その日の公爵家で
【Side:レアーレ】
「…また来たのか。暇なのか?」
休憩のついでに応接室に来たといったふうのティーレが私の前に座る。
「茶会に出発する前のジュリエッタに声をかけようと思ってな。暇ではないが最近息子に引継ぎを進めているから時間がある」
今日、ジュリエッタは学院から帰ると着替えてすぐにエストレー侯爵夫人主催の茶会に向かった。
ロレンツァが休養中(ということになっている。実家で大人しくさせている)の為、ジュリエッタが積極的にシレンツィオ公爵家の社交に出ようと頑張っている。あの引っ込み思案だったジュリエッタが。強くなってくれた。
その茶会にはジュリエッタが小さい頃から度々交流しているタスカー侯爵夫人…妻も参加している。出発前に少しだけ話したがジュリエッタも心強いと言っていたし、妻がある程度フォローしてくれるだろうからそこまで心配はしていない。
「アマデウスとは変わらず仲良くやってるようで良かった。あれもますます有名になったからな、ティーレも心配なのではないか」
元々天才ともてはやされていたアマデウスは録音円盤の発明でますます注目されることになった。ジュリエッタへの気持ちは本物だったとはいえ元々女好きだという話だし、まだ若い。調子づいて浮ついてもおかしくはない。
「そこまで案じていない。見張りも付けているからな。見るか?ジュリエッタがアマデウスに付けた護衛騎士の報告」
ティーレは机から書類を引き出して私に差し出した。
シレンツィオ騎士団からアマデウスの護衛騎士に異動した女騎士セレナ・バーリントの報告。
ざっと目を通すと『勉強食事以外の時間はほぼ楽器の練習や楽譜の作成に費やす。時折新しく入ったメイドが彼に好意を寄せ部屋に忍び込もうと企むが、ベテランのメイドや侍従たちが抜け目なく阻止してクビにしている様子。彼は気付いていない。放っておくと延々と部屋に籠って楽器を弾いている。部屋から出てくれないとこちらの体も鈍ってしまって仕方がないので健康の為にも外で運動するように度々進言している。以上』という感じだった。
姿を見せないように付けている護衛からの報告も大体似たような感じで、疑わしいこと全然無し。時折アマデウスの音楽への情熱や人柄への賛辞が並んでたりするそうだ。報告書に必要ないことを書くな。
「まあ、学院での見張りからの報告では…少々気になることもあったが」
ジュリエッタもまだ知らないが、学院の生徒に公爵家直属の影の家系の者がいる。何かあればそこから密かに報告も受ける。まだ子供なので護衛は務まらないが情報を流すことは出来る。
貴族学院は王家の管轄。流石に警備は厳重で、よその影が入り込むのは難しい。家の影が中で捕まってしまったら王家から責めを受ける。その為学院の中のことは影の家系の子に報告をさせる。代々密かに仕えてきた忠誠心の強い家来一族を持つ上位貴族しか出来ない手だ。
「何だ?そこまで言ったなら教えろ」
「ジュリエッタは大事にしたくなくて私に黙っていたようだが…アナスタシア王女がなかなかあからさまにアマデウスに好意を寄せていたらしい」
「は?…… ―――はっ?!!?!お、おうじょで……は???…嘘だろ?」
美しくて有名なアナスタシア王女が…!?
