侯爵令嬢メオリーネ
王都のとある豪邸の麗らかな庭に、十代の少女たちが集う。
整えられた木々と季節の花々が咲き誇る中、コレリック侯爵令嬢メオリーネが特に仲の良い女子だけを集めた個人的なお茶会が行われていた。
皆華やかな装いをしているが、最近は定番になった黒いドレスを身に付けている令嬢はいない。それを流行らせた少年がお茶会の主の不興を買っていることを承知している為である。
「御機嫌よう、メオリーネ様。今日もお美しいですわ」
「あらありがとう。貴方の御召し物も素敵よ。さあお座りになって」
少女たちは白いクロスのかかった円卓の上のお茶とお菓子を楽しみながら他愛のない話を始める。
「そういえば、この間ニネミア様がまたユリウス殿下にお説教をしようとして避けられていましたわ。あの方も凝りませんわね」
メオリーネとともに王子妃候補であるニネミアの陰口は、メオリーネの機嫌を取るには鉄板であった。
「あらそう、そうでしょうね。あの方、『身分の卑しい女子と馴れ合うなんていずれ国を背負う立場の方が情けない。直ちに関係を清算なさって下さい』なんて正面からお言いになるのよ。そんな言い方したら反発されるに決まっているのに、どうしてわからないんでしょうねぇ…おつむの出来は良い筈なのに残念な御方!」
メオリーネと少女たちは傍目から見たら上品な様子でニネミアを嘲り笑う。
「わたくしは、ソヴァール嬢を側室にすることに反対するつもりはなくってよ。ニネミアを第二妃、ソヴァール嬢を第三妃にしておけば良いと思っているの。ニネミアは公務を担当するには良い人材ですし、金髪娘も平民の人気取りをさせておくには丁度良いわ」
「なるほど、それが一番良いかもしれませんわね」
「流石メオリーネ様は度量が広くていらっしゃる」
正妃は自分で決定、という尊大な態度にこの場では誰も文句など言わない。授業の話や食べ物の話、最近買った物の話に移った時、一人が「硝子の花飾りの靴、買ってしまいましたわ」と口にした。
「あら、婚約者から頂いたのではなく?」
「ねだろうかとも思ったのですが、子供っぽいと笑われるかもしれないと思って…」
「絵本の中の物なんて幼稚と言われてしまうとそうかもしれませんが、可愛らしいんですから良いですわよね。縁起も良いですし」
「靴や質の良い保湿水も話題ですし、マルシャン商会の躍進は目覚ましいですわね。あんな美貌を持ちながら格下に嫁ぐなんて愚かなことをと思いましたが、エイリーン嬢はなかなか見る目がおありだったのかも」
メオリーネは目を伏せて口元に笑みを浮かべてから、それを広げた扇で隠した。
「…アマデウス殿はうまくやったものですわよねぇ。彼がいなければあのエイリーン嬢がマルシャン家と婚約なんて有り得なかったでしょう」
メオリーネの意味深な言い方に少女たちは目を瞬かせる。続きを促すように注目すると、この場の主は声を少し潜めた。
「後ろ盾につくことを条件に、アマデウス殿はディネロ・マルシャンの発明を半分横取りしたのですわよ」
「まぁっ」
「なんてこと」
少女たちはそれを鵜呑みにした訳ではないが驚いた顔をして話に乗る。
「そうに違いないわ。利害の一致なのでしょうけどね。全く、未来の公爵夫の立場を利用してやりたい放題ね…こっそり金髪娘とも通じてるのではないかしら。歌姫なんて呼んでいるけれどどうせ全員彼の御手付きよ…ジュリエッタ様はなんってお気の毒!」
まあ~! 破廉恥な! 恐ろしい殿方ですわ~! なんて言って少女たちはきゃっきゃとこの場だけの無責任な噂話を楽しむ。
「そういえば貴方はお二人と同じ組でいらしたのでは?」
