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02 (代謝する脳)

 ポン

 頭に響く謎の音で ナオ(オレ)は目覚める…。

「ここは…」

 オレはベッドの上から上半身を起こし 辺りを見回す。

 ベッドの足元には テーブルが付いていて、ディスプレイとキーボードマウスが それぞれ2セットあり、その上にはGIグラス(黒ぶちのメガネ)が無造作に置かれている。

 ベッドの横には テーブル式の棚があり、中には ハイスペックPCが2台があり、コードが触る気が失せるレベルで こんがらがってディスプレイなどに繋がっている。

 右壁にある大型の本棚には ライトノベルと漫画がびっしりと仕舞ってあり、その横には仕舞えなかった漫画がどっさりとある。

 いい加減、紙媒体に こだわるのをやめて電子媒体にするかな…。

 そう思っていた。

「オレの部屋だ。」

 は?まさか夢オチ?

 いくらラノベや漫画が好きだからって…そんな事は無いだろう…。

 オレは ベットから立ち上がり身体に気づく、やっぱり背が縮んだままだ…。

 20歳のオレは170cm…対して今のオレの身長は150cm。

 20cmも縮んでいれば そりゃあ 本棚も大きく見えるし、裸眼でも普通に見える。

「まさかVR?」

 部屋のドアを開ける…オレが今いる2階には 向かいに もう1部屋あり、その部屋は養父、ナオキの部屋だ。

 ドアを開けると…確かにナオキの部屋だ。

 棚には 大量のハンドガン…壁にはM3グリースに64式に89式、タボールアサルトライフルのモデルガンが 飾られている。

 自衛官だったナオキは ガンマニアを自称していた…が。

 オレは 棚に飾られているハンドガンを見る…。

『ウージーマシンピストルと、タボールだけは本物…。』

 オレの養父ナオキは 戦国時代から活躍している忍者の家系で、自衛官だった。

 レンジャー勲章持ち、特殊作戦群(特戦)の ナオキは オレが4才の時にイラクへの海外派遣で『ジャパニーズパパラッチ』と皮肉られていた記者を(かば)い、自爆テロを仕掛けて来た爆弾を持った少女を射殺した。

 この事は マスコミは『爆弾を持った』の部分を徹底的に伏せられ、自衛隊の非難の材料に使われた。

 自衛隊は 国際的には軍だが、日本では軍では無く『軍法会議』も存在しない。

 ナオキは『刑事事件』として『業務上過失致死傷』の罪で起訴された。

 裁判官も陪審員(ばいしんいん)も当たり前だが 民間出身、軍人、自衛官は1人もいない裁判…。

 しかも『一般人の少女を虐殺した事』が裁判の焦点になり、周りの心証は最悪だった。

 結果はもちろん有罪…。

 保釈金の問題で済んだものの、それすらマスコミが叩き、彼は自衛官を辞めた。

 そして、ナオキの財布を当てに生活していた実の母親、勝子(かつこ)が、精神的DVを理由に多額の慰謝料をナオキに請求して離婚…オレの実父と結婚したのもこの頃だ。

 国を指揮する人も、選挙権を持つ人の過半数が外国人(にほんじん)で、この国は日本と呼べるのだろうか?

 そう言った事もあって オレは自己責任の名の元に国を守れるテロリストになった訳なのだが…。


 ポン

 何処(どこ)まで似せているんだ…。

 1階のトイレ、風呂、洗濯機、リビングにキッチン…。

 すべてがオレの記憶にある通り…。

「オレの肉体が あるならARウィンドウは出るか…。」

 出ればARかVR、出なければ…監禁目的のVR…ここが現実の可能性は まず無い。

 右手を2本指でLの字を描く…。

「出た」

 青いウィンドウだ…。

 ログアウトボタンを探すが見当たらない…が、収穫はあった。

 12:00で時計が止まっている。

「時計は止まったままか…確かクオリアが言っていたな。

 自力で判別は不可能って。」

 確か…『なら現実と仮想は如何(どう)やって見分ければいいんだ?』

『ARウィンドウに表示は出るが、表示を誤魔化されて 現実に似た世界に入れられたら自力での判別は不可能だ。

 解決する方法は1つ…外部の人間と連絡を取って自分の状態を確認して貰うしかない…まぁそこまで怖がらなくても良いだろう』だったか…。

 ……通話は使えるか?

