奴隷
――――馬車の中でするには込み入った話のようだったので、ひとまずロージーたちの家に向かってもらう。
そわそわしつつ黙っているのも落ち着かず、
「そういえばロールベル様がなんか…ちょっとアレで…ごめんね」とマリアに謝った。握手のアレ。平気そうだったけど内心嫌だったんじゃないかと……。
「いえ、可愛らしいご令嬢でしたので全然構いませんよ。男だったら殴りたくなっていたでしょうが……」
と生粋の女好きっぽい返事を貰った。大丈夫だったんなら良かった。ロールベル様もなあ、普通にしていれば優しそうな美少女なんだけどな……。
「……随分前……リリエたちにもまだ会う前です。俺が十四くらいの頃だったかと。
俺と師匠はこの国のとある町で、貧民街の空き家に入りました。気付かなかったけどそこには先に住みついて縄張りにしてる孤児たちが五人、いたんです。最初は追い出されそうになったけど、師匠が下手に出て頼んだら了承してくれて、少しの間半分共同生活のようになりました。生意気なガキたちだったけど、親がいない者同士助け合ってました。俺たちは彼らの暮らしに口出しはしませんでしたけど…おそらく物乞いしたり、残飯漁ったり、盗みもやってたでしょう。俺たちも楽じゃなかったですが、時々食べ物を分けたらあいつらもたまにくれるようになって……まあ、そこそこ仲良くやってたんです。
そしたらある日、一番年長のノトスって少年が『仕事がもらえるから皆も来い』って言い出して。詳しく聞くと、仕立ての良い服を着た男に『金持ちの家が安い金でも働く子供の下働きをさがしてる』と勧誘されたそうで。
俺はそういうこともあるのかと思ったけど、師匠は『金持ちが孤児を雇おうとすることはほぼない、犯罪に巻き込まれるかもしれない、行かない方が良いと私は思う』と言いました。今思えば当然です、まともな所なら身元のはっきりしたまともな人間を雇いたがるに決まってる。……師匠の言葉よりリーダーだったノトスを信じた子供たちは、勧誘してきた男の所に行ってしまいました。彼らは数日帰ってきませんでした。
町中で演奏していて、孤児に話しかけている男を見かけて。左眉の上と目の下に黒子がある男で、確かに仕立ての良い服を着ていて……あの男か、と思って俺は『孤児を雇っているとは本当か、あの子たちは今どこにいるのか、大人は雇っていないのか』と話しかけてみました。男は『住み込みで働かせる。大人は雇っていない』とだけ言ってすぐに去ってしまいました。
……その次の日、二人だけ帰ってきました。ジャンって男子とサラサって女子が。全身殴られていてひどい有様で。
どうやら、集められた孤児たちは幌馬車に入れられ、中で口を塞がれ縛られたそうです。異様な雰囲気を感じて逃げようした五人は、三人は捕まりジャンとサラサは男たちに袋叩きにされ、『まあいい、お前らは不細工だからいらん』と置いていかれたと。
手持ちの薬草ではとても足りず、俺と師匠の演奏を気に入ってた近所の娼館の取り持ち女に傷薬を分けてもらえないか頼みに行きました。殊の外親身になってくれて、事の次第を話すと、『その男は貴族の遣いで、見目の良い孤児を捕まえて外国に売り払ってしまうって噂だ』『時々娼館を利用する貴族で、少しでも気に入らないことがあると娼婦を鞭で叩いてニヤニヤする嫌な醜男だとか』と。
……暫くしてある程度二人が回復したら、その取り持ち女が娼館の掃除係に二人を雇ってもいいと言ったので、二人はそこに任せました。町の人にその男や幌馬車のことを聞いてみたりもしましたが、行方はわからず……。『あれは貴族の遣いらしいから首を突っ込まない方がいい』と言う人も多かった……」
――――思い出した。以前ポーターと揉めた時『貧民街の人間を鞭で打って楽しんでるのも、異国に売り飛ばすのも貴族のお仕事だと思ってたぜ俺は』とロージーが言ったことを。
二人のいざこざとこの世界の化粧というものの立ち位置に驚いていたところで、その時はあまりその台詞について深く考えなかったけれども……。
この国でも奴隷というものは存在したが、それは戦争をしていた時代の他国の捕虜だった。周辺国との友好関係が成り、他国民を奴隷にしておくことはまた戦争の火種になるとして当時の大司祭が国王に進言。捕虜は平民としての地位を手に入れたり母国に送還されたりした。三十年くらい前の話だ。『ペリステリ大司祭の奴隷解放進言』として教科書に載っている。