四年一組にいる令嬢が一人だけいた。その娘は「ああ…ええ、そうですわ」と少しぎこちなく答えた。
「ジュリエッタ様はアマデウス殿に骨抜きだというけど。やはり一方通行でお可哀想なことになっているの?」
「あー……」
「噂では仲は良いって聞きますけれど」
「でも“あの”ジュリエッタ様よ?」
「お化粧をなさってやっと仮面を外せるお顔ですものねぇ」
くすくすと笑う令嬢たちを前に、四年一組の令嬢は目を泳がせた。
「……内心がどうなのかはわかりませんけれども、表面上は、とても仲睦まじく見えますわ。アマデウス様はジュリエッタ様に本当に恋しているように見えますの…最初は驚きました。もう慣れましたけれど」
期待に沿えないことに申し訳なさを感じているように眉を下げて遠慮がちに笑う。
「そういえば、わたくしも少し前にエストレー侯爵家のお茶会で…」
他の令嬢が先日のお茶会で得た情報を話す。
※※※
その日のエストレー侯爵家のお茶会では、嫡男モルガンとシレンツィオ公爵家の次女ロレッタの婚約が改めて皆の前で発表され、祝福された。
親戚のタスカー侯爵夫人に付き添われて参加した、公爵の地位が決定している姉・ジュリエッタとモルガンに嫁ぐことが決まった妹・ロレッタ。二人は優雅に挨拶を済ませ、参加者一人一人の近況を的確に把握して話を振り、聡さを示した。
あまり顔を合わせたことが無いモルガンとロレッタはまだ少し距離のある様子で礼を交わした。
「貴く優秀なご令嬢がお相手に決まって、安心しましたわ。お恥ずかしながら息子は少し前まであまり真面目ではなくって…でも最近は心を入れ替えて励んでいるので、遊んでばっかりだったのはもう過去のこと、ロレッタ様をがっかりさせはしないと信じていますわ」
「母上、そう昔のことを皆様の前で仰らないで下さい…」
恥ずかしそうなモルガンと嬉しそうに周囲に笑顔を振りまく夫人、にこやかな公爵家の姉妹。
二人で――と言っても従者が少し後ろに同行するが――庭を周ってゆっくり話すように周囲に勧められ、モルガンがロレッタをエスコートして離れると、ジュリエッタに人が群がる。中立だったエストレー侯爵家が血縁になるのはシレンツィオ派の影響力がより大きくなることを意味していた為、多くがジュリエッタと誼を結ぶべく、もしくは弱点を探るべく虎視眈々と狙っていた。
ジュリエッタを囲んだ女性たちは祝いの言葉を投げつつ噂の婚約者、アマデウスとのことを聞きたがった。今回彼は同行していない。録音円盤によって流行の先端に立って荒稼ぎし、国中で薬局設立を先導し、王子妃争いでも暗躍していると噂される彼が参加したらロレッタの婚約祝いが霞むと考えたからだろう。
最初は当たり障りのない回答をしていたジュリエッタももう何度か顔を合わせている仲間に気が緩んだのか、恥ずかしそうに頬を染めつつ、
「そうですね……そろそろ口付けには、だいぶ慣れたかと、思いますわ…」
となかなか衝撃的な発言をした。
「最近彼との仲はどうですの?」と問われ、近くの人にだけ聞こえる小声でそう言ったのだった。
聞いた女性は『最近はどのような交流を?』という意味合いだったが、思いの外親密過ぎる答えが返って来た。数秒衝撃で空気が止まったが、すぐ「まぁ~~~~!!!」と歓声を上げ、それぞれの夫や婚約者との交流についてなどで話が盛り上がった。
※※※
貴族の婚約は義務的なものも多く婚前交渉はご法度である為、よほどお互いに好印象だったか恋愛を経て婚約したかでないと婚約期間に口付けにまでは至らないものだった。
「まぁっ…口付けまでしていて、しかも『慣れた』ですって!」
