サンドリヨンの靴
【Side:ジュリエッタ】
忙しく時は過ぎて、私たちは4年生になった。
私は試験で初めて学年2位に落ちた。アルフレド様に負けてしまった。今までも僅差だったので不思議ではないが、少し悔しい。来年は勝ちたい。
デウス様は7位を保った。彼は上がらなかったことを悔しがっていたが、正直円盤作りに演奏会の準備に薬草栽培計画の話し合いにとかなり忙しくなさっていた筈なので、変わらなかっただけでもすごいと思う。
ペルーシュ様が8位、プリムラが9位、ハイライン様が10位、11位にカリーナ、リーベルト様が13位。
以前プリムラはデウス様に負けたのが悔しかったようだが、今回は特にそういう様子はなく別のことを考えているようだった。婚約が決まったりして色々考えることが増えたのかもしれない。
プリムラとリーベルト様の婚約は無事整って、掲示された。
皆でおめでとうと言うとリーベルト様は照れていたが、プリムラは笑顔を作りつつ淡々としていた。リーベルト様の護衛騎士の内定を話すデウス様の方が嬉しそうなくらいだった。貴族の婚約は家同士が決めることも多いので粛々としていてもおかしくはないが、温度差があるように見えると少々気になってしまう。
春先にはコンスタンツェ嬢の円盤が発売され、教会にも寄付された。新作の円盤も続々と発売し、初夏には王都での演奏会。
夏は慈善公演がいくつもの領を渡り歩き、私も時間が許す限りは観に行った。何度かお忍びで潜り込んだユリウス殿下に遭遇することもあった。
少し町の様子を眺めるだけでも、彼が発案した薬草柄スカーフを身に付けた民が大勢いる。むしろ公演に来る人が全員付けているのではないかと思うくらいだった。それによって得られる一体感も観客が公演を楽しむ要素になっていることを感じて、ここまで上手くいくものかと感心してしまう。
※※※
ある日の放課後の食堂。珍しく皆時間があったのでお茶をして、少しお話していくことにした。
「そうだ、ジュリ様、『サンドリヨンの靴』をお贈りしたいのですが、よろしいでしょうか」
「!はっ、はい、勿論ですわ」
デウス様はぱっと嬉しそうに笑った。うう、可愛い。私が断る訳がないのに。
『サンドリヨン』は彼がコンスタンツェ嬢に物語性を持たせる為にと出版した絵本だ。
表向きはフォルトナ嬢が企画・出版したことにしてもらっている。デウス様が出版したとなると、コンスタンツェ嬢を持ち上げる目的が少々あからさま過ぎるだろうとネレウス殿下に止められたからだそうだ。
不遇な少女や少年が幸せになるという筋書きは小説などでは珍しくないが、今までの絵本というのは貴族の子供を教育する目的で作られたものしかなかったので、ちゃんと親の言うことを聞かないと神の罰が当たるとか、勉強しないと痛い目に合うとか、教訓が前に出ていた。サンドリヨンは教訓めいているところもあるが、娯楽性を前に出しているように思う。安くする為に紙は少々質が粗いが、綺麗な線と色が印刷されており表紙の絵も可愛らしい。それでいて今までの本よりずっと安価だ。
教会へは寄付しているし元が取れないのではないかと思ったが、大量に刷る体制が安定してきたので損失はほとんど出ていないという。例の事件の免税分で余裕で賄えると。
彼がバドル翁から聞いた元の話だと『硝子の靴』だったが、ディネロ氏に「硝子で靴??…無理があるだろう。耐久性も不安だ。実際に作れて、売れる物が良いのだが」と言われ話し合った結果、『硝子の花飾りがついた靴』で落ち着いたらしい。
最愛の人にサンドリヨンの靴を――…という売り文句で、マルシャン商会は恋人同士の結婚式や夫婦の結婚記念日の贈り物などに推奨していて、売れ行き好調。白い布張りのサンドリヨンの靴を男性が女性に贈り、履いて結婚式をするというのが巷の娘たちの憧れになっているとか。
普段使いには好きな布張りを選べる。最初は女性がお相手にねだって購入する例、男性がお相手に贈る例が多かったが、『この靴が運命の相手のもとへ連れて行ってくれるかも…』という宣伝文句も出て来て、自分で買ってお茶会に履いてくる令嬢も増えた。職人を確保し可愛らしい硝子細工の花飾りの種類を多く用意していたし、マルシャン商会は抜け目ない。
「それでは、三択なのですが」
「えっ?」
「一、普段使い出来るものを好きな布張りにしてすぐお贈りする。二、結婚式を待って白い物をお贈りする。三、両方。どれがよろしいですか?」
