毒
「見苦しくてすまないが、このままで話をさせてもらう……」
こっそりと神殿の奥の部屋に集った俺とジュリ様、コンスタンツェ嬢。そして最後に来たネレウス様は護衛に肩を支えられながら現れ、クッションを枕に長椅子に横になった。
「だ、大丈夫ですかネレウス様? 具合がよろしくないのなら……」
コンスタンツェ嬢が驚いて立ち上がったがネレウス様は緩く首を振った。
「だるくはあるが、横になっていればそう辛くはない。話が出来る時間は限られている、さっさと済ますぞ」
「シレンツィオ派のお茶会の予知をしていただいたことで、魔力不足に……?」
ジュリ様が申し訳なさそうにそう尋ねた。
「日にちもそう遠くないし、本来ならこんなに魔力を消費する筈ではなかったんだが……“黒い箱”の予知もあるから元々魔力が回復し切っていなかったのでな」
「その……ありがとうございます、無理をしてまで」
己の魔力がどれくらいで回復するか熟知しているであろうネレウス様が、約束の時間までに回復し切らないほどギリギリまで粘ってシレンツィオ派のために予知をしてくれたということだ。俺がそう言うと彼は少し口元を緩めた。
「恩を感じるなら、僕とジークリートの仲を取り持つ役目を担うがいい」
「どういう要求の仕方ですかそれは???」
俺の良心が試されているのかなんなのか、妙な形で俺にプレッシャーをかけてきやがった。つーかジークを餌にした交渉実際に成り立つのかよ。恋愛感情を利用した交渉は流石に失礼にあたるかなと思ったからその手段はマジのマジで最終手段と思ってたんだが。
「……冗談だ」
真顔でそう言われた。本気っぽいなぁ……。
ジュリ様が横で「?」を頭に浮かべていた。そうだ、ネレウス様がうちの弟に好意があるのは話していなかった……。ネレウス様の女装が発端であるため一応人に話すのを控えていたのだった。もういいか、ジュリ様には後で話そう。
「シレンツィオ派の茶会で、料理に毒が盛られる」
普段はネレウス様とコンスタンツェ嬢と俺の三人で集まることが多いが今回ジュリ様も呼ばれたのは、事がシレンツィオ城で起こるからだ。
「毒が……! 死人が?」
「死人が出るほどのものではなかったが、腹痛、頭痛を訴える者、気絶する者が出た。王宮からも薬師と魔術師を派遣して料理を調べさせたが毒の種類が判明しなかった。未知の毒……王家の把握していない毒だ。外国からもたらされた物かもしれん」
魔術師が握っている物と同じ物を捜すことが出来る捜索魔法がある。風属性の魔法だ。片手に塩が入った小瓶を持って呪文を唱えると近くにある塩が淡く光る。白砂糖とか似たような物があっても光らない。食卓で使うと塩が使われてる料理は全部薄ら光ってちょっと面白い。
あらゆる毒物の見本を並べて、一つ一つ捜索したのだろう。
「城に搬入する食材はいつも以上に調べていましたが……食材以外も注意していたつもりですが。どうやって……」
ジュリ様が悩ましい表情で額を押さえた。死人が出なかったから良いという話でもない、シレンツィオ家の面子や信用に関わる。次は殺されるかもしれないのだ。派閥の結束も揺らぐ。
「早急に毒の混入経路にいくつかアタリを付けてほしい。それから予知すれば特定、回避出来るだろう」
ネレウス様の予知は条件付け出来るというのが強い。『ここに気を付けろ、という助言をした』という条件を織り込んだ未来を視ることが出来るのだ。
「父や家人とも相談しますわ。しかし……本当にどこに穴があるのでしょう……」
公爵家だ、普段から政敵からの攻撃には備えている。本当にどこから入り込んだんだろう。実行犯については使用人が脅されたか買収されたかだと思われるが、大勢いる使用人から特定するのも難しい。
使用人も、城に出入りする際には持ち物はいちいち調べられるそうだ。上級貴族の邸宅の門番は何か隠し持ってないかを調べる魔道具を持っているし。金属探知機みたいな道具だが見た目は鉄色の細長いラッパみたいで、初めて見た時は楽器かと思った(ちょっとお高い道具なので下級貴族だと防犯効果を狙って持ってるフリだけしている所もあるという。ダミーの監視カメラつける的な感じで)。門番は長年仕えている信頼出来る者達だし……つまり毒は発注した荷物として正式に搬入された物の中に紛れていた筈なのだ。
「……ここだけの話、コンスタンツェが第二妃になった場合に盛られた毒と同じ物かもしれん。何度か種類の判明しない毒が発見されたことがある」
「へぁっ!? 私……死んだんですか?!」
「いや、その時は大丈夫だった」
「その時は……?!」
『大丈夫じゃなかった時があるのか』と聞きたそうだったが、ネレウス様は彼女からあからさまに視線を逸らしてこれ以上は話さないことを主張した。多分精神衛生上聞かない方が良いんだろう。
「……それは、メオリーネ嬢、ニネミア嬢どちらが王子妃になった場合ですか?」
ジュリ様の質問に、ネレウス様は端的に答える。
「どちらの場合でもだ」
「え……じゃあ、二人とも関わってないんですかね……?」
