誰そ彼
「王女アナスタシアとスカルラット伯爵令息アマデウスの名誉を貶めようと企んだとして、ラングレー侯爵令息ヤークートを捕らえた」
夕闇が迫る神殿の中。
だだっ広くていくつものテーブルが並んだ、日本でイメージする結婚披露宴会場みたいな場所だった。お茶会とかの催しに使う所だろう。その中央にある一つのテーブルに、俺とネレウス殿下、そして何故かコンスタンツェ嬢が座っている。まだ灯りをつけずとも窓からの光で周りが見えるが、日差しは橙色をしていた。
護衛騎士や従者は入り口の扉付近で待たされていた。こちらを見ることは出来るが会話は全く聞こえない距離。
違法媚薬事件の沙汰に関して、一足先に謝罪も兼ねて話しておきたいと通達が来てここに案内された。
促されるまま着席して、用意されたお茶を一口飲んで給仕が離れていき、一息ついたところに端的に告げられたそれ。
「ヤークート様、が…?」
「全体の計画を立て、違法薬物を用立て、アナスタシアを唆したのがヤークートだ。北の修道院送りとなる。ラングレー侯爵は役職を降格。アナスタシアは半年間の謹慎と今後アマデウスへの接近禁止。イリス・モデストは魔術師の手配と学院騎士団員の買収の罪があるが、媚薬は合法のものを使うと思っており、計画に協力したのもアナスタシアに命じられてのことだった。王女の侍女候補からの解任と半年間の謹慎、母親である宮廷侍女長の罷免を処分とした」
…何でヤークート様が俺を陥れるようなこと…?
と顔に出ていたのか、ネレウス殿下が睫毛を伏せて紅茶を一口飲み、ふう… と溜息を吐いてから話し出した。
『アマデウスさえ…あの男さえいなければ、ジュリエッタ嬢をユリウス殿下の妃に誘導することも難しくなかった筈だ……宰相閣下の期待に応えられず無能の誹りを受けることもなかったんだ…! あいつさえいなければ、エイリーンだってマルシャンなんぞと知り合うことはなかった!!エイリーンを元平民風情に奪われることもっ…!!! …可哀想な醜女を口説いただけで次期公爵夫の座に納まって偉そうにしやがって… 全部、全部アマデウスが悪いんだ!!! あいつさえいなければ全部うまくいってたのに!!! アナスタシア様まであんな男に誑かされて…あそこまで馬鹿だとは思わなかった… …媚薬に踊らされたあいつが手に入れた地位を失くすところを見て、笑ってやる筈だったのに…!!!』
―――と、そんな供述があったらしい。淡々とした口調でネレウス殿下が教えてくれた。
抑揚は俺の脳内補完である。
ディネロ先輩とエイリーン様の馴れ初めは、特に隠してもいないし色んなお茶会でエイリーン様も話したからもうほとんどの人が知っている。
俺の紹介で知り合って、図書館で親交を深めて… …そこで恨まれてたとは。
確かに、二人は俺が引き合わせてなければ知り合うことはなかったかもしれない。
……ふと、俺ではない“アマデウス”が生きた世界線では、エイリーン様はヤークート様に嫁いだのかもしれない、なんて思った。嫁ぎ先候補としては最も将来有望で、有力だっただろう。
(あ、でも流行り病で国がヤバい状況だったし、婚約とか結婚とかそれどころじゃなかったかも…?)
それにしたって俺のせいにされても困る。紹介したっていっても仲人って訳じゃないし。勝手に仲良くなってたんだし。正真正銘八つ当たりだ。まあ、それはヤークート様も自覚してたかもな…。八つ当たりとわかっててもなかなか鎮められない感情はある。
…宰相はジュリ様をユリウス殿下に嫁がせたい意向だったのか。それを指示されて、失敗して、ヤークート様は…
「ヤークートには余罪もありそうだ。繋がっていた薬師が違法薬物をいくつも製造・売買していた。取り調べは暫く続ける予定だ」
…そういえば、リーマス・レナールがマリアを返せって突っかかってきた時…様子がおかしかったからもしかしたら薬を使われてたかも?ってジュリ様と話してたな。アレもヤークート様の仕業か…?
