83.本当に知らない方が幸せな事はあるものだな(SIDE:トビアス)
知り過ぎたら『お前は知り過ぎた』で消される可能性があるもんねぇ……
(本当に知らない方が幸せな事はあるものだな)
トビアスは目の前で繰り広げられている愚者の討論……
開戦派達は罠へとかけられている事に、地獄への道筋を自らの足で歩んでる事に全く気付いてない。
それどころか、すでに勝った後の事まで考えてる節がある。
その様はまさに幸せ者だろう。
(余もあれぐらい楽観できていれば、まだ幸せだったかもしれん……羨ましい限りだ)
これは別に皮肉でもなんでもない。
心からそう思いながら、再度トビアスは昔を思い起こす。
……………………
ビィトは昔から几帳面で心配性だった。
物心が付いた頃から共に暮らしていたアル爺は高齢のためか杖の補助が必須なほど足腰を悪くしてるし、ハイジは楽観的で後先考えずノリだけで行動するようなところがある。
自分だけでもしっかりしなければまずいのではっと幼いながらも自分の役目を理解できていたのだ。そうした責任感からいらぬ苦労を背負う場面がまれによくある。
そう、ビィトは王家最後の血筋として王となる事を、10歳以上も離れたブリギッテの婚約者となる事を承諾したのは婚約者と王国の未来を心配した故。
ブリギッテ達は『心配するな!!』っと力強く宣言するも、現状が切迫していた状況下というのは子供ながらにも理解できてしまった。
自分がこの話を受けなければ王国や婚約者のブリギッテがどうなるかを考えると到底断れない。自分がただ全てを受け入れたら万事解決できるからっと、アルプス村の平民ビィトは王家の王太子トビアスとして生きる事を選んだ。
とはいえ、ブリギッテ達が『心配するな!!』と宣言していた通り、トビアスに何が何でも王族としての責務を全うするよう強制はしなかった。
王家の血筋が途絶えても、それをなんとかするのが大人の役目。ブリギッテ達は有言実行といわんばかりに様々なコネを使って王国と帝国とを結びつく縁談を多数取り付けたのだ。
「これで私とトビアス君の婚約が無くなっても他の人達が縁を保ってくれるようになった。後の事なんて心配せず、辛くなったらいつでも平民のビィトに戻ってもいいのだぞ」
「は、はい……」
ブリギッテ皇女は世間だと従兄……元王太子に捨てられた挙句に土下座して許しを請うたとか、捨てられた腹いせに王太子とその友人たちを家族諸共皆殺しにしたとか、事実であっても残虐性が誇張された話が噂として市政に出回ってるようだが、ビィト改めトビアスに様々な気遣いしてくれる事からわかる通り、決して無慈悲ではない。
トビアスはそんなブリギッテとその配下から多数の配慮が成された新しい生活。公爵家では正当な嫡男であったのに、婿入りした父とその愛人から使用人以下の立場に追いやられていた不遇な子っという触れ込みでの暮らしが始まった。
その際には公爵家に仕えていた使用人の養女でトビアスと共に雑用仕事を行っていたっという事になったハイジを専属の使用人として雇われた事でトビアスは慣れない王宮内でもどこか安心……
いや、王宮という平民では想像も出来ない場所での暮らしに興奮したハイジのお目付け的な役目になったトビアスは安心から程遠い生活を送るも、王宮に努めている者達は元気一杯なハイジとそれを嗜めるトビアスという一体どっちが主人かわからない主従関係を微笑ましく見守ってくれるなど……
しばらくは大きなストレスもなく過ごす事が出来た。
その生活に変化が出たのは12歳ころ。基礎教育を終えての本格的な王太子教育を開始してからである。
トビアスは愚物だった従兄で元王太子だったザルフリを反面教師として、相応しい王太子になろうと教育をしっかり受けた。
だが、不幸な事にトビアスは要領が悪かった。
周囲は最初こそ努力家であるトビアスを好意的に捉えるも、いつまで経っても要領の悪さが改善されない有様に見限られていくのが手に取るようにわかった。
特に同世代の貴族子息達は巌著だ。
彼等はトビアスと違って優秀だった。筆記試験で好成績を維持しているので主な貴族達は彼等に期待を寄せ始める。
そうなれば、彼等はトビアスを仕え甲斐のない王として馬鹿にするのは当然の流れ
不敬罪お構いなしに見下すその態度はトビアスではなくハイジの逆鱗に触れる。
何度も衝突しそうになり、その度にトビアスが宥めるも……
トビアスはわかっていた。
自分がやるべき事はハイジを宥める事ではない。
将来の側近となる同世代の者達の心をつかむ事だ。
そのためにトビアスは努力した。
要領が悪いというなら、人一倍の努力で悪い分を補う。
自習時間を増やし、様々な分野の教師から積極的に教えを請う。
そうした努力は……
残念ながら、実を結ばなかった。
いくらナーロッパといえども、主人公補正がなければこんなものである




