強かな男
【Side:オーガス】
昼休憩の後、唐突に入団三年目までの若手は訓練場に集まるように指示があった。
「アマデウス・スカルラット伯爵令息が?」
「ああ。何で来たんだろうな」
後ろを歩くカトゥオルとセテムがだるそうな声で言った。スカルラット家の馬車が王宮に入り、そしてアマデウスらしき少年が出てくるところを見たらしい。
「わざわざ王宮の近衛の若手を集めて……もしや引き抜き? 公爵夫になった後の護衛騎士に?」
「流石にそんな許可は下りないだろ」
「わからないぞ。ソヴァール嬢の後援でユリウス殿下に恩を売っているし……”化物令嬢”が強気に押せば殿下も断れんかもしれん」
「付き合わされる方の身にもなってほしいもんだ。大人しく楽器だけ弾いて平民に媚びてりゃいいものを」
「実は化物令嬢から守ってほしいのかもしれんぞ?」
ハハハ、と下卑た響きの笑い声が耳に入ってくる。一言言ってやろうかと振り向きかけたらテルロが肩に手を置いて止めてくる。
「言わせとけ。ただの僻みだ」
わかっている。あいつらは実家がパシエンテ派なのだ。王子妃争いでシレンツィオ派が台頭してきたことに焦りを覚えて、シレンツィオ派の中心人物の悪口を言うことで心の平穏を保とうとしているのだろう。若手はまだ王宮の警備ばかりで王族の警護を担当したことは無いが、ユリウス殿下の寵愛がコンスタンツェ・ソヴァール嬢に向いていることは殿下も隠していないし察せる。
近衛騎士団に入った時点で肉親よりも王族を優先することを誓ってはいるが、実家の隆盛を全く気にしないということも不可能だ。
それにしたって淑女の容姿を化物と揶揄するなんて下品な。いつか名誉棄損で訴えられろと心の中で呪っておく。
「ん? 何だよ、オーガス」
目が合ってしまい、俺の何か言いたそうな気配を察したカトゥオルが俺を睨む。
「……別に」
顔を前に戻すと後ろからフン、と鼻で笑う声がする。性格は立派とは言えないがカトゥオルはかなり強い。俺は練習仕合でもなかなか勝てない。悔しいが実力が劣る者が文句を言ってもこいつには響かない。
テルロと少し早足で進んで距離を取った。
「実際、何の呼び出しなんだろうな」
「わからん……でも、私用で人を振り回す人ではないと思うが。アマデウス殿は」
「オーガスは会ったことがあるのか?」
「演奏会は見に行ったことがあるが直接会ったことはない。……母がな。接待されて……気に入ったらしくてな」
「法務大臣殿が? それは確かに、まともそうというか……ちゃんとしてそうだな」
法務大臣である母、ダフネーは堅実な仕事をしている。陰で“鉄壁”なんてあだ名で呼ばれているくらいで、コネや賄賂、泣き落としなどは通用しない。
個人的にアマデウスの演奏会を好んではいるがそれはそれ。仕事に私情を持ち込む人ではない。母のお気に入りの音楽家や奏者を連れて面会して法改正や身内の減刑を懇願してくる者はたまにいるようだが、確かな根拠のある話や信用に足ると思った話以外は聞き入れることはない。ちゃっかりと接待は受けるくせに。
アマデウスとは少し前に一度面会をして、何を頼まれたかは知らないが聞き入れることにしたらしい。
「詳しくはまだ言えないけれど、社交界を一変させるかもしれない法改正を提案されたの。アマデウス様、若者にしてはよく出来た方でしてよ。敵の派閥でなくて良かったわ」
その夜、ワインを傾けながら機嫌よくそう語っていた。
社交界を一変させるかもしれない法改正って、何??? 恐いんだが……。
そういえば母は知らないうちに歌姫マリアを俺の第二夫人に望む申し込みを出していた。嫁には事前に許可を取っていたのに俺には事後承諾という暴挙。
正直な気持ちとしては、マリアのような美人が嫁に来たらそりゃ嬉しい。しかし今いる嫁との仲を揺さぶってまで欲しいとは思わない。嫁が俺に怒ってたらどうしてくれるんだと思ったら、嫁は「考えたのだけれど……歌姫マリアが貴方に嫁いできたとしたら貴方の嫁且つ私の夫ってことにもなるのでは?」(ならんだろ)「女色の趣味はなかったつもりだけど歌姫マリアなら断然アリだわ……」と真剣な顔で血迷っていた。完全に嫁と姑の悪ノリだったのだ。断られて良かった。
