失恋(仮)
ジークがのど自慢大会を無事終えたことと姉上が薬草栽培と薬局の計画を引き継いだことの報告を受け、ティーグ様の機嫌は上々だったのだが、俺の報告を聞いてからは頭を片手で抱えてしまった。
「……ジークリートがネレウス殿下に…懸想…そもそも何故ソヴァール嬢と…まさか彼女を娶るおつもりなんだろうか?」
「そうかもしれませんが…娶るつもりの令嬢と女装して逢瀬しますかね…?」
その一点がなければお忍びデートということで納得したのだが。
この国のこの時代観では、異性装というのは結構なクレイジー仕草。女装が趣味であろうと好きな女の子と女装でデートするというのは…いやそういう趣味の人もいるかもしれないけど…何となく納得がいかなかった。これはもう勘になってしまうけど、デートではない気がするのだ。
「そもそも女装する者の心理がわからん……」
ティーグ様にはわからんだろうな。いや俺も女装したいとは思ったことないからわからんけど、元日本人としてはぼんやりと予想はつく。
可愛くなりたいとか女性向け服飾が好きとか変身願望とか単純に楽しいとか、まあ色々あるだろう。
変身願望か…。王子として不自由な立場からの逃避とか…?
単純にめちゃくちゃ似合ってはいたけど…。
舞台に出たコンスタンツェ嬢を見てから、俺はティーグ様に『今他領の貴族がスカルラットに来ているか』と問い合わせた(またポーターに走ってもらった)。去年はジュリ様が来てたことを教えてもらってなかったからな…。しかし『そういう話は聞いていない』と返事を貰った。
その為彼女のことはひとまずティーグ様に報告しなければいけないのだが、彼女一人ならのど自慢大会に参加したかったということで終わりだったがまさかの第二王子殿下が一緒。
―――しかも女装に気付かずジークが一目惚れしてしまった。
「…今まで、美人だとか好ましいと思う令嬢はいましたが、結婚したいかどうかとかはよくわからなかったんです。一目見て、自分はこの人に会いたかったのだ、と思った人は初めてでした…。初めは、平民を無理矢理召し上げるようなことになってしまうのは良くないし、忘れなければと思ったんです。でもコンスタンツェ嬢と一緒だったということは貴族かもしれない、そう思ったら縁を繋ぐことも出来るかもしれないと考えてしまって……」
帰りの馬車で赤面しながら恥ずかし気に語ったジークの言葉のピュアなこと………。
……可愛い弟の初恋をすぐに壊すのは忍びなくて、俺は何も言えなかった。
金髪の上に化粧もしてかなりの美少女に変身していた…らしい(俺視点ではそこまで変わってないが。あれで別人に見えるっていうのはやっぱりおかしいんじゃねえのこの世界の人間の目は)コンスタンツェ嬢もいたのに、隣のネレウス殿下の方に落ちるとは。ジークはミステリアスな雰囲気の美少女が好みだったんだなぁ…。
ジュリ様を好きになる前は、この世界の男ならまぁ抱かれても良いかもな…と血迷うこともあったけれども。
でも、流石に女の子だと思って惚れた相手が男!は上級者(?)向けだよな…。しかも王子。一人で抱えるにはこの秘密は重いのでティーグ様にも一緒に悩んでもらうことにした。
「ネレウス殿下は…来年には入学なさるのだから、わかることではあるのだよな」
「まあ…そうですね」
「ソヴァール嬢から男だと聞くかもしれないし…先に教えておいた方が衝撃は少ないとは…思うが」
「では父上お願い出来ますか?」
「…アマデウスから伝えてもらえんか…確認したのはお前だろう」
「それはちょっと…嫌ですけど…」
「私だって嫌だ…」
辛い仕事を押し付け合った結果、『…ひとまず自然に任せて成り行きを見守ろう、もしかしたら来年までに新しい恋を見つけるかもしれないし…』という神頼み的結論になった。
まあ。まあまあ。急いで結論を出すのがいつも良いとは限らないから……。
次の日、「私が望んだ女性が平民だった場合、やはり結婚はお許し頂けませんか…?」とジークに訊かれたティーグ様は「…お前がどうしてもというなら、許そう…どこかの貴族に養子にしてもらえば何とかならなくもない」と目を泳がせながら答えたらしい。交際や結婚を申し込んでOK貰っても親の許可がなければ許されないからね、先に確認しておきたかったんだろう。
「ありがとうございます父上!」と嬉しそうに返されたらしい。ティーグ様はさぞ心がささくれたことだろう。
うう……あの女装王子、学院に来たらどうしてくれよう。王族だし失礼なことは出来ないがコンスタンツェ嬢との仲を問いただすくらいはしないといけない。
しかし彼が学院に来る日なんてわからないし、そもそも来ると決まってもいない。
休み明けからジークはコンスタンツェ嬢にネリー嬢について尋ねに行ったが、コンスタンツェ嬢は「お答え出来ることはありません」と逃げた。そう言われても彼女の友達としか手がかりが無いので、諦めずに間を空けて何度も…。
その様子を「ジークがコンスタンツェ嬢に言い寄っている」と見られてしまうのは当然といえば当然で、コンスタンツェ嬢はジークを狙っている令嬢たちから少々きつく当たられ始めた(リリーナからの情報)。
そう聞くと静観している訳にもいかず、「コンスタンツェ嬢が口止めされているということはきっとネリー嬢は縁談を望んでいないんじゃないかな…残念だけど…」とジークを窘めた。噂を聞いて迷惑をかけていたことに気付きとてもシュンとしていた。
俺よりも評判なんかには聡いジークが、周りが見えなくなるくらいの恋。
出来れば応援してあげたかったんだけどなぁぁぁ……!!
