惚気話②
ジュリエッタは『より美しいと思うかどうかと欲しいと思うかどうかは別の話』というアマデウスとの会話を思い出して、人それぞれ好みはあるものだ、とリリーナの話に納得し頷いた。東屋で熱心に口説かれたことも思い出して暫し浮つく気持ちに浸った。
頷いたのはプリムラもだった。
「わかりますわ。あまり目立つ殿方を伴侶にするときっと気が休まらない……」
小さい声だったがその声は皆の耳にしっかり届いた。皆に見られていることに気付いたプリムラはハッと手を横に振る。
「わたくしとリーベルト様には特に話すようなことはありませんわよ。将来の仕事の都合を踏まえての縁談ですので……」
「でも、もう少し親しくしたいとは思っているんでしょう?」
カリーナが確信めいた声を掛けるとプリムラは目を瞠った。リリーナが意外そうに視線を遣ると目を泳がせる。
「べ、別に……? 結婚してからでも遅くはないでしょうし……仲を深めるといっても学生の間は限界がありますし。アマデウス様ほど大胆なことは彼にさせられませんわ」
「まあ、ジュリ様達は……例外ですわよ」
馬車の中でイチャついていることをやんわりズルいこととして語られ、ジュリエッタはいたたまれずに目を伏せた。馬車で短時間とはいえ密室に結婚前の男女が二人きりになるのは当然褒められた行為ではないが、ジュリエッタの身分の高さ故に目溢しされている。いたたまれないとは思っているが今後も控えるつもりはなかった。
「まあお兄様は素敵な貴公子とも言いにくいし、急に接近してこられてもプリムラ様もお嫌でしょうけども……」
リリーナが身内の親しさから軽口を叩くと、プリムラがムッとした。
「そんなことありませんわ。威圧感を与えない明るい人柄で安心出来ますし……騎士コースの授業では上位十名に入る優秀な成績を修めていますし、子爵家の者がこの若さで未来の公爵夫の護衛騎士に内定というのは、周りから分不相応だ依怙贔屓だと囁かれても不思議ではないのに、騎士見習い達から実力を認められているからそういう声はほぼないのです。反射神経が実に優れているのですって。アマデウス様のような特異な方の近くにずっといても僻んだりする様子を見せないのも美点です。アマデウス様も彼のそういう所を気に入っているのだろうと、……」
皆が少々面食らっているのに気付いたプリムラは片手で口を押さえて黙った。
「……プリムラ様、案外、お兄様のこと気に入っていらしたのですね……?」
「わ、……わたくしだって条件が合っているからという理由だけで婚約を提案したりしませんわ! ちゃんと好ましい人と結婚したい気持ちくらいぁ、ありますっ……」
ばつが悪そうに頬を染めて視線を彷徨わせるプリムラを皆新鮮な気持ちで見ていた。
リリーナは特に驚いていた。プリムラのこれまでの態度からしても兄のことは『まあ普通に悪くない相手』くらいに思っているとばかり思っていた。
「ほら、聡いリリーナですら好意があると気付いていなかったんですのよ。リーベルト様は貴方に好かれているとは全く思ってないのではないかしら、お可哀想に。結局お相手から申し込んでいただいたわたくしが言うのもなんですけれども……容姿が冴えない者が美しい人へ好意を示すのは、とっっっっっ…… ても勇気がいるのですよ、おそらく、美人よりもずっと。仲を深めたいのならプリムラからもう少し歩み寄らねばいけませんわ」
「……『乙女にも勇敢であるべき時がある』と言ったのは、わたくしへの非難だったわけですか。請われて婚約したからといって急にお説教とは豪気ですこと」
「非難ではなく! 発破をかけたのです!!」
カリーナとプリムラがぐぐっと顔を近付けて睨み合った。
「ま、まあまあお二人とも、ここでお二人が揉めてもどうにもなりませんわ」
ジュリエッタが宥めると、睨み合いつつ二人とも姿勢を正して座り直した。
「……失礼。わたくしの態度があまりよろしくなかったということはわかってます。カリーナの仰る通り」
プリムラが深呼吸してから下手に出たので、カリーナも落ち着く。
「いえ、わたくしこそ婚約者同士の問題に踏み込み過ぎたかも……お許しになって」
プリムラが頷き、空気が緩む。ジュリエッタとリリーナはほっと息を吐いたがアルピナはずっと楽しそうな顔をしていた。アルピナは野次馬根性がたくましいため人が揉めているところを見るのも嫌いではなかった。自分とは直接関係の無い事柄に限るけれども。
ジュリエッタがふと疑問を思い出しプリムラに尋ねた。
「そういえば少し前、妙にリーベルト様に素っ気ない時期がありましたね。態度がよろしくなかった、というのはその時のことですか? 何かあったのでしょうか」
「……シルシオン嬢を階段から突き落とした、という罪をわたくしとリリーナが被せられそうになったことがあったでしょう。彼が、シルシオン嬢を軽そうに、大事そうに抱えて保健室に連れて行ったのです。……それだけ。それだけのことですのに思いの外、怒りを覚えてしまって……うまく取り繕えなくて……」
