一掬の涙
演奏会初日。バタバタしながらもミスなく終えることが出来た。
一回しか練習出来なかった『恋』の歌唱も、悪くはない出来だったとは思う。
「演奏と踊り子が良いから誤魔化せたかな…」
「デウス様の歌充分上手いですよ、もっと歌えばいいのに。昔は人前でもよく歌ってたでしょう」
ロージーはそう言ってくれるがやっぱり歌にはそこまで自信がない。歌い手を増やしてからはあまり歌わなくなった。俺の歌声、音程は合ってるが地味というか、いまいち華が無い。
いやでもも~~~~~~ごめんだなこんなのは…。
歌うのが嫌っていうよりまともに練習してない芸を人前でやるのがマジ無理。
あと、ノーミスで切り抜けたことにテンションが上がってついジュリ様に投げキッスなんぞしてしまったのだがこの国ではかなり気障ったらしい行為だったようで、やらかした。遅れて恥ずかしさに襲われている。
一息ついてラナドの賞賛を聞き流していると、執事見習の青年が近寄って来て「あの…少しだけ面会したいと。ジュリエッタ様です」と耳打ちした。
「えっ!?…今行く」
もうスタッフ以外居ない劇場のロビーの端の椅子にジュリ様とカリーナ様とプリムラ様が座っていた。護衛の女騎士も三人いる。俺に付いてきたセレナがジュリ様の騎士を見て笑んだ。知り合いだったのだろう。
「ジュリ様!」
「あ、…申し訳ありませんデウス様、お呼び出ししてしまって。すぐにお暇しますので…」
「いえいえ、本日は足をお運び頂きまして。お二人も」
カリーナ様は「とっても良かったです!歌うとは知りませんでしたから驚きましたわ!」と激励してくれ、プリムラ様には「また多くのお嬢様方を惑わしていらっしゃいましたこと…この領の男性陣に恨まれて刺されないことを祈ってますわ」とチクチク褒め言葉をもらった。
「その…マリア嬢の具合は如何です?」
「ああ、…シャムスがすぐに治癒を施してくれたので心配いりません。ちょっと回復が本番には間に合いませんでしたが」
「そうですか、シャムスがいるなら大丈夫ですね」
マリアを案じてくれてたのか。相変わらず優しい。ジュリ様はほっと息をついた後、頬を薄く染めながら上目遣いに俺を見た。何だろ。可愛い。
「…口付けを投げて下さってありがとうございました」
「うっ …調子に乗ってすみません」
自分の顔がぼっと赤面したのがわかった。
「そんなこと。…デウス様があんまり素敵だったもので、危うく気を失うところでした」
「はは、そんな大げさな」
ジュリ様がそういう冗談言うなんて珍しい。笑ったらカリーナ様とプリムラ様が何故か俺をジト目で見ていた。何?もしやマジなの??
「デウス様…休み明けに…聞いて頂きたいお話があるのです。面白い話ではないのですが…」
扇で口元を隠しながらジュリ様が目を伏せて言った。
「…何でも聞きますよ」
白い手袋をした彼女の片手を取って、軽い力で握る。きゅっと握り返してくれた。
「はい」
目を合わせると困ったように眉を下げて微笑んでくれた。
「今日聞いた歌、どれも勇気を貰えるような歌でした。全部好きです」
「それは良かった」
皆頑張ってくれたから。特にソフィアなんかは練習よりもずっと真に迫った歌声だった気がする。
また学院で、と言って別れて撤収する。
翌日の公演ではマリアが無事復帰。気合いが入っていたのか、練習の時よりも実に輝いていた。失神する客が何人か出た。
※※※
そして休み明け、放課後に俺とリーベルト、ジュリ様とカリーナ様とプリムラ様の5人で小さめのお茶会室を一室借りた。
そこでジュリ様が打ち明けた話に、俺は暫し絶句した。他の皆も。
王女殿下がジュリ様に俺との婚約解消を勧めたという。
いつか俺は王女殿下を愛するようになるから、その前に別れた方が貴方の為だと。
「―――……えっと、ほ、本当に王女殿下がそんなことを…?あ、いや、ジュリ様を疑っている訳ではないのですが、その…そんな、ひ…、……」
「非常識極まりない!!信っじられませんわ!!!」
王族に対して一応言葉を選ぼうとして言いよどんだ俺の感想をカリーナ様が言ってくれた。