コンスタンツェ嬢の言葉にはそうだったらいいな、という気持ちが籠っていたが、ネレウス様は否定する。
「どちらが王子妃になったとしても同じ毒使いが近付いてくるのではないかと考えている。ジュリエッタから聞いた話から推測するとカーセル伯が怪しいな。異国の毒物だとしたら国境に近い辺境伯家が怪しいとも思えるが……」
カーセル伯爵領では食中毒の死亡が妙に多く、それが暗殺ではないかと噂されているらしい。
王子妃になった女性に近付いて、寵愛を受ける邪魔な第二妃を消すように仕向けるのは容易いということか。
うーん……と皆で頭を悩ますこと暫し。
「あの……これ、レドニェツではないんですよね?」
俺が恐る恐るそう言うと皆キョトンとした。
「レドニェツ……?」
「レドニ、……?」
ジュリ様とコンスタンツェ嬢は頭の上に?を浮かべた。
「……どこかで聞いたような。何かの鉱物ではなかったか?」
ネレウス様は流石だ、レコード作るためにやたら鉱物を調べていたわけでもないのに知ってる。
「はい、白粉に使われていた鉱物です。加工すると白い粉状になる……調べてもらったところ、長期利用すると具合が悪くなる人が多く出ていると判明したのでマルシャン商会ではレドニェツが入った化粧品は扱わなくなって……ディネロ先輩が王家にも報告書を提出した筈ですが、ネレウス様ご存知ないですか」
「……聞いていない。ペティロ」
ネレウス様が近くに控えていたペティロ大司祭に視線を投げると、彼は小さく首を横に振った。
「いいえ、私のところにも届いておりません」
「人の健康に関係がある報告書は教会にも共有される筈だ。ちっ、どこかの過程で揉み消した奴がいる……急ぎ兄上に報告を」
「はっ」
大司祭が早足で扉まで下がり、ネレウス様の護衛の一人と去って行った。
レドニェツは、地球でいうところの鉛のような鉱物だと思う。
ジュリ様がファンデを日常的に使うことを決めた時に俺が一番心配だったのが鉛だった。鉛中毒について知ったのは俺の場合はベートーヴェンがきっかけだったか。彼の髪を調べたところ鉛中毒だったかもしれないらしいと何かで読んだ。一昔前まで鉛は身近な色んなものに大量に含まれており、人知れず健康被害を出していた。
鉛白粉が危険だと知られたのは日本でも割と近代だ。
案の定レドニェツは危険だと思われていなかった。危険ですよと警告を送っても『言いがかりを付けないでくれ』という反応を返す製造元もあった。安価に白粉を作るには良い材料なのだ。
こちらでは化粧品はメジャーな商品でもないから……俺が調べなかったら、マルシャン商会がしっかり調べてくれなかったら、結構ずっと気付かれてなかったかもしれない。背中に嫌な鳥肌が立った。
「アマデウス、レドニェツを経口摂取した場合どうなる?」
「え、ええと……わかっているのは長期的に少しずつ吸い込んだりして摂取した場合ですが。頭痛・腹痛、嘔吐感、脱力感、貧血……とかだったかと。幼子が直接口にして死亡した例もあったそうです」
「なるほど、直接口にすれば強めの症状が出るだろう。あらかじめ毒性を強化する魔術がかけられている可能性も高い。どうやら王宮にもその毒使いと繋がっている者がいる。レドニェツが危険だと知られたら困る者が。ほぼそれで決まりだろう」
「――――――……わたくしの、お化粧品として城に運ばれた?」
ジュリ様は一回に結構使うだろう、多めに化粧品を仕入れていそうだから……そうか、城に入る前にレドニェツ配合の白粉と一つか二つ取り換えれば持ち込めるのか。ジュリ様が青くなった。ジュリ様は悪くないですよとフォローしたくて手を空中に彷徨わせたが、
「っひどい!! 化粧品をなんだと思ってるの!! あんなに良い物なのに!!」
と先にコンスタンツェ嬢が憤慨した。
怒るポイントがズレてる気もする。だがそのズレがおかしくて少々気が抜けた。ジュリ様も面食らって目をぱちくりさせ、極々小さな笑いを溢した。
コンスタンツェ嬢はなんというか、場をポジティブにする力があると思う。こういう所が好かれるのかもしれない。別世界線ではアルフレド様まで落とした女だ、”陽”のポテンシャルはピカイチなのだろう。
レドニェツのことは王家も把握してると思ってたから余計な指摘かと躊躇したのだが、遠慮せずに発言して良かった。
ネレウス様が思わず舌打ちするくらい動揺して険しい顔をしている。報告書が揉み消されていたとしたら只事ではない。
「また連絡する」と告げられ解散になった。ネレウス様はやることが増えてしまった感じだ。
護衛に肩を支えられながら移動する彼を「あまり無理しないでくださいね!」「そうですよ、とても助かってはいますけれども……」「お大事になさってください」と皆で心配しながら見送った。
※※※
その後、予知によって料理に混入した物が毒性を強められたレドニェツだと判明し。
買収された実行犯の使用人も特定出来た。
比較的近年採用されたメイドだった。目の前で積まれた大金に目が眩み話を持ち掛けて来た相手の詮索はしなかったそうで、結局また敵の尻尾は掴めずじまいになってしまった。