「国王陛下もアナスタシアを危険に晒したことでひどくお怒りになり、貴族籍から除籍の上で監獄送りにしようとしたが…兄上が懇願して、修道院送りに留めた」
ユリウス殿下にとっては、側近候補で長く近くにいた人。友人といっても差し支えないだろう。修道院と監獄だと環境も生存率もかなり異なるだろうし減刑を望むのはわかる。
…でもなぁ…。
「王家からは謝意としてシレンツィオ領・スカルラット領に対する免税措置を行う。君とジュリエッタが結婚するまでのこれから三年間、非常時税を免除とする」
このウラドリーニ王国の貴族が王家に支払う唯一の税金が『非常時税』である。王家が領主として認める代わりに貴族は他国と戦争が起きた際に軍事力を提供する義務があるが、ここ何十年か近辺の国との関係は落ち着いており各領地からの軍事力を王家が必要としなかった。その為王家は軍事力が必要ない年は代わりに税金を取ることにした。反発もあったが二十年ほど前に導入が決まり、それぞれの領地の税収の一割が王家に納められ、王都の騎士団や教会の諸経費になっている。
税収の多いシレンツィオと最近伸びているスカルラットの非常時税を三年も失うのは王家としてはかなり痛いだろう。
「しかし、だ。被害者の君としては納得いかないところもあるだろう」
ちょっと複雑、と思ってたのを見透かされたのかとドキッとする。ネレウス殿下が無表情でじっと俺を見た。
「…まぁ、でも、不満という訳では…ないですが」
三年もの免税で王女殿下のことに関しての謝意は充分伝わる。シレンツィオ公とスカルラット伯の怒りを治める為とはいえ思ったよりでかい金額の慰謝料だなとビビった。
修道院とはいうが送られるのは貴族向けの牢屋であるとわかっている。減刑されたって聞かなきゃ普通に納得してたんだが…。知らんうちに加害者の刑が軽くなってるのちょっと釈然としないよな被害者としては。
「わざわざ裏事情を話したのは、君に是非を問う為だ。ヤークート・ラングレー、イリス・モデストの処分に不満ならば君には選ぶ権利がある。この両名に関しては貴族籍から除籍し、監獄送りにすることも可能だ」
「…へっ?沙汰はもう決定したんでは…」
「陛下は一旦保留している。君が望むなら量刑を変えると仰せだ」
……いやそんなこと俺に決めさせられても困る!!
―――――ああ、俺が納得してないと周囲も治まらないだろうから、俺に選ばせることにしたのか。減税+その二人は好きにしていいから王女殿下のことは勘弁してくれって感じかな…。
「でも、私が決めたりしたら…」
「ああ、安心したまえ、刑を決めたのは陛下ということになる。君が決めたと周りには知られない」
ユリウス殿下やイリス嬢の周囲に俺が恨まれることはない、か…。
うーん……日本でたまに聞いたみたいに、○○以下の懲役・罰金…とか制限がちゃんと決まってないんだよなぁこの国の刑法。過去の判例を参考にしつつその場その場で決まったり身分で変わったりする。ある程度裁く側の自由が利いてしまうのだ。
「……先程聞いた通りの処分でよろしいかと存じます」
少し考えた後、ネレウス殿下にそう伝えた。
ジュリ様との将来を台無しにされそうになったのだからもっと怒っていいのかもしれない。
でも、王女殿下とイリス嬢はなんだかんだ俺を害する気は無かったんだしな…。独りよがりで傍迷惑この上ないが彼女らは俺が彼女らの色仕掛けを心底嫌がるとは思ってなかったのだ。勿論反省はしてほしいがこれ以上処分を重くしようとは思わなかった。
ヤークート様は修道院ならまだしも監獄送りになったら流石に家の人が保釈金払うかもしれないし。それで出てきて逆恨みされても怖い。
それに、『ヤークート様が監獄送りにならなかったのは実は俺のおかげもあるんですよ…?』という手札をユリウス殿下に対して持っておくのは悪くない。何か王家に頼みたいこととかがあった時使えるかもしれない…。
そういう打算も込めて俺は量刑に変化は求めなかった。
「…承知した。今回のことは王家の一員として申し訳なく思っている。僕からも謝罪する」
ネレウス殿下は静かに頭を下げた。そのまま静止。俺が「あ、ええ…お受けしました」と言うとゆっくり頭を上げる。
王族に頭を下げられるってのは結構、重いのだ。焦る。
女装してたりジークにちょっかい出したりイカサマ勝負仕掛けて来たりと妙な王子だけど…俺が騎士から疑われてた時フォロー入れてくれたりティーレ様たちにも協力的だったり、思いの外親切でイイ人のような気がしてきた。
でもだからといってジークとそういう仲になってもいいよ!とはまだ俺としてはなりませんけどもね…まだそこまでは好感度足りてないですけどね…?…ところでこれコンスタンツェ嬢に聞かれてていい話だったんか?何でいるのか聞いていいかな…でも何でここにいるんですか?なんて聞きづらいな… ―――なんて、気を逸らしていたら。
「それはそれとして、訊きたいことがある。――――――君は、誰だ?」
頭を上げたネレウス殿下に、鋭い切っ先のような視線を向けられた。