姪には悪いが“そんなの勝ち目がないではないか”と思ってしまった。…が。
「…だが少しも靡かなかったそうだ。少しも、だと。アマデウスの理性には感心する…というか、今まで彼に私は感心したことしかない気がする。母親が毒婦だったこと以外に何か欠点はあるのだろうか……」
ティーレがしみじみと真顔でアマデウスを褒めた。
…昔、私の妹・ジュスティーナのことを一度こんな風に褒めたのを聞いたことがある。『彼女は魅力的で完璧過ぎて困る。少々体が弱いこと以外に何か欠点はあるのか?』みたいな。何を考えているかわかり辛い奴だが、それを聞いた時初めて私はこいつに親近感を覚えたのだった。
こいつ、そんなにアマデウスのこと気に入ってたのか……。
「……武術は全く出来ないところ、とか?」
「兵法は学んでいる必要があるが、大した問題ではなかろう。騎士が守ればいい」
魔力がかなり多いという話だったから、攻撃魔法や護身魔法を身に付ければその辺は埋められるしな。シレンツィオ騎士団の統率はジュリエッタがやるだろうし。
「まあ、そうだな…しかし王女殿下ほどの美少女にも靡かないとなると、…実は女に興味が無かったりしないか…?」
「自白薬の時のことを忘れたのか」
「ああ、そうだった…」
“ジュリエッタとそういうことをしたいが我慢している”とぺらぺら語っていたんだった。
ティーレやジュリエッタにとっては理想的な婿過ぎて現実味がないと思ってしまっても無理はない。
ここにきて『裏があるに違いない』と決めつけ自白を望んだロレンツァとロレッタの気持ちによくよく理解が及ぶ。勿論私は罪を犯してまで暴こうなんて考えないが。
変わってる。本当に。
まるで、神様がジュリエッタに用意してくれた奇跡のような男だ。
少し前からロレッタとエストレー侯爵令息モルガンとの婚約話が持ち上がっている。
モルガンは王女殿下の婚約者候補だが、遠縁で友人のクレスタール辺境伯令息と争う気はなく辞退する予定とのこと。王女とクレスタールの婚約が固まるのを待ってからシレンツィオとの話を進めたい意向だ。と、なると来年か再来年くらいに実現するかもしれん。
モルガンは悪ガキで女癖が悪いとは聞くが、生活態度は最近マシになってきたらしい。小耳に挟んだ話だと国宝級美少女エイリーン嬢相手に失恋してから少し真面目になったとか。顔はなかなか良いし次期当主、ロレッタにとっても悪い話ではない。
ロレッタはあの自白薬事件から随分大人しくなり、習い事にも真摯になった。以前は生意気な部分が目立ったが謙虚になったし、この調子で励めばどこに出しても恥ずかしくない淑女にもなれるだろう。
モルガンは嫁や妾を何人も囲みそうなところが懸念材料だが…。
「その他今気になるのは…宰相の一派辺りが、まだジュリエッタを王妃に据えることを諦めていない節があることだ。ユリウス王子の寵愛している娘…ソヴァール嬢の身分や後ろ盾が足りず、やはり高位貴族の娘が正妃に欲しいと。妃候補に挙がる娘はどうも全員気位が高く、ソヴァール嬢の身を案じてユリウス王子は誰も選べずにいるようだ」
「ソヴァール嬢か…少々礼儀作法に危なっかしさはあるようだが、平民目線で貴族として動こうという意思が見える所は評価出来るし…身分がもう少し高ければ支持も集まったと思うんだが」
王子妃候補ということで軽く情報は集めた。平民の生活環境向上が望める薬草栽培計画に興味があるらしく最近アマデウスの義姉・マルガリータに付いて王立研究所に話を聞きに行ったりしている。
「ジュリエッタはソヴァール嬢を庇ったこともあるし、あの子であれば王妃に相応しくソヴァール嬢とも上手くやれるとユリウス王子や周囲が考えていてもおかしくはない。…王女の誘惑も、アマデウスに心変わりさせて婚約を破棄させようという企みの一つだったのではないか…それを見抜いてアマデウスはきっぱり拒んだのではないか?…と、私は考えていた」
「…有り得ないとも言えんな」
だが結果的に王女殿下ほどの美少女を拒んで見せたのだ。企む者共もアマデウスを落とすのは容易でないとわかっただろう。
それなら今さほど案ずることはない、というのも納得だ。
――――――――――――と。思っていた矢先。
話を他愛ないものに切り替え、茶を飲んで寛いでいた所に伝令が駆け込んできた。
荒い息を整えながら跪き、ティーレに紙片を差し出す。素早く紙を開いて視線を走らせたティーレは眉をぐっと寄せた。一瞬で剣呑な空気を纏った義弟に気圧される。何だ?何があった?
紙の切れ端に何か走り書きしたと思うとそれを伝令に「至急、スカルラット伯へ」と渡し、侍従に外出用の上着を持ってこさせる。
「学院に向かう。…何か役に立つかもしれん、レアーレも来い」と言って早足で扉へ歩いた。
「え…今から貴族学院に?」
ひとまずただ事ではないと思い追いかけて共に馬車に乗り込んだ。
目で何故だと問いかけると、低い声で答える。
「護衛に付けていた影からの知らせだ。アマデウスが負傷した」
兄か弟かで漢字が変わることを結構最近知りまして、レアーレを叔父→伯父に書き換えたりしてます。
イイネやコメント等、いつもありがとうございます!返信返しそびれることもありますが全部喜んでおります。




