潜入
【Side:コンスタンツェ】
私は今何故かのど自慢大会の舞台に立っている。
何でこんなことになったんだっけ…。
※※※
ネレウス様は見学の名目で学院に来ては王女殿下がアマデウス様に会おうとするのを地味に邪魔していたらしいのだが、ある日アマデウス様を見つけて後を追ったら図書館に入った。次に見つけた時も図書館に入ったので彼が何を調べているのかを隠密に探らせたという。
「図書館で借りたり読んだりしている資料から推測して、薬草の栽培を増やそうとしているようだ。割と大規模に。…どうにも気になる。対象にしている薬草が、封印に失敗した場合に出る疫病の症状を抑える種類に偏っているような気がして」
「…それって…え?どういうこと?…アマデウス様も未来が視えているってこと?」
「わからん。もしかしたら“異界からの来訪者”は僕と同じで未来を視れるのかもしれん。助言をもらって疫病に備えようとしているのかも…何か知っていることがあるなら、話を聞きたい。だから楽師バドルに会いに行こうと思う」
「え、そんなこと出来るんですか?」
「のど自慢大会で審査員をやることはわかっている。忍んで見に行く」
「……私も行きます!」
「は?家で勉強してろ」
「い…いつもしてるし!というかどうやって面会するつもりなんです?忍ぶってことは王子だって明かさずに?どっかの貴公子だってことはバレますよ普通に」
「そうか?」
最初に会った上位貴族がネレウス様だったから貴公子とはこんなに見て分かるものかと思ったけど、やはり王子だけあって彼は貴族の中でも雰囲気がなんていうか高貴だ。只者ではないオーラが出ている。
「私の方が平民のフリ上手いし、というか平民でしたし…きっと怪しまれずに近寄れますよ」
「ふむ…」
「あと…領主の子主導の薬草の栽培については興味があるし、スカルラットに行ってみたいです。平民にも行き渡る数を確保しようとしてるってことでしょ?とても良い策だわ、平民にも手が届く薬があれば沢山の人が助かる…そうよ、貴族になったからにはそういうことをすべきなんだわ、私は」
私はたまたま父親が貴族だったから頼りに行ったけど、そうでなければ母の命は失われていたかもしれない。その試みについてはもっと詳しく知りたい。
「のど自慢大会に行ってもそれの詳細はわからないと思うが…まあいい、他の領を見るのも勉強だ。民の命のことも考えるなんて、王子妃候補としての自覚が出て来たではないか」
「へっっ?!いや、そういうつもりじゃなかったけど…」
お、王子妃候補……!!
いや、そうね。封印の為にも目指さなきゃいけないしね。それに…第二妃だとしても妃は妃、民の為に使える権力と予算はきっとある。
…という訳でこっそりスカルラット領のど自慢大会に来た訳だが。
私は茶髪のカツラを被っていた。金髪は目立つからとネレウス様が貸してくれた。
多少くたびれてるけどちょっと特別な日に町娘が着るくらいの服、を調達してもらった。これなら平民に溶け込める。
そして何故か――――――――――――ネレウス様も、大体同じ服装をしている。
「何で女装?!??!!」
「僕だとバレなければいいんだ。これなら貴公子だとは思われない」
「そうかもしれないけど!!」
サラサラの長い銀髪を結ばずに流し、首元はスカーフを巻いてささやかな喉仏を隠している。
まあ恐ろしいくらい似合っているけど…むちゃくちゃ美少女だけれども。いやこれダメなのでは?町の少年たちの初恋泥棒と化すのでは?
「万が一君がコンスタンツェ・ソヴァールだとバレた場合、男と逢引していたと思われるのは困るだろう」
王子の女装がバレた時の方が困らない?????
…困らない…のかな……。彼なら涼しい顔で「何か問題が?」と流しそうではある。
一応私の為だったようだし受け入れた。
ソヴァール領から来た女友達二人組という設定で散策。普通の人の振りをした護衛が二人近くに、二人が少し離れて傍にいる。
スカルラット領の一の町は、私が母と暮らしていた町よりも道路が整っていてゴミが少なく見える。こういう所に領主の器が出るのかもしれない。
出店が並ぶ町並み、買い物する明るい表情の人々。まだ朝だがもう賑やかだ。新年の祭みたいで楽しくなってきた。
「楽しみに来たのではないぞ」
「でも多少楽しそうにしないと不自然よ」
「…それもそうか」
無表情だが心なしか楽しそうなネレウス様と一緒にジュースを買って飲んだりした。立ちながら飲むというのに戸惑っていてちょっと可愛い。道行く人が男女問わずネレウス様を二度見して見惚れたりしている。普通に目立っちゃってるけど男だとは絶対思われてないからいいか…。
ふと、建物の間で腹を押さえて座り込んでいる町娘が見えた。
「…大丈夫?具合が悪いの?」
「あ、…ええ、ご親切にどうも、その、昨日腐りかけの果物をいけるかと思ってつい食べちゃって…」
腹を壊しているらしく少し顔色が悪いが、動けないことはないようだ。
「お手洗いに連れて行く?」
「いえ、行ったばかりよ…でもまたすぐ行きたくなるとは思うけど…うう、どうしよう、予選が始まっちゃう」
「予選?」
「あ、…ねぇ!私の代わりにのど自慢大会の予選に出てきてくれない?!」
娘はいきなり私にずいと迫って頼んできた。
「…はっ???」
「家族に参加賞のお菓子貰ってくるって約束しちゃったの…楽しみにしてるの…お願い!出店のお菓子なら何か奢るから…!」
「参加賞なんてあるの?」
「そうよ、去年はすごく美味しいクッキー貰えたの…髪の色も似てるしバレないわ!ミリーって名乗って呼ばれたら一曲歌ってくれればいいから…」
偶然、彼女と私のカツラはほぼ同じ髪色だったのだ。真っ直ぐな明るい茶髪にそばかすが共通点。確かにバレなさそう。
「…都合が良い。楽師バドルに会えるかもしれん。やれ」
ネレウス様がそう囁いた。この野郎他人事だと思って軽く命じやがって…とイラっとしたが確かにそれはそう。一応人助けにもなるし了承した。
終わる頃に近くで待ち合わせることにして、予選の場である集会所に向かう。
ネレウス様も入ろうとしたら「人数が多いので付き添いは入れません」と受付で言われてしまった。一人で待合室の椅子に座る。確かに人が沢山いて、付き添いも入れていたらぎゅうぎゅうになってしまうだろう。
自信有り気に出てくる人、手応えを感じなかったのか首を捻っている人、沈んだ顔で出てくる人。勝ち上がりたいのではないのだから別に失敗したっていいのだが、緊張してきた。
暫く待ってから「次の人、ミリーさーん!」と呼ばれて、奥の部屋に入る。
奥の部屋、座っている審査員と思われる三人の楽師。頭のつるりとした優し気な老人がいる。聞いた情報によると彼が楽師バドルの筈だ。
そして右側をふと見ると、…ジークリート様がいた。
い、いる――――――――――――――――――!!!!
