誕生
雪がそろそろ降り始める冬の日、リリエが出産した。
母子ともに無事とのことで、知らせを受けてほっとする。上司がすぐに駆けつけては少々困るだろうと気を遣って、一週間ほど後にシャムス邸へ訪問。大きめの揺り籠に横たわる赤ん坊を覗き込むと、つるりとした小さな顔がふにゃっと笑った。
男の子で、名前はシャルル。ロージーとリリエが考えたという。シャムスとバドルの影響があるのは明らかで、二人は嬉しかっただろう。フワッとわずかに生えた髪は灰茶色っぽい。目はリリエと同じ茶色だ。
「デウス様、抱えてみますか?」
「え、いいの? でも大丈夫かな……」
ロージーがそっと赤ん坊を抱えて俺に差し出す。首が据わっていないので頭を慎重に支えて持つ。泣き出すんじゃないかとドキドキしたがシャルルは割と人見知りしないらしく「あー」と言ったり俺や他の人にきょろきょろと視線を移したりもぞもぞしている。
「かわいいねぇ……」
「ええ。夜泣きには少し参りますが。でも皆快く協力してくれて助かります」
貴族は大抵乳母を雇うものだがロージーとリリエは使用人の手を借りつつ自分達で育てる気だ。夜泣きには両親と使用人が交互に対応して連続で寝不足にならないようにしている。人手があるって本当いいことだよね。
「母親の私よりマリア様に抱かれた時の方が機嫌が良い気がするんですよね……面食いなのかしら……」
とリリエが口を尖らせて、皆で少し笑った。
シャルルを初めて抱えた時、シャムスが涙目で笑って「よくやった、よく頑張った」とリリエと赤ん坊に何度も言って、使用人達が驚いていたとレクスがこっそり教えてくれた。そんなに嬉しそうな彼を、長年仕えている使用人達も見た記憶がなかったのだ。
軽いけど確かにある重み。人間が一番軽いこの時こそ一番命の重みを感じるのかもしれない。俺の生みの親みたいな例外はあれど、ほとんどの親がこの小さな生き物の重みと一緒に愛情を募らせていく。
リリエに付いていた治癒師のファルマはそろそろお役御免になる。次の勤め先も見つかったらしい。リリエやマリア、スザンナとは仲良くやっていたのでまたお友達としてお茶したりしましょう、演奏会も見に行きますと別れを惜しんだそうだ。俺はシャムス邸に訪れた時に二、三回顔を合わせたが挨拶した程度だった。
この日、お世話になりました、いえいえこちらこそ、と形式的なやり取りをした後にファルマは縋るような目で俺を見て頭を深く下げた。
「どうか……ルシエルをお見捨てにならないよう、伏してお願い申し上げます……」
コレリック家の闇の渦中にいると思われる彼女の友人、治癒師ルシエル。ネレウス様の手(魔力)が空かないうちはどうにも出来ない。助けたくとも何も出来ることがないというのは辛かっただろう。
「助ける、と断言することは出来ません。でも、放ったままにはしておきません、絶対に」
「その御言葉だけでも有り難いです。わたくしに出来ることがあれば何でもお声がけください」
――――子供を慈しんだ経験がある者はコレリック家の所業を許さないだろう。
※※※
ほどなくして六年生の卒業式を迎えた。
ユリウス殿下、エイリーン様、ニネミア様にメオリーネ様は卒業だ。
俺とジュリ様は式典後エイリーン様に挨拶に行った。彼女は人気者なのでユリウス殿下と同じくらい人が群がっていて探すのに少し苦労したが俺とジュリ様に気付くと皆道を開けてくれた。春のディネロ先輩との結婚式を楽しみにしています、と手短に伝えて去る。
その後コンスタンツェ嬢とドロシー嬢と合流し、ユリウス殿下にも挨拶した。「末永くよろしく頼む」とにこやかに声をかけてもらい、関係は良好アピール。ユリウス殿下はコンスタンツェ嬢と意味深に見つめ合ったが、周りを刺激し過ぎないためにかそれ以上のことは何もしなかった。
その後俺はジュリ様と王都の茶店でケーキを食べに行った。貴族御用達の店なので他の個室にも貴族の若い人達が出入りしていたようだ。学院やお茶会で一緒に食事することはあったが、二人で外で食べると言うのは初めてだった。初デートと言ってもいいかもしれない。
……憧れの制服デート!! 卒業生には悪いが俺はこっちが楽しみだった。
貴族は身分が高くなるほど気軽に外に食べに行けない。ジュリ様は顔のこともあるから尚更だったろう。だからかジュリ様は目だけで店を見回して浮かれているように見えた。お品書きを見て「どれも美味しそうで迷ってしまいます……」と眉を下げて笑う。
二つに絞って悩んでいたので「次来た時は今回選ばなかった方にしましょう」と言うと「またここに一緒に来てくださるのですか?」と上目遣いで見てくる。勿論ですとも。かわいい。
モリーさんとポーターが毒見で一口ケーキを食べてから下がる。少し離れてもらって、ここだけの話として「どうやらネレウス様とジークがくっついたらしい」と話した。
