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05 (空間ハッキング)

　組み手が終わり、クオリアは市街地だったマップを切り替わり、学校の教室にする。

「さて、条件は整った…空間ハッキングを基礎から教える。」

　クオリアが教壇(きょうだん)に立って言う…。

　ナオ(オレ)は最前列の席に座った。

「必須条件は2つ…。

　1つは自分の脳をコンピューターとして扱えるかだ。

　これはクリアしているよな」

「ああ、ポケットに入れてたデバイスがクオリアの分解バリアで消えちまったからな…。

　都市がボロボロでデバイスも買えなかったから、ジガに頼んで入れて貰った。」

「と言うか、私も僅(わず)か1日でやるとは思っていなかった。」

　やり方としては HDDにインストールするのと大差無い…。

　だが、ブレインキューブを開くとデバイスのOSファイルのように自分がファイルに収まっているのだ。

　1つ間違って削除を押せば簡単に死ぬ存在…。

　とは言っても、気を付けていれば死ぬことは回避出来る。

　毎年40万件の交通事故と3500人の死者を出しているにも関わらず、利便性から車を使い続けているのと同じだ。

「これで、意識外でコードを扱える。」

「つまりインストールすれば使えるって事か…。」

「そうなる…意識上に上った場合、永遠と計算をするハメになるからな。」

「うわっ辛(つら)そう…。」

　オレは顔を引きつらせて言う。

「私なら特に問題無いのだが…人にはキツイ。」

「だろうな」

「2つ目は自制心だ。

　威力の高いものなら単体で星を破壊できる…。

　核兵器と同じで、使わない勇気も必要なんだ。」

　これは人には難しい。

　何せ人の終焉(しゅうえん)が『死』である以上、命の危険を感じれば相手を攻撃してしまうのが人だからだ。

「現場と敵の能力を見て、適切に装備を選べか…DLと同じだな」

　ようは効率と費用対効果を考えて使えって事だろう。

　例えば、人1人を処刑するのに迫撃砲をぶっ放すのは費用対効果を考えると確かに問題だ。

「だけど現状ナオは、そこまで出来るとは思えない。

　だから、私がセーフティロックを掛ける。」

「分かったよ。

　核のスイッチを1人に持たせるのも危険だからな…。

　それで空間ハッキングって具体的にどう言った感じなんだ？

　オレには魔法にしか思えないんだが…。」

「忍者は魔法も使えるらしいじゃないか…。」

　クオリアは真面目に言う。

　大戦前の情報が手に入り難いこの時代の忍者の認識はアニメやゲームが元になっていて、カタナなどの接近武器で戦うアジアの魔法使いと言った扱いで、陰陽師(おんみょうじ)とごっちゃになっている。

