期待
【side:リリエ】
アマデウス様の演奏会の踊り子として無事採用された日。昔の恋人が貴族になっていたことを知る。
審査員として現れた三人、おかっぱの楽師とロージー、酒場でロージーの隣にいた美女。しかし美女は髪が短くなっていた。切ったのだろうかと驚いた。楽師の服は男女に特に大きな違いはないからマリアという名前を聞くまであの美女の弟か何かかと思ったが確かに本人だったし女だ。
町で噂に聞いた貴族になったという楽師がロージーとこのマリアさんだった。夫婦ではなく間柄としては義理の兄妹にあたる。
…という話は宿に戻ってから団長とリズさんに聞いた。
「何で逃げたのよリリエ、ロージー…様はあんたと話したかったみたいよ」
「だって…」
そう、貴族になったのだから様付けで呼ばなければならない。内輪で話す時は呼び捨てでも構わないが、体裁として仕事の場では様付けにしてもらう必要があると団長たちも言われた。
金持ちの家に婿に入ったとか、そういうのだったら気持ち的には失恋だけど素直におめでとう良かったわねと言えた。
でも貴族になったって何。そんなことある?
何て言っていいかわかんなくなっちゃったのよ……。
兄妹って、多分財産分与?とかの関係でそういうことになっただけで実質夫婦でしょ。
それでも独身というだけで何か期待してしまいそうな自分が嫌になる。
「リリエ先輩とあのロージー様が昔良い仲だったって本当ですかぁ?信じられない~あんなに出世して美人な奥さんもいて、残念でしたねぇ~~~」
ザーラが楽しそうに煽ってくる。殴ってもいいかしら。舞台を控えてるし我慢するか…。
「わからんぞ、夫婦とは言ってなかったし、あのマリア嬢はアマデウス様の愛人かもしれん」
キール団長が半分冗談半分本気というふうに言った。
「でもね、あたしたちと一緒に採用試験受けたもう一つの一座がいたでしょ?あそこの団長、マリア様にどうかアマデウス様によろしくって賄賂持って行ったみたいなんだけど、『勘違いするな、自分はそういうのじゃない』って突き返されたらしいわよ」
リズさんはそのもう一つの一座の数人に小銭を握らせて話を聞いたようだ。町でアマデウス様の演奏会がどういうふうに知られているのか、以前の会はどういう感じだったかとかも試験前に色々調べていた。そういう小まめな情報収集はリズさんがよくしているし私も時々手伝う。この採用試験を最初に聞きつけて来たのもリズさんだった。
その一座からは楽器隊は採用されていたが、踊り子は全員不採用だったらしい。なかなかの美人揃いだったので少し意外。まぁ、確かに肝心の踊りはそこまで上手ではなかった。色気はあったんだけど。貴族の主催する会だし色気で勝負する舞台じゃないという判断かしら。
―――彼女がアマデウス様の愛人ではないのなら、やっぱりロージーの……
溜息を飲み込んで、今はひとまず彼に恥ずかしくない良い仕事をしようと思うに留めた。
そう思っていたら次の日に彼とバドルさんが宿を訪ねて来た。
団長とリズさんと楽器隊の古株の数人がバドルさんとの再会を喜ぶ。
バドルさんは十年前と全く変わらない、むしろ少し若返ったような顔で微笑んだ。しかしロージーに再会した時と同じでその服装の変化にたじろいでしまう。
楽師の服の上に羽織ったローブは華美ではないが触り心地の良さそうな高級生地。元々放浪者にしては上品な人だったが、汚れ一つない上下を身に付けていると富豪の隠居のようだ。護衛も一人付いていた。
飲み屋で軽く摘まみながら、バドルさんの話を聞いた。
なんとバドルさんは元々没落貴族の息子だったそうだ。最近スカルラットでアマデウス様に雇われ、その繋がりで知己に再会。その友人が色々便宜を図ってくれて、ロージーが養子入りすることになったという。
楽師が貴族になったという話は非現実的にしか思えなかったが、そういう繋がりだったと聞くと腑に落ちる。