少し前に、ジークからティーグ様に『ネレウス殿下の側近になりたいと思う。殿下を守ることを最優先にして、婚約などは卒業後に改めて考えることにしたい』と申し出があった。ネレウス様はいずれ王弟として要職につくだろうし、王族の側近に選ばれるというのは非常に名誉なことだ。母親の第二夫人は婚約相手は早めに決めた方が、と主張したようだがティーグ様はジークの意思を尊重してくれたようで、了承した。
結婚については一旦保留ということにして有耶無耶にする気らしい。
はっきり聞くのも答えにくいかと思って「……ネレウス様はお喜びになった?」と迂遠にジークに尋ねたところ「……そう思います」と照れたような困ったような赤い顔で答えた。
「ま、まあ……! お二人が……」
ジュリ様はぽっと頬を染めて口元を隠した。
「弟の恋が実ったことは良かったと思いますが……ネレウス様のお傍に付くのは大変だろうな、とも思います」
「そうですね……でもある意味安心ではないでしょうか。未来のことがおわかりになる方のすぐ近くにいるのなら、謀略に巻き込まれてもきっと無事ですわ」
「確かに。まあ、幸せなら何でもいいんですけどね」
そしてリリエの出産とシャルルについても話した。ジュリ様は赤ん坊を直接見たことがないと言って俺は少し驚いた。
言われてみれば、貴族は七歳までほとんど家から出ずに育てられる。乳母が居て乳兄弟がいたりしたら見るかもしれないが、ジュリ様は顔のこともあって人との交流が少なかっただろうし……。同腹の兄弟姉妹がいなければ赤ちゃんを見る機会はほぼ無いかもしれない。
「絵で見たことはあるのですが……どういう感じですか?」
「そうですねぇ。手とか足が、小さっ! ってびっくりします。でもしっかり指とか爪があって小さいのにちゃんと人間だなぁって思ったり……体温がちょっと高いみたいで温かかったです」
これくらい、と手の大きさや体の大きさを身振りで伝えたりしてみると興味深そうに聞いてくれた。そしてふと尋ねた。
「産むのにどれくらいかかったのでしょうか」
「……陣痛が始まってからまる一日ほど、と言っていました」
俺はここで『ジュリ様の母親はジュリ様を産んで亡くなった』ということに思い至った。ジュリ様も俺がそれに思い至ったことに目敏く気付いたようだった。
「悲しいわけではないのです。でも出産と聞くと少し心配にはなります。命懸けですもの」
「そうですね……」
俺は今まで暢気に考えていたが、もしジュリ様が出産と共に命を落としたとしたら、立ち直れるだろうか――――と考えてしまった。ティーレ様はそれを経験している。
「大丈夫ですわ、デウス様。心配なさらないで。母は生まれつき体が弱かったのです。父の元に嫁ぐ際もそれが不安視されたけれど、父が強く望んだので結婚に至ったそうです。伯父が昔話してくれました……わたくしは体質的に明らかに父似で丈夫です。昔は病気がちだと言ってお茶会を欠席してましたが、それは社交が億劫だったためにしていた言い訳でして……本当は元気でしたし……」
「……はい。今から心配するのは流石に気が早過ぎますね」
陰った俺の心情にすぐ気付いて寄り添おうとしてくれる。こういう時彼女が好きだなぁと強く思う。
俺の笑顔に応えるように彼女も微笑んで、ケーキを食べながら他愛のない話に戻った。
不意にもじもじと視線を彷徨わせたのでどうしたのかと視線で尋ねると、恥ずかしそうに目を逸らしながら口を開いた。
「因みにデウス様は、子供は何人欲しいとか、ございますか……?」
「はぇっ?!」
「その……わたくしは二人は欲しいと思ってまして、もっと多くても良いのですが、少なくても二人……一人より、仲の良いきょうだいがいたら賑やかで良いのではないかと思っていて……あっ、その、すみません気が早いですね流石に」
「い、いぃえぇ!! そういう擦り合わせはしておいた方がいいかもしれないですね!! 授かりものですから何とも言えないですが確かにきょうだいはいた方が寂しくないかも……! まあその、ジュリ様との子供だったらどっちでも可愛いと思うんですけど男の子と女の子どっちもいたら嬉しいなとは……思ってます!!」
「あ、ああ、なるほどっ……! そうですわね、男の子と女の子、どっちも……」
ポーターが離れた所から口元を手で覆って俺にジト目で見ているのに気付く。『声が大きい』という意味だ。あっ、うるさかったですかすいませんでした。何か興奮しちゃって。
ハッとして、落ち着かねばと思ってお茶を持ち上げた。ジュリ様も同じタイミングでカップを手にした。二人して赤い顔で暫しお茶をちびちび飲んでいた。
あまり店の前に馬車を止めておくわけにはいかなかったので帰りの馬車チューは出来なかった。
あ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~、……早く結婚したい。
俺達は卒業式のことを式典後までしか知らない。
卒業パーティーは無事平穏、とはいかなかったらしい。エイリーン様のエスコートで参加したディネロ先輩がすぐさま手紙で教えてくれた。俺は冬休みにそれを読んでうわぁ、となった。




