1話 プロローグ
雪月の1人称を変えました
世界には様々な種族がいる。それは小説の中の世界だけでなく、現実でもそうだ。
かつて世界には人間とそれ以外のもの、いわゆる妖怪といわれるものが生活していた。
しかし時代が進むにつれ、人間は数を増やし、それに伴って妖怪の数は減っていった。環境に適応できなくなり、さらに特に欧米では中世に魔女狩りが始まり、ほとんどが狩られていった。地球の極東の島国、日本も例外ではなく、平安時代に管理され、江戸時代に討伐が行われ、昭和時代には世界大戦により焼け野原となり、数が大きく減少した。それにより、現在妖怪は空想上の生き物、お伽話の世界の住人と言われるようになっている。
かつては人と妖怪が互いに助け合うか、または認知はしていたが不干渉で一切関わりを持たないかのどちらかが主だったのに今では認知されることなく勝手に住処を奪われていく。
このままではいずれ妖怪は滅びてしまう、そう考えたためにその対策として妖怪たちだけの村や里を作り、表向きは人型の妖怪があたかも人が住んでいるように生活し、裏ではそれ以外の妖怪との共存としている。そのために妖怪たちは多くの困難があった。
人の常識や法律を知らなくてはならなかったし、 人型の妖怪も人型とはいえ、やはり人とは違う部分もあり、それをいかに隠すか、などと多くの研究も必要であった。
正直隠さずに人の世界に共存を目的に生きればよかったのかもしれないが、もしそうして実験や解剖を無理矢理行われてしまってはいけないため過去の妖怪は努力した。その甲斐あって様々な妖怪が人の社会に適応できるようにまでなった。
しかし中には人を支配して立場を取り戻す、または逆転させるべきだと主張するものも少なくはない。そのため妖怪を知る一部の人の中には対妖怪のための機関がある。これは基本的には悪いことをした妖怪を封じたり殺したり懲らしめたりするのが役割で人の社会に妖怪という存在が公にならないようにするのが目的とされている。基本的には封印や殺害は最後の手段ではあるが。その理由は妖怪の中にはその場所から動けず、そこで一定の行動をしなければ生きていくことがままならない妖怪もいるからだ。それによって存在理由が成立する場合もあるためそれらのことは考慮されているらしい。
この組織はいわゆる陰陽師のようなものであり、政府も知らない非公式の組織である。そして日本全国に散らばっている。中には危険思想を持つ妖怪と同じように妖怪をすべて駆逐するか支配下に置くべきと主張する者もいる。
とある山奥に妖怪たちがひっそりと暮らす村の一つがある。その村に一人の少年がいた。少年の名前は山城雪月。彼が住んでいる場所から分かる通り、彼は妖怪である。彼が何の妖怪なのかについては厳密に区分することはできない。なぜなら彼は様々な妖怪の混血だからだ。
妖怪の混血はかつては推奨されておらず同族同士で子をもうけるべきという価値観が強かったが数が減っている現在ではそれも少なくない。とは言っても村や里ごとに決まりが異なっており未だに禁止されていたり、一つの種族しか住んでいない場所もあるため混血の子がいない場所もある。
雪月は天狗、鬼である温羅の血を引く父と雪女と妖狐の血を引く母を親に持つ。それゆえに背中に天狗の羽、人間の耳のかわりの狐の耳、人間にはない狐の尻尾を持って生まれた。
これは生まれてくる子によって様々で、親が持つすべての妖怪の特徴を持って生まれたり、はたまた一つの特徴のみを持って生まれてくるなどあり、未だに詳しいことは分かっていない。それは外見的特徴のみや種族ごとの能力のみなど様々でもある。
雪月の名前の由来の半分は月の綺麗な日に生まれたことから来ている。残り半分は雪月の外見にある。雪月は真っ白な肌と真っ白な髪を持って生まれた。これは雪女の特徴でありさらに容姿も整っているというものもある。雪女である母の遺伝子をより多く受け継いだがゆえに女性的な顔立ちとなっているが温羅のように鬼の遺伝子を持っていかつい顔となるよりはいいかもしれない。そして雪月は温羅の力も引き継いでおり、怪力である。つまり雪月は両親が持つすべての妖怪の特徴・能力を受け継いだ。
しかし、このような事は多くはないが少なくもないため別段珍しいということはない。