 約束通り オレは クオリアに連絡を取る…。

「通話の回線は通っている…だが不通か…」

 1コール目で出るクオリアにしては珍しい…。


 ニューロ型は データの格納方法も特殊だ。

 ノイマン型のように階層分けは されておらず、アクセスファイルごとに参照読み込み(トランスクルージョン)が 張り巡らされており、まるで連想ゲームのように関連付けファイルを探していく方式になっている。

 メリットとしてアクセス時間を大幅に短縮され、反応速度(レスポンス)が大幅に上がる…のだが、特定のファイルを探すのには時間が掛かる。

 クオリア()が欲しいファイルは ナオとの コミュニケーションと取る為の中央区画(セントラルコア)だ。

 何処(どこ)にある?

 通常の規格なら簡単に見つけられる所だが、自分で最適化を行ったナオは何処(どこ)に どのファイルがあるか見当がつかない。

(これは期待だろうな…。)

 (しらみ)潰し以外の方法だと…大きく分けると1つしかない。

 ナオ自身がが、自主的に外部にアプローチを取ってくれる事だ。

『分からなくなったらクオリアに連絡を取るよ…』

 歓迎会の企画を立ててた時に ナオが言ったセリフだ。

 私の通信回線に(あみ)を張り、逆探知をかける……来た。

 電子妖精状態の私が トランスクルージョンを追かけて ナオに近づく…。

 よし収納場所(パス)を特定した。

 コミュニケーション形式を確立…接続開始…。


 ポン

 またこの音だ…大体30分に1回、頭に響く電子音。

 10コールしてもクオリアは 通話に出ず…ナオ(オレ)は通話を切った。

 さて次はどうするか…。

 そう考えていると、量子光が集まりヒトの形を形成していく…。

 いや…ヒトとするには あまりにも小さく…まるで妖精のようだ。

「助けに来てくれると信じてたよ クオリア…。」

 オレは 妖精に向かって言う。

「いや今、通話回線を切断しただろう…。

 あと少し遅ければ アクセスが出来なかった。」

「それは まぁ信頼しているって事で…。」

 オレは少し頬を引きつらせて言う。

「まぁいい…現状を報告して欲しい。

 私からは キミは見えるが周辺は見えない。」

「報告っていっても…風景は オレの前に住んでいた家…多分VR空間…後は電子音が聞こえる…」

「電子音か…頻度(ひんど)は?」

「30分刻み位?…後はARの時計が止まっている。」

「33分だな…加速倍率は2000倍って所か?」

「は?加速倍率…?」

「話は後だ…調節する。」

「うっ」

 時間が引き延ばされたような感覚を感じる。


 しばらくして…調整が終わった。

「1倍に調節した…クロックの安定を確認…固定。」

「どう言う事だ?どいつに監禁されている?」

「まずは落ち着いて…キミの安全は 確保されている。

 順を追って説明しよう…。

 まずこの空間に飛ばされるまで何処(どこ)にいたか分かるか?」

 クオリア()は ナオに問いかけ、ナオは 必死に思い出す…。

「確か…ワームが攻めてきたんだよな…。

 クオリアが音速で授業を飛び出して…DLに乗った。

 後はDL用のシャベルで戦って…発電所区画だ…えーと」

 私は、ナオに記憶を思い出させ、それを手掛かりに連結が切断されていたトランスクルージョンを繋ぎ、ナオの記憶を思い出させていく。

「その後は?」

「2層の床が抜け落ちて…オレとクオリアの上に()ってきた…。

 でオレは クオリアを助けようとした…。

 だけどクオリアは バリアを展開していて、オレは巻き込まれて身体が分解されて首だけになって転がった。

