王女のお茶会③
【Side:ドロシー】
素気無く置いていかれた殿下は呆気にとられた顔からだんだん泣きそうな顔になった。
私はあわあわして体を離し、「し、…失礼致します」と部屋に逃げ込む。マリシアとジュリエッタ様は…まだ戻っていない。アマデウス様は席に戻って何食わぬ顔でディネロ氏とエイリーン様と談笑している。
ちらちらと視線をやってロレンス様に目で訴えると、ロレンス様はアマデウス様を一睨みしてからバルコニーへ出た。
ふう、よし、上手く宥めてくれるといいんだけど…
と思った数十秒後にロレンス様は部屋に戻ってきて、アマデウス様の背後に立った。鬼のような形相にアマデウス様以外ぎょっとして肩を揺らす。
「廊下に出ろ、アマデウス」
「…はい」
アマデウス様はしれっとした顔のまま同意して廊下に連れ立っていく。
え、殿下は? 何で廊下に出るの???
慌てた私はカーティスに目を遣るが、彼も動揺していてバルコニーと廊下に交互に視線をうろつかせる。
イリス嬢は不機嫌そうに眉を寄せていたがバルコニーの殿下を気にしているようで特に場を動こうとはしない。
「…様子を見てくる。君はここに」
エイリーン様にそう言ってディネロ氏が廊下に向かった。私とカーティスは便乗してついて行く。
「…どういうつもりだ。アナスタシア様に何を言った」
「そこから?それを聞いてこなかったんですか?」
確かに。
聞いてないのか。何も聞いてないけど殿下が悲しい顔をしていたからカッとして問い質しに来たってこと…?
え~~~~…何があったかくらい確認してから絡みましょうよ…。婚約者候補なんだから今は優しい言葉をかけたり気を遣う所では?真っ先に恋敵に喧嘩をふっかけに来るって…。
「煩い。何をした。アナスタシア様を傷付けるようなことを言ったのか」
「不敬なことは言ってない筈です。…というか、先に私の可愛い婚約者を傷付けるようなことを言ってきたのはあの方のほうなのですがご存知ありません?」
「…何だと?」
「私と婚約解消した方がいい、ですって。…ロレンス様はご存知なかったみたいですね。困ります、未来の奥様をちゃんと捕まえておいて下さらないと」
アマデウス様が冷たく見下ろした先、ロレンス様は怒りでか顔をサッと赤くした。
「…そもそもロレンス様って、もしかして…『愛しているから結婚してほしい』って、ちゃんと殿下にお伝えしていないのですか?」
ずいっと屈んでロレンス様の耳元に口を寄せたアマデウス様が真剣な顔でそう囁いた。
会話の中に紛れ込んだ愛の言葉がとても自然な声色で発せられたことに、妙に照れてしまって私まで顔が熱くなる。おおお、流石、女誑しと言われるだけあって言い慣れていらっしゃるようだわ…。
多分…いや絶対ロレンス様はそんなこと伝えていない。求婚どころか求愛もしていないと思う。
だって、殿下はロレンス様を一切そういう相手として見ていない。確実に、形だけの婚約者候補だと思ってる。流石にあの殿下でも、愛の言葉をハッキリ言われたなら少しは意識したり気を遣ったりする筈だ。私も正直アマデウス様へのこの態度を見るまでロレンス様が殿下を恋愛的にお好きだと確信は持てなかったもの。良く言えば純情過ぎる、不器用な少年なのだ。
悪く言えば無粋。武人の多い辺境でお育ちになったせいかしら…外見は素敵なのだけど。
「お伝えすらしていないんなら…貴方は私に威嚇する前にやるべきことがお有りでは?」
――――――こ~れはロレンス様にめちゃくちゃ効いてそう。だって本当にそう。