雪月は生まれてから高校1年生となった現在まで山から下りて学校へ通う時間以外はひたすら力の制御と家事に時間を費やしてきた。鬼としての怪力を制御し、羽や耳、尻尾を隠し、人間と変わらない姿へ化ける修行と妖怪が持つ妖力という不思議な力の制御の訓練、山で生きるために狩りやあらゆる武術・武器での鍛錬、薬草の収集や薬の調合、料理や裁縫、世界の伝承や神話などの知識や経験の蓄積をしてきた。そして人間社会で周囲から目立つことなく溶け込むために真っ白な髪も黒に染めている。そのため、家事は料理のみできるが味音痴な父と料理のみ壊滅的な母に代わって料理を担当し、他も母を手伝ううちに雪月がするようになり、雪月は女子力が普通の女子以上となっている。そして整った顔と華奢な体つきからもしスカートをはかせればれば女子と間違われるほどになった。さらに雪月は小さいころは病弱でありその面影が今も残っており、それが雪月の魅力を引き立たせることとなった。
元々雪月は学校ではあまり目立たないように生活しようと思っていたが、整った容姿のせいで少し平穏とは言えない生活を過ごす羽目になった。しかし自分の修行の成果が出ていることと学校の生活の普段は味わえない楽しさに嬉しさも感じていた。
中学までは近くの中学校で同じ村出身の妖怪たちと一緒に通っていた。そして雪月は近くの高校へ通うことにしたが、ほかの子たちは高校は行かなかったり、村から離れた高校へ通ったりとバラバラである。雪月が通う近くの高校は偏差値も高く、同じ中学の出身者は少ないため前髪を伸ばして地味な感じにイメチェンして中学ではできなかった目立たずゆっくりな高校生活を決意する。
現在雪月は教室の窓際後ろから2番目で一人でお昼の自分で作った弁当を食べていた。とは言っても何もクラスみんなからいじめを受けているわけではない。むしろクラスメイトは雪月に対して優しく接してくる。先ほどもお弁当に誘ってくれた生徒がいたほどだ。雪月が目立たないように生活するあまりバレるのを恐れて人との接触を避けて教室ではぼっちの称号をほしいままにしているというのが雪月が一人でお昼を食べることとなる要因である。
しかし変化は雪月が相当弱ったときや大きく動揺した時にしか解けることはない為正体がバレる心配はほぼ無いと言っていい。
このクラスは幾つかのグループに分けられているがグループ間の派閥争いはほとんどないと言ってもいい。他のクラスには不良がいるが、このクラスは奇跡的にいない。
しかしこのクラスにもリーダー的存在はいる。雪月を昼一緒に食べようと誘った中にいた。名前は佐々木海斗。彼は幼馴染でグループの大部分を形成している。彼は親が警察官であり、悪に厳しく、困っている人には親切にするという考えを持っている。その親切心から彼は雪月にいつも声をかけている。
そのことを知らない雪月にとってはあまり関わらないでほしいなとしか思われていないが。
そんな彼の幼馴染は四人。体がガッシリした体育会系の井上大地、お調子者の丸山浩太、クール系美少女の篠宮はるか、癒し系お嬢様の木崎月だ。彼らは家が近くで小学校の頃からの付き合いである。グループの他のメンバーは中学、高校で知り合ったものだ。
そんな彼らを見ながら雪月は友達もほしいなとは思いつつもその一歩がなかなか踏み出せない。しかし村にも友達はいるし今の生活に不満があるかと言われればそこまででもないためズルズルとここまで悩むことになっている。皆は放課後に部活や遊んでいるのに少しばかり憧れを抱いていた。そんなことを考える今日この頃。
その後昼休みの後の清掃を済ませ、これから生徒総会ということで全校生徒約900名と教員50名程がすっぽり収まる体育館へ移動する。雪月が通っている高校は上履きが存在しない。校舎に入るときに靴でそのまま入れるのは楽だが、清掃の時に土が多く大変である。そして生徒総会のように多くの人が体育館へ入る時は靴を脱がなくてはいけないためいつも入り口で混んでしまう。雪月は人ごみが苦手だからいつも最後のほうに入ることにしている。最後のほうでは遅刻ギリギリとなるため、生徒会の役員が数人入り口付近で遅れそうな生徒を急かしている。雪月はその常連なため顔馴染みとなっている。
「早く中に入ってくださーい! そろそろ始まりますよー! ……あら、山城君、また? 早く入りなさいね」
「はい、すみません」
生徒会役員のであり3年の今井咲が苦笑しつつ雪月に声をかける。雪月としてもいつものことなのであまり気にしていないが、初めの頃に数回最後のほうで入ってそのことで呼び出されたときは緊張した。人ごみが苦手だと正直に理由をいえば許してくれたから良かった。
生徒が集まり生徒総会が始まる。生徒総会では各委員・部活への予算の編成や生徒たちの要望や質問とそれに対する応答ぐらいのものである。先生も校長や教頭などは朝礼には参加するがこれには参加しないためここにはいない。また、ほとんどの生徒は談笑していたり居眠りしていたりと我関せずといった様子であまり参加していない。
