楽師の嫁は既に楽師の一人としてカウントされている
「―――別れを告げて立ち去ろうとしたロージーの袖をリリエさんが引き留めて、小さな声で何か言うと…店で飲み食いしている客や通りすがりが見守る中、リリエさんの手を両手で握って…『やっぱり俺はリリエの歌と笑った顔が好きだ。結婚を前提に、俺ともう一度恋人になってくれ』とロージーが熟したフレズタオのような真っ赤な顔で申し込みまして…」
「あ~~~~~~!!!やめろもう!!」
マリアが楽しそうにロージーの求愛シーンを俺に語ってくれるのを、ロージー本人がその時と同じだろう赤い顔で遮った。
先日、ロージーはリリエさんに告白し無事OKを貰ったと報告してくれた。めでたい。
マリアが一部始終を知っているのは、練習後にコソコソと約束を取り付けていた所を偶然見てロージーの後を尾行したからだそうだ。面白いものが見られるかもしれないとソフィアを誘って。そりゃソフィアとデートする口実にしたんだろうな。
町で店を見て回って食事をして、宿屋まで送り、その前で告白。
リリエさんはその場で泣いて喜んでロージーに抱き着き、周りにいた人たちは拍手喝采したそうだ。トレンディドラマみがある。俺も見たかったな~~~。
「ひとまず婚約者ということで、今度シャムス様に紹介します。その時が少し心配ですが…。」
「貴族相手にも商売してきているので敬語などに多少は心得がある娘ですが、貴族の嫁になるにはやはり足りないですからね…シャムス様としては早急に鍛えねばとお考えになるでしょう」
ロージーは心配そうに眉を寄せ、バドルはのんびりと苦笑した。
「大丈夫大丈夫、ワタクシでも何とか形になったんですから!シャムス様に教えてもらえれば」
わははと豪快に笑うスザンナ。その笑い方は「淑女は口を大きく開けて笑わない!」と怒られるやつ。本人も気付いたようで慌てて口を手で覆った。これくらいの失敗は学院の生徒もたまにしているのを見る。
シャムスにマナー講座されてた一時期、平民メンバーは皆試験追い込み中の学生みたいにぐったりしてたなぁ…。
「とにかくおめでとう、ロージー」
「…ありがとうございます。デウス様のおかげです」
「ん?俺のおかげではないでしょ」
「いえ。デウス様のおかげです」
じっと俺の目を見て微笑み、ロージーがそう言った。
最初に会った時と比べると、彼は笑うのが上手くなった。
俺が雇ったことにまだ恩義を感じているのだろうか。しっかり働いてくれているし俺も助かっている、お互い様ってやつだと思うけどな。悪い気はしないが。
「わかってるとは思うけど、リリエさんの支えになってあげなね、ロージー。伝手がある状態で貴族になるのと、身一つで嫁いで来るのはやっぱり心細さが違うと思うし…シャムスもねぇ、結構威圧感あるからなぁ」
不愛想で厳格そうなイケ爺が義父として出てきたら普通に怖いだろう。
「はい。…シャムス様が治癒師だということで、リリエは何を話せばいいかと悩んで、周りに野草について色々話を聞いたりしているそうで…でも出てくるのは香辛料の話ばっかりらしいですけど」
「旅している面々にはたまに民間療法に詳しい者がいたりしますからね…正しいか正しくないかは玉石混淆なのですが」
なるほど民間療法、検証したら案外間違ってないものと全くの迷信が混ざり合ってるイメージ。
…全く効果が無い療法に縋って命落とす者もいるのだろう。領主主導の薬局を作ることは、そういう者を減らす効果もきっとあるはず。
そして香辛料!
