを込めたロージーの言葉にノトスは眉を下げて微笑んだ。


「――――で、だ。まずノトスにやってもらいたいことはこれです」

 俺が目配せすると初歩的な文字学習用の教科書とノート、楽譜を数枚、丁寧な手つきでポーターが机に並べた。

「え……? デウス様?」

「名前以外の文字の読み書きは出来ないってことだったからひとまずそこからになっちゃうけど。取り急ぎ一曲、歌えるようになってほしい。ルシエルが持ってきてくれたからリュープは少し触ったことあるんだったよね? 一曲は弾けるようになってほしいけど、まあそれはおいおいでいい。俺がノトスを引き取ったのは歌が気に入ったからってことになってるからさ。次の公演に出て歌ってもらいます」

「……ええええ、デウス様!? え、次の公演!? もう一ヶ月後ですけど?!」

 動揺するロージーに目だけ向けてポーターが淡々と言う。

「ロージー。ノトスが大勢に知られた存在になれば、証言を握り潰すのも暗殺も、より難しくなる。そして彼のお披露目はデウス様の下がった評判を回復させるのに最も手っ取り早い」

「そっ……そうなのか……でも」

「まあまあ、どうしてもダメってなった時のために代役は用意するから、最悪俺が出れるようにしとくから。失敗したとしても怒んないし。軽い気持ちでいいから、やってみよ! ね!」

 ノトスは事情を呑み込めなくてぽかんとしている。ロージーは頭を抱えてしまった。流石に時間が足りないと思ってるんだろう。


 ネレウス様暗殺未遂のせいで延びていたが、先日遂にコンスタンツェ嬢が王家から正式に聖女と認められた。国中の貴族に衝撃が走った(ノトス誘拐の前。俺が調子に乗るのも無理からぬ出来事として現在語られている)。

 ユリウス殿下との婚約はまだ発表こそしてないが確実で、国の主な教会に挨拶回りしたり王妃教育も始めないといけなくなったりで大忙しだ。

 そのため次の公演からは彼女の参加は難しくなってしまった。

 まだ全領地回ったわけではないが、リピーターはそろそろ飽きがきてしまうだろうし、金髪美少女の不在を補うためにも一月後の公演は王都の劇場に凱旋しセットリストを一新する予定である。そこでの新曲披露に向けて準備してきた。

 そこに現在素人のノトスを急遽ぶっこもうというのだからロージーが焦るのも無理はない。録音円盤の準備は間に合わないな。

 

 でもさ……諸事情にて一人卒業(?)、そこからの新メンバー加入! ……自然な流れじゃん?!

(そう言ったらポーターには「自然かどうかは知りません」と返された)


「えぇっと……歌? ……俺が? なんで……」

「すまんノトス……デウス様はこういう人なんだ。仕方ない、やれるだけやろう」

「こういう人……?」

 ロージーは抵抗を諦めた。理解があって助かる。ノトスはまだちょっと何言ってるかわかんないですって顔だったので、端的に自己紹介しておく。


「名乗っただけで、自己紹介がまだだったね。"音楽馬鹿"もしくは"音楽狂い"のアマデウス。ひとまず君の歌が聴いてみたい人。よろしく」


「もうその呼び方してる人いないでしょう……」

 軽くドヤ顔だったが、ロージーには呆れられた。

「周りにはいないけど、政敵とかにはいると思う」

「つまり悪口でしょ……名乗らないでください」


 まあ、自分が狂ってるとは思ってないけど。

 でも天才とか神童よりは据わりが良い。

 俺は物珍しいことを重ねてきたから特別視されてるが、実際に音楽家達と交流すると俺なんかまだまだだなあと思うくらいに音楽のことばっか考えてる人はざらにいる。

 聖人にも狂人にもなれない、俺は遺憾ながら凡人の域を出ない。

 凡人なら凡人なりに、皆が楽しい未来のためにやれることとやりたいことをやっていくのみ。

 


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