暗雲を晴らす
「…どうしたの?何か…暗いけど」
シャムスは帰宅し、バドルと音楽室に行くと楽師たちがいつも通り楽譜を書いたり練習している。しかしどこか空気が重い。
「ええ、それが…」
マリアが小声で俺とバドルに教えてくれる。
スザンナは、先日息子のレクスを連れ出しに行ってきた。
畑を奪ったもののろくに手入れもしてない義兄は飲んだくれていて、化粧をし小奇麗な格好をして行ったスザンナをスザンナとは最初わからなかったそうだ。
義兄は抵抗しようとしたが、シャムスの家の用心棒に簡単に転がされ、レクスを連れ出すことには成功。よくわからないままに連れ出されたレクスは、シャムスの家でこれから一緒に暮らそうと言われたところひどく動揺し怒りを露わにした。
「父さんの畑を捨てるのか!?勝手なことするなよ!!暫く耐えたらあの畑は俺のもんになるんだ!!なんなんだよその格好、化粧なんかして… 歌手?お貴族に囲われて?娼婦の間違いだろ、畑をほったらかして遊んでたんじゃねえか!!」
スザンナはレクスをばちこんと引っ叩いて怒った。
「ああ!?お前今、娼婦を馬鹿にしたかい!?母さんは娼婦はやってないけど娼館の掃除婦はやってたんだよ、娼婦だって色々いる!職業だけで人を馬鹿にするなんて恥ずかしいと思わないかい!!それに遊んでないわ、歌手は楽しいけど楽しいなりに大変だったっての!!!」
と盛大に喧嘩した。
マリアたちに宥められ、スザンナはいずれ自分たちの土地を買ってまた畑を作るつもりだと説明したらレクスは不満そうにしつつも黙った。その後レクスはシャムスの家の使用人としての仕事は大人しく習っているが、まだスザンナとは口をきかないらしい。それでスザンナは落ち込んでいる。
「そっか…大変だったね、スザンナ」
「ああ、…すみません、時間を置けばあの子もわかってくれると思うんですが」
「そうだね。それに、文句が言えるんなら良い方なんじゃない」
「え?」
「黙って静かに従う方が心配だろ、子供がさ…文句言うってスザンナに甘えてるってことでもあるんじゃないかな。一人で不満を抱え込むより健全だよ、多分」
一人でも頑張って手入れしていた、父母との思い出の畑を手放すのは辛いだろう。理屈では、子供一人では続かないし体を壊す前に離れるのが良かったとわかっていても。スザンナが言うように時間がきっと解決してくれる。
「…アマデウス様は時々子供とは思えんこと言いますよねぇ、レクスとそんなに変わらん歳なのに…」
「そ、そう?」
まぁ俺は積み立て精神年齢もあるから…。
レクス君は今11歳だという。どんな子だろう。近いうちに一回顔を見に行こうかな。
そして暗い雰囲気を醸し出しているもう一人はロージー。
一昨日マリアとロージーがこっそり飲み屋で飲んでいた所、旅人時代のロージーの昔馴染みに再会した。
ロージーが懇意にしていた娘・リリエには何故か逃げられてしまい、仕方なく家に戻った。次の日マリアのバックダンサーの採用試験に訪れた旅芸人の一座、エノテカ座がその昔馴染みだったのだ。
一座で顔見知りだった面々はロージーが貴族になっていたことにとても驚き、戸惑いながらも祝福したが、リリエはロージーを避け、試験が終わって採用されても逃げるように宿に戻ってしまった。
ロージーは何故避けられてしまったのかわからずに落ち込んでいるらしい。
「私が飲み屋で隣にいたことから誤解されているのかも…で、ロージーが弁解しようとしたのですけれど避けられて逃げられてしまって。少々責任を感じてはいるのですが」
「採用試験の時は男装でしょ?ロージーとは義理の兄妹だって言ったんじゃないの?」
マリアは町に出る時は自前のカツラを被っているが、歌手活動の時は短髪だ。美少年に見える。
「言いましたが、ほとんどの人間には建前だと思われている可能性が高いです。身分の上では兄妹になっているだけで夫婦だと思われていそうですね。あと私がアマデウス様の愛人だと思ってどうかよしなにと賄賂を渡そうとしてくる者もおりました。否定して突っ返しましたが」
「あー、そっか…」