予選の審査は部下に任せるかと思ったのに!いるのかい!!
じんわりと冷汗が出たが、若い楽師に何の曲を歌うか訊かれた。私は母と針仕事をしながらよく一緒に歌った、『絹の来た道』という歌を歌った。遠い異国から来た布地はどんな旅をしてきたのか、と想像する歌だ。
※※※
割と落ち着いて歌えた。正体に気付かれた様子もなかった。
よく考えるとジークリート様とちゃんと顔を合わせたのは入学式くらいだし、カツラ被ってこんなとこにいるなんて思わないわよね。気付かれたらまずいと思って結局楽師バドルに何も質問出来ずに急いで部屋を出た。予選通過の発表を大人しく待つ。
「―――…フレッドさん、ミリーさん、リリエさん。以上です。今呼ばれなかった人は残念ながら落選です。お帰り下さい。入り口で参加賞のお土産がございます」
厳格そうなメイドが通過した人12人を読み上げた。
えっ?あれ、…………受かってしまった?!
残念そうな声を出しながらぞろぞろと人々が出ていく。出入り口で綺麗な小瓶に入ったクッキーが手渡され、落ち込んでいた人もそれを見て嬉しそうにしている。
ど、ど、どうしよう。素知らぬ顔してクッキー貰って帰っちゃう?
でもすっぽかしたりしたら後でミリーが責められないかしら。一人足りなかったら運営の人も困るだろうし…
心の中で慌てているうちに「どうぞ、本選出場の人はこちらへ」とメイドに捕まった。
本選に出る12人は拡声器の使い方を教えられ、くじで順番を決め、後で集まる様に指示された。
集会所を出てミリーとネレウス様と護衛の所に合流した。ネレウス様、ミリーと何か話しているがボロが出てないだろうか。
ネレウス様に声をかけたそうな男がいると護衛が威圧して追っ払っている。ナンパ男ども、それは美少女だけど男だよ。
「あっ…おかえり!あれ?…クッキーは?」
少し顔色がましになったミリーに不思議そうに訊かれる。
「……ご、ごめん、本選に出ることになっちゃった…」
「ええーっ?!すごいじゃない!!応援するわ!大丈夫、クッキーは確か上位に入らなかった人も本選終わった後貰えるはずよ」
じゃあ本選に出なければいけないのか。なんてこった……具合が悪くなったとか言って棄権出来ないかな…。
ミリーとはまた後でと約束して別れた。彼女はまだ腹痛の波が来るのかお手洗いに駆け込んでいた。
「楽師バドルに質問出来たか?」
「いや、それが…ジークリート様もいて…バレちゃいけないと思って…周りに人もいるし」
「そうか…」
『薬草の栽培を増やす案は貴方が進言したのか?もしや未来を知っているのか?』をこっそり訊きたかったのだが、それを貴族の誰かに聞かれるとどこかの間者かもしくは頭おかしい奴かと思われその場で捕まるかもしれない。
しかし楽師バドル、一人きりになることがないかも。こっそり質問するのは難しいかもしれない。
「アマデウスにとって重要な人物だろうし、軽々しく一人にはさせんだろうな。不意を突いて無害な少女を装って近付く方が成功率は高いか…君から見て楽師バドルはどうだった?」
ああ、女装にはそっちの意図もあったのか。趣味もあるのかと思っちゃった。
「普通の優しそうなお爺さんに見えたけど…」
「異界の者らしさはないか…それか僕が直接見れば何かわかるかもしれん」
予言者同士なら何か感じるかもしれないし、封印が失敗する未来が視えているなら何がいけなかったのか聞き出したい。失敗を回避出来るかもしれない。
ネレウス様は最近また予知を行ったが、以前と同じものが見えただけだったそうだ。“異界からの来訪者”が介入した後の未来はやはり見ることが出来ないらしいと神殿は結論を出した。
封印の失敗を避ける為の手がかりを、どんなに小さい事でも掴みたいのだろう。
「本選の間も隙があったら楽師バドルに近付けないか様子を見るぞ。君が上位に入れば…賞金の受け取りなどもあるし近くで話が出来る可能性が高い。頑張って上位に入れ」
だから他人事だと思って!!!この野郎!!!!!!