侯爵家の血筋からの申し出を断るのは気が引けただろう。歌姫を道具としか思っていないのなら承諾しただろう。でもおそらく歌姫の意向を汲んでしっかりと丁重に断ってきたところに俺は好感を持った。
噂だと天才肌の自由人のように語られがちだけれども――――そう、意外と、アマデウス・スカルラットは『ちゃんとしている』。
「本日、アマデウス・スカルラット伯爵令息に御足労いただいたのは、”透明な盾”を披露していただくためだ! これは貴族学院学院長ミゼン・オーラーレ氏からの進言に基づき、ユリウス殿下が要請したものである! 心して臨むように!!」
騎士団長が雄々しく声を張った。隣には学院長と赤髪の少年が立っている。団長の言葉を咀嚼した者達がざわりと困惑した。
貴族学院学院長のオーラーレ氏は、魔術学の第一人者だ。国内の魔法・魔術は網羅しているという。彼が王族に進言するということは、アマデウスが創り出した“透明な盾”が有用かつ目新しい魔法であることの何よりの証明と言えた。
ジュリエッタ・シレンツィオ公爵令嬢が、ニフリートとの決闘で使用したという―――――透明な盾。
近衛騎士団にもその噂は届いている。近衛の若手はニフリートと共に訓練したことがある者がほとんどだ。正直なところあのニフリートが令嬢に負けたことだけでも信じられないのに透明、つまり硝子のような素材の盾がニフリートの攻撃を防ぐ強度を持つ……というのはどうにも非現実的で、他の魔法の見間違いか大袈裟に盛られた話ではないかと考える者が多いようだった。……俺もその一人だ。
「それではお願いします」
「はい」
騎士団長に促されてアマデウスがぼそりと呪文を唱える。
アマデウスの顔は大体の者が録音円盤の解説書で見たことがあるだろう。こうして近くで見てもあまり音楽趣味の女誑しには見えない。その辺にいるまあまあ見目の良い騎士見習いみたいな少年だ。
彼が出した盾は確かに透明だ。そして軽そうだった。
「整列した右の者から順に近付いて盾を観察させていただき、具現化に挑戦するように!」
団長の声に従って順番を待つ。
「馬鹿馬鹿しい……あんなもの使い物になるか」と俺の前にいるカトゥオルが呟いた。こいつのことは嫌いだが俺もあの盾が使い物になる気はしなかった。近衛は全員鋼鉄の盾を具現化出来る強者ばかりだが、あれが鋼鉄の盾と同等それ以上に強いという印象を持てる気がしない。
実際にニフリートの攻撃を防いだところを見たならば……違うかもしれないが。
しかしこの場で攻撃を受けてみてほしいとは誰も言えん。怪我でもさせたら一大事だ。彼を寵愛している公爵令嬢の怒りを買いたくはない。
順番が回って来て、軽く礼を取った後透明な盾を良く見て、触ってみる。確かに硝子とは違う気もするがそんなに丈夫にも見えない。アマデウスは愛想よくのんびりと笑みを浮かべていた。緊張感がまるで無い。
※※※
「失礼ですがアマデウス様……この盾が防いだニフリート様の攻撃とはどのようなものだったのでしょうか?」
全員が盾を見終わった後、各々で再現しようと訓練場に散らばるとカトゥオルが笑顔を作りながらアマデウスに話しかけた。
「どのような……?」
「我々はニフリート様と同世代ですので、彼が少々無粋な方とは存じておりますが、流石にご令嬢に対して本気を出したりはしなかったのではないかと。やさしく撫でるような打撃だったのではないかと思いまして……」
――――どうせ大したことのない攻撃だったんだろう。精鋭である近衛に無駄なことをさせやがって と、カトゥオルが内心で苛ついているのが俺や同期にはわかる。本意はアマデウスにも伝わっただろう。学院長がそこにいたら彼の代わりに否定したかもしれないが、少し離れた所で他の騎士の様子を見廻っている。アマデウスは少し驚いた顔をした後目を細めた。
「いいえ。魔力が籠った剣が橙色に染まって……力強い攻撃でした。具合が良くなかったようにも見受けられましたが、ニフリート先生は本気だったと思いますよ」
「畏れながら、騎士ではないアマデウス様には彼の本気はわかりますまい」
「そうかもしれません。でも、ニフリート先生は『ご令嬢だろうと手は抜かない』とハッキリ仰ったそうです。私は彼がそういう嘘を吐く人だとは思っていません。貴方はどうですか?」
「………」
確かに。
