バスタオル一枚
凛ちゃんの家、ここに来るのはもう何回目だろうか? 僕はそう思いつつ指折り数えていると凛ちゃんはすぐに上着を脱ぎ、ヤカンを火にかけた。
僕は、それを見て凛ちゃんに言われる間もなく、そのままいつもの椅子に腰かけた。
いつものキッチン、いつもの椅子……凛ちゃんの家に来るのが日常と化してくる。
「コーヒーでいい?」
「あ、うん、ありがとう」
僕の言葉に笑顔で応える凛ちゃん、昨日迄とは違い、凛ちゃんから感じる温度が、雰囲気が少し温かくなっている。
でも、なんだろうか? この緊張感は……凛ちゃんは一体僕に何を言おうと、打ち明けようとしているのだろうか?
「飲んで待ってて……準備してくるから」
お湯を注いだインスタントコーヒーを僕の前に置くと、凛ちゃんはそう言ってキッチンから出ていく。
そのまま振り返る事なく、洗面所の方に向かった凛ちゃん。
僕はその方向を見つつ、とりあえず落ち着こうとコーヒーを口にする。
ゆっくりとコーヒーを飲んでいると、どこからか水の音が聞こえてくる。
「え? シャワー?」
お風呂場からシャワーと思われる音が……え? 浴びている? 凛ちゃんが?
一体どういう事なんだ? 僕を待たせてシャワーって……凛ちゃんの秘密……。
ま、まさか秘密ってその、秘密の場所とかそういう意味? どどど、どうしよう……まさかそんな……。
この後凛ちゃんがこっちに来ないで、直接向こうの部屋に入って……向こうの部屋にはベットが……そこにバスタオル1枚で凛ちゃんが……え、え、ど、どうしよう……。
普段なら妄想だ、勘違いだと一蹴するが、凛ちゃんの意図が全くわからない僕はそんなバカな事を考え出してしまう。
「落ち着け、落ち着こう、まだそうだと決まったわけじゃない」
大丈夫、僕は泉からの攻撃にも、愛真からの攻撃にも耐えられたんだ。
防御力極振りの僕が凛ちゃんからの攻撃に耐えられないわけが……。
いや、でも待って、愛真が迫って来た時は泉が防波堤に、泉が迫って来た時は兄妹という事が防波堤になっていた。
でも今は……皆同じくらい好きで、そして今僕は凛ちゃんと仲直りしたくてここにいる。
つまり、今の僕に凛ちゃんからの攻撃に耐えられる程の防御力は……無い!
「まずい、どうしよう……」
ここで逃げたらもう二度と凛ちゃんと仲直り出来なくなる。
でも、もし凛ちゃんに誘われたら……誘惑されたら……。
泉……愛真……を裏切る事に、ああああどうすれば……モテ期って辛い。
なんてまたヘイトが溜まる様な冗談を言っている合間にシャワーの音が止まった……。
静まりかえる部屋……やがて凛ちゃんの足音が聞こえてくる。
どっちだ? こっちの部屋か? 向こうの部屋か? 僕は足音を注意深く聞いていた。
そして足音が止まる……そして……キッチンの扉は……開かなかった。
「ま、マジ……で?」
使い慣れない言葉を呟きつつ、向こうの部屋に聞き耳をたてる。
部屋からは何か音が聞こえる……間違いなく凛ちゃんがベットのある部屋に居るのがわかる。
何? 何? 何の準備? ま、まさかこの後?
駄目だよまずいよ、警告が、公開停止がって何を言ってるんだ僕は?
今から何が始まるのか? 僕はパニックに陥る。
どうしよう、もし凛ちゃんが向こうの部屋から声をかけて来たら。
そう思った瞬間向こうの部屋に居る凛ちゃんが僕に向かって声をかけた。
「真くん……こっちの部屋に来て」
ええええ! うわーーーうわーーー来ちゃったよ、どどどど、どうしよう……。
凛ちゃんからの予想通りの言葉に僕は動揺を隠せない……心臓がどうしようもない位に高鳴る。
「真くん? いないの?」
「あ、はい……今……行きます」
つい敬語でそう言ってしまう。 僕は緊張しながら扉に手をかける。
もし、もし凛ちゃんがバスタオル一枚で立っていたら……。
僕のその予想が外れて欲しい気持ちと、当たって欲しい気持ちと両方持ちつつ、緊張しながらそっと扉を開けた。
薄暗い部屋のそこには、しっとりと髪を濡らした凛ちゃんが……。
バスタオル一枚でうつ向きながら佇んでいた。




