擁く
中庭に面した空き教室の窓際に、俺とジュリ様は向かい合って座っていた。
中庭がよく見えると同時に中庭からよく見える場所。窓の外には俺とジュリ様を挟んで狛犬の様に向かい合っているリーベルトとプリムラ様がいる。中庭を通る生徒達がひそひそとこちらを見つつ通り過ぎていく。
俺は絶賛公開叱られ中 ――――と、いう演出中。
コレリック家に赴いてから五日。俺がコレリック侯の怒りを買った話はすごい勢いで広まった。
気に入ったからと人ん家の下男を連れ去るという勝手なことをしておいて悪びれずに侯爵を怒らせ、王家に抗議文まで書かせるに至ってしまったのだが……
まあ、想定内である。
それにノトス誘拐計画は王家もシレンツィオ公もティーグ様も承知している。実際ノトスを攫ったのは王家の影だし。王家の影はマジですごくて一切姿を現さずにノトスをスカルラット家の門の中に置いて行った。ふと気が付いたら門のすぐ内側に彼がデンと寝かされていたと門番は言う。ノトスは「目の前が暗くなったと思ったら、今になってた……」と時間が飛んだみたいなことを言っていたので、多分立ちはだかる人間は全員薬か魔法で眠らせたんだろう。侯爵家に怪我人はいなかったみたいだしマジ腕利き忍者。
ネレウス様を助けたことへの王家からの"褒美"は、『コレリック家からの抗議が届いても取り合わないでほしい』にした。
盾で守ってくれたジュリ様がいなきゃ俺も大司祭もやられてたのでジュリ様にも相談したが、ジュリ様もそれがいいと言ってくれた。
誘拐計画が上手くいったとしても俺だけの話で済まず、スカルラット家が責められてしまうことは考えられたから、そこは気がかりだったのだ。
"褒美"は承諾の返事が来たが、条件があった。
なるべくスカルラット家とコレリック家の間での揉め事に留め、派閥争いまでは広げないようにすること。
王家としては、コレリック候がこの誘拐をシレンツィオ派からパシエンテ派への攻撃と捉えて抗議してきたら困ってしまう。その抗議を王家がいなしてしまうとシレンツィオ派を優遇したように見え、他の派閥からの反発を招き政界が荒れるから。
そんな訳で俺は急遽慇懃無礼なアホの子設定でコレリック侯との面会に挑むことになった。
「金払うから別にいいっしょ?」と言わんばかりにヘラヘラ笑って、ナンパとかして、反省の色、無し! ……という、自分でもやってて地味にストレスな人物像を演じた。なんだこいつムカつくな。俺だが。
しかしここで殊勝な態度を取りつつ「ごめんなさい、でもノトスは返せないんです」なんてやるとシレンツィオ派全体の企みとしてやったと確信されてしまう。
狙い通りコレリック候は俺に対してだけ怒りを露わにして抗議文を書いてくれた。沸点低めで助かった。
そして現在。
いつもは甘い婚約者からもお叱りを受ける羽目になり、さしもの俺も反省…………という姿を周りに見せて、シレンツィオ派の懸念払拭と他の派閥の溜飲下げをしている訳である。
このエピソードを聞いて、流石にその態度はいただけないと既に何人か控えめに苦言を呈しに来た。ハイライン様も「何をやっとるんだ」とストレートに俺を叱った。甘んじて叱られた。調子に乗った俺を諫められる人がいないとなると派閥全体が不安になるので今回ハイライン様の存在が殊の外有難かった。リーベルトとアルフレド様、カリーナ様は少し何か言いたそうにしつつも何も言ってこない。多分俺が理由なくそんなことはしないだろうと思ってくれてる。それはそれで有難い。
プリムラ様はおそらくジュリ様の意を汲んで何も言わないけどずっとジト目で見てくる。ペルーシュ様は完全スルー。ジュリ様が「私が注意するので大丈夫」と予め通達してくれたため"信奉する会"もスルーしてくれている。
「シレンツィオ派による誘拐だと強く疑ってはいても証拠はないし、コレリック家からしてみれば元々デウス様を目障りに思う気持ちが積もり積もっていたのでしょうね……誘導が成功して良かったですわ」
外から見て叱っているように見えないといけないので、ジュリ様は眉をキッと吊り上げた顔を作っている。口調は穏やかなのでなんだかちぐはぐである。俺も叱られて反省している風を装わなければいけないので神妙な顔をしてるが、口では普通に話す。
「そうなんでしょうねぇ。メオリーネ嬢もかなり腹を立ててそうでしたので、今後ジュリ様にご迷惑がかかったら申し訳ありません」
「御心配には及びませんわ。デウス様が女性を口説いた具体的な話を初めて耳にすることになりそうですが、正妻の心の広さをアピール出来るように準備しておきます」
「正妻て。二人目なんて絶対作りませんので……それに、口説いてないですからね、名前を確認しただけです、シャムスの弟子かどうか」
まあ、馬鹿っぽさを強調するのに良いかとまんまナンパみたいな声かけをしたけども……。ジュリ様に言いつけると言われて構わないとか言っちゃったけど。
違うんです、ジュリ様がメオリーネ様から情報収集するきっかけになるかもと思ったからなんです。本音では全然構わなくないわやめてくれと言いたかったけど。
ジュリ様は俺に言い訳されるのが割と好きだそうだから、数秒嬉しそうに微笑んだ。しかしハッとしてすぐキリッと怒り顔を作った。可愛い。
「ふふ、ええ、わかっています。……それで、その下男の様子はいかがですか?」
「……体調に問題はないようですが、精神はやはり混乱しているようで……一部、重要な話は聞けました。しかしここで口にするのは少々憚られますので、ジュリ様とネレウス様には書状にまとめてお送りしようと思っています。必要な証言は彼から得られそうです」
「そうですか……奴隷売買が本当に行われていたことは残念ですが、証人を確保出来たことは喜ばしいことです」
お説教タイムという禊を終了し、教室を出た。
反省顔を継続しつつ、ジュリ様を馬車までエスコートして仲違いはしてませんよアピール。さっと馬車チューして出ようとすると、袖をつんと摘ままれた。
「デウス様、あのぅ、一つ、お願いしても……?」
薄っすら頬を染め上目遣いで口元を片手で隠している。あざと可愛い。これ意識せずにやってんだよな、タチが悪いぜホントによぉ。
「え? はい、なんでしょう」
「少しだけ……抱きしめて、いただけませんか……?」
「へっ?! はい喜んで」
脳直で了承してサッと膝を椅子に乗せてにじり寄り、緩く抱き締めた。そんなに長く馬車の中にいられないので時間が惜しくて素早くなった。俺の躊躇のなさに驚いたらしく腕の中の体は数秒強張ったが、すぐに弛緩した。申し訳なさを含んだ囁く声が耳を擽る。
「……すみません、唐突に。真剣な顔を作らなければいけない時間だったとはいえ、お話している間デウス様から一度も笑顔を向けていただけないというのが、その…………さみしくて…………」
……な、なんか……すごく健気というか、かわいいことを言われている……!
グッときてしまって顔が熱くなる。腕の力を強くして、さらさらした黒髪に頬を寄せた。ドキドキもしてるけど、不思議と心が落ち着いていく感じがした。
もしかしたら、俺の気持ちが今結構沈んでいることがバレていたのかもしれない。隠してるつもりの心の機微がジュリ様にはバレバレなことがたまにあるから。
アホやらかしたと濡れ衣着せられるくらい全然どうってことない、比べるべくもない、不幸な人生の話を、聞いたばかりだから。
不幸な子供の話。――――――――ノトスの話。