敢えて目を逸らしていたが、ふと目をやってしまってロージーと目が合う。
「…リリエ、久しぶりだな。元気そうで本当に良かった」
「え、ええ。ロージーも…」
「この子ま~だ独身なのよ!こないだバルとも別れて。ねえ、気の知れた仲だし、ロージー様の第二夫人にしてもらえんかしらね?」
「リズさん!もう、やめてよ」
ロージーが右眉をぴくっとさせた。ちょっと気に障ることを言われた時の仕草、変わっていない。…気を悪くしたかしら。残り物を気軽に押し付けるみたいなこと言われたら嫌よね。
「第二夫人って…俺はまだ独身だよ」
「あの綺麗な人は?マリア嬢。良い仲なんじゃ?」
キール団長が真面目な口調で聞いた。好奇心もあるが人間関係を把握しておきたいのだろう。
「やめてくれ、あいつはそういうんじゃない。マリアは仕事仲間だ、仲は悪くないが男女の仲じゃない」
「ではやっぱりアマデウス様の方の?」
「ああ、もっとやめろ、マリアがキレる…。マリアは…男嫌いだからそういうふうに言われるのが嫌いなんだ。あとデウス様は歌姫に手を出す人じゃない。婚約者のご令嬢に一途な方だ」
てっきり彼女のことを誰かの愛人だとばかり思っていたが、男嫌いって。男装しているのはそのせい?アマデウス様の趣味か何かかと思った。
そしてアマデウス様のことを愛称で呼んでも許されるくらい気に入られているのか。
「…俺は独身だから」
「……そ、そう」
ロージーがキッと眉を吊り上げて私を見つめた。明らかに私に向けて言っている。
…期待してしまって、いいのだろうか。今のロージーにとって私はどう見えているだろう。
※※※
踊り子は何かあった時の交代要員として二人多めに雇われていた。練習の成果を見てから補欠を選び、あぶれた二人の給料は出演した者の半分とのこと。半分もらえるのは安心したが、練習するからには出たい。
マリア様の曲『恋』に合わせた踊りは独特で、踊っていて楽しかった。覚えるのもそこまで難しくない。だが単純な踊りは技量が出ると思う。指先や爪先、衣装の揺れまで考えて体に動きを覚え込ませる。考えて動くことを繰り返して、本番では頭が真っ白でも体が動くようにしておくのが理想。
「貴方、上手いわね…」
練習中にマリア様に話しかけられた。すらりとした美少年に見えるからドキッとしてしまった。踊りの指導を担当しているシイア夫人も一緒に「ええ、抜群に上手い」と褒めてくれた。
「一人だけ上手過ぎて、浮いてしまうかもしれない。……いや、周りに頑張ってもらいましょう。貴方たち、リリエの踊り方を手本にして練習して頂戴」
多分一番年上で、しかも一番顔が良くない私は踊り子の中でそこはかとなく居心地の悪さを感じていたが、褒めてくれたおかげで他の踊り子たちは素直に尊敬の目を向けてくれたり私の踊りを凝視してきたりした。ザーラだけは不満そうな顔をしていたが。
マリア様の歌声を初めて聞いた時、あんな美女が誰かの愛人ではないなんて不可解だなと思っていたことを少しだけ恥ずかしく感じた。芸を誰かに気に入られる為の道具にしている人間の声ではないと勝手に思ったから。
ある日練習後にマリア様に声を掛けられた。
「少し、いい?」
舞台の裏にある小部屋に呼び出された。もしかしてやっぱりロージーとは良い仲で、牽制されたりして…とドキドキしたが、全然違った。
「ちょっとだけ、歌って見せてくれない?」
「…歌?ですか?」
「ロージーが貴方は踊りも歌も上手いって褒めてたわ。聴いてみたいの。少しで良いから」
子供っぽさを目に宿してそう頼まれる。歌手の前で披露するのは緊張するが、私は要望通り歌い慣れている春を寿ぐ歌を歌ってみせた。
マリア様はじっと歌に耳を傾け、終わった後は真面目な表情で私を見据えた。
「…どこか少年っぽさがあって瑞々しい声…うちにいない声だわ…」
「あの…?」
「ねえリリエ、…のど自慢大会に出てみない?」
「はい?」