「自分がアマデウス様をお好きだからって婚約解消しろだなんて!!」
「…おそらくお二人が本当に想い合って婚約したと思っていらっしゃらないのでしょうね」
憤怒!と言った顔のカリーナ様と、眉をこれでもかとギュッと寄せたプリムラ様。二人の顔を見てジュリ様が口元を緩めた。
「…怒って下さってありがとう、お二人とも」
「そりゃあジュリ様ご本人ほどではないにしても業腹ですわよ」
「怒って当然ですわ、ねえアマデウス様!?」
「…ええ、まあ、なんていうか―――」
困惑がじわじわと強い憤りに変わっていく。俺も眉間にぐっと力が入る。片手で口元を隠し険しくなる視線は右下に向けた。
「――――――――非常に、不愉快です」
「…見たことない顔してる…」とリーベルトが俺を見て呟いた。
確かに俺は滅多に怒らないし愛想も良い方だからおそらくこんな顔そうそうしない。落ち着こうと思って一度大きく息を吸って吐いた。喉の途中から心臓辺りが怒りで詰まっているような感覚。
「「「……」」」
女子三人が黙って俺を見ているのに気付いて視線を上げる。
「…?」
「…失礼。アマデウス様もそんな顔をするのですね…と思って」
視線で問うとカリーナ様がスン…と落ち着いた様子になってそう言った。あれか、自分よりも慌ててる人を見ると冷静になるみたいな感じで俺が怒った顔を見て落ち着いちゃったのだろうか。
「…ああ、すみません。直接言われたジュリ様の方がよっぽど不愉快だったでしょうが」
「…いえ…いえ。そうですね、不愉快というか…」
ジュリ様は眉を下げて、自虐的な笑みを浮かべた。
「…あの時はただただ惨めな気分で…。今、後悔しています。もっと怒ってよかったんだって。…皆さんに聞いてもらえて…やっと、悔しいです。悔しいと思えました… もっとはっきりと、デウス様は私と結婚するんですって、貴方には絶対に渡さないって、ちゃんと言えたら、よかったって……」
言葉が進むにつれて鼻にかかったようになり、水分が滲む。
俺は立ち上がって正面にいたジュリ様の横に周り込み、手を差し出した。彼女は涙をこらえた顔で素直に俺の手の上に掌を乗せる。俺は少し強く彼女の手を引いて部屋の隅に連れて行き、覆い被さる様に抱き締めた。
他の三人には俺の背中しか見えない。
俺がそうしたかったというのもあるけど。
ジュリ様に我慢せずに今泣いてほしかったというのもある。
人目のない場所でひっそりと泣いてほしくはなかった。その方が貴族としては正しくても。
ジュリ様は俺の胸に寄りかかって、小さく鼻をすんすんと鳴らしながら静かに泣いた。
※※※
涙で化粧が少し取れてしまったので、俺の体に隠れながらジュリ様が白粉のコンパクト(こういうのの仕様はどこもほとんど変わらないんだなぁと思った)を懐から取り出していそいそとお化粧直しをする。
見守りながらふと俺は徐に壁に片手をついてジュリ様を少し覗き込んだ。
恋愛漫画などではお馴染み・壁ドンというやつである。
相当親しくないと追い詰めてる感がすごくて怖いと思うが、両思いだから大丈夫…だよな…?と思って反応を窺う。
近さに気付いたジュリ様はハッとして赤面し「だ、ダメですよ、ここでは…」としどろもどろになった。
なるほど、馬車チューの距離だからキスされると思ったらしい。
つーか『ここじゃダメ』って言われるの、逆にめちゃめちゃ興奮しないか???
場所が大丈夫ならOKって言ってるのと同じだし。
皆もいる部屋だから別にキスするつもりはなかったのだが、ひとまず「了解です」と返した。興奮している場合でもないので素数を脳内で数える。
数分間しくしくと泣いたジュリ様の白目と目尻は少し赤いが、心なしかすっきりした顔をしている。
俺も、彼女の涙に溢れそうな憤りを流してもらったかのように落ち着いていた。
「…ごめんなさい、お待たせして」
机の方へ戻りジュリ様が恥ずかし気に謝ると、リーベルトとカリーナ様は目線を明後日の方向にやりながら恥ずかしそうにソワッ… としていた。プリムラ様は「いえいえ。仲良きことはいいことです」とほくそ笑んだ。