 クオリアが応急処置をしてくれて…後は…後は…」

「それで最後だ…ならそれ以降の話をしよう…。」

 私は 目の前に妖精サイズのARウィンドウを表示し、作業をしつつナオに言う。

「脳死を防ぐため、私は脳に繋がるエアパイプに酸素ボンベを突っ込んだ。

 だが、不自然な事に気づいた…ナオの目が私を見ていたからだ。」

「どこが不思議なんだ?断頭台で切断された頭が(まばた)きし 続けたと言う話は、有名な話だろう…。」

「義体の場合は違う…酸素消費を抑える為、瞬時に眠るように出来ている。」

「つまり…。」

「これは 私のアイカメラの映像だ…。」

 ARウィンドウが ナオの目の前で拡大して映像を映す。

 瓦礫を分解しつつ 私が生成した工具で後頭部からナオの頭を開ける…が。


「脳が無い」

 脳の位置にあったのは 立方体の3D QN CPUの通称キューブがあった。

「そう、ナオ…キミはコールドスリープした脳では無く、コールドスリープの脳から取り出された量子情報になる。」

 ナオ(オレ)は しばらく考え込みゆっくりと『オレは オリジナルなのかコピーなのか?』と聞く…。

「量子状態で言えば 全く同じ同一個体だと言える…。

 だがあくまで定義…結局は 本人の主観に左右される。」

「主観?」

「キミの本体が脳細胞であった場合…。

 記録媒体が変わっている時点で、オリジナルは死亡して、キミがコピーになる。」

「……。」

「ただキミの脳細胞の中にある量子情報が本体だとした場合、完全に移動出来ている。」

「………。

 確かに転生って 本来こう言うモノだものな…オレの脳は?」

「カレンの記録が正しいなら解凍と同時に データを抜き出したらしい…。

 その後、脳は解凍した事で同時に膨張(ぼうちょう)し、細胞膜が破壊され、使い物にならない状態になり破棄(はき)された。」

「オレが オリジナルでもコピーでも、オリジナルが死んでいる以上、今のオレが オリジナルか…。」

「キミは ナオとして生きるのか?」

「少なくともオレが、カンザキ・ナオトだと自認している。

 『我思う故に我あり』だ…。

 それに クオリアを含めた皆がオレを『ナオ』だと観測している。

 オレの構成要素としては、それで十分だろう」

 どっちにしたって、ここで自殺する気にはならないし、結局 今の状況を全力で生きるしかないんだ。

「分かった…ナオの復旧プランの説明をする。

 現状 ナオのキューブは無事だが、カレンが ナオの脳データを そのまま入れた為、脳とキューブの記録媒体の差から不具合が出ている。

 時間と共に馴染むはずだったのだが、キューブの電源が落ちた事で深刻化する事になった。

 コンピュータ的に言うならアップデート中に電源を切って起動出来なくなった状態だ。」

「オレをソフトウェア扱いするのは 気に入らないが、分かり易過ぎる説明だな。」

 パソコンが好きだったオレはよくわかる。

「方法は2つ…1つ目は ナオのデータをポストヒューマン規格に組み替えて、新しいキューブに入れ直す方法。」

「また転生しろと…オレは如何(どう)なるんだ?」

「身体を捨てたナオは 既にデータの存在になったはず、それがコピーでもオリジナルでも…。

 なら少なくとも ネットを返さない有線接続での記録媒体間の移動で死ぬことはない。

 ただ これも観測しようがないから最終的には本人の主観になるんだが…。」

「クオリアは どう解釈(かいしゃく)する?

 コンピューターの性能は日進月歩(にっしんげっぽ)だろ?