のど自慢大会とは、スカルラットでアマデウス様が去年初めて催した大会。
それについてはリズさんから聞いたことがある。今アマデウス様に雇われている歌姫はそれで上位に入った歌い手たちなのだと。賞金もすごい。聞いた時今年もやるなら出てみたいと思ったが、その時にはもう参加申し込み期間が終わっていたのだ。
「申し込み期間は終わったのでは?」
「貴方にやる気があるなら捻じ込む。大丈夫、予選から受けてもらうし参加者を一人増やすくらいなら叱られないわ」
「でも…いいんですか、なんで」
「別に勝たせてあげようなんてしないわよ、大会が盛り上がって、良い歌い手が見つかればアマデウス様もお喜びになる。貴方の実力が確かなら賞金が手に入る。どう?」
「…断る理由はありませんが…」
「そう、じゃあ待ってね、日付と集合時間は…」
私のことなんて相手にならないと思っているからむしろ親切なのか、それか本当にロージーのことを男としては何とも思っていないのか、ロージーが私と昔恋人だったことは知らないのか…。訊いてみたかったけれど勇気が出なかった。
※※※
練習中に会場に来たロージーと顔を合わせても、目が合ったら軽く笑うくらいが精いっぱいでなるべく避けた。
期待と期待が裏切られるかもしれないという不安で彼に近付くのが怖い。
―――もし、のど自慢大会で勝ち上がって賞金を貰えたら。
それで身なりを整えて、少しでも自信を持てたら、ちゃんと彼と対面しよう。
「…アマデウス様?」
「デウス様?!」
マリア様とロージーが会場入り口の方を見て驚いた声を上げる。そこには二人の騎士に挟まれた少年がいた。後ろからバドルさんと楽師服の女性が二人入ってくる。
「え、本日お越しになる予定でしたか?」
「いや、急に来た。悪いね、少し確認しておきたいことがあって」
ロージーと気安い会話をした少年に、舞台練習の順番を待っていた楽器隊も気付く。
「―――平民は膝を付いて手を胸に当てよ!」
一歩前に出た女騎士がそう呼びかける。貴族と初めて挨拶する時平民は膝をつかねばならないことは心得ているが、急だったので皆ハッとして慌てて屈んだ。
「突然お騒がせして申し訳ない、共に舞台を作り上げてくださる方々。アマデウス・スカルラットと申します。どうぞよろしく。楽にして下さい」
あの紅い髪の少年が、アマデウス様。
想像と少し違った。ぴんと伸びた背筋と優美な刺繍が入った服、はともかく、あまり貴族っぽくない物言いと人懐っこい笑み、溌剌とした声。
そろそろと立ち上がる。後ろにいた女性二人がすっと前に出てスカートを摘まんだ。
「歌い手を務めております、ソフィアと申します。よろしくお願い致します」
「同じく歌い手のスザンナと申します。お見知りおきを」
可愛らしい少女とふくよかな女性が物腰柔らかに礼をした。彼女たちが歌姫か。お金持ちの家出身なんだろうなぁ、教養を感じる。
何か手元の板を見て話しながら舞台裏へ向かう御一行。演出の話し合いか。その途中、アマデウス様がふとロージーに何か言って、こちらを見る。そして徐に近付いてきた。えっ。
「初めまして。貴方が…リリエさん?」
「は、はい!」
「マリアとロージーから話は聞いてます。よろしくお願いします」
「は、…はい…!」
踊り子に対する対応なんて下卑た視線を向けるか、つまらないものを見る目で一瞥か、美人に対しては物欲しそうにするか…くらいのものだが、初対面で、しかも化粧をしていない時に男からこんなに真っ直ぐ好意的な笑顔を向けられたのは初めてだ。
あと男女問わず胸に目を引寄せてしまうところがあるのだが、アマデウス様は胸に目線がいかなかった。正直驚いた。
天才とまで言われる人は違うのか。それに、どちらかというと貴族を嫌っていたロージーが信頼した人だもの。女にだらしないってことはなさそう。
ところでマリア様とロージーから聞いた話ってどういう話ですか?…なんて訊く度胸はまだ、ない。




