計算高い男
【Side:コンスタンツェ】
「コンスタンツェ、またここにいたか」
「あ…ごきげんよう、ユリウス殿下…と…」
空き教室で授業の復習中、時々ユリウス殿下が様子を見に来る。今日は何と隣にネレウス様までいた。
「弟のネレウスだ。学院の見学にな」
見学という名目でアナスタシア王女がアマデウス様にちょっかいを出し過ぎないように見張りに、ですね。
「君がコンスタンツェ・ソヴァールだな。噂は聞いている」
もう何度となく会っているのだが、全部非公式なので今が初対面という体である。
「お初にお目にかかります。ソヴァール男爵が三子、コンスタンツェと申します」
立ち上がって丁寧に礼をするとユリウス殿下が「淑女らしくなったではないか」と笑った。初対面の時の90度謝罪のことを思い出しているのだろう。むっとして軽くと睨むと「褒めているのだぞ」と悪びれない。
そしてネレウス様は何を思ったのか、人形のような無表情のまま私に近付いて軽く顎を掴んだ。
「悪くない。満足いく嫁ぎ先がなければ私が貰ってやってもいい」
はぁ???????????
何言ってんだこの人は… …と思ったが、すぐ悟った。
私の金髪は需要がある。どこからともなく湧いてきた令息から「親戚の方が後妻を探しているのだが」とか「縁談がある」とか声を掛けられることは時々ある。『有り難く思え』という態度が透けて見えるのがほとんどなので「あ、間に合っています!」「立ち会えるお友達が今いないので!」とか言って誤魔化して逃げているのだが、逃げられないこともこれからあるかもしれない。また来たのか、というしつこい輩も数人いる。
意に染まない縁談を持ちかけられた時、『私は第二王子殿下からもお声がかかってるんですが???』と言ってしまえばよほどの考えなしでなければ引き下がる。
表向き初対面の私に、そう言ってしまえる言質をくれたのだ。
…それか、もしかしたら、私が黒い箱の封印とか殿下との恋愛に失敗したら本当に嫁にして面倒見てくれるつもりなのかもしれない。
でも女より男の方が好きなんだよなぁネレウス様は……まぁいいけどね、なんだかんだ良い人だし、お飾りの妻でも悪いようにはしないでくれそう。
「有り難き幸せでございます」
大人しく礼を言っておく。笑顔は多分ちょっとぎこちなくなっちゃったけど。
「はっ?なっ…ネレウス、お、お前……?!」
ユリウス殿下は動揺している。そりゃ普段そういうこと全く興味無さそうな弟が急に女ひっかけたら驚くわ。
「何か?僕は侯爵家に入りましたが跡取りという訳ではないので、嫁が男爵令嬢でもそう問題はありません」
「い、いや、それはそうだが…こういう娘が好みだったのか?」
「金髪は誰でも好きでしょう」
思っても無いことをしれっと抜かしますねぇ。
呆れた心持で目を合わせると彼は心なしか自慢げだ。はいはい、ありがとうございます。
「…コンスタンツェも、ネレウスの方が好みか」
不満そうな顔でユリウス殿下が私を睨んだ。こういう時はおだてて機嫌を取った方が良いのかもしれないが、
「ネレウス様は私を正妻にしても問題ないそうですし、好みかどうかは別としてユリウス殿下よりは嫁ぎ先として現実的ですよね」
と正直に言うとユリウス殿下は衝撃を受けた顔になった。
「何故ネレウスを普通に呼んでいる?私のことはまだ殿下と呼ぶのに」
えっ、そこ?
ネレウス様が王子であることは周知の事実なので皆殿下と呼ぶが、一応臣籍降下しているので本人が気にしないのなら様付けで問題ない筈だ。
「別にいいですよね?ネレウス様、で」
「構わない」
ユリウス殿下が拗ねた顔で私とネレウス様を交互に見る。ちょっと可愛いな。
「私も同じように呼ぶがいい、コンスタンツェ」
「では…ユリウス様?」
「許す。…少しいいか、ネレウス」
「ええ。それでは、また。コンスタンツェ嬢」
ネレウス様が私に目配せして去って行く。それを見て不満顔になるユリウス様。
ああ、そっか、あれか。私に気があるように仄めかしてユリウス様にやきもち焼かせようとしてたのね。今気付いた。
でもやきもちなんて焼くかしら。
世間話している時に気付いたけど、自分より美形のアルフレド様にはちょっと嫉妬心があるみたいだったな。単純に自分よりも令嬢にモテてる相手がいると拗ねるだけでは。子供っぽい。勉強を教えてくれる横顔は素敵なのにな…。
――――単純な頭をしている自覚はある。
最初はムカつく人だったのに、今は素敵だな、何か可愛いなと思うことが増えた。もし彼の妻になれるなら第二妃だろうと第三妃だろうとそれもやぶさかではない、と思ってしまっている。
私は正妃にはなれない。
ユリウス様と想い合えても、彼には他に身分の高い妃が必要で。彼のたった一人にはなれないし、命を狙われ続ける生活になる……
私はそんな生活で、幸せを感じることが出来るんだろうか。
……いや、今は封印を成功させること第一に考えなきゃ。