コンスタンツェ嬢はユリウス殿下に気に入られているという話だったが、そこにジークが加わり、しかも密かにネレウス殿下からもお声がかかっているという噂まである。
…ということはやっぱりデートだったんか……?謎……。
※※※
他の人に問われたら「弟は所用があってコンスタンツェ嬢に話しかけていただけで他意はない」とぼやかしていたが、ジュリ様には一応ジークがコンスタンツェ嬢の連れに恋をしたことを説明した。単純に俺がなるべくジュリ様に隠し事をしたくないので。
「ジークリート様のような良い条件の方を拒むなんて、既にお相手がいらっしゃったのでしょうか…直接会いも出来ずに断られるというのはお辛いでしょうね」
ある日の放課後馬車の中で、ジュリ様はジークに憐憫の意を示した。
「そうですね…私も、ジークがフラれるとは正直思っていなかったので驚いてます」
ジュリ様には真相を打ち明けてしまおうかと迷ったが―――王族の秘密の趣味なんて知りたくないかもしれないし、他人に知られてしまうとジークがこの先ものすごく恥ずかしい思いをする可能性もあるからそこは秘している。
スカルラット家の秘密にしておくということでティーグ様とも同意した。
「…わたくしが出会う前に、デウス様にお相手がいたらと思うとぞっとしますわ」
ふとジュリ様がそんなことを溢して沈んだ顔をする。
ジュリ様と出会う前って11とか12とか?そんな歳で恋人がいるなんてませてるなぁと思うけど、貴族では生まれた直後から婚約が決まっている人もたまーにいるというから、なくはない話である。
……俺ではない本来の『アマデウス』は別の人と恋をした。
俺がこうしてジュリ様と相愛になれたのはすごく運の良いことなのかもしれない。
いやむしろ神様の忖度が入った予定調和…なのかもしれないが。
ジュリ様の腰を軽く抱き寄せると俺の肩に頭を預けてくれた。
「そんなことにはならなかったんですから良かったです。私もジュリ様に婚約を申し込む前は焦ってましたよ、他の人に取られる前に、って。ジュリ様は王妃になってもおかしくはない人でしたし」
「王妃?ああ、ユリウス殿下との… …お互い気が進みませんでしたから、どうせまとまらなかったとは思いますが」
「…それでも、急いでジュリ様を俺のものにしたかったんです。ジュリ様のものにもなりたかった」
「!…んっ、…」
視線を2秒合わせてから、2秒で目を閉じ、キスを3秒。
唇を離すと彼女が赤い顔でゆるりと目を開け、はにかむ。
「…ずっと、あなたのものです…」
恥ずかしそうに俺の胸元に顔を押し付けてそんなことを言う。
っっあ~~~~~~~。ときめきで死ぬ。殺し文句~~~~~~~~~~。いやまあ、さっきのは口説くつもりで言ったセリフだったけどさ、見事にカウンターを食らっている。茹だった顔を落ち着かせたいけど無理そうだこの姿勢では。
「…あと五分くらいここにいてもいいですかね???」
「…まことに残念ですが、ダメですわ…流石に…そろそろ…」
もう暫し抱き締めていたかったが、なんやかんやジュリ様は真面目なので俺もちゃんと我慢して三分後には馬車から降りた。
ジークが失恋(仮)した話をした直後に何イチャついてんのかという罪悪感は少しある。
だがそれはそれ、これはこれ。
出来るだけ書くつもりですが、これから6月にかけて少々忙しく更新が滞るかもしれません。ご了承ください。<(_ _)>




