女子会+
「皆様、お忙しい中来ていただいて恐縮ですわ」
放課後、学院の小さめのお茶会室で主催として礼をしたのはムツアン子爵令嬢アルピナ。
招かれたのはジュリエッタ、カリーナ、プリムラ、リリーナの四人。いつメン男子五人の婚約者達だった。
「いえ、お声がけありがとうございます。シレンツィオ派に属してくださる方々をお招きする会に関して、アルピナ様にはご意見を頂きたかったのです」
ジュリエッタが言葉を返し、皆がお茶に口を付ける。
ムツアン子爵家自体は中立を保っているが、“アマデウス様を信奉する会”の会長であるアルピナはプリムラやリリーナと密に情報交換しシレンツィオ派として動いてきた。
カリーナとアルフレドの婚約によってタンタシオ公爵家はシレンツィオ派寄りとなり、アルフレドの臣下に入る予定のハイラインとの婚約によってアルピナも正式にシレンツィオ派寄りに加わる。リーベルトの妹でありペルーシュの婚約者であるリリーナは、アルフレドの騎士になるペルーシュに嫁入りする以上タンタシオ家のために動くが、タンタシオ家とシレンツィオ家が友好関係にある限りはどちらの利益も考えて動く。
爵位を継承した暁にはシレンツィオ派の中心となって協力出来る、ジュリエッタ個人としても信用のおける令嬢達といえた。
アルピナは今度のお茶会に招待してもいいと思われる新たな生徒のリストをテーブルに広げた。
親が別の派閥にいる、もしくは中立だが将来的にコンスタンツェ嬢を支持したいと考えている者、親からシレンツィオ派と仲良くするよう言い含められた者など。パシエンテ派の者は念のため省いたが、その他で味方に出来そうな者のリストをジュリエッタに託す。
「“信奉する会”の皆で吟味しましたが、勿論最終的な判断はジュリエッタ様にお任せ致します」
「有り難く頂戴します。心強いわ」
リストを眺めながら話し合った後、ジュリエッタが畳んで懐に入れた。
「コレリック家は、侯爵も跡継ぎのメテオリート様もそこまで妹を王子妃につけることに拘っていないようにも見えるようですね……表向きは」
「堂々とコンスタンツェ嬢と対立するのは、ユリウス殿下にも民にも悪印象を与えると理解しておいでですね」
「メテオリート様は堅実でいらっしゃいますからね。メオリーネ様の兄君にしては意外な、物腰が柔らかい紳士ですし」
「第二夫人の子でいらっしゃるからかもしれませんね……」
メテオリートは黄みの強い茶色の髪に薄茶色の目をした、整ってはいるが地味な印象を与える青年だった。
第一子ではあるが第二夫人の子で、成績優秀で振る舞いもそつがなく真面目であった。通常ならば正妻の子のメオリーネが次期当主となるが、早いうちからコレリック家がメオリーネを后がねとしていたことからも貴族学院入学時にはメテオリートが後継者に指名された。
ジュリエッタは幼い頃の苦い記憶を思い出していた。
お披露目後に婚約者候補という名目で引き合わされた三人。それがユリウス、アルフレド、メテオリートだった。
ユリウスはどちらかといえばジュリエッタが嫁入りという形になる可能性が高く、アルフレドは嫡男だったので同い年の公爵家の者としてひとまず面通しする目的だったと思われたが、シレンツィオ家に婿入りする可能性が一番高かったのがメテオリートだった。
ジュリエッタがベールを上げるとユリウスは泣いて漏らしながら逃げていき、メテオリートは蒼ざめて俯き固まってしまった。アルフレドだけがかろうじて挨拶することが出来た。アマデウスが現れた後は思い出すことはほとんどなくなったが、メテオリートの名前を聞くとまだその時の様子がありありと脳裏に蘇る。
その後数回社交の場で挨拶だけ交わしたが、表面上にこやかにしていてもメテオリートは少しジュリエッタを恐れている気配があった。そのためジュリエッタにとっては何となく交流し辛い、苦手な相手であった。
決闘に負けた後のジャルージ辺境伯家周りは今のところ大人しい。
普段は領地にいる辺境伯が王都に赴き、ニフリートが負けたのは辺境伯家の人間として非常に恥ずべきことだと叱った。ニネミアに対してもユリウス王子が身分の低い令嬢にうつつを抜かすのはお前が至らないからだ、努力が足りない、と責めた。それらは人目を気にせず行われ、風の噂で学院にも届いた。学院には普通に出席しているが、父から叱責を受けた兄妹に以前のような覇気はない。
気を遣った同じクラスの令嬢が王都で流行っているケーキを皆で食べに行かないかとニネミアを誘ったら、『どこのお菓子が美味しいとかどのドレスが流行かとか、わたくしそういうお話には興味がないの。そんな時間があるならば本を読むか勉強したいわ』と言い放ってその場の空気を凍りつかせたという。
「ニネミア嬢はやっぱり無いですわね……興味が無いなら無いでもいいですけれど、もう少し言い方があるでしょうに……。とても王妃としてうまくやっていけるとは思えませんわ」
「臣下として職務命令を遂行する方がおそらく向いているでしょうね。それなら融通が利かないところがむしろ信用に値するかもしれません」