そのリリエって娘、少し前にバドルがこっそり教えてくれたロージーの想い人…だよな?バドルに目を向けると頷かれた。
俺は一旦休憩と呼びかけて、お茶を用意してもらい皆を集めた。
「この後夜に、私もエノテカ座のいる宿に挨拶しに行こうかと。ロージー、一緒に行きましょう」
とバドルが言うとロージーは困ったように微笑む。
「はい…」
「…ロージーはまだその子のこと好きなの?」
「えっ!……、はい…」
ロージーは何で知ってるんだと俺を見てから、マリアに恨めしそうな目を向けた。ソフィアとスザンナ、ラナドもマリアから軽く事情は聴いていたようで少し気まずそうにしている。
「じゃあこれを機に求婚するの?」
「きゅっ……いや、まだまともに話も出来ていないのでそこまでは考えていませんでしたが… …でも、そうですね…この機を逃したらまた再会することは叶わないと思うので、はい。求婚したいと…思っています」
赤面しながら恥ずかしそうにぼそぼそと言う。アラサーのイケメンだけど初心だなぁ。
「彼女の方がすでに結婚してるってことはないの?」
「一座の団長になっていた夫婦とは話が出来たので聞きました。リリエはまだ独身で恋人も…今はいないと」
「お、良かったじゃん~!」
「でもあからさまに避けられているのが何故かわからなくて…」
「そりゃあ…恥ずかしいんじゃないの」
「恥ずかしい?」
ロージーは首を傾げた。他の皆も「?」という顔をした。バドルとソフィアは何となくわかるのか視線をお茶に落とす。
「昔の恋人がすっかり立派になっちゃってるんだよ。綺麗な身なりで美人が傍に居て、でも自分は昔と変わってない。ロージーのことがまだ好きかどうかは別として、すっかり気が引けてしまって恥ずかしくなっちゃっててもおかしくないでしょ」
初めて会った時のロージーの身なりはまさにホームレス、というまあまあひどいものだった。
あの時は特に金がなかったにしても、放浪者だったのが今や貴族で普段着も金持ちであることがうかがえる物。
学生時代貧乏仲間だった友人が久々に会ったらすっかり立派になっていて、自分はまだ貧乏なままだったら―――自分に特に恥じることはなくても劣等感を感じてしまう…みたいな。
「…そこまでは気が回りませんでした」
また会えると思ってなかった相手に運命的に再会だもんね、浮かれちゃってたんだね。
「というか、シャムス翁はロージーと旅芸人の娘との結婚をお許しに?良い顔はなさらないのでは」
ラナドがバドルに尋ねる。平民ではなくなったのだし確かに義理の親のシャムスに許可は得ないといけない。
「そういえば…反対されるでしょうか」
「大丈夫ですよ、ロージーもマリアも結婚する気がないらしいと諦めていたところですから、むしろお喜びになると思います。生きている内に孫の顔が拝めるかもしれないと」
不安そうな顔になったロージーにバドルがのんびりと言った。バドルがそう言うなら大丈夫だろう。シャムスが反対してもバドルが説得出来そう。
旅芸人の一座からは数人を踊り子、それ以外の芸人は裏方や楽器隊として雇っている。
旅の一座は欠けたり加わったりして入れ替わっていき、昔とはメンバーがほとんど違うらしくロージーたちが知っているのももう数人。脱退するのは病気や死亡、稀に町民との結婚だという。
リリエさんは踊り子として採用されている。あまり器量は良くないが歌と踊りが上手いとバドルから聞いた。歌を聴いてみたいな…。マリアの舞台練習風景を確認しに行く時に顔を合わせることが出来るだろう。
ロージーの嫁になってくれるかどうかは、今後のロージーの努力に期待。
『恋に浮かれる』がテーマなのに何処か皆沈んだ顔しているのは困るので何とかなってほしい。
※※※
休み明け、登院するとジュリ様が久々に仮面を被っていた。
「白粉が足りなくなってしまって、今日だけ久しぶりに…」と言っていたが、何となく違う理由のような気がした。どことなく元気がない。
帰りの馬車の中で何かあったのかと訊こうと思ったが、その日は訓練して行くとのことで訊けなかった。