そんな訳で今は『奴隷』というものはウラドリーニ王国にはいない。……奴隷という名目ではないだけで、奴隷扱いされている人がいないなんて言い切れないけど。現在は監獄の囚人が昔の奴隷ポジションに近いかもしれない。財産を持つ自由は無く、農場や工場、炭鉱などに駆り出され労働を義務付けられている。
人身売買も禁止された。ただし娼婦・娼夫や奉公人の保護者が金を受け取り当人が借金を負い、返済するまで職場に拘束されるという人質奉公制度は取り締まられていない。
そして外国、例えば隣のリデルアーニャ公国にはまだ奴隷は存在する。ウラドリーニの捕虜は解放されたが、その他の吸収した土地や民族の捕虜、犯罪者などは奴隷のままだ。
奴隷解放に合わせて周辺国とウラドリーニとの間で人身売買の禁止の条約を結んでいるので、もしこの国の貴族が国民を外国に売っているとしたら――――――れっきとした犯罪である。
部屋でこの話を聴いているのは俺、マリア、バドルとシャムス、リリエ、ポーター。使用人などには外に出てもらっている。物騒な単語から大っぴらに出来ない話が出てくることは想定していたが、予想通り。
「――――でも、攫った孤児たちを本当に国内で雇っているとしたら犯罪にはならない、よね…?」
「……そうですね。希望的観測過ぎるかと思いますが」とポーターが答える。そりゃそうだ。逃げようとした子供をボコボコに殴るような奴らがまともな雇用をしているとは考えにくい。
でも「え?ちゃんと勤め先を紹介しましたよ」と言われてしまえば責めることは出来ない。証拠が無いと。
国内の娼館とか働き口に孤児を売っていたとしても犯罪ではない(公になったら相当反感を買って評判が落ちるとは思うが)。しかし普通に働かせる労働力としてそんなに高い値段で子供を買う者はいない。貴族がやるほどの旨味は無いのだ。一切を好きにしていい奴隷としてなら……高く売ることも可能。だからやっぱりそっちの可能性が高い。
「その人攫いと思われる男がコレリック侯爵家の御者……コレリック侯爵家かぁ。あそこのメオリーネ嬢は有力な王子妃候補だったから、コンスタンツェ嬢の命を狙ってるのはあそこじゃないかって殿下は目星をつけてたんだけど、それも証拠が掴めないらしいんだよな……」
相当用心深くて用意周到ってことかな。手強い。
「因みに、その町はジャルージ領だったかと思います」とバドルが言った。
「ジャルージ辺境伯領?そこも娘が王子妃候補の……あの辺境なら確かに外国に売っ払うには近い」
その男が単独でやっているかもしれないし、侯爵家が主体かもしれないし、その男とジャルージ辺境伯家の誰かが結託してやっているかもしれないし……。まだ何とも言えない。
「ひとまず……相談してみるよ」
ネレウス殿下に報告しておいた方がよかろう。もしかしたらあの男を足掛かりにコレリック侯爵家が陰で悪事を働いている証拠が掴めるかもしれない。
「その……デウス様、気をつけて下さい」
ロージーが心配そうに俺を見たので微笑み返す。確かに、ならず者の周囲を嗅ぎ回るとなると危険も覚悟しなければならない。
「うん、身を守るのはちゃんとするから。話してくれたこと無駄にしないよ、大丈夫」
顎に手を当てて黙っていたシャムスが口を開いた。
「コレリック侯爵家の治癒師の一人に、私の弟子がおります」
「……えっ!?」
「リリエに付いてくれる治癒師をさがしている折、弟子の女治癒師数人に手紙を書いたのですが。その内の一人ルシエルがコレリック侯爵家に今仕えていると。彼女が今うちに来ている治癒師のファルマを紹介してくれたのです。……何も知らないかもしれませんし、仕えている家の内部事情を外に話すことはご法度ですから、聞き出すのは難しいとは思いますが……少し伝手を使って探ってみます」
「おお、そっか……!有り難いけど、無理はしないでね?」
「ご心配なく。アマデウス様よりは身を守る術には長けているかと存じます」
全く、老体の癖に頼もしい。
※※※
急ぎで面会依頼をネレウス殿下に出すと、すぐに了承が来て翌日の夕方にはコンスタンツェ嬢と一緒に神殿に集合した。すると俺にとって結構な凶報がネレウス殿下から飛び出した。
「少々面倒な未来が視えた。一週間後、シルシオン・カーセルが階段から落ちて意識不明の昏睡状態に陥る。シルシオンを突き飛ばしたとされるのが、プリムラ・ロクティマとリリーナ・グロリアだ」




