得心
【Side:ジュリエッタ】
違法媚薬事件の沙汰を受け取ってすぐの休日、早急に私とお父様に話したいことがあるとデウス様から申し出があった。
彼がネレウス殿下と直接会って顛末を聞いたことは知っている。その時に何か問題があったのだろうか。シレンツィオ邸の方に来て頂くことになった。
護衛や侍従も部屋の外に下がらせ、お父様と私と彼だけの席を用意する。
彼曰く。
ネレウス殿下は人の魔力の多さを感じることが出来、私が聖女だと気付いていた。
民や教会への影響力が絶大である為、王族関係者の聖女への執着は殊の外強い。
だがお父様も私も、王家への輿入れを望んでいないことはわかっている。ネレウス殿下は公爵家と王家の諍いを避ける為に“代役”をさがしていた。
そして見つけた聖女になれる器、それがコンスタンツェ嬢。
私の半分くらいらしいが、かなりの魔力を持つ彼女をユリウス王子に近付けて親密にして、聖女として認定し輿入れさせるつもりだった。
だがコンスタンツェ嬢が妃になっても王家は益が少ない。本物の聖女は私であるともう知られているし(王家関係者と教会の極一部だそうだが)、何とかして公爵令嬢の私を王家に縁付けたい派閥が今回の事件にも関わっていた……という。
「聖女となったコンスタンツェ嬢に足りないのは身分と後ろ盾ですが…そこを何とかして彼女が王妃に収まれば、ジュリ様と私にちょっかい出されることはなくなると思うんです。なので、私はコンスタンツェ嬢を王妃の座につくに値する人として演出してみようと思っています」
彼の考えている計画を聞いてから数分は頭の中がぐるぐるとしてしまった。
お父様は思考を巡らせているようにじっとしていたが、私よりも早く整理出来たようで「ネレウス殿下とユリウス殿下の了承は得られるとのことだが、スカルラット伯には?」と彼に聞いた。
「許可を頂いています。王都とスカルラット領では滞りなく公演出来ます。他の領の関係者に話を通すのはこれからですが…。赤字になる可能性は高いんですが、今回の免税で浮いた金を好きに使って良いと言って頂きました。資金繰りが難所だったのでこれは降って湧いた幸運です」
降って湧いた訳ではなく酷い目に遭った慰謝料なのだが、彼はもう全然気にしていないように笑った。引き摺っていないことは良かったと思うが切り替えが早過ぎて少し心配になる。実は溜め込んでいるものがありやしないかと。
「…悪くない。全面的に協力を惜しまん」
愉快そうに口角を上げたお父様が了承し、私も「そう、ですね…利益を上げる人気歌手にすることで、デウス様とわたくし、ひいてはシレンツィオの後援があると明確になる点は確実ですものね。出来上がった薬局が杜撰なものにならないように、王家の監査を入れるような形にした方がいいのかも…?」と考えを口に出した。
「確かに。ネレウス殿下に相談してみます」
「わたくしも、慈善公演にご協力頂けるように知り合いのご婦人方に手紙を用意しておきますわ。王都の公演が終わったらすぐに出せるようにしておきましょう」
「助かります!まずソヴァール領とマルシャン領にお願いするつもりでして、他は…――」
この時はまだ具体的な想像が出来ず、ひとまずコンスタンツェ嬢が人気歌手になってくれれば、派閥の貴族や“信奉する会”と結託して何とか出来るかもしれない…と思っていた。
まさか彼の予想通り、いや…予想以上の民の熱狂と喝采が彼女を包むことになるとは、―――夢にも思っていなかった。
「ジュリ様…実はまだお話ししなければいけないことがありまして」
話がある程度まとまって、父は退席し私と彼は庭の東屋でお茶することにする。日差しは適度に柔らかくて風が気持ちいい。
馬車の中ほど近くには寄れないけれど、給仕が下がれば二人になれる。そこで彼が真剣な顔で話し出した。
歴史の中で秘匿された“黒い箱”の存在と、それを封印する予言者と聖女の話。
予知した未来での聖女は私だったが―――成功する未来が視えなかった為、予言者であるネレウス殿下は他の聖女候補をさがした。そして今、コンスタンツェ嬢とユリウス殿下の魔力を合わせての封印を企てている。
「先程ティーレ様の前で話したのは嘘という訳ではないのですが、ネレウス殿下から指示された建前です。…“黒い箱”に関しては極力洩らしたくないらしく…。話していいのは、聖女であるジュリ様にのみだと」
成功する未来が視えなかった… どうして。私は、何が駄目だったのだろう。
それに関しては詳しくわからないと彼は言ったが、何となく、私に隠していることがある気がした。言えないことなのか、言いたくないことなのかもしれない。
疫病や魔物の大発生に、元凶があった。
全部が“黒い箱”のせいではないのだろうが、歴史の厄災のいくつかは、聖女が封印に失敗したせいで世に出た。
人が――――――大勢死んだ。
「…その封印を、コンスタンツェ嬢は…出来そう、なのですか?」
「この調子でいけば成功率は高いと。でも万が一の為に…ジュリ様には、封印の場に立ち会ってほしいそうです」
「ええ、…それは、勿論。出来ることがあるなら、ですが…」
そんなに『聖女』という肩書が欲しいのなら捏造すればいいのに、王家なら出来ないことはないだろうに… と頭の片隅で思っていたのだが、そういう誤魔化しのきかない重大な事象があるのなら捏造も出来まい。教会という組織は王家や貴族に謙りはするが、信仰に関しては頑固者揃いなのだ。実際に封印した者しか聖女とは認めないだろう。
……今までの失敗の詳細が知りたい。本物の聖女でも失敗したことがあるのだろうか?本物でも魔力が足りないことがあったのか、失敗したのは代役の聖女だったのか、それとも予言が上手くいかなかったせいなのか……
デウス様に振られて、デウス様の恋人を殺して、自己嫌悪して、生きる気力をなくして――――――
あの悪夢はもしや本当に予知夢だった?
