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28 (楽園と責任)

 20世紀シネマ館1階。

「ええ…その事で今まで調べていたんだから…」

 ボイスチャットで話す ナオにレナ()は 答える。

 だけど、その後にクオリアが割り込み、私は沈黙した。

 ナオにコールしたのも『何処(どこ)に逃げる?』と言う避難する為の電話だったのに、ナオとクオリアは事態の解決に当たろうとしている。

 私は ニューアキバにある、20世紀シネマ館に避難していた。

 他に常連の客に近くにいた人など様々だ。

 そして、営業開始以来の人口密度になった 映画館の館長のマスターは、接客をドラムちゃんに任せ、1人屋上に行っている。

 そしてドラムちゃんは 厨房で大量の注文をさばいている。


「うぉぉ実際(リアル)でのDLの戦闘だ…映像に収めるぞぉぉ」

 興奮気味のスプリング()は 屋上から ムービーカメラでDLの戦闘を撮影する。

 今の映画撮影はすべてVR上で済ませる為、現実世界で撮影が出来る数少ないチャンスなんだ。

「もっと横…アングルが…。」

 戦闘しているのは、白と赤に塗装されたニューアキバのゲートに設置されたDL…。

 このDLは、文化遺産の塊であるニューアキバを守る為に商業区画の『常連で本職のDLマニア』や『アニメファン』『プラモファン』などが結集して作った機体だ。

 機体はスピーダー型がベースで、白の機体には頭にV字アンテナがあり、赤い機体は角のようなアンテナがついている。

 それに搭乗するパイロットもVR上でのDL戦闘でトップクラスの成績を叩き出すゲーマーだ。

『私にも敵が見える』

「そりゃレーダー使ってるからね…。」

『たかが ワーム1匹…押し返してやる』

「いやいや 真正面から当たったら死ぬから…。」

 僕はツッコミを入れつつも、しっかりと撮影していた。


 レナ()は 先ほどからARウィンドウを開き、アントニー経由で送られてくるクオリアの情報を見ていた。

 そこには、冷静に淡々とワームを処理している クオリア機の視界情報だ。

 クオリアの情報によれば、限定解除しないと対応できない相手…なのだが、運営はもちろん義父のアントニーですら意見が割れている。

 アントニーは限定解除を認めているが、他の役員は『エレクトロンが解除された時の被害規模が分からない。』

『オーパーツを使用しないと言う規則に違反する。

 例え 住民が生き残ったとしても都市の理念が崩壊してしまう』

 などを上げている。

 アントニーも『強権』を使って無理やり可決すれば良いのに合意を取ろうとする。

 私には 彼らが言っている事の意味が分からないけど、このままだったら都市は壊滅するのは分かる。

 クオリア機の視界情報画面右上には、機体ステータスが色分けされていて、コックピットや腹部は緑だが手足は 黄色表示だ。

 クオリアは 機体に負荷を掛けないように丁寧(ていねい)に扱っているけど、それでもジャンプによる衝撃など ごく(わず)かで あるものの蓄積ダメージとして確実に機体に掛かる…。

 クオリアが戦えるのもそう長くはない。

(アントニー早く『強権』を使って…じゃないとクオリアが…。)

 いや…もう1人『強権』が扱える人物がいる…私だ。

 でも それを使えば私は、この都市の運営の一員になり もう暢気(のんき)に遊んでいられなくなる。

 やっと手に入れた快適な生活を ここで手放すの?

 衣食住と自由に動け、無制限に学べる学生と言う身軽な立場…どれも あの都市に いたら どれだけのお金が必要だろう?

 いやそもそも、これは…限定解除は正しい事なの?

 私より(はる)かに頭が良いアントニーや運営の人達が長々と議論する程の問題なのよ…私が『強権』を使う事でトドメを刺す可能性もある。

 あー馬鹿な私が憎い…。


 戦闘から…1時間…経過…。

 1層での戦闘を強いられたクオリア()達は エレベータ下を中心に戦闘を行い 水際で防いでいた。

 24機いた中隊は12機まで減らし、残りの機体は撃墜された味方機から手足を取り換える事で何とか維持している。

 DLの特徴の1つ『前線共食い整備』だ。

 腕、脚、頭部、バックパック、武器を撃墜された機体から調達する事で生きている機体の戦闘可能時間を伸ばす方法だ。

 だが、スピーダーを使っているのが 私のみ なので、私は パーツ交換が出来ない。

 いや…厳密には、出来るのだが、スピード特化の機体に汎用型のベックのパーツをつけた所で性能が落ちるだけだ。

 また1機が疲労のせいで反応が遅れる…私は フォースネット経由でその機体自体に誤情報を流す事で機体を転倒させ、回避させる。

 そして…彼の機体が立ち上がらない。

 機体チェック…イエローだが、まだ許容値…問題はパイロットか?バイタルチェック…気絶?

