本当の恋心
【Side:レクス】
何だか大変なことになってる…。
いずれは裏方や手伝いとかで参加することもあるだろうし隅っこで見学するといい、と言ってもらえた。ある程度使用人の仕事を済ませてから劇場に来た。客席側の端っこで本番も見て良いとのこと。端っこ過ぎて見辛いけどタダだし文句は無い。見学というのは建前で俺に母の出る演奏会を見せてやろうという気遣いだったのかもしれない。
開場までまだ少し時間がある、ちょっと外に出ようかな…と思っていたらマリア様が具合を悪くして吐き、何やら盛られたという話だった。シャムス様が盛られた物をすぐさま言い当てて治癒を施すとマリア様の顔色や息が戻っていく。治癒師だったとは聞いていたけれどすごい人だったんだ。
信じられないくらいの金持ちなのは貴族だからで、世の中不公平過ぎると思ってたけど(それも多分間違ってはないんだろうけど)きっとシャムス様は金持ちになるに相応しい仕事をしていた方なんだな…。尊敬出来る人が主人だと何だか誇らしい気分になる。誇らしくなってる場合でもないが。
踊り子が一人騎士に後ろ手を捕らえられて連れて行かれた。
騒然とする中、少しして救護室からアマデウス様が出て来て、
「―――本日のみ『恋』の歌い手は私が務めます!!『恋』の踊り子と楽器隊、集まって!一回、通しでやろう」
と宣言した。
「リュープ弾きながら歌うのはギリイケる…踊るのはー…流石に無理だな!棒立ちになるけど許されたい」
「仕方ありませんよ、大丈夫、リュープの腕で誤魔化せますわ。踊り子の位置などを確認して覚えてもらわなくては、でも良かった、歌詞と演奏との合わせは心配いりませんものね」
「…シイア夫人実は歌えない?代役イケない?」
「麗しのマリア様の代わりなんて絶対無理です、代役はアマデウス様しかおりません」
「あ、はい…。踊り子さんたち、気を付けるけど万が一ぶつかっても軽く笑ってこれで合ってますけど??って顔しといて下さい!」
「は、はい!」
「補欠の二人、どちらかザーラの位置が出来る?」
「あっ、あたし、出来ます!」
大急ぎで立ち回りを打ち合わせしている。俺はマリア様の具合はどうなんだろうと救護室へ向かった。
救護室から母さんが丁度出てくるところだった。
「ああ、マリアは一応落ち着いたよ、心配ないって。でも舞台に出られる状態じゃなくてね…レクス、頃合いを見てソフィアと交代しておくれ」
「え」
人がいるとマリア様は気が休まらないだろうという気遣いで今救護室にはマリア様と看病するソフィアさんだけらしい。ソフィアさんの衣装は補欠の踊り子の衣装を少し改造して何とかしようとしてるとか。
合わせないとだし早く舞台の方に行った方が良いんじゃ…。頃合いって何?どれくらい?
俺は音を立てないように少しだけ扉を開けて中を窺った。
部屋の中は静かで、ソフィアさんが盥の水に布を浸して絞る音がした。その布を横になっているマリア様の額に乗せている。
「…ソフィ、ア、あなたも、もう行った方、が…」
「……私がお傍に居るのは、嫌ですか?」
「!ま、まさか…」
「さっき、私にだけは、見られたくないって…」
「っ…あな、たがいやだから、じゃ、ないわ、違うの…。あなたは、私の知る中で…いちばん、きれいなひとだから…きたないところを…見せたく、なくて…」
「……綺麗?私が?」
いつも優しい響きの彼女の声が、皮肉気に呟いた。
「ああ、お化粧したら私も美人と言えるかもしれませんけど…マリアさんに言われても説得力がありません」
「お、怒ったの、ソフィア…?ちが、ちがうの…そういういみじゃ…」
尖った声を出すソフィアさんと、幼児のような弱々しい声のマリア様。普段からは想像つかない状況に俺は固まった。
「…あ、あなたは修道女でしょう?それもとびきりの、心も体も、一等綺麗な…私の、憧れ…… わ、私とは、正反対の人、だから…」
「…ごめんなさい、怒ってません、そんな顔させたかったんじゃないんです。ただ…」
ソフィアさんが俯いて背中を丸めた。表情はこちらからは見えない。
「私の心はきっと皆が思ってくれているより綺麗なんかじゃないんです。中身はみすぼらしい格好で夜の町をうろうろしてる子供の時のまま。…役に立つ人間でなければ、愛想をよくしてなければ、真夜中にぽいっと家から追い出されるんじゃないかって、いつでも思ってる…今周りにいる人たちはそんなことしないってわかってても、ずっとそんな気持ちがなくならないから、人に親切にしているだけの…弱い人間です」
若い修道士や修道女は大体孤児か家に居場所がなくなった人間がなる… というのが一般的な考えだ。ソフィアさんも何か家庭に問題があったらしい。
「…弱いのと、汚いのは、…ちがう。弱い、のと、綺麗なのは、矛盾、しないわ。誰が、なんと言おうと、わたしは、ソフィアのこと、綺麗だと…おもう」
マリア様の声にソフィアさんが顔を上げる。
「マリアさんに憧れてるのは私の方です。綺麗で、優しくて、毅然としていて…ずっと素敵です」
「……さっきは、情けない、きたないところ、見せちゃったけど…ごめんなさい、服…」
「いいえ。…そろそろ行かないといけませんね。…マリアさん」
立ち上がったソフィアさんが背筋を伸ばす。その横顔は妙に勇ましい。
「ずっと考えていたんです。マリアさんにどうしようもなくときめくのは、男性のようにかっこいいけど女性で、男性が苦手な私にとって都合の良い存在だからなのかって。でもさっきと今、改めてそうじゃないとわかりました。何人の男性に抱かれていようと、貴方が吐瀉物や汚物に塗れていようと、心の中でどんなことを思おうとそんなことで私は貴女を汚いとは思わないし何の問題にもならない。これがちゃんと、本当の恋心だからです。貴方が不快なら私がいくらでも何度でも洗い流します。それを許してもらえるなら」
目を丸くしているマリア様にくるりと背を向け、扉の方…こっちに来る。
「だからどうか…私をお傍に置いて下さい」
俺は慌てて身を引いた。扉から出て来たソフィアさんにいかにも今来ましたという風に「あ、…交代します」と言った。
「ありがとうレクス、もうすぐ伯爵家の女性治癒師が来て下さる筈だから、それまでお願いします」
彼女はそう言っていつもの優しい顔で微笑んだ。良かった、盗み聞きはバレてないようだ。
いや、―――――――――つーか、え?
ソフィアさんが、マリア様を、……………
えええええええええええええええ????????????
呆然としていたらほどなく伯爵家の治癒師という人がアマデウス様の侍従に連れられてきたので、俺は結局救護室には入らないまま客席の端っこへ戻った。
演奏会が始まる。