大体半分が終わった頃、突然閉めていなかったカーテンが閉まりだした。ここは未だに手動での開閉なため勝手にカーテンが閉まるなんてことはあり得ない。しかし生徒のほとんどは特に気にも留めていない。異変に気付いたのは一部の生徒と教師のみだ。教師や異変に気付いた生徒会の生徒が上へ上がり、カーテンを開ける。その時は異変の重大さに深く考えず、ゆっくりした動作であった。
しかし、カーテンを開けるとみんな異変の重大さに気づき始めた。何故なら、カーテンをいくら開けても外が真っ暗だったからだ。雪月が通っている学校は全日制の普通科のみの高校なので授業は太陽が昇っている時間にしか行われない。だから外が真っ暗というのはおかしい。さらに昼間であり、運動などをしないから怪我の心配もない、プロジェクターを使うからという理由で今体育館の照明は切られている。それなのに体育館にいる生徒はみんなお互いの顔が細部までよく見える。中は照明がついておらず、外は真っ暗な状況で遠くの人の顔も見えるという異変にさすがに我関せずの姿勢をとっていた生徒も気付く。そして騒ぐ。騒ぎは伝播していきだんだん収拾がつかなくなっていった。何が起こっているのかわからず呆然とするもの、とりあえず騒ぐだけのもの、現在自分たちが置かれている状況について詳しく知ろうとするものなど様々な反応が見られる。
そんな時突然体育館に備え付けられたスピーカーからハウリングした音が出てきて皆その不快な音に耳を塞ぐ。そのおかげで騒ぎが収まった。
『あー、あー、聞こえますかー。聞こえますねー。えー、最初に自己紹介をさせてもらうと私は神と呼ばれる存在です。本当は姿を見せたかったのですが、あまり強く干渉できないもので声だけで我慢してください。まず皆さんは現在何がどうなっているのか疑問に感じていると思います。率直に言うと皆さんはこれから異世界へ召喚されます。とは言っても意図せぬ召喚ではあるのですが。今この空間は召喚の際の次元移動の状態です。時間は少ないですがいくらか説明しましょう。まずあなたたちが向かう世界は魔法の存在する世界で地球の、さらに日本に比べてはるかに危険が伴っています。言語翻訳のスキルが召喚の魔法陣に描かれているため言語の心配はありません。また、あちらの世界の主な情報についても同様です。何か質問はありますか?』
突然神と名乗るものの言葉がスピーカーから聞こえる。その言葉をじっとして聞いていたが段々ざわめきだす。先生や生徒会の生徒はいたずらだと思い体育館に備え付けられている放送室に駆け込むが、すぐに首を傾げて出てくる。
「は、はいっ、異世界に行くって何かチートとかあるんですか?」
誰かが興奮気味にそんなことを尋ねる。雪月は『ちぃと』って何だろうと首をかしげる。雪月は古文などの成績はいいが、英語の成績はいつも赤点であった。パソコンなどのよく聞くものはわかるが、チートなどの普段あまり使わない言葉は全くと言っていいほどわからない。
『チートとなるかは人それぞれですが、各人の才能に見合った力を開花させます。それがあなたたちに与えられる能力です。そのきっかけとなる『開花の種』をメールで送りますので受け取ってください。そしてステータスなどについてですがあなた達のいた世界、すなわち地球は今から行く世界に比べて文明がはるかに進んでいます。たとえ魔法があるとしても地球と戦争すれば勝てません。そして地球は発展と同時に環境が悪化している場所が多いです。これらの文化的要因と環境的要因からステータスは高めになる方が多いと思います』
『ちぃと』はなるものなんだ。職業とかかな?『開花の種』って何だろう?種なのに開花するって不思議だなぁ。
その時体育館全体からピロリロリン、ブルルッ、チャンチャンチャン、PiPiPiPiPi、ブーブーなどとメールを受信した音がそこかしこから聞こえる。雪月がいる学園は携帯電話の持ち込みから校則で禁止されているが、実際はみんな持ってきており教師たちも使用している時を見たときのみ没収としている。実際教師も持ち歩いている。そして教師たちは苦笑いで顔を見合わせたりしている。
「おお!なんか届いた」
「あれっ?電源落としてたはずなのに」
「それが神の力ってやつだろう」
「チート来いチート来いチート来い……」
周囲ではそんな言葉が聞こえる。しかし雪月は状況に追いつけない。何せこの中で携帯電話を持っていない生徒は恐らく雪月一人だからだ。その理由は簡単。地元の村が電波の届きが悪いというのもあるが、単純に雪月が機械音痴なだけだ。雪月は単純なものならば使えるが、ボタンが多いものや複雑なものは全く使うことができない。それゆえ雪月は神からメールがそして『開花の種』が届くことはない。
(ど、どうしよう。みんなメールが届いて何か貰ってるみたいだけど携帯電話なんて持っていないから俺だけ何も無い)
慌てているが相談する友達もいない。かと言ってそのことを神に言って変な注目を浴びたくない。そしてそのまま話は進んでいく。