と、彼はにこにこしながら言う。
「まぁ、サンドリヨンを意地でも捕まえるという強い意思を感じますわね」
カリーナがそんなことを言って揶揄うものだから赤面してしまう。
「え、ええと……で、では、結婚式に白い物を贈って下さるという、約束を…下さいませ」
「承りました。二ですね」
照れながらも見つめ合っていると周りからの生温い視線を感じた。少し恥ずかしいけれど、約束は嬉しい。ここが家だったなら寝台で転げ回って喜んでいる。
「いいですわね~サンドリヨンの靴…婚約者が決まったらもう自分で買ってしまいたいですわ」
「婚約者に貰ったのかと問われたら笑顔で濁しておけばいいですからね」
「そうそう!」
カリーナとプリムラがそう言い合っているのを聞いていると、ふとリーベルト様の周りの空気が変わった気がしてそちらを見た。
「…プリムラ様だったら、どれがよろしいですか?」
「え?」
「三択では」
リーベルト様が真面目な顔でそう聞いた。プリムラは呆気に取られていたがじわりと頬を染めた。彼女の答えを期待して、空気に僅かな緊張が走る。
プリムラは何事も合理的に考えるところがあり、彼との婚約も将来を見据えた現実的な選択であった。その為気持ちは特に無いのかもと思っていたが、時折気付かれないようにリーベルト様の姿を窺っている顔は何かを期待しているようにも見えた。
黙ってしまったプリムラにリーベルト様は不安そうに眉を下げてしまったが、彼女の性格的に、好ましく思っていない方にあんな質問をされたらもっと白けた顔になると思う。だから自信をもっていいと思うのだが…。
「…失礼、少々気が早かったですね」
「そうだぞ、リーベルトのくせに生意気な」
リーベルト様が少し残念そうに笑い、ハイライン様が空気を和ますように茶化した。それに乗ったリーベルト様も笑って言い返す。
「ハイライン様はまだ決まったお相手もいないくせに」
「私は慎重なだけだ、それに…当てがない訳では…」
「えっ!ハイライン様ついにお相手が…!?誰ですか、私の知ってる人?」
「うるさいアマデウスにだけは教えん」
「なんで私にだけ?!」
男子がわいわいと話題を変えていくのを見つつ気まずそうに黙ってしまったプリムラをカリーナは心配そうにしていたが、私は何事もそつなくこなすと思っていたプリムラの不器用な面を見て少しだけ微笑ましく感じてしまった。
「カリーナ様はいかがです?」
「……はぇっ?」
「三択では」
アルフレド様がいつもと変わらない精悍な真顔で、カリーナに問うた。
サッと視線を送って静止するペルーシュ様とハイライン様。デウス様とリーベルト様は目を丸くして停止した。静かになってしまった中でカリーナが戸惑ったように首を傾げる。
「え、えーと、わたくしも、贈って頂くなら二…ですかしら。そういう記念品はいくつもあるよりは一つだけの方が個人的には良いですわ」
「なるほど」
その場の者はアルフレド様の発言の意図をはかりかねていた。
彼は自身の立場を自覚していらっしゃるし、こういう誤解を生みそうな発言をしたことはなかった。今までは。
「も…もー!アルフレド様ったら、そんなことを仰ったらわたくしに気があると思われてしまいますわよ!?人気がおありなのですから発言にはお気をつけあそばして!」
「…ああ、そうですね」
笑い飛ばしたカリーナに、微笑むアルフレド様。そのどちらの笑みにも憂いが含まれているように見えたのは気のせいだろうか。
※※※
「悪気は無かったのだと思いますが少々無神経だと思いますわ。ジュリ様もプリムラもそう思われませんこと?」
次の日の放課後、カリーナとプリムラと三人で小さなお茶会室を借りた。帰るとすぐ夕飯なのでお茶だけにしたが、不満げに口を尖らせたカリーナがお茶に砂糖をどばどばと入れている。お茶菓子も付ければよかったか。
「いえね、あの中の女性でわたくしだけ三択を訊かれないのは不憫だと思われたのかもしれませんが…アルフレド様が訊くのは誤解を招くでしょう。そういうことはよくよくわかってらっしゃると思っていたから、驚いてしまって」
「ええ、当然ですわ。なのでわたくしは、アルフレド様はカリーナとの縁談を意識してらっしゃるんじゃないかと思ったのですけれど…そういうお話は出ていませんの?」