 何回も移動して来たはずだ。」

 オレの時代のPCですら最新機種が3年後には 低スペックになっていたんだ…。

 機械人のクオリアは もっと早いペースで変えるだろう。

「記録媒体が 私の本体だとした場合、1ヵ月前に 生まれたと言う事になる。

 実証試験が済んだ最新のキューブに換装したからだ。

 だけど私は生まれた時から それが普通だったから…もしかしたら、そう認識しているから 死んでいないのかもしれない」

「結局は心の問題か…。」

 結局の所、こう言った哲学のコピー問題の行きつく先は 自身のアイデンティティなんだよな…。

 クオリアが自身をキャラクター付けするように。

「これ以上 ナオが オリジナル性を維持するなら…他の方法もある。

 バグや欠陥を抱えつつ、それを個性として放置し…無理やり再起動をかける。

 私が定期的にメンテナンスをすれば 12年は生きられるだろう…。

 少なくとも今のキューブの中にいるナオは 12年間オリジナル性を確保出来る。」

「12年か…。」

 流石(さすが)に少なすぎる…しかも疾患(しっかん)を抱えた人生でだ。

「無理に移動する事もない…目的があるからヒトは生きるんだ…。

 目的無く生きても、それは生き地獄でしかない。

 今のナオに思入れがあり、そのまま行こうとするなら 私は 全力でサポートする…自由に決めてくれていい…。」

 多分、その生き地獄のエレクトロンを見てきたのだろう…。

「だけど、その生き地獄から得る情報もあったはずだ。

 可能性は確保したい。」

 さて如何(どう)する?…オレと言うアイデンティティを残しつつ可能性を確保する方法…。

 オレは 考える…そして1つの絵本にたどり着いた。

「代謝する船…哲学の絵本の名前だったんだが…元になった哲学の名前が思い出せない。」

「木造船を修理する話だろうか?

 名前は『テセウスの船』…『テセウスのパラドックス』とも呼ばれている。」

「多分それだ。」

 昔、木造船のテセウス号がありました。

 テセウス号は優秀な船でしたが、木造船 (ゆえ)に傷みやすく、度々(たびたび)修理をしていました。

 壊れた板を張り替えながら動き続け12年…。

 遂に最後の部品が壊れて交換され、処女航海時の船の部品は すべて交換されました。

 そこで船長は思いました『もう、テセウス号ではないのでは?』と…。

 でも船員は 皆この船をテセウス号として認識しています。

 テセウス号は どの時点で変わったのでしょうか?

 そんな絵本だ。

「それは『代謝論』と呼ばれている。

 日常生活を送りながら脳細胞を1つずつ入れ替えて移動する方式だ。」

「出来る?」

「それは 脳細胞がある時の話だ。

 実際やったとしても手順は同じだし、入れ替える速度の差でしかないが…。」

「それでも頼めないか?少なくとも最初の1回は…。」

「分かった…全力で サポートすると言ったからな…。

 と言っても置き換えるのに6時間位しか掛からないが…。」

「それまで ここで缶詰か…」

 オレは リビングのソファーに座り、長期戦に備える。

「今、私の予備義体から ナオの義体を作っている…。

 リモート義体なら リアルタイムで動かせるから、そこまで苦労はしないだろう。」

「助かる…。」

「なら私は、義体の準備とキューブの準備をしに戻る。

 ちなみに キューブは 私の予備義体のを使う…まだ一般販売されていないエレクトロンの最新型だ。

 今後キューブを更新しなかったとしても スペックとしては 十分足りるだろう。

 カレンが義体代は 払ってくれるらしいしな。

 じゃ1時間ほど待ってくれ…。

 あっ回線は開けとくから、ネットも自由に使えるぞ。」

「そうか…暇しなくて済みそうだ。」

 オレがそう言うと クオリアは量子光に包まれ消えた。

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