「……嫉妬したのですか? 彼がシルシオン嬢と密着したことに」
ジュリエッタの確認にプリムラは無言の肯定を返し、口を尖らせた。
「…………子供っぽいと笑ってくださっても構いませんわよ」
「笑いませんわ。気持ちが先行してしまうことはありますもの……」
柔らかい響きのジュリエッタの言葉に礼を言うように、プリムラは少しだけ泣きそうな表情で笑った。
「……嫉妬深かったんですのね? 意外でしたわ」
「うるさいですわよ」
揶揄いを含んだカリーナの言葉にプリムラがふてくされたように返し、周りは小さく笑った。
一方、リリーナは以前そのことについて兄とアマデウスに相談された時、『プリムラは情報戦で負けたのが悔しいのだろう』と答えたが、それが普通に的外れだったことを知って背中に冷汗をかいていた。
割と自信満々に間違ったことを伝えてしまった。真実を伝えて訂正したいが、無断でこれを兄やアマデウスに話すのはプリムラが怒るだろう。話す許可ももらえそうにない。後悔は飲み込むしかなかった。
リリーナは 自分の勘を当てにし過ぎてもいけないな……と内心で自分を戒めた。
「では、満を持してジュリエッタ様ですわね」
アルピナがわくわくした様子を隠さずにそう振った。ジュリエッタは自分も話すとは思っていなかったので目を丸くした。
「わたくしも、ですか? 婚約してもう結構経ちますが……」
「婚約を申し込まれた時の具体的なお話はお聞きしたことがないので、是非お願いしたいですわ。勿論、話してもいいと思う範囲で構いません。アマデウス様に関するお話ですと、わたくしに言ったことはエーデルに伝わると思ってくださいませ」
エーデルに知られるということは“信奉する会”全員に知られるということと同義である。
“信奉する会”では『会員ノート』に書き記して会員に回す形で情報共有していた。よほど取り扱いに注意が要る情報以外はそのノートに記録され共有される。一旦集めた情報を整理して書き込むのがエーデルであることが多く、彼女自身も文を書くのが好きだったため主な書き手はエーデルだった。
「そういえば詳しくお聞きしたことはなかったですわね」
「ええ、そうでしたね。でも……勝手に話すのは……」
ジュリエッタは婚約した時のことをカリーナとプリムラにも大まかにしか話していない。単純に機会がなかっただけで話したくないわけではない。改めて詳細を話すのは気恥ずかしいという感情と、あの時の感動を聞いてもらいたい気もするという感情が半々といったところだった。無断で話すのはアマデウスに悪いという気持ちも少しあった。
「アマデウス様は怒りませんよ」
「ええ、お許しくださるでしょう」
カリーナとプリムラがさらりと言う。
ジュリエッタは――――確かに彼は怒らないだろう。しかし怒らないからといって不愉快にさせないとは限らない。優しい人に許しを強いるような真似は慎みたい……
暫し悩んでから、ひとまず今回は許してもらおう、許されなかったらお詫びに何かしよう――――と決めた。
ジュリエッタは順を追って話した。
朝、突然父からのど自慢大会の視察に行くと告げられたこと。
大会を見学した後、彼が人混みの中から自分を見つけてくれたこと。舞台が見える集会所の一室で、音楽に合わせて少し踊ったこと。ベールを上げていいかと訊かれ、顔が見たいと言われたこと。
素顔を見ながら、『俺を守るために仮面を投げ捨ててくれた時から貴方が好きです』『この国の誰よりも貴方を素敵だと思っている自信があります』と言われたこと。
「それで……結婚してくれませんか、と……」
「っあ゛ぁ~~~~~~~~~~~~~~…」
口を押さえつつ、風呂上がりの一杯を飲み干した中年男のような声でアルピナが呻いたので周囲はちょっと驚いて体を揺らした。
「失礼……ときめきが口から溢れ出てしまいました」
ときめきなんて可愛い響きの声ではなかったが、ひとまず周囲は理解を示して頷く。リリーナだけは(令嬢らしさを保てなくなるくらい興奮してしまったか……)と素知らぬ顔で思った。
「ジュリエッタ様ありがとうございます。これであと二年はわたくしとエーデルが元気です」
「えっ? 今も普通にお元気ですよね? もしや何か御病気……」
「いえ、大丈夫です、体は健康です。心の話です」
後日、ジュリエッタは婚約の時のことを無断で話して申し訳なかったとアマデウスに謝ったが、「照れますけど、まあ別に大丈夫ですよ」と軽く流された。アマデウスはとっくの昔にカリーナとプリムラあたりには話しているものとばかり思っていた。
お詫びに、という建前でアルピナから聞いたハイラインの話をしたらアマデウスは満面の笑顔で喜んだ。