「そこまでにしておけアマデウス。…ロレンス様、王女殿下がお戻りになりましたよ」
見かねたのかディネロ氏が声を掛けた。助かった。ロレンス様の手が出てしまうんじゃないかとひやひやしていたのだ。
その声でアマデウス様は背筋を伸ばし、ロレンス様は怒りの表情ながらもふいっと顔を逸らしてお茶会室に戻った。私たちも続く。
殿下はとても沈んだ顔をしていた。ほんの少し泣いたのかもしれない目元。荒らされた花壇を見たような気まずい気分になりつつ席に戻る。
困った顔をしていたエイリーン様は皆が戻って来てホッとしていた。そんな中ジュリエッタ様がマリシアと戻ってきた。重い空気の私たちに不可解そうにするマリシア。ジュリエッタ様は平然と席に戻った。
「シミ抜きの魔法って便利そうですよね。早く習いたいです」
「上級使用人になる方が使えると重宝されるそうですね。助かりますもの」
「私は絵を描いてる時とかによく汚して昔からメイドに世話になっていて…魔法でシミ抜きしていたなんて昔は知りませんでしたが」
絵を描くのなら確かに使えたら便利だ。アマデウス様の趣味は本当に芸術方面寄りなのね。
「うちには使える使用人はいないな…」
マルシャンほどの家でもいないものなのね。男爵家辺りの使用人は平民も多いというし、魔法使える人は少ないか。
「わたくしの侍女に使える者がおりますから、連れて行く予定です」
身嗜みに注目が集まるエイリーン様の近くには要るでしょうね…。
こちら側の空気が重い中、招待客側は他愛ない会話を続けている。まあ、黙られるよりはマシだけど。アマデウス様はよく平気な顔していられるものだ…。殿下の哀しそうな顔は敢えて無視しているらしい。目も合わせていない。
「ジュリ様、バルコニーに少し出ませんか?先程出ましたが、風が気持ちいいですよ」
えええ、さっきバルコニーであんなことがあったのに…?!図太い!!
ジュリエッタ様は「そうなのですか。では少し…」と嬉しそうに了承した。
エスコートしてバルコニーに出て、こちらから普通に見えるところの手すりに持たれて二人は仲良く何やら話している。輪郭がぼやける磨り硝子の窓の向こうだが、アマデウス様がジュリエッタ様の肩を抱き寄せているのはわかる。それに目を向ける殿下はまた泣きそうになっていた。これ以上なく不機嫌そうなロレンス様とイリス嬢。おろおろするマリシアとカーティス。
嗚呼、胃が痛くなってきた。
私、このお茶会が終わったら王女殿下とは距離をとってコンスタンツェ嬢の方に侍るんだ…。マリシアが何て言おうとそうする…。
こちら側の人間で、さっきの一幕を見た私しか、おそらく気付いていない。
アマデウス様は王女殿下に全くその気が無い、ということ。
王女殿下の完全な片思い、という事実。
てっきり両思いだとばかり思っていたし正直まだ信じられない気持ちもある。
こんなに可憐な殿下が片思い?
殿下から好かれて、殿下を好きにならない男子がいる?
そんなことある…???
あったんだけど…。
マリシアとカーティスに相談したいがここでは出来ないし…とぐるぐるしていると、周りから「っ…!?」と息を呑むような驚いた気配がした。
なんと、窓の向こうのジュリエッタ様が、両腕をアマデウス様の首に回して引寄せていて――――キスした。
………。
キスした――――――――――――――――??!!??!!??
それは私たちに見せつけるかのように。
いや、実際そうなのかも。お茶会の初めから二人はそうしていたのかも。…殿下を諦めさせるために?