この国で砂糖と塩は普通に流通しているのだが、平民にとってスパイス…香辛料はお高い買い物らしい。貴族は結構ふんだんに使ってるけど。
取れる土地が限られていたり全部外国からの輸入のものもあるし。暑い東国や南国からこちらに流れてくる品物で需要が高いのが香辛料。本で見た限り、東洋の大国シデラスはインドとかアラブっぽい雰囲気の国だ。
インドっぽいところを発見した日本からの転生人として気になるのは、そう、カレーが作れるかどうか一択である。
特に本格的なスパイスカレーでなく日本人が愛好している小麦粉のとろみがついたカレーが食べたいのだが、カレールーの作り方なんて知らない。何種類ものスパイスを合わせて作ることは何となくわかってもスパイスの名前も地球とは違うし。似た料理を探すところから切り込んだ方が早そうだが遠い国の料理の情報って図書館にもほとんどない。
旅人に訊くって手もあるかもな。行ったことがある人に会えるかわからんが。バドルたちもそこまで遠くは行ったことがないらしい。
そういえばこの間緑茶と食べたいな~と思っていた小麦粉を使った羊羹は、今ざっくりしたアイデアだけ伝えて料理長たちに試作してもらっているところだ。結構茹で時間やら豆の種類で餡子の味が変わるため、ちょくちょく試食しては意見を出し俺の好みを反映。それを真剣にメモしてまた試作、と実験みたいな感じで進めてくれている。お世話になっている。
「あとリリエさんの歌、いいね。これとか歌ってもらいたいかも。どう?」
「……これですか」
ロージーとバドルはじっと楽譜を見て、おそらくリリエさんが歌っている所をイメージしている。
ラナドが首を傾げながらうーむ…と唸った。
「二十代後半の女性が歌うには少々可愛らし過ぎる気もしますね。とっくに結婚していておかしくない歳ですし」
現代日本で発言したら怒られそうな発言だが、この国では二十歳までに結婚する者が多いので仕方ない部分はある。貴族は18で学院を卒業してからすぐが多く、平民は10歳前後から働いてるし15~18歳くらいには結構している。
「そうですね…今年の大会で二位だった、あの金髪の女性が歌えば相当受けると思います。…しかし彼女は貴族だったとのことですから無理でしょうが」
コンスタンツェ嬢のことは一応楽師たちにも説明した。ネレウス王子のことは伏せて。
コンスタンツェ嬢の歌は、うん、良かった。
これぞプロの歌声といったスザンナやリリエさんのものとは違い、これからの伸びしろを思わせるタイプの声。音程は外さないが、わずかに拙さが混じる絶妙な初々しさ。
そう…あれは、あの感じは、『アイドル』だ。
イメージはふた昔くらい前のだけど、アイドル誕生の場に居合わせた―――そう感じた。
俺としても美少女だと思うし、周りからしてみれば滅多にいない金髪の美少女だ。溌剌とした声と笑顔で観客の視線を惹きつけた。歌も良かったがビジュアルが極めて魅力的だった為に上位に入ったことは間違いない。
最近、コンスタンツェ嬢はユリウス殿下と相当親密であるという噂だった。以前から気に入られているとは囁かれていたが、本格的に輿入れすると周囲が感じ始めているくらいになったと。
例の女装デートは結局、恋人の弟ということでネレウス殿下と交流があっただけなのだろうか。わからん。
ジークはまだ気持ちが沈んでいるようで、平気そうにはしているけどどこか憂いを帯びている。早く新しい(成就出来そうな)恋を見つけてくれればいいなと思うけど…。
因みに俺が提案した歌は『恋はあせらず(you can’t hurry love)』。
世界中で様々な歌手にカバーされている、ソウルミュージックの名曲。ゴスペル(福音音楽)の影響が強い曲だしソフィアに歌ってもらおうかと思って楽譜に起こし歌詞もつけてもらったのだが『恋に浮かれる』のテーマにちょっとそぐわないかと外した曲だ。
あと母親から恋についての助言を受ける曲だから、孤児院育ち現修道女見習いのソフィアに歌わすのは少しアレかな…と思ったのだが―――うちの歌手たち、ロージーは早いうちに両親を亡くしマリアは娼館に売られてるし…これから恋をするって歌だからスザンナやバドルだと大人過ぎる。そういえばリリエさんも生い立ちからしてご両親は健在じゃなさそう。
歌い手の背景を気にしすぎても仕方ないんだけど、出すタイミングがまだ掴めない曲だ。
絶対ウケる良い曲なんだが。




