友達でいてくれる?
「お待たせ」
凛ちゃんはなに食わぬ顔でキッチンに入ってきた。
黒が基調のメイド服とは正反対の白のワンピース姿、所々に薄いピンクの薔薇の刺繍があしらわれいる。
その姿は、その服装は、まるでさっき見た凛ちゃんの姿の様な、真っ白い肌に付いていた傷跡の様だった。
僕は思わず綺麗……と言ってしまいそうになるのをこらえた。
そう思ったとしても言ってはいけない……あの傷は綺麗な物ではないから、凛ちゃんの傷、心の傷なのだから……悲しくて辛い凛ちゃんの歴史の傷痕なのだから。
でも、僕はそれくらい凛ちゃんの身体を、傷を……綺麗だって思ってしまっていた。
まるで今着ているワンピースの刺繍の様に、その薔薇の花の様に……綺麗だったって……心から思ってしまっていた。
凛ちゃんは、さっきまでの事は無かったかの様に笑顔でいた……まるで夢でも見ていたかの様に、何事もなく……でも僕は見逃さなかった……凛ちゃんの目が泣いた後の様に赤くなっている事を。
僕はさっきまでの事が、夢の中の出来事の様に思えて来ていた。
凛ちゃんの赤い目を見るまでは夢だったのかと……でも現実なんだ……これって全部現実なんだと、そう思わされた。
そう、現実……僕のこの気持ちも現実。
「あ、あのね凛ちゃ」
「あ、そうそう美味しいケーキがあるのよ、食べていって」
凛ちゃんはそう言って、僕の言葉を遮る様に背中を向け、冷蔵庫からクリームたっぷりのロールケーキを取り出すと、包丁で切り分け、お皿に置いて僕の前に出した。
「あ、うん……ありがとう……えっとあのね」
「あ、コーヒー入れ直さないとね」
僕がなにかを言おうとすると、凛ちゃんは再び僕に背を向けてコーヒーを入れる準備をする。
その背中を見て、凛ちゃんの背中を見て、再びさっきの……さっき見た凛ちゃんの身体の事が、傷痕が頭を過る……傷だらけの凛ちゃん……。
そう……凛ちゃんは傷だらけなんだって、心も身体も傷だらけなんだって……冷静になり、そう思った。
そんな凛ちゃんを僕が、僕なんかが癒せるなんて、癒したいなんて一瞬でも思った事が烏滸がましいって、そう思った。
多分凛ちゃんもそう思っているんだろう、だから同情するなって言ったんだろう……。
もし僕が仮に僕がここで、凛ちゃんに告白して、もし万が一凛ちゃんがうんって言ったとして、そんな勢いで僕と凛ちゃんが付き合ったとして……泉はどうなるんだ? 愛真は? まあ……愛真は忘れるとしても、僕は泉の事を忘れる事が出来るのだろうか?
凛ちゃんは鋭い……凛ちゃんと一緒にいる時、僕が泉の事を考えていたら凛ちゃんには直ぐにわかるだろう、そしてそれはまた凛ちゃんを傷付ける事になる……。
同情ではないのに、僕が同情で付き合ったって思うかも知れない
「はいどうぞ」
凛ちゃんはコーヒーを自分の前と僕の前に置くと、正面に座ってチビチビと飲み始めた。
綺麗で……可愛いくて……僕の大好きな凛ちゃん……。
でも……だからこそ……今は何も言わないでいよう……大好きだからこそこれ以上は言わないでおこう……ってそう思った。
もうこれ以上凛ちゃんに傷付いて欲しくないから、もうこれ以上凛ちゃんを傷付けたくないから。
僕がもっとしっかりすれば……もっとちゃんと出来れば……
「あのね……凛ちゃん……僕……ちゃんとする……ちゃんとします……だから……まだ……友達でいてくれる?」
「…………うん」
凛ちゃんコーヒー飲みながらニッコリと笑ってそう返事をしてくれた。
その天使の様な微笑みを僕は恐らく、一生忘れないだろう……。