「もしや破廉恥なことまで既に済ませていらっしゃったりして…!?」
「うふふそれは流石にないでしょう、公爵令嬢よぉ?でも怪しい~!」
「やっぱりアマデウス様が手慣れてらっしゃるんでしょうねぇ」
「……ふうん、なるほど。シレンツィオ公からも信頼を得ているようですし、そういうところでの脇の甘さはないのでしょうね。大したものだわ」
アマデウスがシレンツィオ公にいたく気に入られているという話はタスカー侯爵夫妻が色んなところで言い触らしている。
褒める言葉とは裏腹にメオリーネがつまらなそうにそう呟いた為、彼女の機嫌が傾くのを恐れた令嬢たちが話題を逸らした。
※※※
「冗談じゃっ、ないわ!あのドブスがこれからずっと格上だなんて絶っっ対に嫌!!」
「――――っ!!」
「遊び人にころっと騙されてるくせに成績優秀?どう考えてもっ、わたくしより馬鹿でしょ!」
「ぅぅっ…ひっ…」
「そもそもアマデウスがっ、あの金髪娘の肩をもたなきゃわたくしがとっくに殿下の婚約者になってた筈なのに!!ああぁ~~~腹立つ!!!」
乗馬用の鞭で三発尻をぶたれたメイドは失神して床に転がった。控えていた女性治癒師が素早く治癒を施す。その治癒を数分待ってもう一度鞭を手に構えたメオリーネに、女性治癒師は「気を失っております」と感情を乗せない声で言った。
「一発ぶてば目を覚ますでしょ」
「……」
治癒師に壁の方に頭を向けて座らせられたメイドの背中に再び鞭が当たり、メイドは激痛に目を覚まし、謝罪を繰り返しながら泣き叫び、五発目で再び失神した。
「これ以上はわたくしの魔力が不足します」という女性治癒師の台詞に「もう?…まあいいわ、ちょっとはすっきりしたから。ちゃんと治すのよ、それ明日も使うんだから」とつまらなそうに手で下がれと命じ、溜息を吐きながらメオリーネはベッドに腰を下ろした。治癒師と護衛騎士が気を失ったメイドを抱えて部屋を出て行く。
メオリーネはシレンツィオ派に対して不満が溜まっている。
以前からコレリック侯爵家及びパシエンテ公爵家派閥は、カーセル伯爵家のシルシオンを始め何人かの派閥の令嬢をモルガンの婚約者に推薦していたが、のらりくらりと退けられついにはロレッタ・シレンツィオにその座を譲ることになった。相手が公爵令嬢では当然分が悪い。
王子妃の座も、影響力には自信があった為ニネミアではなく自分が選ばれると思っていた。しかし今になってコンスタンツェというぽっと出の格下が有力視され出し抜かれようとしている。
「いつの間にかうちの領民までがソヴァール嬢が王子妃になることを信じて疑っていないという。シレンツィオが後援にいる上にここまで知名度と期待が上がった相手に喧嘩を売るのは下策だ」と父・コレリック侯爵も最近になって弱気に転じた。
「――――あんな金髪が取り柄の小娘相手に、お父様まで及び腰になるなんて… 平民の人気なんてどうでもいいじゃない!! ――――ハァ…… …まだ、ニネミアだったらまだ、納得した。エイリーン嬢くらいに美しければ納得出来た。でもあれじゃあ納得出来ない、ブスに競り負けて頭を下げなきゃいけないなんて……本当無理……」
一方的に愚痴を溢しながら侍女が用意した果実水を飲んで寛ぐ。落ち着いたメオリーネはのんびりした口調で侍女に言った。
「ま、ユリウス殿下への輿入れが叶わなかったとしても、アルフレド公子だったら相手として不足無いわよね。王子妃よりは劣るけど公爵夫人なら悪くないわ。その為にはまだまだお一人でいてもらわなきゃ…ああ、シルシオンにまた発破をかけておきましょうか」