表情などの細かいところまでは見えないが、キスしていることはわかる。5秒くらいキスしていた二人は、キスを終えて少し離れたと思ったら彼が彼女の手を引いて、こちらからの死角…柱の向こうに、引っ張り込んだ。
柱の向こうで何をしているのかなんて――――――
がたっ、と殿下が勢いよく立ち上がった。涙をこらえ、涙が落ちる前に隠れねばと考えたように部屋から早足で出て行ってしまった。
「お嬢様っ…!」
イリス嬢が慌てて追いかけて行った。呆然とするマリシアたち。居心地が悪そうなディネロ氏とエイリーン様。私は比較的冷静でいられた、が… ロレンス様はそうはいかない。
数分でバルコニーの二人は戻ってきた。暢気に上機嫌な様子のアマデウス様と少し恥ずかしそうに赤い顔で視線を泳がせているジュリエッタ様。
ロレンス様はそんな彼らの前に立ち、拳を握りしめて俯いたと思うと懐に手を入れて、何かをアマデウス様に投げつけた。
「ぉわっ…?!」
アマデウス様の頬に当たって床に落ちたのは…手袋だ。
「アマデウス!!私と決闘しろ!!!」
「…はぁ?!?!…あ、決闘じゃないですよ?!さっき私が言ったやるべきことって」
「私が勝ったら、二度とアナスタシア様の前に現れるな!!!」
「いやこっちから近付いたことは無いんですよいつも、最初の挨拶の時以外は全部…」
「つべこべ言うな!!さっさと…」
「わたくしがお受けしますわ」
ジュリエッタ様は優雅な物腰で手袋を拾い上げ、アマデウス様ににっこりと笑いかけた。そして笑顔のまま体をロレンス様に向けた。
「彼は騎士見習いではありませんから、わたくしが彼の代理として闘います」
「えっ!?ジュリ様!?」
決闘は現在基本的に騎士にのみ許されている。騎士以外の人は騎士もしくは戦闘能力のある者を代理に立てる。騎士見習いもまだ正式な騎士ではないが、保護者の許可があれば可能。
そういえばジュリエッタ様は騎士団の訓練を受けていらっしゃる女騎士寄りの方。彼女の護衛騎士志望の女生徒が仕合を挑んでは圧倒されていると噂で聞いたことがある。
少しだけ冷静になったらしいロレンス様が嫌そうに顔を顰める。
「ジュリエッタ嬢…この男に貴方がそこまでする価値は無い」
「それを決めるのは、わたくしです」
「…私は女性と決闘などしない。代理を立てるにしても、別の…」
「女騎士を侮ると馬に蹴られて死ぬと申しますわよ。辺境伯家の嫡男ともあろう方がもしかしてわたくしを恐れていらっしゃるのでしょうか。ああ、しっかり化粧をした状態で臨みますから大丈夫ですよ?素顔だと目を合わせた時点でロレンス様が昏倒してしまう可能性が高いですし。決闘が始まる前に終わってしまっては困りますものね」
「なっ、なっ……」
あ、煽るぅ――――――――~~~~~~~~!!!!!
『素顔見せればお前なんか勝負にすらならない』と煽りなさる。これもしかしてめちゃくちゃ怒ってない???
というか人が倒れるほどの醜い素顔であることをそういう風に使えるんだ…。つ、つよい。
ロレンス様はまた顔を怒りで赤くしてぶるぶる震えている。
「―――いえいえジュリ様!決闘する理由なんてそもそも無いですよ!」
「公爵夫になられた後、社交においてアナスタシア殿下に全く顔を合わせないというのも難しいことです。完全に要求を呑む訳には参りません」
「それはそうかもしれませんが…普通に拒否しましょう拒否、ジュリ様が闘うことなんて…」
「デウス様の為にでしたらわたくし全力で勝ちますわ」
「お言葉は嬉しいですけども~~~…!」
焦った様子ながらまた何かいちゃついてる。
このままではロレンス様とジュリエッタ様の決闘が決まってしまう……!!??
い、一体どうすればいいの~~~~?!
…いやもう私に出来ることなんてない。どうしようもない…と傍観者顔になっていたら、扉の方から闖入者の声がした。
「面白そうな話をしているな。決闘がどうとか」
面白そうと口では言いながらも無表情。輝く銀髪を靡かせて、ネレウス第二王子殿下が現れた。
※『女騎士を侮ると馬に蹴られて死ぬ』…この世界において割と実例がある諺。
アルファポリスさんの方の表紙を新しくしました。なかなか可愛く出力&加工出来たので良かったらご覧ください。