次の日にはまた化粧した状態で登院なさっていたが、馬車チューした後やはりどことなく元気が無いので「何か気落ちするようなことがございましたか?」と訊くと「…嫌な夢を見てしまって」と目を伏せた。
「…私の夢見の悪さがうつってしまったのでしょうか。すみません」
「いいえ、そんな。…ただの夢だとわかっていても、気になってしまうものですね」
どんな夢を見たのか気になったが、俺も夢の内容全部は話したくなかったし、口に出したくないかもしれない。
俺は軽く彼女の髪を撫でて「俺が出来ることがあったら遠慮なく言ってくださいね」と言った。
「っ…それでしたら、あの、…デウス様が、わたくしにしてほしいことはございませんか?」
「え?逆に?」
「色々頂いてばかりな気がして…」
「そんなことないと思いますが」
そういえば俺が贈った赤い絹地は、今スカートに仕立てている所だそうだ。
その後ジュリ様からも婚約一周年の記念に、と黒金剛石のボタンが14個、箱に納められて贈られてきた。銀の縁に嵌めこまれた大粒の黒い宝石、これを14個というと結構なお値段になったであろうことは想像に難くない。14というのは多分年の数か。俺も結構値の張るものを贈ったが、今更ながら貴族の高価なやりとりにちょっとビビった。
「デウス様を繋ぎとめる為に出来ることはしておきたいのです」
「…どこにもいきませんよ、心配なさらずとも」
俺が離れていく夢を見たのだろうか。
俺は全く気付いてなかったけど王女が俺に気があるって情報はジュリ様には届いてたのだろうし、その辺りでやっぱり不安にさせてしまったのかもしれない。縋るような目で見つめられてしまい、俺は何かあるかなと考えた。
―――――いや、あるっちゃあるけど…。破廉恥なことなら色々……。
でもそういうことは結婚するまでちゃんと我慢するつもりだし、まあ多少、身体の触り合いとかなら、16、17歳くらいになったら少しは…と妄想したりもしているが。まだ早い。まだ。うん。
だから今の時点でジュリ様にしてもらいたいことというと、この間みたいにキスしてもらうとかそういう(まだ一応)健全なものに限られるのだが……
あ。そうだ。
「では、…膝枕はどうでしょう」
「ひざ…まくら?」
耳馴染みのない言葉にジュリ様はきょとんとした。
「こ、この姿勢を膝枕というのですね……」
膝枕という行為を見る機会は貴族にはあまりないのかもしれない。
見るとしたら仲の良いカップルが身近にいるとか、大人が小さい子を寝かしつけてるところとか?ジュリ様は見た覚えがないらしい。
視線を泳がせるジュリ様の太腿の上に俺は頭を乗せている。馬車の椅子に座っている関係で顔はジュリ様の体の方ではなく外を向かざるを得ないからあまり彼女の顔が見えないが、恥ずかしそうにもじもじしていることはわかるし伝わる。
言われてみれば膝というより腿枕だな。
ヤバい、今ジュリ様の太腿に布越しで触れている、と思うとめっちゃドキドキする。弾力のある柔らかさと温かさ、自分から言い出しといてなんだが健全ではないかもしれない。エロい行為のような気がしてきた。
「これは、デウス様、嬉しいのですか…?」
「すごく嬉しいし楽しいです」
「そ、そうでしたか」
「…でもそろそろ長居し過ぎですね、自重しないと」
俺は楽しいが軽いセクハラかもしれん、と思って頭を上げようと思ったが、ジュリ様が俺の横髪を軽く持ち上げて耳にかけた。
「…少し恥ずかしいですが、とても甘えて頂けているみたいで、わたくしも嬉しいです…」
と可愛らしい声で耳元に囁かれた。
おおおおおおぉゎ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!
脳内でダダダダーンとベートーヴェンのオーケストラが鳴り響き、いや鳴り響いてる場合ではない。
多分耳まで赤くなってるだろうから今更だが、片手で顔を覆って暴れる心臓を落ち着かせようと深呼吸した。
「―――そりゃぁ、相当甘えてないとこんなこと頼めませんね…」
「…ふふ、おかわ…いえ、ふふ」
今お可愛らしいって言おうとした?
恥ずいっちゃ恥ずいが、まあ、ジュリ様が笑ってくれてるならいいか…。