私が自害するせいで、封印が上手くいかない?
「ジュリ様」
ハッとして意識を目の前に戻すと彼が私を見つめていた。
「はい…」
「誰が何と言おうと、聖女になろうと、俺はジュリ様の隣にいます。ずっと」
新緑の瞳に曇りの無い意思をのせて、いつも私を真っ直ぐ見つめてくれる。
冷えていた指先に血が通い始めた気がした。そっと手を伸ばすと彼が握ってくれる。机の上で指先を温め合っていると、何も悪いことは起きないと思えた。悪いことが起きてしまったとしても、彼が隣にいてくれるなら。
……私が絶望することは無い。
そう思えた。
※※※
その後、アナスタシア王女は正式にクレスタール辺境伯嫡男ロレンスと婚約し、暫くクレスタール領で静養すると王家から発表された。
謹慎を静養ということにしたか。婚約を早急に整えたのは王女への罰か、それとも王女の望みかはわからない。
ロレンス様は王女殿下に付き添うらしく、半年の休学の申し出。
ヤークート様は違法薬物の売買に関わったとして退学、修道院へ。イリス嬢は何か大きな失敗をして王族の不興を買い、侍女候補から外された…ということになっている。
私が丁度いなかった時にロレンス様はデウス様に謝罪に来たそうだ。休学の直前。
「反省していらっしゃいましたの?」
「ええ、私も驚きましたが、しおらしかったですよ。ちゃんと王女殿下に想いを伝えたみたいですし…」
「…デウス様は、許すのが早過ぎると思います」
王女殿下の執心も、ロレンス様の無礼も、もうすっかり意に介していないように見えたのでそう言うと彼はこともなげに言った。
「だって、まだ子供ですし」
時々彼は年齢にそぐわないことを言うのだが、この台詞もその一つだ。一つか二つしか違わない相手を、まるで年の離れた小さい子のように言う。器が大きいというのか、無頓着というのか…。
「…わたくしのことも子供だと思っていらっしゃいます?」
まだ怒りを燻らせている私のことも子供っぽいと思ってらっしゃるのかと拗ねて見せると、彼は少し慌てた。
「えっ?そんな…ことはないですよ」
思っていそうな反応だった。成人はしていないけれど子供と思われるのは不満を感じてしまう。
「わたくし…もう子供ではありませんわ」
「ぅッ…!」
何故か彼は小さな声で呻いて顔を手で覆った。「モェ…」と謎の単語が漏れた。
「えっ?どうされました?」
「い、いえ、何でもありません…うん…正直に申し上げると…いややっぱり何でもないです」
「怒ったり落ち込んだりしませんので、仰って下さいまし」
「…~~~あ~…のですね…ジュリ様に限っては、子供だと思っておかないと…破廉恥なことをしたくなるので…誘惑しないで頂けると助かります…」
指の間から見える顔が赤い。目を泳がせながら申し訳なさそうに告げられたそれを理解するのに十秒ほどかかってしまった。
「そっ……そうでしたか。失礼致しました」
「いえ、こちらこそ…」
「そんなこと、…その、愛しい方にそう思って頂けるのはむしろ光栄と申しますか…」
私は何を言っているのか。光栄はちょっとおかしい。
でもそういうことなら……とすっかり怒りを忘れて機嫌が良くなっている自分に、やはりまだまだ子供で間違いないのかもしれない、と呆れた。