プリムラが訊くとカリーナは困ったように眉を下げた。
「まさか!アルフレド様に釣り合うなんてうちの両親も思ってませんわ」
「そんなことはないでしょう。カリーナが一番相応しいと思っている方は多いですわよ。身分も釣り合いますし、社交上手ですし…」
アルフレド様は高い身分の上に明晰な頭脳、優秀な剣の腕、極上の容姿という非の打ち所の無い方の為、敬遠してしまう令嬢も多い。積極的に迫ってみたとしても手応えが無いと思ったらあっさり諦めたり、玉砕するくらいなら遠くから眺めているくらいが丁度良いと思われていたりする。…あまり女性に興味を示した様子を見せないのも要因か。噂になるのを避ける為だろうけども。
「それは皆さんが軽口を叩いているだけですわ。わたくしはフォルトナ嬢の方が相応しいと思いますが…」
確かに、光加減で金にも見える象牙色の髪を持ち、美しく頭も良く、自由奔放なところがあるが明るい彼女だったら、アルフレド様に釣り合うと皆思うだろう。
「でもフォルトナ嬢は自領を出たくない方ですからね…」
フォルトナ嬢の家系ヴィーゾ侯爵家は学者気質の者が多い。彼女は第四子だが跡継ぎの長姉の下の男子二人は王家直属の研究室に勤めている。研究三昧の生活を送っているらしく、フォルトナ嬢も兄たちのように暮らすことを望んでいる。現在印刷の分野に興味を強く持っており、それらの事業を自領で盛り上げていきたいそうだ。周囲も彼女の希望を知っているので他領に嫁ぐとは思っていない。本人も自分の仕事に理解のある婿を迎えたいと公言している。
「釣り合うかどうかは関係なく、カリーナとしてはどうお思いですの?わたくしはあの発言で、カリーナがアルフレド様を悪く思っていないかどうか、彼が確かめたのではないかとも思うのですが」
「ええっ!?そ、それは深読みし過ぎですわよ…その、プリムラこそどうですの?リーベルト様のお気持ちに…あの後ちゃんとお答えしましたの?」
「そ、それは……まだですけれど」
「何かしら答えないとお可哀想ですわよ、そう思われません?ジュリ様」
「だって、機を逸してしまいましたし…今更お伝えしても逆に変に思われるのではないかしら?ねえ、ジュリ様」
二人の攻防をただ聞いていた私は急に矛先が向いてきて驚いた。
「えっ?!わたくしに訊かれましても…」
「今恋人がいらっしゃるのはジュリ様だけですもの」
「ええ、ジュリ様に判断して頂きたいですわ」
そ、そんな。恋人がいるといってもデウス様は少々普通の男子とは言い難いところがあるし…私に他の方の恋愛のことなどわからない。しかし私が悩んでいた時に二人には話を聞いてもらったのだし、何かしらちゃんと答えなければ。
「ええと…プリムラの場合は、手紙を出すのはいかがでしょう。『あの場では答えられなかったけれどいずれちゃんとお返事します』という文面をお送りしておくだけでも、悪く思われてはいないと感じるでしょうし、リーベルト様は気が楽になるのではないでしょうか」
「…そうですわね。そうします…」
「カリーナとアルフレド様に関しては、まだ憶測の域を出ませんから…深く考えるのは実際にそういうお話が出てからでもいいのでは」
「そ、そうですわよね!」
二人が納得してくれたようでほっとする。
容姿的には一番縁談に苦労する筈の私が、円満な恋人がいて、それ故に相談を振られるなんて……奇妙なこともあるものだ、と改めて思う。
そして、プリムラがリリーナ嬢から聞いた情報だとハイライン様のお相手と思われる方はムツアン子爵令嬢アルピナ様らしい。彼女は“アマデウス様を信奉する会”の会長で時々お話しするが、ハイライン様と良い感じになっていたとは全く知らなかった。それにデウス様贔屓の“信奉する会”の令嬢をハイライン様はあまり好まない気がしていたので、意外だった。デウス様に教えたらハイライン様は嫌がるだろうか。訊かれたら教えてしまうけれど。
現実は時に物語よりも不思議なものだ。
第三回アイリス異世界ファンタジー賞において銀賞を頂きまして…書籍化して頂けるらしい…です…。
まだ ほんとなのか…? と疑っていて実感がないんですが(※ちゃんと連絡はもらってます)有り難いお話で驚いてます。評価やコメントを下さったり閲覧して下さった皆様のおかげが大きいと思います。厚く御礼申し上げます!
進捗がありましたら報告させて頂きます。




