最初の人
今まで購入した素材の用途を記した書類を提出し、求めに応じて出し惜しみせず盾を披露し……と王家へ従順な姿勢を示したことで謀反の容疑はこれ以上追及されない。少なくともユリウス殿下は俺を疑ってはいないようだが、周囲に何か言われた時に言い訳出来る材料は揃えた形だ。
一度謀反の疑いをかけられたら領地に王族の大々的な捜査が入ったりしてもおかしくないのだが、今回は敵派閥からの言いがかりに限りなく近いと判断されたのもありそこまではいかなかった。
「お疲れ様でした、アマデウス様。……王宮で何かございましたか?」
王宮の前まで馬で同行し往復してくれたセレナとゲイルのバーリント騎士夫妻。スカルラット邸に帰りついた時、俺が浮かない顔をしているのに気付いたらしくセレナにそう訊かれた。この夫妻は俺に何かあったらすぐにジュリ様やティーレ様に報告することになってるのでたまにこうして探りを入れてくる。別に報告されて困ることは無いので割と明け透けに話している。まあ、普通に心配してくれている側面もあるだろう。
「ああ、その、近衛騎士の一人が急に倒れてさ……大丈夫だったかな~って」
「倒れた? それは……珍しいところに居合わせましたね」
近衛騎士は貴族の子息子女の中でも腕利きで丈夫なエリート揃い。体調不良で倒れるなんてやはり滅多に無いらしい。要人の警護なんかをするのだし体調管理も仕事のうちだろう。
……やっちまったな~~~~~~~~~~~~~~~……!!!
彼が倒れたのは俺のせいなのだ。脳内でだけ頭を抱えて項垂れて反省している。
※※※
魔力耐性の研究協力についてはもう少し色々と落ち着いてからでいいということになっているが、ネレウス様に言われた。
「魔力を吸い取る力は操れるようにしておいた方がいいぞ。普段から意識して魔力の流れを感じ取るようにし、何か呪文を定めて機会があれば魔力を奪ってみるといい」
「……気軽にやっちゃいけないことでは?!」
「嫌いな人間などで試せばいい。やり過ぎたとしてもすぐに治癒魔法を施せば死にはせんだろう」
なんてこと言うんだこの王子。
変な時に発動させてしまわないためにもコントロール出来るようになれというのはわかるが、万が一魔力を枯渇させたら命に関わるというのに。枯渇状態に即座に他人が魔力を注いで補充すれば落命は免れる。が、体調は最悪になる筈である。
――死なせはしないとはいってもそんな通り魔みたいなことしちゃ駄目だろ、と俺の良心がツッコむ。
ネレウス様、未来視で魔力枯渇になりかけることはちょくちょくあったらしいので、国のために自分が頑張ってるんだから他人にも頑張らせていいと思ってる節があるな……。
「なんてこと言うんですかネレウス様! 魔法のお試しで人を昏倒させて良いと思ってんですか?! ……思ってそうだけど良くないですよ!」
めっ! という顔でコンスタンツェ嬢が俺の代わりにツッコんでくれた。
どういう関係か知らなかった時はデキてんのかと疑ったこともあったが、ネレウス様とコンスタンツェ嬢の仲の良さはこうして見ると姉弟っぽさがある。実際そうなる予定というバイアスがかかってるかもしれんが。
「まあ、はい、良くないし流石に気が引けますね……」
「ふむ、そうか。遠慮なく魔力を奪ってもいい駆除対象の魔物などがいればよかったが、今はそういうのはいないしな……」
魔物は危険なので、極少数だけ王家直属研究室の奥深くで実験動物として管理・飼育されていると語る。
「そうなのですか?! 魔物がいるんだ、研究室に……」
魔物は時たま森などに出没するのだが出たらすぐに退治される。本にも倒し方以外の詳しい情報が載っていない。挿絵も伝聞で描いたものばかりでちょっと適当なのである。
本物の魔物、見れるんなら見てみたいな~~……! と俺の顔に書いてあったようでネレウス様は「何かしらの成果が出たら特別に見せてやってもいい」とご褒美としてチラつかせた。
「魔力の調節、私案外早く出来るようになったし、アマデウス様も出来ますよきっと!」
コンスタンツェ嬢は王家の魔術師に教えを受けて魔力量を調節する術を身に付けたらしい。魔力のコントロールは出来る人と出来ない人がいるが、魔力量が多い人は練習も多く出来るからか身に付きやすいようだ。
「呪文を定めるっていうのは……私が決めるんですか? 呪文を?」
「そもそも術というものは名も無く生まれ出づる。それに名付け、誰もが使えるように定義していったものが魔術であり術式・呪文によって発動する。原始からそれが繰り返されてきた。魔力を奪う術を呪文を決めることで君が術として完成させられれば尚良い。出来るかどうか、やってみろ」
一番初めに魔法を使った人は、おそらく呪文などは使わず無意識にそれを行った。それを意識的に使えるようにするために名前を付けた――――俺がこの魔法の“最初の人”になるかもしれないということだ。