疫病が流行ったら国の危機、個人の幸せがどうのなんて言っていられなくなるんだから。
※※※
「…アマデウスとアナスタシアがくっつくことは無いかもしれない」
「え?何でですか?」
次に神殿の奥の部屋で面会した時、ネレウス様が少し気の抜けた顔でそう言った。
「兄上から、陛下と正妃の見解を聞いたんだ」
――――――――――――――――――――――――――――――――――
ユリウス様曰く。
「アナスタシアがシレンツィオの怒りを買うことが心配だったのか?ああ、それは…私も良くないと思ったので、父上に、アナスタシアがアマデウスを望むのは諦めさせるべきだと進言しに行ったのだ。そこで父上の説明を聞いて納得した。
――――――アマデウスは、稀に見る計算高い男だ。
男爵家に生まれながらも聡明さを示しスカルラット伯に見込まれ、音楽の素養を使って周囲の好感を得て、ジュリエッタに取り入って未来の公爵夫の地位を得た。シレンツィオはアマデウスに隠密を付け行動を見張っているだろうが、婚約後も特に公爵から圧力を受けている様子はないことから、振る舞いに浮ついたところもないのだろう。
幼い頃からそれだけ慎重に自分の価値を高めてきた男が、今更未来の公爵夫の立場を手放すとは、父上も母上も考えていないんだ。
アナスタシアは王族だがいずれ侯爵位を与えられる予定で、結婚するとしたら彼は侯爵夫になる。公爵夫には劣る上、アナスタシアは何人か夫を取るかもしれない。寵愛を失って立場が揺らぐ可能性があるアナスタシアより、夫を複数取る可能性がほぼないジュリエッタの夫になる方が遥かに安泰だ。
それに、今更ジュリエッタからアナスタシアに乗り換えるような真似をすれば社交界でどれだけ評判が下がるか。商売にも多大な支障が出る。
そして極めつけに―――私は知らなかったのだが…あれの母親は母上と正妃の座を争った悪名高い毒婦だそうでな。もしアナスタシアと結婚しようものなら最大限警戒され、周りは王家の息がかかった者で固められ、自由の無い生活を強いられるとアマデウスも予想がついているだろう。
そういう訳で―――アナスタシアがどれだけ魅力的だろうと、野心家のアマデウスが誘惑に乗ることはなかろうと、父上も母上も判断したのだ。アナスタシアも、最初から反対されるよりやるだけやって失恋したのなら納得するだろうと。万が一アマデウスがアナスタシアと恋に落ちて全てを投げ出したとしたら、その時は仕方ない。王家として万全に警戒する、だそうだ。
そう言われると私も、奴がアナスタシアに靡くとは思えなくなった。噂を聞く限りでも奴はジュリエッタに忠実な婚約者だ。だからそう心配することはないと思うぞ。アナスタシアは少し可哀想だがな……」
――――――――――――――――――――――――――
そう理由を並べられるとなるほど、とは思う。
アマデウス様がジュリエッタ様に振り向かなかった未来ばかり見て来たネレウス殿下がその考えに至らなかったのは無理もないだろう。
「…しかし、別方向で少し不穏なこともある」
「別方向?」
「君を妃に迎えたいならばジュリエッタを正妃に据えるべきだと兄上に吹き込む輩がいるようでな。ジュリエッタが聖女であると把握している宰相辺りの使いだろう。聖女が出ることでシレンツィオの発言力が強まるのも嫌だから王家に取り込んでしまいたい…その為に少々強引にアマデウスをアナスタシアと一緒にしようと動くかもしれん」
「……うん????私を妃に迎えたい…なら???」
「ジュリエッタ以外の候補の令嬢だと間違いなく君を邪魔に思って命を脅かすからと…それは事実だが。ジュリエッタと君、二人とも王家に入れてしまった方が王家の威信も守れて、封印成功の確率も上がるという考えだな。金髪の王子に期待し過ぎなんだ老害め…ジュリエッタの懐柔は兄上には荷が重いと言うに」
「ちょっとまって??ユリウス様が…私を妃に迎えたいって、言ったの?」
ネレウス様はまた自慢げに少し口角を上げ、目を細めた。
「真剣に考え始めたようだ。僕に奪われるかもしれないと思ったら焦ったんだろう、作戦通りだ」
「さ、……そう、ですか…」
顔に血が上るのがわかった。正直、嬉しい。
ユリウス様が、私と結婚したいと考えてくれている。もっと美人を選び放題な人が、私と。何でだろうとも思うけど、…嬉しい。
でも…私が輿入れする為にジュリエッタ様がアマデウス様と引き離されるのは困る。ユリウス様もそんなのは承知しないとは思うけど…。
「平民の粗野な男たちを見慣れていたおかげか、顔の良い貴公子に好意を示されるとコロッと惚れてしまうところは君の長所だな」
「け、喧嘩売ってます???」
「褒めている。伴侶が必要な聖女候補としては実に都合が良い」
こ、コロッと…惚れてしまう… 情けないが、うん…そういうとこあるのかもしれない。
気を付けよう…。
アルファポリスさんの方では表紙が設定出来るのでそれっぽい表紙を作りました。よかったら見てみて下さい。