『さて、そろそろ本当に時間が無くなってきました。皆さんは招待客な訳なのである程度は保護されると思います。自由にしていいですがあんまり行った世界での倫理・秩序に反することをすると追われる身となるのでご注意を。しかし人数があまりにも多いので恐らく何人かは別の場所に召喚される可能性があります。それが何人になるかはわかりません。もしかしたら0人かもしれません。そして最後に一番大事なことを。今から行く世界には送還魔法はありますが地球に帰れるとは限りません。理由としては、他にも多くの異世界が存在し、異世界渡りで意図した世界に行くことはほぼできないからです。……では去りゆくあなた達にあちらの世界の神の加護があらんことを』
その言葉と同時に体育館の床や壁、天井がボロボロと崩れ始める。みんなそのことに慌てるが床がなくなっても落ちないことに気づき安心する。しかしこの後何をすればいいのかわからない。みんな宙に浮かんだ状態で何もできずにいた。
すると突然視界が変わる。雪月は気付けば森の中にいた。
「ふうー。終わった終わった。いやー、やっぱりいちいち説明するとかめんどくさいなあ。言葉遣いに気をつけなきゃだし。でも人口の多くなりすぎて耐えられなくなりそうでこっちから異世界転移させようと思っていたから召喚されてちょうどよかった。無駄な準備と手間が省けた。まだ数は減らさなきゃだけど僕のノルマ分は終わったし休もっと」
その声は先ほど雪月のいた体育館のスピーカーから発せられた声と同一のものであった。声の主は腕をあげて伸びをする。骨がポキポキと鳴り気持ちよさそうな声を出す。その男の正面から3人の男女が歩いてくる。
「お疲れ様。ラッキーだったね、羨ましいよ」
「……」
「こっちはこれから転移者リスト作って準備しなきゃなのに。はあー憂鬱だわ」
3人のうち2人は思い思いの言葉を吐く。しかし言葉を発さなかった1人は眉をしかめている。
「あはは、頑張ってね。僕はもう帰って寝ることにするよ。次起きるのは何年後かな」
そう言って立ち去ろうとするがずっと眉をしかめていた女性が肩を掴んだためとまり、女性に向き直る。
「どうしたの? もう帰りたいんだけど」
「……あなたが担当した中に異物がいる。召喚された先に存在しない種族の子がいる。大丈夫なの?」
「ええっ!! それ本当? でもあんたが今回担当した地球って人間しかいないんじゃなかったの?」
女性の放った一言に周囲はざわめく。
「そうだったはずだけど……。ほかに何かいたかな?」
「……おい、資料に小さく『少数ながら妖怪が存在するから注意』って書いてあるぞ。お前やっちまったんじゃねーの?」
それを聞いて雪月たちを送り出した男性は深い溜息を吐いた。
「うっわ、最悪。てことはしばらく残業コースだ。ツイてない」
「……その残業に私は付き合わされることになるだろうから本当にいい迷惑」
問題に気付いた寡黙な女性が不満そうに言う。
今回妖怪として召喚されたのは雪月一人だが、それは結構問題だったりする。それはそこにいない種族が呼ばれる場合、固有の能力を持っていれば世界の理から外れる可能性があるからだ。それは良くも悪くも多大な影響を与える。例えば獣人が地球に呼ばれた場合は殺人で何人か死んだりして、その後捕まって人体実験されるか、すぐに死刑となるだろう。それはいいことではないが被害は小さく、まだマシである。ではもしドラゴンのような危険なモンスターが地球に呼ばれた場合はどうだろうか。地球には存在しないしかも強力な魔法などを使って滅ぼしてしまうかもしれない。過去にこのような事が起こったことがあり、選別は慎重に行われるようになった。
もしも地球の人間が、人間がいて魔法の存在する世界へ行けばその世界へ適応し、魔法が使えるようになるし、逆に魔法の存在する世界の人間が地球へ来ると地球に適応し、魔法が使えないということになる。
つまり雪月は携帯電話を持っていようが持っていまいが神から『開花の種』を受け取ることはなかった。その代わりに雪月は妖の力があるというだけだった。
神と名乗る男性たちには制約があり、一度神が転移や召喚に関われば、そのものに転移などの形で二度と干渉できないというものがある。それ故に彼らにはもはや監視するという手しか残っていない。しかし御告げなどのような形では干渉できるためそれである程度コントロールしたりする。しかしそれにも行うにはある程度の制約が解かれないといけないし話を聞くかどうかも相手次第だ。
雪月を送り出した男性は頭を抱えながら来た道を引き返していった。
「……何事もなければいいけど」
ずっと眉をしかめていた女性は最後に呟いて男性の後ろをついていった。