「……術として成立したら、光るんですかね?」
魔法を使う時は光るものだ。でも俺がネレウス様から魔力を吸った時は光っていない筈。
「わからん。飽くまで体質としてのものに留まり術にはならないか、術として成立・意識したら光るようになるのか……僕が夢で予知をしている時は光っていない筈だから、体質に近い固有の魔法だと光らないのかもしれん。君がもう一度魔力の奪取に成功したらオーラーレに知らせて見てもらおう」
オーラーレ学院長は魔術学の学者だったらしい。魔力耐性の研究にも学院長は携わる予定だそうだ。
程度によっては人が死ぬ技なのでぶっちゃけ気が重いが……力がなければ守れないものもある。
少なくともネレウス様は国を守るためにこの力を調べたいと思っている。人を守ることにも繋がると信じてやってみよう。
※※※
……という下りがあり。
しかし身近に昏倒させてもいいと思う嫌いな相手なんていない。少し苦手な人とかはいるけど、辻斬りみたいな真似をしてもいいなんて勿論思わないので試す機会はなかった。なかったのだが……
近衛騎士のカトゥオルと呼ばれた青年が『ジュリエッタ嬢があまりにブスだったもんだからニフリートも腰が引けちゃったんじゃね?』とかオブラートに包んで言ってくれたもんだから。
ジュリ様もニフリート先生も真剣に戦った。そんな物言いはあまりに失礼だ。
ただそう思っているだけならまだしも俺にそれを直接言いに来たのだからナメられているという証左でもある。
俺自身がナメられるのはあまり腹は立たないのだが、ジュリ様達をナメた台詞には頭に血が上ったのもあり……その騎士の肩に軽く触りながら、考えていた呪文を微かな声で呟いた。
――――――“エナジードレイン”、と。
ゲームなどでは『精気、生命力を奪う』的な意味の技名だ。
奪うのは魔力なので少し違うが、似たようなものだろう。長すぎず、間違えて口にすることも無さそうだし丁度良い技名のように思えた。中二的なカッコよさもある。
…………言い訳すると、そんなに上手くいくとは思っていなかったのだ。こっそり中指を立てるみたいな腹いせ行為のつもりだった。
だが彼は突然力が抜けたように崩れ落ちてしまった。俺はネレウス様と握手した時と同じ、体の中に風が吹いたような感覚を再び覚えた。
ネレウス様は成果を出したと褒めてくれるかもしれないが、冷静になると罪悪感に襲われる。
ごめんなさい俺がやりました……とも言えずに素知らぬふうを装い家に帰ってきた次第だ。
実際、近衛といえど透明な盾を具現化出来る人はいないかもしれないと学院長が言っていた。ベテラン幹部、中堅、若手と時間を分けて訓練場に整列し流れ作業で俺の盾を観察して再現しようと試みたが、結局誰も成功しなかった(若手の時間はカトゥオルが倒れたので早めに退散したから、もしかしたらその後成功した人もいたのかもしれないけど)。
騎士でもないひょろっとした音楽趣味の少年(俺)がそんな強力な防具を出すなんて思える人はそうそういないのである。俺に対して揺るがない信頼を向けてくれているジュリ様のような人は例外中の例外。BIGなLOVEを感じる。
だから『近衛をわざわざ集めて役に立たない技術を見せびらかして迷惑な奴』と思われるのも無理はなかったと思う。カトゥオルという騎士が一言嫌味を言いたくなる気持ちも一応わからんでもないのだ。
結局成功した人がいないならお役に立てなかったんだなぁと申し訳なく思ったが、『これから先透明な盾を再現出来る者が一人でも出ればその者の強さが証明されるにつれ作れる人が増える可能性はあるので、有意義だったと考えております』と学院長は言ってくれた。現にジュリ様は作れるのだから不可能ではないことは証明されている。
ジュリ様を手本にしたシレンツィオ騎士団の方が早く成功者が出るかもしれない。セレナとゲイルも交代で一度シレンツィオに戻って教えを請いに行くつもりらしい。
……身近なスカルラットの騎士や二人には俺が見せたけど、再現出来なかったのだ。騎士達が『強さ』という点では俺を全く信用していない証左だった。
俺が一切武術を習っていない演奏特化系ょゎょゎ男子であることを知っているので無理もない。
そういえば、いちいち名前を聞く時間はなかったので確証はないけど、ダフネー大臣の息子さんかな、と思った青年がいた。ロールベル様と同じ桜色の髪を後ろで三つ編みにし、優しげな面差しだが細マッチョというアニメキャラみたいなイケメンだった。桜色の髪はルバート侯爵家の顕性遺伝子なのかもしれない。
―――――――なんだかんだでこの経験は役に立ったので、俺は嫌味を言ってきた近衛騎士に感謝することになる。