ニフリートの性格を同期は知っている。あいつはそんな嘘は言わないし相手が令嬢であろうとおそらく手加減などしない。勝負で手を抜くことはむしろ相手に失礼だと思っているだろう。この二年ほどで性格が変わった可能性もなくはないが……うん、ないだろうな。
「……公爵令嬢が大層魅力的だったせいで手元が狂ったのかもしれませんね」
反論が浮かばなかった悔しさからかそんな皮肉を口にしたカトゥオル。シレンツィオ公爵令嬢の顔の評判を踏まえれば――――令嬢に対してもニフリートに対しても、侮辱的な台詞だとわかる。
ずっと笑みを浮かべていたアマデウスが一瞬真顔になった。だがすぐに貼りつけたような笑みに戻る。
「ええ、彼女は魅力的な人ですとも。失礼、埃が……――ェ――――…」
――――魔力を感じたり見たり出来る者は稀にいる。俺はその一人で、生まれつき魔力を見ることが出来た。
通常、魔法を使っている時や魔石に注入された時以外魔力は可視化されない。だが何もしていない時でも俺の目には生き物の周りに薄らと色がついて見える。それが魔力だった。常にではなく意識して目を凝らすと、だが。
魔力は大抵毛髪の色に近いことが多いが、何色も混ざり合った奇妙な色合いの人もいれば毎日少し変わる人もいるのが幼い頃は不思議だった。
違う色だった夫婦や恋人同士が、時々混ざり合ったような同色になる理由は成長してからわかった。魔力は粘膜接触で混ざるのだ。別々の婚約者がいる同期の男女がある日同じ色になっていたのをみてしまった時は動揺を抑えるのに苦労した。
知らんでいいことを知ってしまうこともあるが、攻撃を察知出来ることもあるので仕事中はなるべく意識して魔力を見ることにしている。あまり他人には言わない方が良いだろうと父に言われたため、この体質のことは家族と魔術学の恩師、騎士団幹部、王家以外は知らない――――
アマデウスがカトゥオルの肩を軽く払った時、俺は不自然な魔力の流れを見た。
そしてーーーー急にカトゥオルが膝から崩れ落ちた。
「ッ……ぇ……?」
「?! どうしたカトゥオル?!」
カトゥオルがばったりと地面に倒れ込む。セテムと騎士団長、周囲の者が何事かと駆け寄ってくる。
アマデウスの体の周りに魔力の色は見えない。魔力が少ない者はそういうこともある。彼は割と魔力がある方だと聞いた気がしたが誤情報だったか……? とひっかかっていたのだが。
カトゥオルの魔力が煙のようにアマデウスに寄って行き、フッ……と透明に変わったように見えた。
吸い取られたかのように。
そんな馬鹿な、と思うけれどそれ以外に説明がつかない。魔法で攻撃したのなら光を帯びる筈だがそれはなかった。実際、カトゥオルは倒れている。急激に魔力が足りなくなって体が驚いたのだ。
アマデウスはびっくりした顔で暫し固まっていたが……数秒だけ、カトゥオルが運ばれていくのを見ながら『やってしまった』とでも言うような、ばつが悪い表情をしたのが見えた。すぐに気遣わし気な顔を作っていたが。
――――――他人の魔力を吸い取る? 奪う? そんなことは出来ない筈だ、誰も。
何が起こった。俺は何を見た?
……上に報告すべきかと少し悩んだが、オーラーレ学院長が付いているのだから俺が知らせるまでもなく把握しているだろう、と考え直した。
王族や学院長が彼をここに連れて来て見せつけ、俺達に試行錯誤させていること。その意味をもっと重く捉えるべきだった。
目の前にいるのは、天才なのだ。
動揺で俄に激しく動き出す心臓を感じながら奇妙な確信を抱いた。
アマデウス・スカルラットが、常識では計れないことをする力がある存在だということをこの目で確認した。
つまり鋼鉄よりも強い透明な盾は、存在する。
俺は“強靭な透明な盾”を、出せる。
不思議とそう、確信していた。
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・オーガス=ルバート【世界暦477年~577年】……後期ウラドリーニ王国の貴族、騎士。ダフネー=ルバート(→p219)の長男、ダリア=テタルティ=ルバート(→p222)の父。ユリウス王、ベアトリクス女王の治世にて近衛騎士団長を最長三十一年務めた。500年~600年までのウラドリーニ王国文献における『当代最強』とは当該人物を指す。
(ウラドアーニャ国歴史人物事典十二巻より抜粋)