　しかも厄介な事にエレクトロンが魔法を使っているせいで、昔に魔法使いが実在した根拠(こんきょ)になってしまっている。　

「変な風に伝わっているんだよな…。

　魔法に見えるのは科学知識0の人から見た場合で、本来忍者は諜報(ちょうほう)と科学が専門だ。」

　例えば口から火を吹くのは黒色火薬だし、黒い服を着ているのは夜間迷彩だ。

　まぁ実際は農民に化ける農民迷彩の方が多かったらしんだが…。

「それじゃあ簡単に説明しよう…そこまで厳密に知る必要性も無いからな。」

「まず量子力学の基本…二重スリット実験は知っているか？」

「その位なら…流石(さすが)に波動関数(はどうかんすう)は扱えないけど」

　ナオ(オレ)が言う。

　顔文字にしか見えないアルファベットだらけで、数字が一切出てこない式はオレには無理だ。

　必要な時もアプリを検索して引っ張って来てどうにか解いている。

「それで十分だ。

　ここでの実験で分かった事は光は波であり、粒子でもある事。

　観測すれば粒子になり、観測をしなければ波の状態になる。

　観測前は確率の波で存在していて、確定していない確率同士で干渉をさせる事も出来る。

　ここまでは大丈夫か？」

「流石(さすが)にそこまでは大丈夫」

「ならこの観測とは何なのか？

　観測とは、確率(4次元)を立体(3次元)で見ると起きる現象だ。」

「？」

　オレは首を傾げる。

「なら1次元下げて見れば分かり易い。

　私達は今 3次元空間にいるよな」

　クオリアが左上の端が熱で燃えた穴が開いている黒板に立方体を書く。

　原因は同じく左上にあるロウソクだろう。

「ああ」

「だが、ナオの目にはこれはどう見えている？」

　クオリアが黒板の立方体に指を差す。

　黒板の立方体は3次元…いや奥行を斜めに描写をしているだけで実際は平面だ。

「平面？いや…目は立体視だから…2.5次元？」

「ここでは 2次元だな…これが次元が落ちる現象…。

　じゃあ次元を1次元上げて確率世界で起きると？」

「確率が立体に引っ張られるから…ああ分かった。

　これで確率が収束するのか…。」

「そう…で、ここからが難しい…。

　確率の上の次元に5次元に時間、そしてその上の6次元が空間だな…。

　その空間を作っているのが情報エネルギー。

　6次元で構成されているこの世界はすべてこの情報で出来ているんだ。」

「情報ってあの情報？」

「分かりやすくするなら、テキストファイルの文字だと思ってくれればいい。

　原子も元素も人も星も情報として記述(きじゅつ)可能で、実際、情報エネルギーで構成されている。」

　なるほど『シミュレーション仮説』の応用か。

　この宇宙を巨大なコンピューターとして考えればいいのか？

「で、その情報は量子内にあって、量子同士のエネルギー交換で生まれる。

　そして、互いにくっつく性質がある。

　距離が離れればくっつく力は弱くなり、情報量が多ければ多いほどくっつきやすい。

　１バイトと2バイトあるなら2バイト側に引き寄せられ、3バイトになる感じだ。」

「まるで重力だな」

「それであってる。

　実際重力も情報だからな」

　クオリアは ARで無数のアルファベット１文字を空中に出し、それをランダムでぶっつけ始める。

　ビリアード玉のように連鎖的にくっつき、ぶつかって分裂を繰り返す。

「そしてその情報の合体、衝突、分裂を繰り返すと、やがて意味のある言葉になる。」

　クオリアはシミュレーションを早回しにし、やがてAPPLE(アップル) BANANA(バナナ) WATERMELON(ウォーターメロン)（スイカ）と文字だったそれが実体化し、空中に浮かぶ。

　まぁ実際には、この間に原子と元素が入るんだろうが…。

「このデータは原子を構成出来る大きさにまでなると、三次元観測能力がつく…。

　厳密言うなら元々数次元観測出来た情報が、能力低下したんだが…」

　大丈夫如何(どう)にか付いていける。

「で、これがさっきの観測の正体…。

　私達や私達が使う機械は『三次元物質』で出来ているから、確率が収束しているように見えるだけで、実際は確率は消えてない。

　知覚できなくなっただけ…ここまで行けば物質生成までは分かるか？」

　黒板に書き終わり、オレの方を見る。

「ああ分かった。

　さっきのリンゴなら、予めリンゴの量子状態をデータとして記録しておいて、空間に情報として放つ。

　この状態ではまだ確率上の存在だから、実体化の確率を51％以上まで上げて観測する…と実体化する…こんな感じか？」

　以前、サイレントキラー事件での取調べで、クオリアが実演して見せた方法を思い出す。

「そう正解。それでこれが機械翼のコードだ。」

　オレがクオリアからデータを受け取り、インストールする。

「試してみろ…」

　教室から市街地にマップが変わり、オレは実行ファイルを押して機械翼を起動させる。

　オレの背中が量子光で光り、翼が形成される。

「見た目がかなり違うな…。」

　翼はクオリアのとは違い、X型の戦闘機の翼に可動式スタスターが2本あり、まるでDLのバックパックユニットになっている。

「これは、ナオのイメージを具現化して作った物だ…コントロールはし易いはずだ。」

「と言ってもどうやって制御すれば？」

「基本はイメージだ…それに合わせてサポートプログラムがドライバを最適化してくれる。

　まぁ人には翼が無いから、翼の感覚を見つけるまで時間が掛かるだろうが…時間は十分にある。」

「感覚ねぇ」

　翼だから肩甲骨(けんこうこつ)を動かすイメージか？

「全然動かねー何かヒントは無いか？」

　オレがクオリアに聞く。

「ナオの機械翼のデザインの元ネタは何だ？」

「元ネタ…元ネタ…あーこれパラシュートユニットだ。」

「そうは見えんが…。」

　クオリアが言う…どう見てもパラシュートは付いていない。

「輸送機からDLを投下してピンポイントで敵施設を襲撃する為の装備だ。」

「エアボーン？」

「そう」

　オレ自身は動かした事は無く…ネットで公開してた映像が元ネタだ。

　しかも本来はフライトユニットとして飛ぶ事を想定していたらしいが、実際には推力が足りず、ヘイロー降下時に綺麗に目的地に落ちる兵器になっていた。

　だが、悪天候でも目的地に着地出来、DL故(ゆえ)に重量物を装備して降りられるのでかなり脅威になっていたとか…。

「なら…。」

　オレが思いっきりジャンプする…。

　2本のスラスターから量子光が勢いよく吐き出され、推力に代わって飛ぶ…が、身体が傾き、姿勢制御が出来ず、頭から落ちた…。

「うへ」

　1時間経過…。

　ナオ(オレ)は高くジャンプし、5mまで上がる…。

　身体が地面に落ちるが、姿勢制御や落下時の減速は如何(どう)にかなっている。

　頭から落下して首を折って死んだり、ビルに頭から突っ込んだりと散々(さんざん)な目にあったが、無駄では無かった…。

　更に2時間後…。

　ビルから落ちても無事に着地…。

　高度が5mなのは相変わらずが、ロングジャンプでの走行が出来るようになり、空中での姿勢の変更も出来るようになった。

　これは姿勢を崩した時に倒れず、そのまま次の攻撃に移れるメリットになる。

「如何(どう)やらナオは飛ぶでは無く、ジャンプの感覚なんだろうな」

「空中で止まっているって感覚が分からん。」

　辺りは夕方になり、暗くなる…。

「休憩だ…さすがにもう眠いだろう…。」

「ああ…」

　朝起きて、会見に行って、格納庫に来てダイブ…その後スパーリングに空間ハッキングの基礎にひたすら死んで、ジャンプ…さすがに疲れる。

　クオリアがエクスマキナ都市の2人部屋に切り替る。

　2人でARで食事を取り、オレは早々にベットに飛び込み眠った。

　クオリア(私)はナオの寝顔を見ると、別のマップに移動した。