73.何か間違ってないかこれ?
『何か』ではなく『全て』が間違ってるようにみえるのは、たぶん気のせいじゃないはず
「それよりもさぁ。アーデル義姉さんに婚約を認めてもらったのはいいけど、まだ若干殺意を込められた目で睨まれる事あるのだけはどうにかならないんか?」
「それは負けに納得してない部分のせいでしょうね。本当に認められたかったら全力を出させた上で勝てばいいのよ」
「そんなことできるかよ!!大体俺の本業は商人だ!!『居合い』を習ったのも当初は自営のつもりだったのに……最強なんて目指してるつもりなかったのに、気付けば名の知れた強者や凶悪な魔物を単独で倒した実績で冒険者Sランク到達。何か間違ってないかこれ?」
「アーデルからクラーラの件でしょっちゅうボコボコにされたり、元魔王城近辺という世界屈指の危険地帯を渡り歩く生活に加えて、生まれ持った才能のせいってのもあるのでしょうね。
アーデルも子どもの頃は危険地帯にもよく出かけてたっていうし、クソ王太子の婚約者になってから強さより教養を重点に置くようしてたのに帝国の学園ではチート勇者すら足元に及ばない強さを発揮したのだから元々才能あった方なのでしょう。
なんかもう戦いを本業に置くものにとっては嫌味としか捉えられないんじゃないの?将来の騎士団長で王国最強とか言われてるペーター兄さん」
「俺は王国最強なんて自分から言った覚えないぞ。それに、実力主義を貫く帝国でも武力一辺倒ではなく教養も重視してるって聞いてるし、俺も一応は末端ながらも貴族の端くれとして教養を疎かにしないようしてるんだ。第一、貴族じゃなかったらクソ王太子の元で模範的な騎士らしく振舞ったりしてねーし」
「どのあたりが模範って言いたいとこだけど、あれはあれでプライド高い貴族のお堅い騎士に比べたら親しみやすいし平民や冒険者にとっては理想なんでしょうね」
「なにはともあれ、アーデルに勝つだけなら俺でも可能だな。アーデルの突進はシンプルな分、対策はいろいろあるわけだし」
「それは一定の力量を持つ者であればっという条件付きよ。少なくとも私程度ではどんな小細工を施そうとも圧倒的な暴力で全て踏みつぶされるだけだもの」
「さもありなん。まっ、アーデルのような天賦の才とまともにぶつかるなんて馬鹿のやる事か」
「そんな馬鹿がハイドなのよねぇ。勝とうと思えば簡単に勝てるのに、アーデルの突進を毎回毎回馬鹿正直に真正面からぶつかっては吹っ飛ばされての敗北。最初こそ死んでも治らない馬鹿と思ってたけど、あそこまで愚直すぎると……アーデルが惹かれるのも無理ないわ」
「俺もそう思う。アーデル義姉さんといえばいつもしかめっ面……いや、アムル領を訪れるたびにクラーラを連れ出してあれやこれやしてたせいってのもあるが、とにかくあそこまで乙女してるアーデル義姉さんみたことない。クラーラからも『皇子様を直接みたことないけどお似合いなのは確実だ』って自信満々に断言したのもわかるぐらいに」
「同感だな。話聞いた限りでは半信半疑であっても、あれを見せつけられれば納得せざるを得ない……が!!それでも試すのはアムル家の方針。……力試ししてもいいよな?」
「任せたわ。正直言って私の力量では到底二人に割って入れるほどじゃないもの。ついでにあれを止めてもらえれば万々歳よ」
「任せておけ。実際俺もあんなのをみせられたせいで、身体がうずいて仕方ない。だから俺も久々に……」
ペーターは一度会話を止め、どこぞの馬鹿皇子と同じく服を……いや、皇子と違って上着のみを脱ぎ去っての上半身裸になってから静かに呼吸を整える。
そして……
「ふんぬぅぅぅぽんぷあっぷぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」
ポージングを決めながら気合を込める。
アーデルやハイド同様に筋肉の膨張が始まり、同時に……
わさわさわさわさわさわさ……
全身に毛が生え始める。
それこそ全身に毛が生え始め、それが収まった頃には……
変身前と比較して一回り大きくなった比喩ではない熊男……より正確にいうなら、白黒の毛に覆われた熊猫男と化していた。
「ガオー!!っと、こんなものか」
「……ねぇ、毎度毎度突っ込むけど、全身毛が生えるのは別にいいわ。歴代の『M・B・S・B』の使い手にはアーデルの髪みたく、鼻毛とかすね毛とか腋毛といった一部の毛が異様に伸びる者がいたそうだけど、兄さんの場合はなんで全身なの!?おまけになんで毛色が白と黒に分かれるの?!なんでしっぽも生えるの!?にぎにぎ」
「や、やめろ!!しっぽは敏感なんだ!!握ると力抜けるからやめてくれ!!!」
「神経もしっかり通ってるし……本当になんなのこの技?」
「俺も知らんが、しいて言うならコントロールを誤った結果だ。大体ロッテン、お前も人の事いえんだろ」
「うぐぅ……痛いところついてくるわね」
アムル家の秘伝とされる『M・B・S・B』だが、実はアーデルの訓練に付き合う形でロッテンにも伝授されていた。
ただし、彼女の場合は筋肉ではなく脂肪が膨張した肉団子となる。
体重が激増する上に手足が相対的に短くなってしまうので動くにも一苦労であるも、脂肪に包まれた肉体はほぼ全ての物理攻撃を遮断。
その場に居るだけで肉壁となれるし、丸々とした身体を転がしてもらえば進路上を蹂躙する殺戮兵器に早変わり。
おまけに脂肪だらけなので錘抱えた状態で海に落ちても沈む事はないという、大規模な港町や船団を抱える領主として決して無視できない利点もある。
ロッテンにしてみれば『どうしてこうなった』としか言わんばかりの忌々しい形態であるも、これはこれで使い道があるので重宝がられているのが現状であった。
ちなみに義妹ちゃんも変態可能であったりする(ぇ