「マズイ」

 クオリア機は 足に負担を掛けつつ ワームの死骸(しがい)を飛び越え、パイロットの元に向かう…が、ワームの突進攻撃がコックピットに直撃した。

 直撃箇所の耐弾ジェルの密度が増し、衝撃を受け止め同時に熱に変換する…。

 Sクラスの複合装甲は 装甲が(ゆが)むものの直撃に耐え、コックピットブロックに接続されている 手 足に頭、バックパックが オートパージされ、コックピットブロックが滑るようにして地面に転がった。

 衝撃を熱変換したコックピットは高熱になっており、空気が熱せられ陽炎(かげろう)が見える。

『ブロックの回収…急げ!』

 ジェニーの声が聞こえる。

 幸いパイロットは過労による気絶で無事…名前を見てみると『サイレントキラー事件』の取調べをしたブライアンだった。

 パイロットスーツを着用しない背広姿での高G戦闘と疲労で気絶したのだろう…そして、残りのDLは11機…。


 また1機がやられた…。

 やられた原因は過労による気絶だ。

 クオリアがワームを引き付け、コックピットブロックを味方が回収する。

 ただ、さっき味方を救うために無茶な軌道を取ったので…とうとうクオリア機の脚部が表示になった。

 『問題が無視出来ない程になり、撤退もしくは交換が必要』

 このまま続ければ脚部が骨折で動けなり、動けなくなればクオリアは確実に死ぬ…。


 1時間10分経過…。

 脚部を動かす度に、パーツの悲鳴が聞こえる。

 先ほどから この機体は撤退(てったい)か脚の交換をするように進言してくる。

 クオリア機が狙っているのは、ブライアン機の脚だ。

 最後に見た時にはイエローだったのでまだ使えるだろう…。

 だが下手に近寄れば、ワームを引き寄せてしまい脚が破壊されてしまう。

 チャンスは1度っきり…。

 クオリア機がワームの4本の足をピンポイントで狙い、文字通り足止めをする。

 そして 後列のワームが衝突し、隙が出来た。

 クオリア機が走り跳躍しながら、ワームを回避(かわ)し脚まで進む…。

 バキッ・・・

 瞬時に通常の1000倍に思考加速させ、その時間で状況を確認。

 クオリア()は 脚が骨折した音を感知し、レッドマークだった脚がゆっくり暗くなっていく…ブラックアウトだ。


「あっ…」

 骨折した。

 もう…。


「まだやれる。」

 クオリア機は骨折状態の脚部を使った最後のジャンプをし、飛び上がった所で銃を放り、脚部を外す。

 そして着地時に手を付き、倒立の状態で姿勢を維持…脚部をワームにぶつけ、その状態で走りだして 脚のジョイントをベックの脚に合わせる。

 端子部分は スクリューキャップの様になっており、接続した直後高速で回転し閉まる。

 倒れた状態で脚を接続し、腕で機体をひっくり返し、もう片方も装着する。

 接続の確認をスキップ…最短で電源ラインと通信を構築する。

 前方からはワームが向かっており、脚が動くまで(わず)かに足りない…。

 クオリア機は 腕の力で立ち上がろうとするが…肩部分の装甲に負荷がかかり『接続ジョイントが破壊されると』DL側が判断し、ジョイントを守る為に計画的に脱臼(だっきゅう)する。

 あ~このタイミングで…。

 1000倍の思考になっても現実の身体が早くなる訳では無い。

 クオリア機は もう1本の腕を使おうとするが間に合わない…瞬時に そう結論付けた。

 後0.5秒…間に合わない。

 後 出来る事は?


 骨折してもクオリア機は諦めず、逆立ちした状態で脚を取りに行く…。

 すぐにジョイントを接続するが、今度は腕が負荷に耐えられず脱臼(だっきゅう)した。

 あっクオリアが死ぬ…。

 レナ()は迷う事無く、用意していたけど押せなかったARウィンドウのコールボタンを押す。


 突進してきたワームが クオリア機に衝突し、機体が吹っ飛ぶ。

 手はブラック表示…脚は接続出来たがイエロー…。

 更に可動性を確保する為に装甲強度が弱くなっている腹部…DLの弱点部分がレッドになる…もう限界だな…。

 即座に判断したクオリア()は クオリア機が飛ばされた状態で、コックピットブロックの開閉コマンドを入力し、コックピットを後ろにスライドさせ上部が開く…同時にシートベルトを外し、機外に放り上げられる形で私は外に出る。

 放り出された私は 身体を丸め、対ショック姿勢の状態で地面を転がり…そして、私が顔を上げた時…見えたのは突撃して来たワームだった。


全兵装使用自由オールウェポンズフリーあらゆる手段を使って事態解決しなさい!!」


 予想もしなかった相手からのコールに出て、始めに言われた事がこれだ。

 レナは過酷な状況で育ち、今の生活が楽園だと言っていた。

 そのレナが『強権』を使い…それを破ろうとしている。

 私の全損の為に楽園を捨てても良いと思ってくれた覚悟…。

「イエスマム、全兵装使用自由オールウェポンズフリー

 私は 右手を胸に当て、左手を後ろに回し頭を下げる…。

 ワームが突っ込んで来る貴重な時間をフルに使い、同時にやっていた処理もすべて中断し、ゆっくりとしたエレクトロンの最上級敬礼。

 私がゆっくりと顔を上ると 目の前にいるワームが突っ込んで来た。

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