リリーナが駄目出しし、プリムラが率直な意見を述べた。
ジュリエッタは(余計なことまで口に出すところがやはりニフリートの妹だ)と思って妙に腑に落ちる。ジャルージ家の教育方針自体に少々問題がありそうな気もした。
「流行は経済を回すものですし、上に立つ方にはある程度興味を持って把握しておいていただきたいですわね。国の富にも繋がりますし……」
「目新しい嗜好品を一括りに贅沢と捉えてしまうのやも……武人の家系は質素倹約を美徳としている所が多いですし」
「なるほど。真面目な方なのでしょうが、なかなか難ありですわねぇ」
「成績は優秀なだけに惜しいですわね……ニネミア嬢の頭脳とメオリーネ嬢の社交能力があれば申し分のない王妃になりそうですのに」
「まあ、二大候補が完璧ではなかったからこそコンスタンツェ嬢が入り込む余地があるのですがね」
ジュリエッタも実のところドレスなど服飾品の流行にはそこまで興味がない(アマデウスが手掛けた物は除く)が、社交のため、そして領地を豊かにする材料を見逃さないためにも流行物の会話には耳を傾けるようにしている(食べ物の流行に関してはアマデウスが特に意識しなくとも食欲のままに熟知している)。
そういう話は実りが無いまま終わることも珍しくないので無駄に思う気持ちはわからなくはないが、立場のある者ならそれも円滑な人間関係のための交流として取り組む余裕くらいはあってほしい、と令嬢達は思う。
「――――もう一つ、お伝えしておきたかったのはシルシオン嬢に関してです。彼女とその友人数人が、メオリーネ嬢の指示を受けてシレンツィオ派のお茶会に何か仕掛けてくる可能性が高いこと。それ自体はジュリエッタ様も予想しておいでかと存じますが」
アルピナが間髪入れずに重要な話題に移ったので少し面食らいつつ、ジュリエッタは表情を引き締めた。
「そうですね……警戒はしておりますが、何か具体的な情報が?」
「カーセル伯爵家はなかなか隙の無い家なのですが……」
アルピナと目を合わせ、主体となって情報を集めたリリーナが引き継いで話し出す。
「最近、かの家が経営している劇場の役者が一人死んだのです。死因は食中毒という話でしたが……競い合っていた役者に毒殺されたのだ、と噂になっていました」
「毒殺……?! 穏やかではありませんわね」
カリーナが眉を寄せて飲もうとしていたお茶を下ろした。
「たまたま非常に仲が悪い相手がいたから流れた根拠のない噂かとも考えられますが……内密に調べたところ、カーセル領では死因が食中毒とされる死亡例が他領より多いのです」
「……食中毒に見える死に方をする毒が、密かに流通しているかもしれないと?」
プリムラがそう言うとリリーナが頷く。ジュリエッタが目を伏せながら口を開く。
「山菜やキノコなどには、無害な物とよく似た有毒な物もあると聞きます。安全な物とすり替えたり……少量なら問題ない物を多めに料理に入れる、というやり方もあるでしょうね」
「少量なら問題ない物……?」
カリーナが(なんだろうそれは)という顔でジュリエッタ以外に目を向けたが、全員が首を少し傾げた。
「ああ、少し前にデウス様に伺ったのですが……異国の香辛料で、既定の量を越えて摂取すると人によっては死に至るという物があるらしいのです。おそらく我が国の治癒師は相当経験を積んだ者しか詳細を知らないのではないかと思われます。旅人の知見だったようですし」
「薬も過ぎれば毒になるというのは古代から云われていることですし、確かにそういう物があることは不思議ではありませんわね……恐ろしや」
シレンツィオ派への攻撃に毒を使われる可能性が高いと知り、カリーナが体を震わせる。アルピナは静かにジュリエッタを見据えた。
「お命を狙われるのは、真っ先にコンスタンツェ嬢、そしてジュリエッタ様、アマデウス様でしょう。お気を付けあそばせ」
「ええ。食材や料理人、給仕には特別注意を払いましょう。もしもに備えてあらゆる解毒薬も揃えて、治癒師にも周知しておきますわ。ありがとう、お二人とも」
※※※
給仕を呼んでお茶を淹れなおしてもらい、一仕事終えた感のある溜め息をカリーナが吐く。それを横目で見たアルピナがぽつりと言う。
「重いお話は一区切りついたことですし、軽いお話も致しましょうか」
軽いお話とは……? と皆が不思議そうな目を向けると、清雅な笑みを浮かべた。
「今日はわたくし、皆様の惚気話を聞きに来たと言っても過言ではありませんわ」
リリーナ以外の三人は虚を突かれたようにぽかんとする。
「それは流石に過言であれ……」とリリーナが呆れたように呟いたが、アルピナは動じずに答える。
「だって、うら若き乙女が雁首揃えているというのに、政略的な話題に終始してしまってはあまりにも味気ないではありませんか?」
「そうかもしれませんけれども……」
アルピナをよく知っているリリーナは彼女らしいと苦笑いする。リリーナ以外の三人はアルピナに物静かな印象を持っていたが、エーデルと親友なだけありアルピナも浮かれた話が好きだった。聞き役に徹することが多いので落ち着いているように見えるだけだった。




